柳田國男は、1930年(昭和5)に『蝸牛考』(かぎゅうこう)を発表し,そのなかで全国に豊富な蝸牛(かたつむり)の方言を整理し,デデムシ系・マイマイツブロ系・カタツムリ系・ツブリ系・ナメクジ系・ミナ系の6系統と,さらに新しい系統とみなされるツノダシ系があることをあげ,その分布状態を示した。その分析のなかから,蝸牛に対する新語が発生すると,元来それをさしていた語が周囲に追いやられる過程が繰り返され,古語の層が新語発生地の周辺に輪状に形成されていき,外周にある語の層ほど発生の古い語であるとの仮説を発表した。これが「方言周圏論」であった。
「方言周圏論」は、2つの点で誤解された。すべての方言語彙が「方言周圏論」で説明できると思われたことと、周圏的な伝播の中心はいつも京都であると考えられたことの2点である。
「カタツムリ」を表わす方言が五重の周圏的分布を示すことは、国立国語研究所が1957年から1964年にかけて調査しまとめた『日本言語地図』の第五巻の「かたつむり」の図で証明されている。また、柳田は自らが調査した32語の方言のうち「カタツムリ」しか分布図を示すことができなかったが、『日本言語地図』全六巻に収められた285語の方言語彙のうち周圏的分布を示すものは「かたつむり」を含めて76語ある。こうしたことから、現在では「方言周圏論」は方言分布を説明するいくつかの原則の中の一つとして有効であると考えられている。
小学館で刊行した、標準語引きの方言大辞典には、次のような記述があるので、参考までに引用する。
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方言周圏論
柳田國男は著者『蝸牛考』(1930)の中で、通信調査によって全国から集めた「かたつむり」の方言を地図に描き、京都のデデムシを中心として、マイマイ、カタツムリ、ツブリ、ナメクジの順に各種の語形が渦巻状に分布していることを発見した。そして、この分布は京都を中心にナメクジから順に地方に向かって言葉が伝播していったことを意味するという「方言周圏論」を唱え、当時の方言研究者に衝撃を与えた。
『日本言語地図』を見ると、きわめて多くの地図に周圏分布(ABA分布ともいう)が認められている。しかし、共通の発想や意味のずれなどによって、各地に同一の語形が偶然に生まれることがあるなど、周圏分布が認められても、周圏論が適用できないケースもある。
方言と伝播速度
歴史の経過の中で、勢力圏を拡大する話があり、一方、伝来の領域を縮小せざるをえなかった語があった。
では、その歴史の深さは、どれぐらいであろうか。また、たとえば中央で新しく誕生した語は、どれほどの速度で周囲に浸透していくのであろうか。
文献でその語の発生期がわかれば(たとえば800年前)、領域の広さ(たとえば都から400キロ)との関係で、平均伝播速度(この例なら年速0.5キロ)が計算できる。語により方向により(東西南北)速度はいろいろながら、平均年速0.93キロなる試算がある。そうであれば、この伝播速度とその領域の広さから、逆に文献からは確かめえないある語の発生年代を逆算できると考えることは、そう不自然ではない。
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方言分布の成立は、極めて複雑で、一つの仮説だけでは説明することは困難である。確かに「日本言語地図」に見られるようにきわめて多くの周圏分布をみることはできるが、ある地域にしかない語が存在する事実があるということは、成立の過程において、孤立に変化することや各地で独立に生まれることもある。つまり、方言周圏論は、必ずしも絶対ではなく、方言分布の解釈の仮説が数あるなかの一つにすぎない。
「方言周圏論」は、2つの点で誤解された。すべての方言語彙が「方言周圏論」で説明できると思われたことと、周圏的な伝播の中心はいつも京都であると考えられたことの2点である。
「カタツムリ」を表わす方言が五重の周圏的分布を示すことは、国立国語研究所が1957年から1964年にかけて調査しまとめた『日本言語地図』の第五巻の「かたつむり」の図で証明されている。また、柳田は自らが調査した32語の方言のうち「カタツムリ」しか分布図を示すことができなかったが、『日本言語地図』全六巻に収められた285語の方言語彙のうち周圏的分布を示すものは「かたつむり」を含めて76語ある。こうしたことから、現在では「方言周圏論」は方言分布を説明するいくつかの原則の中の一つとして有効であると考えられている。
小学館で刊行した、標準語引きの方言大辞典には、次のような記述があるので、参考までに引用する。
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方言周圏論
柳田國男は著者『蝸牛考』(1930)の中で、通信調査によって全国から集めた「かたつむり」の方言を地図に描き、京都のデデムシを中心として、マイマイ、カタツムリ、ツブリ、ナメクジの順に各種の語形が渦巻状に分布していることを発見した。そして、この分布は京都を中心にナメクジから順に地方に向かって言葉が伝播していったことを意味するという「方言周圏論」を唱え、当時の方言研究者に衝撃を与えた。
『日本言語地図』を見ると、きわめて多くの地図に周圏分布(ABA分布ともいう)が認められている。しかし、共通の発想や意味のずれなどによって、各地に同一の語形が偶然に生まれることがあるなど、周圏分布が認められても、周圏論が適用できないケースもある。
方言と伝播速度
歴史の経過の中で、勢力圏を拡大する話があり、一方、伝来の領域を縮小せざるをえなかった語があった。
では、その歴史の深さは、どれぐらいであろうか。また、たとえば中央で新しく誕生した語は、どれほどの速度で周囲に浸透していくのであろうか。
文献でその語の発生期がわかれば(たとえば800年前)、領域の広さ(たとえば都から400キロ)との関係で、平均伝播速度(この例なら年速0.5キロ)が計算できる。語により方向により(東西南北)速度はいろいろながら、平均年速0.93キロなる試算がある。そうであれば、この伝播速度とその領域の広さから、逆に文献からは確かめえないある語の発生年代を逆算できると考えることは、そう不自然ではない。
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方言分布の成立は、極めて複雑で、一つの仮説だけでは説明することは困難である。確かに「日本言語地図」に見られるようにきわめて多くの周圏分布をみることはできるが、ある地域にしかない語が存在する事実があるということは、成立の過程において、孤立に変化することや各地で独立に生まれることもある。つまり、方言周圏論は、必ずしも絶対ではなく、方言分布の解釈の仮説が数あるなかの一つにすぎない。