伊澤屋

歴史・政治経済系同人誌サークル「伊澤屋」の広報ブログ。

独裁少女サヨ子ちゃん 議案マイナス1 『お父さんとお母さんのバレンタイン』

2020年02月14日 18時30分00秒 | Weblog

独裁少女サヨ子ちゃん


議案マイナス1 『お父さんとお母さんのバレンタイン』



「お兄ちゃん。 14日は、次の日曜は友達と遊ぶ予定とかは入れないでよ。 あれだからね」
「あ~~、 分かってる分かってる。 忘れないから大丈夫 ♪」

本当にちゃんと聞いて覚えてるのかな… 莫迦兄貴が。

「サヨちゃん。 お兄ちゃんにあれ電話しておいてくれた? 忘れてたかもしれないから」
「言ってはおいたけどね。 …ふん。 今年こそすっぽかすかな。 そうしたらしばくけど」

ある案件。 毎年の家族の年中行事。 いや、私だって勿論下らないとは思わない。 前述の通りすっぽかせばしばく。
私が生まれてすらいない昭和の運動部ではないが、親兄弟が死んでも自分が死んでも必ず行かねばならない所。 両親の代からの、ある有縁の場所への家族全員の結集だ。
まあねぇ… もう家族皆忙しくて、ある年を最後に廃止。 でも悪い事ではないが何かできない。


日にちはそれから翌週令和9年2月14日日曜日。 ウチの地元の三鷹からはそう遠くない都心の、電子マネーや交通系ICカードは元より磁気のクレジットカードすら扱わない現金のみの喫茶店。
時間は昼の2時少し前。 一番人の入りの多い昼食の時間帯を過ぎ一息ついた店内。 両親と私はもう来ていた。 ふう… 兄、遅いな。

「遅いわね…。 サヨちゃん、お兄ちゃん迷子になってそうだからもう一度電話してみたら?」
「いや、大丈夫でしょ。 場所は何度も来て分かるしお店の中か外か分からないとかも中だってちゃんと言っといたから、あるとしたら14時と4時間違えてまだ来ないとかじゃない」

しょぼい。 とにかくしょぼい。 兄はポンコツだ。


自己紹介が大変遅れ申し訳ない。
私は理辺サヨ子(りべ・さよこ)。 平成23年3月4日生まれの15歳。 仕事は立進民主党本部職員だ。 なのだが中学を卒業して直ぐ働き始めたのでは勿論なく、私は小学校を4年、中学を1年、高校と大学を各2年で卒業し今年度4月に採用(※入党はもっと前)されたのでこの年齢なのだ。
因みに一つ年上の兄は標準学年で高校2年だ。 …って来年も2年生かもしれないな。

「お待たせ! 遅れなかったべ」
「1時55分。 5分前に着くなんて随分進歩したじゃない」

「流石サヨ子は俺の妹だけはある。♪ 死ね!!」

「じゃ、注文だ。 ああ、ホットチョコレートの砂糖多め4つ」


これは記憶の限り私と兄が幼稚園入園前後くらいからずっとある何か一種触れてはならない背景のある行事なのだ。 日系2世のハーフのアメリカ人の父らしいいかにもな 「ホットチョコレートの砂糖多め」 の日本人的な繊細さを鼻で笑うアメリカニズムと共にこれ以外のケーキ他の食べ物の注文を、禁じられてはいないのだが到底できないのを匂わせるこの空気。
いわばこれは室町時代の土一揆の「一味神水」か、敗戦直前の特攻の際飛行機に乗る前の水杯だ。


「あ~~~、 美味しい! ここのホットチョコレートの味だけは20年以上か変わらん。 ♪」
「お父さんが日本に来る前のね、 お母さんが小学生くらいからだって変わりませんもの。 ♪」

この段階になり、初めてサーロインステーキを食べた経済大国時代の日本の子供みたいにはしゃぐ両親の姿にどこか渇いた笑いをこちらも浮かべる。 何故うれしい?

「ああそうだった、 サヨ子の選挙の準備はどうなんだ。 気付きゃあもう再来月じゃないか」
「うん。 公選法ギリギリの所まではやれとは党からはまー、言われてるんだけどね」

「バレないように破れ、じゃないのかよ。 党はよ。 当選したら俺の留年をどうにか防げよな」
「分った分った。 だから公示近くなったら酒呑んでひっくり返ってないで証紙貼り位はしてよ」

寧ろこういう場では、純粋に仕事のどうこうでない卑近な話に話題を戻してくれる兄の性格、存在が非常に有難いのだ。 天下国家を語るなどとは最も遠い場所にいる。
でないとただでさえ息が詰まるのが更に完全に窒息しそうになるのだ。 私の家は。


「もう20年、か………。 ふぅ、全く」
「お父さん今、 カッコイイって自分で思ったでしょ」

「ふはっ! お母さんには絶対敵わないな!」

何故、 父も母もとても楽しそうなのだ。 毎年だが特に考えた事は無い。 私はホットチョコを熱いうちに口に運んだ。

「ああ… 美味しい。 ♪ このお店はずっとあってほしいよね。 地域の財産だわ」
「俺は来年選挙権が出来たら、 もう自分の自由で砂糖は控え目で。って言わせてもらうぜ」

「…あれ? 『駄目だ』 って言わないんだな。 お父さん」
「ん? お父さんは、砂糖多め以外は注文するの駄目だなんて一度も言ってないぞ」

兄は勉強ができないだけでなくデリカシーもどこか欠如している。 父がもっと厳しければ家の中はとうに戦場になっているぞ。 「家庭を舞台にした戦争映画」 とかに本当になりかねない。


「そうだよ。 今日の主要議題は、さ。 来月再来月の功徳行だよ。 来月にいつもより念入りにやって再来月は流石に1回お休みだな。 もう選挙本番直前だし」

言っておくと、 「功徳行」(くどくぎょう) とは我が理辺家独特の用語で元は仏教語なのだが、月に一度特に月初めの家じゅうの大掃除の事だ。 何でも曽祖父母の代には既にあったという。

「選挙は月末だし、3、4日土日なら普通にやれるよ」
「いや~~いけない! 本番前に怪我は勿論無駄な体力の消耗も良くない。 次はお受験よりももっと実戦なんだぞ」

「ああ、解った。 お父さんありがとう。 その代り当選した後の5月のは一生懸命やるよ」

幼、小、高、大それぞれのお受験の前もそうだったが父の愛情はどこか沁みる。 いや、むせる。

「そういや、今日バレンタインだよな。 今年は曜日的に学校休みで無いからすっかり忘れてた」


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ウチでは他の家の様なバレンタインは存在せず、 私も母も父と兄にすら贈った記憶が全く無い。
まして私は学校で男子に贈った事など当然無い。 兄は毎年大量に貰うのを帰宅前に皆喰ってた。

「お父さん、 ウチでバレンタイン禁止ってやっぱり元が変質した日本の劣化した習慣だから?」
「全然違う! サヨ子が…可愛過ぎるからなんだ! 覚えてないか。 サヨ子が幼稚園に入園する前の年の2歳だよ。 お父さんとお兄ちゃんにバレンタインのチョコくれて、覚えたてのひらがなで 『おとうさん だいすきです』 って手紙が中に入っていて…嬉し過ぎてキュン死しそうになったからだッ!」

「あの時大変だったのよォ。 お父さん嬉し過ぎて本当に心臓が痛くなっちゃって家の救急箱にもその為の薬無いから救急車呼ぼうとか騒いでたんだもん。 だから貰うんじゃなくて家族みんなでホットチョコ飲むのに変えたの。 ほんと、お父さんの感情表現っていかにもアメリカ人だから」
「……。 単にお父さんその頃からお酒の飲み過ぎと脂っこい物の食べ過ぎだったんじゃない?」

「厳しいなァ。 いや本当に嬉しくて嬉しくてさ… 嬉し過ぎて心臓の筋肉がつったんだ。 本当涙出たよ。 あの時の手紙は今でも取ってあるぞ」
「汚点だわ…。 でもそれで学校や職場の男がみんな嬉し過ぎてキュン死して私が世紀の虐殺魔にならなかっただけ良かったと考えようかな」

「そうだとも! 選挙区のオトコドモには明日チョコばら撒けよ。 ♪ お金ならお父さんが幾らでも出してあげるからな。 うん。 ♪」
「もう…。 また子供扱いするんだから。 お金なら政治資金で処理できるからお父さんの財布は当てにはしてないわ。 ♪ でも、ありがとう」

私も父も党も。 公選法も政治資金規正法も守る気なんて最初から無いのが、既に先進国の座から転落して久しい現代日本の姿だな。  おぞましいが同時にこういうのは面白い事なのだ。


ずっと訊こう訊こうと思っていても訊けないままだった我が家の長年の謎はこれで解けた。
父と母なりの、これが一番あるべき形のバレンタインデー、なのだろうな。
若い頃の一番幸せだった日々の記憶を忘れまいと必死に保とうとする。 これで良いのだ。 ♪ 

                議案マイナス1 『お父さんとお母さんのバレンタイン』 完

次回予告

正義は人の数だけあると誰かが言った。だが私は目の前にある私以外の正義を悪と断じこの場で
そいつが二度と立ち上がれないくらい徹底して叩き、踏みつけ完全に討ち滅ぼさねばならない。
嫌な仕事だ。 でも誰かに代わってもらおうなんて思わない。 私以外にはさせない。


次回 序 『反抗者はしばけ!』

しばかれたくなければ、どいていろ。


(え・モザイクカオリ)



                               ©小林拓己/伊澤忍 2680

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