伊澤屋

歴史・政治経済系同人誌サークル「伊澤屋」の広報ブログ。

ジオン第八連隊記  報告書10 『太陽の塔 (後編)』

2012年01月29日 19時30分00秒 | Weblog
機動戦士ガンダム0079 ジオン第八連隊記  復興(あす)への咆哮


報告書10 『太陽の塔 (後編)』



「おいおいおい…」
「嘘だろ」
「悪い冗談だ」


後述していく事になるが大体前回言った「原子炉組」に身を投じた年配将校、上級下士官連がおそらく発したであろう所感だ。

俺は直接その場に居た訳じゃないからいかにも当事者ぶった偉そうな言い方をするのは避ける。
しかし、こういった気持ち以外にはならないのがフツーじゃないだろうか。
震災直後に壊滅的な障害を起こしたワ・カヤマ第一原発の原子炉は旧世紀の骨董品同然の「分裂炉」だった。



オオサ・カ都内 八連隊七中隊


「畜生!クソジジイめブッ殺してくれる!階級章が付いてたって構わねー!軍法会議上等だッ!」
「おやシモムラ、お帰り♪ 先任か?お前と入れ替わりで『現地』に行ったぜ」

「係長が?中隊長。まさか……」
「軍機だァ。それよりお前に功一級ジオン十字勲章が届いてる。本来なら『正門組』は何て事無い軽作業だから貰えない筈がな、先任が方面軍司令部にねじ込んで引っ張ってきたんだ」

「???」
「勲章代の350ハイトは先任が払っておいてくれたんだ。後で先任が戻ったら礼を言っておけよ」



これより3日前、連隊本部


「これは私がやらないと絶対駄目でしょう」
「…そうだ。電気、溶接から重機操縦まであらゆる工兵任務に通じた貴官でないと決して務まらない困難な仕事だ。しかも貴官は、ナカジマ曹長はムンゾ自治共和国の時代からの古参だったな。 …大変嫌な話だがその時代からの経験が要る」

「連隊長。奥歯に物が挟まったようなおっしゃい方はしないで下さい。ムンゾの時代からの古参って…私はそもそも元は連邦軍人ですし」
「ナカジマ曹長!私はそんな理由でコレを命じるんじゃない! それに我がジオン軍が建軍された初期は要員の大部分がスペースノイドへの差別待遇に怒って離脱した連邦軍人の経験者で…その事は解るだろう!」

「ふっ、承知しとります。準備にかかりますわ」

「…っと、当然だが身体検査受からんと現地には行けないぞ。ほら、用紙」
「分かっていますって。 ん~署名要るんですよね。次席軍医 中尉 キンタロウ・モリ。  軍医長 少佐 ハジメ・ニワビト。  連隊長 大佐 ガラハ・レイ。  へっ、これで良し。と」

「おい!勝手に他人の名前書くなよォ~~!」
「血圧や血糖値で落とされたら嫌ですらね。まぁ~良いじゃないですかアバウトアバウトで」



長々と「判決理由」を読み上げた後に死刑判決を言い渡すみたいなのは俺はしたくない。
結論から言って、係長はワ・カヤマ第一原発の旧式分裂炉の暴走を阻止し廃炉にもっていくため炉心に直接入っての作業の過程で一度に大量の放射線を浴び過ぎた事が原因で亡くなった。

ショップでその事実を聞かされた時、俺は涙の一つも出なかった。
係長のことだ。地震でブッ壊れて放射能ムンムンの旧式分裂炉炉心を目の前にして笑顔で


「ここにいる全員が満遍無く被曝して満遍無くビョーキになるよりはどうせだから私一人が思いっ切り盛大に被曝して一人だけ潔くくたばった方が割りに合いますわな」


とか最後に言い残して向かったのか。


それと前後して、 サイド3 ズムシティのどこか
技術本部 第一実験場


「ナカジマ兵長。お父さんが生きておられる間に会って顔を見せてやるんだ。今なら会える」
「班長、それはできません!志願してこのかた、仕事に私情を挟むなといつも父が言っていた以上…自分はここでの任務を続行します!」

「命令だ。行け!」
「…了」



誰が言ったか

「大衆の記憶力の悪さに期待しよう」

と。
係長の公務死はそれにも当らなかった。 最大級の軍機で報道も一切されなかったからだ。軍という巨大な組織体にあって定年間近の老下士官の死は任務達成の想定内の結果だった。


                                    報告書10 『太陽の塔 (後編)』 完



次回予告

命題として 「勝利の美酒より旨い自棄酒は存在し得るか」 と。自棄酒、ヤケ酒の定義によっても答は変わってきそうだが俺は最悪の自棄酒特に、他の何よりも愛していた、夢見ていたものを奪われた後その状況を再確認した上で呑む酒は多分旨くないと自分的に推定する。もう来週がヤマの、意識不明でベッドの上に横たわる末期症状最終局面の我が子を前に(最後の)誕生会だと、きっと治ると良いね。と病室の飾り付けをする母を敗北主義だと叱るインテリはそのまんま半殺しにしても構わないけどな。 俺的にはオッケーだ。
もはや敗北も、破滅も、そして栄光も名誉も無く何よりも無様な死も前にして呑む酒が突き抜けた感覚で旨く感じるのかも知れん。 多分そんなんじゃないか。


次回 報告書11 『それまで、国があれば』

畜生!酒が旨いぞ! もう知るか。明日起きたら死んでても構わねえ!



                                       (C) 伊澤屋/伊澤 忍  2671      
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ジオン第八連隊記  報告書9 『太陽の塔 (前編)』

2012年01月15日 19時30分00秒 | Weblog
機動戦士ガンダム0079  ジオン第八連隊記 復興(あす)への咆哮


報告書9 『太陽の塔(前編)』



「うぅぅぐおえぇぇ~~ぅ、ぅぶうえぇぇ~~っっ、おぉべっ、あぐわぁ~口ン中がモロ不味いわぁ~~」


俺は昨夜係長と呑んだ際にどうやら一歩間違えばジオン軍そのものが吹っ飛んじまいそうなトンデモなく重大なナニかを聞かされたようだ。絶対ド偉い事を聞かされたのは覚えている。
だがその肝心の内容が皆目思い出せない。


「シモムラ、随分と辛そうだな。原爆一度に5杯も呑むからだ。とことん学習しない奴だな」
「全く気持ち悪くなどないのであります!今すぐにでも無害区を離れ前線に配置されてもォ…」

「へっ、口だけは達者だな。 お前…昔士官学校と航空学生を受験したって言ってたよな」
「はい。でも私が受かる訳がありません。画に描いたような記念受験でしたけどね」

「なら…記念受験でなくてマジな話で、ノーマルスーツを着てやる仕事がある。するか?ウチと九連隊と四飛団は勿論キャリフォルニアベース整補連隊も加わる『一大国家的事業』だ」
「!絶対します。熱望します」

「お前ならそう即答すると思って中隊を留守にする間の交代の要員とかももう確保しておいた♪」


いざ志願して、やる当日になると軍服は不可で平服で行け。軍隊手帳は勿論様々な店舗の会員証類だの本人が確認できるような奴は持つな。とその時になって様々な追加注文が付いた。
「集合地点」に着けば、官用車のバスでなく…ってゆーかバスですらなく幌付きのトラックの荷台に隠れるように乗車し「要員」は若年の下士官兵は殆どおらず軒並み年配の将校か准尉曹長級の上級下士官ばかり。兵長以下は俺の他2人位しかいなかった。


「クソ。俺がくたばったら娘の学費が…まぁ、軍人になった時からこーいうのは覚悟してたがよォ」


それだけ高度な技術を要する任務に俺が? 胸が躍った。


「便所休憩の後車内でノーマルスーツに着替えろ。着替えの際は狭くても車外には出るな」


途中のSAで降りて標識を見るとワ・カヤマ県と。ラテンなノリの(←偏見っぽいが)遅刻坊主の巣窟のコーヤコーヤ山のある県だな。旧世紀から長期不況と人口減少でヘロヘロになっていた土地だがここで重要な任務とはなあ。遣り甲斐が有りそうだ。


「早く着ろォ!着方分かる奴は分からん奴に教えたれー」


慌しい。 その後更に2、30分ほど荷台で揺られて曇ったビニールの覗き窓から外に目をやると、 ああ…こういう事か。騙された。一杯喰わされた。階級と権限傘に着たクソジジイに捨て駒にされた。 もう恨みを晴らす手段も機会も無いかもな。

遥か遠くに、荘厳な古代神殿を思わせる原発の原子炉建屋とクーリングタワーが立ち並ぶ景色が見えた。 へへヘ…あのクソジジイ、やってくれるぜ。確かにノーマルスーツ着用でないと絶対できない仕事だ。
原発の敷地内に入るとちょっと場違いな、航空軍の赤い大型化学消防車が停まっている。


「核汚染の懸念で、元いたカ・ンサイ基地に戻れなくなったんだ」


小隊長の中尉が表情一つ変えず説明してくれる。


「降車、降車ァ! おいこら!お前ら兵隊は原子炉組じゃない降りるな。ヨコタ軍曹の指揮下に入って別の任務だ。な~に真面目な話本当に安全な場所だ。信用しろ。これが命令書だ。現場に着くまでこの命令書は開くなよ」
「追加ァ!原子炉組以外も作業中にヘルメットのバイザーは絶対開くな!」

俺たち10、20代の兵隊たちの配置は原子炉他主要部から遠く3、4kmか離れた発電所正門での報道(勿論完全に無許可取材だ)や地元一般人の(勇敢過ぎるぜ!→)野次馬への対応だった。


「確かにノーマルスーツ着用で完全装備でないとできない仕事ですね…ってゆーかこれノーマルスーツじゃなくて外見同じですけどフライトスーツですし!放射線防護能力ありませんよ!」
「シモムラ、ぼやくなよ。 と言うより線量計見てもココは平常値だぜ。判るだろ?」

「…『壊れてる線量計』ってオチじゃなくて計測器検定も通った信用できる奴ですからね」
「そういう事。ウチ等は命令書通りにやればいいさね」


別にプロパガンダ抜きで、この時要員に渡されていたのは「計測器検定」も合格し検定印も押されたちゃんと正常に作動する線量計だった。兵隊たちに対しこういった部分ではジオンは連邦より遥かに「面倒見が良かった」と言って嘘は無い。


「何故取材できないんですか!公国と暫定州との信頼関係を考えても、人々の知る権利…」
「この場所での放射能の値が許容限度を越えており特殊な装備も無く立ち入って取材する事が不可能だからです。この線量計の計測値をご覧になって下さい」

「……えっ?これって? おぁああっ、うわっ!ふんぎゃああぁぁ~~~!」
「逃げろーーっ!まじやべーー!!」


さっきまでジオン地上軍にスカウトしたくなるくらい勇敢だった報道陣、撮影クルーたちは顔面蒼白になり次の瞬間血相を変えて蜘蛛の子を散らすように一斉に帰ってしまった。


「おい、マジでここの放射線量ヤバいのか?」
「まさか!この線量計デモ機能で好きな数値出せるんですよ。命令書にも報道対応でこうしろって書いてありました」

「命令書って…よく隅々まで読んでるもんだ。シモムラ、お前って似非坊主になって御人好しのヤープト人どもに詐欺やりまくったらきっと儲かるぜ。『嘘も放便』だな」
「だからァ!似非坊主じゃなくてリアル坊主です」



だいたい同時刻。 キョ・ウト郊外のどこか。公式にはそれほど機密性も高くない戦略上重要でもないとされている補給処の整備場。


「砲身を黄色く塗って『災害派遣』のプレートを車体前後に付けて…か」
「安全通行の保障だよ♪」

「敗戦を実感するね」
「まだ敗けてねぇよ」

「しかし…放射線防護とか密閉性っていうの考えたらマゼラアタックに排土板付けるんじゃなくて捕獲品の61式の方が良かったんじゃあないかなあ」
「でもこいつだってキャノピーは鉛入りガラスの特注品だしその外側に中性子防護板も追加した頼れる奴だぜ」

「それより整備長。漢字で『災害派遣』って字がもし間違っていたら恥ずかしいぜ。その手のスカは連邦の笑い者にされると上層部からの評価がヤバい」
「大丈~夫。旧世紀の原発事故で出動した戦車の報道写真でもこの字と同じだったし中世語に詳しいネイティブの国語学者の最終確認も受けた」



以上は、現地で排土板装備のマゼラアタックを操縦して瓦礫と残骸の撤去任務に従事した機甲科の大尉から任務の全日程を終了した後の打ち上げで雑談がてらに聞いたやり取りだ。
関係者総員の所見として、マゼラアタックよりも捕獲品のロクイチがあったらそっちにしたかったという事だった。

しかし…俺はいわば「安全地帯」でノーマルスーツ(実際には、外見は同じだが放射線防護能力の無いフライトスーツ。地上配備のドップやワッパの乗員とかが着用する奴だな)で「コスプレ」して歩哨をしていただけなので任務終了後に軍病院の全身放射線計即ちホールボディーカウンターで数値を計っても全く異常は無く行く前と変わらない事が確認できた。
報道向けの信用性を高めるために軍とは関連性の無い都立や民間の病院の検査も受けた位だ。むしろこっちの方が俺的に面倒臭くてしかも辛気臭くてよっぽど病気になりそうだった。

一番最前線で任務に当たった原子炉組連の結果については不明だ。

俺は前にも言った通り地上軍に異動する前は宇宙攻撃軍の軽巡「イオージマ」乗務で所属は機関科。戦闘配置ではその恒常任務以外に適宜ダメコン要員という役どころだった。
自慢じゃないがズムシティの機関学校(その後暫くして航海学校と統合された)では学校長褒章を受章する位の模範兵だった。
その際座学で、艦船用機関か発電用かとか用途によって多少違いはあるが宇宙世紀の現在原子炉、反応炉(リアクター)はどんな旧式も含め皆「核融合炉」になっておりジオンの先端技術たる

「ミノフスキー・イヨネスコ型反応炉」

は別格として宇宙でも地球でもまだ融合炉になっていない、旧世紀時代の国宝か重要文化財?レベルな「核分裂炉」なんて運転コストはともかく制御不能の暴走や汚染の危険性もシャレになんねーから1台も残っていないと教官から教わった。

軍のあの警戒ぶりは?何より人的資源が貴重なジオンが現場の兵士の為、分裂炉でなくても念には念を入れていたのだと一義的には考える。

でもな、もしかして地球連邦として 「劣等種のヤープには、旧世紀の分裂炉で十分だ」 という判断でヤープトに危険極まりないバクダンを押し付けてたってセンもあるとしたら凄い気分悪いな。

まぁ、放射能で健康被害が表面化するって、自覚症状が出るまで俺が戦死せずに生きていられるって保証も無いんだが。

後で知ったことだが、俺が行ったワ・カヤマ第一原発を中世ヤープト語の略称で呼んだ 「ワカイチ」 とは同じ読み方で 「若い血」にも通じるのだという。いつの時代でも神仏は若者の命が大好物なようだ。


                                   報告書9 『太陽の塔 (前編)』 完



次回予告

知るのと、知らないのとどっちが幸せかって野暮なコト聞くねえ。 「人間、一生知らない方が幸せな事もある」ってそいつは当事者じゃないから「後世の歴史家」目線で酒のグラスを傾けながらカッコつけてキザに言えるってだけのハナシだ。 
知っても知らなくても結果どちらにしろ不幸だった。
美しい悲しみなんて、ねーよ。美しい悲しみよりも分からず屋の上司と阿呆なコウハイに挟まれてハンバーガーの具にされて毎日下らねードタバタ喜劇してた方がちっとも美しくねーけど実際よっぽど幸せだっての。


次回 『太陽の塔 (後編)』

不良債権処理、完了。 したと俺は伝える。見て確認するか? 



注)フライトスーツ
CWU-2/Gフライトスーツ。 ジオン公国軍で一年戦争の地球降下作戦に合わせ制式化。生産ラインが共通のM-73ノーマルスーツと外見が酷似している為、通称として「地上用ノーマルスーツ」とも呼ばれる。


                                       (C) 伊澤屋/伊澤 忍  2671   
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ジオン第八連隊記  報告書8 『親父と、プチ四駆』

2012年01月01日 19時30分00秒 | Weblog
機動戦士ガンダム0079 ジオン第八連隊記  復興(あす)への咆哮


報告書8  『親父と、プチ四駆』



「…なあ、シモムラ。昔流行ったプチ四駆ってヤープトだとまだ売ってるんかな」
「あの20年位前にあった奴ですか?」


俺の直属の上司、八連隊七中庶務係長のナカジマ曹長は「粋」だ。「野暮」と会話なんてしない。
どれくらい粋かって?軍人よりツ・キヂの魚河岸で仲卸の社長やった方がずっと似合うくらいだ。
俺みたいな野暮なクソが仕事で何らかの報告を上げる際に会話の中に「あの~」とか「え~~と…」なんて無駄な接続詞を挟もうものなら

「あ~~~ッ!!もういい!」

と強制終了。以後の話なんて聞いてもらえない。 その係長がか?あたかも初心者が専門家に教えを請うような「謙虚な」口調で遥か以前に絶版になったレトロおもちゃの情報について俺に訊いてきた事に馬鹿でクソな俺もたまげた。この日はクリスマスイブの前日23日に軍民合同でやるお楽しみ会の準備調整とかでえらい忙しかったのだがその合間お茶タイムにこの話題だ。


「経済制裁時代に絶版されたのは知ってる。でもヤープトって今にも潰れそうな下町のおもちゃ屋や駄菓子屋で恐ろしく昔の名品が売れないまま倉庫の奥に『寝てたり』するだろ。倅のクリスマスプレゼントに贈ったら凄い驚くんじゃないかと思ってな」
「地震や津波でも被害受けなかった生き残ってるお店とかを探せば絶対ありそうだと考えます」


ここで予備知識の無い第三者に説明しておくと、『プチ四駆』とはMSの駆動推進系で知られるツィマットにかつてあった玩具部門から発売され宇宙世紀58~61年くらいに爆発的に流行した脳波操縦式のラジコンカーのことだ。ナ・ンバにその工場があった。
手動リモコンでも音声認識でもなく「鉢巻アンテナ」と呼ばれる専用コントローラーを用い頭の中で考えたままに走る姿に、級友の兄貴から借りてやらせてもらった俺は大いに感動した。
ただ、知る通り不発に終わった58年の共和国宣言の翌59年から本格化した連邦の経済制裁で以後製造が不可能になり惜しくも絶版に追い込まれた。
誕生日に親に買ってもらおうと楽しみにしていた俺は落胆し、ナ・ンバでは大人も含め反連邦暴動が起きそうな勢いだった。それだけ人々から愛されていたのだ。地球側メーカーも何度かパチ物、海賊版を造って売り込もうと画策したが結局同じ性能の物は最後まで造れなかった。


「チビ四駆の改造部品や強化パーツとかって付けるのに本体削り直したりする必要あるんかな」
「ツィマットの純正品ってなっていたら、本体改造しなくてそのままポン付けできますよ」
「ん…」


これまで「野暮とは話さない。それでも話したいなら通訳を付けろ」という粋として、極めて硬派な姿勢を崩さなかった係長がこんなに普通に「親父」として話したのを俺は初めて聞いた。


「今週どっちにしろ俺日曜に休日勤務だからさ。100ハイト預けとくから改造部品も含めて買っといてくれないか。釣りが出たらお前にやるからさ」
「了。ただお釣りは返しますよ」

「お前…俺が普通の父親だって今頭の中で考えただろ。笑ったか?」
「私に限ってありません。でも係長にそんな小さなお子さんがいるなんて初めて聞きましたよ」
「阿呆!ウチの倅はもう20歳だ!いつまでも子供っぽさが抜けなくて困ってるんだ」


俺は内心安心した。係長がただ虚勢を張るため「粋」「いなせ」のそれらしい「ノリ」を周囲に垂れ流しているのではなくちゃんと上司として、家庭人として確固とした価値観があり公私ともそれに基づいて部下の俺に命令を下しているんだと再確認できたからだ。この人に服従すればジオンが勝っても敗けてもちゃんと生き残れる。と俺は確信した。


「全く!何て無駄話させやがるんだよ。シモムラは当日歌手のMINの衣装早替わりの要員だったろ。ウチは女いないから坊主の法要の仕事思い出しながらイメトレとシミュレーションやっとけよ」
「了」


「へーーっくしゅん!!」
「どうしたヒノモト。風邪か」
「いえ中隊長。ただ、誰かに噂されているのだと…」


「シモムラ上等兵、舞妓さんの彼女出来たって聞きましたよ。今度会わせてもらえません?」
「テメー馬鹿か!?彼女じゃなくて患者だ!つーかフリークスS■Xって今頭の中で笑っただろ」


こいつ顔とスタイルは滅法良いがひたすら馬鹿女だな。だったらいっそ命じられた日曜のお買い物は探すのも含めてこいつをパシリにして全部やらせるか。


「ヒノモト上等兵!直々にある作業を命じるとするかな!今週の日曜ある特定の物品をォ…」
「はい!」
「…やっぱ、止めとくわ。 ってゆーか女に言ってもわかんない案件だろうから無駄だ」


女にプチ四駆がどうのこうの言ってもわかんないだろうし何より命じられた仕事をさぼるのは俺の美学じゃない。直接探して確保しなきゃな。

日曜、偉い難儀した!生き残ってるおもちゃ屋や駄菓子屋を最初十何軒か回っても絶版されてから長くことごとく品切れ。最終的に駄菓子商組合の情報網だか何かで最終ロットの在庫が残っている店が見つかりオバサンの生存を確認の上そこでの購入に成功した。


「古い品物だから動作確認はこの場でしてから買ってくんな」
「ああ承知。それにしても懐かしいな」


幼き日の記憶通り、頭の中で考えたまま面白いほどよく走った。


「お兄さん素質あるわぁ。実はニュータイプなんじゃない?」
「おだてるなよォ。 良し…と、品質検査完了。改造部品込みで120ハイトだったね」

「毎度あり!」


週明け、ショップで無事「収穫」を目にした係長の喜びようは格別でもう普通じゃなかった。


「呑まないか。明日は歩哨も体力測定も入ってないだろ」
「喜んで!」


確か独立戦争の期間を通じて係長と呑んだのはこれ一回だけだったと思う。親子ほども歳の離れた上司と呑むのってのは特に人徳ある上司相手だとどちらかと言うと親父に旨い物喰わせてもらうみたいな感覚だ。


「100ハイトじゃ絶対アシ出たろ。今夜は俺がおごるよ」
「いえ、先月倹約したから自分で払えます。 …モリ中尉。原子爆弾一杯お願いします」

「あいよ!」

「いつも観察してるとお前って酒は原子爆弾ばっかだな。第一不味いだろ」
「不味いから、それこそが行です」

「よく言うぜ!」


「原子爆弾」とは概ね大陸風の呑み方でビール6に焼酎もしくはウイスキー4で作ったクソ不味いカクテルの総称だ。俺としてはルウムで獲得した「坊主のバーベキュー」の通り名を忘れない目的で、たとえ翌朝盛大に二日酔いしても酒はこれ一本槍だった。


「倅は…実は志願兵も徴兵もどれも受かってなかったんだ」
「?」

「本来なら倅は兵役不適格のまんまシャバでくすぶってる筈だったんだ。それを俺が兵務庁に手を回して本人に絶対判らない形で志願兵合格で入営の扱いにさせて以後倅の給料は国じゃなくて俺が支払ってるんだ。知らぬは本人ばかり也で親が金出して戦争ごっこさせてるんだ。みっともねーよなー」
「きっと悪い冗談だと思いますが、それでも兵役逃れするよりずっと立派な行動じゃあないですか」


俺は庶務係として、毎月中隊各員の俸給や納税について嫌でも知る立場にあった。
その際それぞれの俸給明細に目を通していくと係長の納税額が将官級のVIP並にいつもべらぼうに高く異常なほど「高額納税者」なので一体何かと常に疑問だった。

「倅の給料は俺が支払ってる。戦争ごっこさせてるんだ」

という言葉で、全部繋がった。


「俺は、倅の欲しがる物は何でも与えたさね。自転車でも専用の勉強部屋でもエレカでも何でもだ。だが…兵隊の採用通知だけは引っ張って来れなかった。ヘボい親父だ。帰って笑えよ」
「私は…現時点で非常に悪酔いして今お聞きした事を1時間後まで覚えていられないと考えます」

「ああ、そうしてくれると本当有難い。軍機だからな」


                                     報告書8  『親父と、プチ四駆』 完



次回予告

人は土を手にし、水を手にし、最後に太陽を手にしそれを自在に御せると自らの力を誇った。人が大地に立って初めからあるおてんと様ではなく人が創ったその太陽はしかし、時として人が御せなくなり牙をむく祟り神だった。それを知った時、人は恐怖し溜まったツケを払う事になった。


次回『太陽の塔(前編)』

不良債権のなすり付けは、やめよう。


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