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菅沼家ルーツ

宮城谷昌光氏の小説「風は山河より」で菅沼家3代が主人公になっていました。
菅沼家のルーツを探って見たいと思います。

岡山藩菅沼氏

2010-04-04 07:22:51 | 菅沼家ルーツ

岡山藩池田家文書で

藩士菅沼家の記載があるようです。

菅沼八郎左衛門・菅沼源兵衛・菅沼小源太・菅沼八十郎の

三代記載されているようですが

菅沼八十郎で除帳になっているようです。


新潟の菅沼氏

2010-04-02 18:26:27 | 菅沼家ルーツ

新潟県村上市に耕雲寺というお寺があります。

越後四ケ道場の一つに数えられるほど由緒のある寺のようです。

寺の文書、永正6年 耕雲寺領納所方田帳に

「菅沼彦七」「菅沼孫六」「菅沼九郎三郎」「菅沼九郎二郎」が見えるとのことです。

永正6年といえば、菅沼定則が野田城を築いたのが永正2年。

その4年後ですね。この越後の菅沼氏も三河と関係があるのでしょうか。

あるいは、新潟発祥の菅沼氏がいたのでしょうか。

そういえば、新潟県村上市にも菅沼という地名がありますね。


本多釣月

2010-03-19 23:26:35 | 菅沼家ルーツ

本多釣月は幕末の福井藩の家老として藩主 松平春嶽に仕え

激動の幕末・明治の時代に活躍した。

もともとは福井藩士菅沼左門高次の子であったが

福井藩家老本多方恭の養子となったとのことです。

 

 

 


桑名藩 天明由緒

2010-01-30 16:26:13 | 菅沼家ルーツ
 桑名藩の資料に天明由緒というのがあります。その4巻に菅沼新七郎の由緒があり、六代前の菅沼新五左衛門迄遡って書かれているようです。ただし私には読めませんが・・・。古文書の解読ができる方がいらっしゃいましたら、お願いいたします。天明の頃の桑名藩は奥平系松平氏が藩主だと思います。

幕末まで

2010-01-29 18:24:44 | 菅沼家ルーツ
 幕末まで続いた奥平家は、中津藩奥平家と忍藩松平家・小幡藩松平家の3藩です。小幡藩の士族名簿には、菅沼重右衛門 100石4人扶持というのがありました。他の藩のものは資料が見つからず解かりません。

奥平家について

2010-01-27 21:58:52 | 菅沼家ルーツ
 菅沼家とともに山家三方衆と言われた奥平家についてですが、菅沼家と違い親藩大名として繁栄しました。奥平系松平として分家大名もあります。これは奥平信昌が家康の娘、亀姫を妻としていたため、子供が家康の外孫という関係もあったと思います。もともと菅沼家とも姻戚関係もあり、奥平家には菅沼姓の家臣がいると思い少し調べてみたいと思います。

森繁久彌

2009-11-14 13:03:10 | 菅沼家ルーツ
 森繁久彌さんが亡くなりました。享年96歳の大往生でした。
森繁久彌さんの父親は、菅沼達吉で明治時代の実業家でした。江戸幕府大目付の次男に生れ、菅沼家の養子になったとのことです。どこの菅沼家なのかはわかりませんが、どこかの旗本の家でしょうか。