● 【土・日曜日に書く】シンガポール支局長・青木伸行 水危機に直面する水の惑星
2012年9月30日
◆「水めぐる戦争の時代」
「誇張ではない…。20世紀に石油をめぐり衝突したように、21世紀は水資源をめぐる国家間の衝突が起こりうる」
これは今月上旬、ロシアのウラジオストクで、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が開かれた際、ベトナムのチュオン・タン・サン国家主席(大統領)が発した警告だ。元世界銀行副総裁のイスマイル・セラゲッディン氏が、かつて語った「20世紀は石油をめぐる戦争だった。21世紀は水をめぐる戦争の時代になる」という言葉を想起させた。
チュオン・タン・サン氏の発言に含有されている火種はもちろん、メコン川にある。中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジアとともに、メコン川流域国のひとつであるベトナムは、上流における中国とラオスによるダムの建設に反対してきた。下流の水量が減少し、農業や漁業に深刻な被害がおよび、とりわけ最大の穀倉地帯であるメコン・デルタが水不足になる-という理由からだ。
世界全体に視界を広げてみよう。国連の「世界水発展報告書」によると、メコン川のように、国境を越え複数の国にまたがる「越境河川」は、261(145カ国)にのぼる。これまで越境河川をめぐる協力事案が1200件ある一方、対立事案も500件を数える。南アジアをみると、インダス川やガンジス川の水利用が、インド、パキスタンなど流域国の利害対立の要因になっている。
こうした河川をめぐる対立はしかし、地球規模で進行する水不足による「水危機」の一側面にすぎない。
そもそも地球上の水は97・47%が海水で、淡水は2・53%。その淡水も、大部分が氷河などに閉じ込められており、利用できるのはわずかに0・8%だけだ。つまり、ほんの「一滴」なのである。
そこへ、急激な水需要・消費の増大と水資源の減少により、深刻な水不足がもたらされている。世界の約70億人のうち7億人が水不足の状況に置かれ、国連は、今世紀半ばまでに最大60カ国、70億人、少なくとも48カ国、20億人が水不足に陥ると予測している。
◆複合的な水不足の要因
水の需要・消費はこの50年間で3倍に膨らんだ。その要因はまず、世界人口の急激な増加に伴い、生活用水はもとより、食糧の増産に大量の水が費やされていることにある。
1キロの穀物を生産するには、1トン以上の水が必要だという。開発途上国93カ国のうち、10カ国では淡水の40%が灌漑(かんがい)に利用されており、2030年までに南アジアでは40%、中近東と北アフリカでは58%に達すると予測されている。50年には93億人と、人口が増え続ける中で、食糧増産が水不足を招き、水不足で食糧が不足するという悪循環に陥る危険性は高い。
次に中国、開発途上国を中心とする急速な工業化と都市化、生活レベルの向上により、工業用水と生活用水の消費量が急増している。世界全体の水の利用比率は、(1)農業用水70%(2)工業用水22%(3)生活用水8%-。工業用水の年間利用量は25年までに、1995年比で約1・6倍に増えるという。
一方、河川をはじめ淡水資源の減少をもたらしているのは、汚染と開発による資源破壊だ。1日当たり約200万トンの工業・生活排水などが放流され、開発途上国では人口の50%が汚染された水源を利用している。汚染が進行すれば50年までに、現在の総灌漑用水量(年間)の約9倍に相当する、1万8千立方キロメートルの淡水が、失われるとみられている。
◆水管理の協力強化を
気候変動も大きな要因である。今年の米国における干魃(かんばつ)しかり、昨年のタイでの大洪水もまたしかり、であろう。洪水では屎尿(しにょう)や工場の化学薬品などが水に混在し、利用できる生活用水などを少なくしてしまう。
「地球は深刻な危機に直面している。事態は徐々に悪化しており、適切な行動を起こさない限り、今後も悪化し続けることを、あらゆる兆候が示している」
「世界水発展報告書」は警鐘を鳴らす。とくにアジアは深刻だ。アジアには、世界全体で利用可能な水のうちの36%しか存在していない。世界人口のおよそ6割を占めているのにもかかわらずだ。
報告書はまた、「この危機は水管理の問題の一つであり、本質的な原因は水管理手法の誤りにある」とも指摘している。水資源の利用と水管理能力には、先進国と開発途上国との間に大きな格差が存在する。
「水の世紀」にあって、開発と環境、水資源の保全との調和を図りつつ、いかに適切な水管理を施すのか、世界全体が協力して取り組みを強める必要がある。(あおき のぶゆき)
(産経新聞テキスト朝刊)
2012年9月30日
◆「水めぐる戦争の時代」
「誇張ではない…。20世紀に石油をめぐり衝突したように、21世紀は水資源をめぐる国家間の衝突が起こりうる」
これは今月上旬、ロシアのウラジオストクで、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が開かれた際、ベトナムのチュオン・タン・サン国家主席(大統領)が発した警告だ。元世界銀行副総裁のイスマイル・セラゲッディン氏が、かつて語った「20世紀は石油をめぐる戦争だった。21世紀は水をめぐる戦争の時代になる」という言葉を想起させた。
チュオン・タン・サン氏の発言に含有されている火種はもちろん、メコン川にある。中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジアとともに、メコン川流域国のひとつであるベトナムは、上流における中国とラオスによるダムの建設に反対してきた。下流の水量が減少し、農業や漁業に深刻な被害がおよび、とりわけ最大の穀倉地帯であるメコン・デルタが水不足になる-という理由からだ。
世界全体に視界を広げてみよう。国連の「世界水発展報告書」によると、メコン川のように、国境を越え複数の国にまたがる「越境河川」は、261(145カ国)にのぼる。これまで越境河川をめぐる協力事案が1200件ある一方、対立事案も500件を数える。南アジアをみると、インダス川やガンジス川の水利用が、インド、パキスタンなど流域国の利害対立の要因になっている。
こうした河川をめぐる対立はしかし、地球規模で進行する水不足による「水危機」の一側面にすぎない。
そもそも地球上の水は97・47%が海水で、淡水は2・53%。その淡水も、大部分が氷河などに閉じ込められており、利用できるのはわずかに0・8%だけだ。つまり、ほんの「一滴」なのである。
そこへ、急激な水需要・消費の増大と水資源の減少により、深刻な水不足がもたらされている。世界の約70億人のうち7億人が水不足の状況に置かれ、国連は、今世紀半ばまでに最大60カ国、70億人、少なくとも48カ国、20億人が水不足に陥ると予測している。
◆複合的な水不足の要因
水の需要・消費はこの50年間で3倍に膨らんだ。その要因はまず、世界人口の急激な増加に伴い、生活用水はもとより、食糧の増産に大量の水が費やされていることにある。
1キロの穀物を生産するには、1トン以上の水が必要だという。開発途上国93カ国のうち、10カ国では淡水の40%が灌漑(かんがい)に利用されており、2030年までに南アジアでは40%、中近東と北アフリカでは58%に達すると予測されている。50年には93億人と、人口が増え続ける中で、食糧増産が水不足を招き、水不足で食糧が不足するという悪循環に陥る危険性は高い。
次に中国、開発途上国を中心とする急速な工業化と都市化、生活レベルの向上により、工業用水と生活用水の消費量が急増している。世界全体の水の利用比率は、(1)農業用水70%(2)工業用水22%(3)生活用水8%-。工業用水の年間利用量は25年までに、1995年比で約1・6倍に増えるという。
一方、河川をはじめ淡水資源の減少をもたらしているのは、汚染と開発による資源破壊だ。1日当たり約200万トンの工業・生活排水などが放流され、開発途上国では人口の50%が汚染された水源を利用している。汚染が進行すれば50年までに、現在の総灌漑用水量(年間)の約9倍に相当する、1万8千立方キロメートルの淡水が、失われるとみられている。
◆水管理の協力強化を
気候変動も大きな要因である。今年の米国における干魃(かんばつ)しかり、昨年のタイでの大洪水もまたしかり、であろう。洪水では屎尿(しにょう)や工場の化学薬品などが水に混在し、利用できる生活用水などを少なくしてしまう。
「地球は深刻な危機に直面している。事態は徐々に悪化しており、適切な行動を起こさない限り、今後も悪化し続けることを、あらゆる兆候が示している」
「世界水発展報告書」は警鐘を鳴らす。とくにアジアは深刻だ。アジアには、世界全体で利用可能な水のうちの36%しか存在していない。世界人口のおよそ6割を占めているのにもかかわらずだ。
報告書はまた、「この危機は水管理の問題の一つであり、本質的な原因は水管理手法の誤りにある」とも指摘している。水資源の利用と水管理能力には、先進国と開発途上国との間に大きな格差が存在する。
「水の世紀」にあって、開発と環境、水資源の保全との調和を図りつつ、いかに適切な水管理を施すのか、世界全体が協力して取り組みを強める必要がある。(あおき のぶゆき)
(産経新聞テキスト朝刊)