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ブログ版「泥鰌の研究室」

 信州飯田周辺の方言(飯田弁)を発信しながら、日本語について考えていきます。

昆虫を食す文化!

2005-02-24 | 方言(飯田弁)にみる民俗
(2月22日投稿記事「ゴトームシ」の補足です。)

伊那谷は、昆虫食文化の宝庫です。
信州は、海のない国で、魚といえば塩漬けのもので、タンパク源を確保するために昔からこんなすばらしいもの(昆虫)を食べていました。

表題の「ザザムシ」は、伊那谷珍味のひとつで、「ザーザーと水の流れるところにいる虫」からきています。天竜川に生息するいろいろな昆虫の幼虫をひとくくりに「ザザムシ」と呼びます。
「ザザムシ採り」は天竜川の冬の風物詩で、天竜川上流の上伊那地方で盛んです。
主に佃煮にして食べます。

養蚕は伊那谷の一大産業でした。蚕の「サナギ」は、太平洋戦争の食糧難の時代から食されるようになった(飯田女子短大 片桐教授)と言われ、この地方の重要な栄養源でした。「ヒビ」と呼ばれました。私が子どもの頃はおやつとしても食べました。

冬をむかえる準備として、薪割りがありました。農家では山から薪を伐採して燃料にしました。この時、割木の中からでてくる大人の小指くらいの「カミキリムシ」の幼虫を「ゴトームシ」と呼びました。薪割りをする大人のそばで子どもたちは、「ゴトームシ」が出てくるのを待ちかまえていたそうです。「ゴトームシ」が出てくるとそれを火であぶって食したと言います。
 飯田地方では、お年寄りがお菓子の「かりんとう」のことを「ゴトームシ」と呼びます。(だいぶそう呼ぶ人も減ってきています。)「ゴトームシ」の焼きあがりの形状が「かりんとう」に似ているんだそうです。

山国信州の昆虫食の代表選手は、なんといっても「蜂の子」です。
いろいろな蜂の子(幼虫)を食べますが、中でも絶品とされるものは、クロスズメバチ(上伊那では 「スガレ」、飯田近郊では「スガラ」、根羽方面では「ヘボ」、下條・阿南では「ベボー」等々異称多々あり)です。
 家庭ではハチノコゴハンと言って炊き込みご飯にします。秋の運動会の頃、弁当のおにぎりがハチノコゴハンという風景はよく見ました。今のマツタケゴハンに匹敵するご馳走でした。

このほか、イナゴも佃煮にして食します。私の弟が就職して東京で会社の寮で暮らすようになり、帰省した折り、手みやげにこの「イナゴの佃煮」を持たせたことがありました。寮へ戻った弟から電話があり、他の入寮者から「おまえの田舎ではバッタを食うのか」と言われたそうです。今ではとても高価な珍味です。

年取り行事

2005-01-20 | 方言(飯田弁)にみる民俗
きょう20日は、「ハツカドシ」(ハツカショーガツ)と呼ぶ、年取りの日。
年取りと言うと、一般的には、12月31日、大晦日の「年取り」であるが、飯田地方では、これを「オートシ」と言う。
年が明けて6日の夜に「ムイカドシ」と言って「オートシ」ほど盛大ではないが年取りをする。この年取りは、「オートシ」同様に重要な年中行事で、どちらか一方を欠くと「カタドシ」と言って忌み嫌われた。「ムイカドシ」の翌朝に「ナナクサガユ」を食し、無病息災を願う。
さらに、小正月を迎える14日の夜には「ジュウヨッカドシ」(ドーグノトシトリ)という小正月の年取りが行われ、小正月を迎える。小正月の年取りは、農家にとっては大事な行事で、土間に農具等を並べ、一年間の豊作を願う。この年取りが「ドーグノトシトリ」と呼ばれるゆえんがここにある。15日未明に果樹の一本一本に今年の豊饒を予祝して「ナリソカ、キリソカ」と唱えながら廻る行事「ナリソキリソ」が行われた。果樹の一本一本に鉈などの刃をあて「ナリソカ、キリソカ」と唱える。「ナリソカ」とは、「(果実が)なるか」という問いかけで、「キリソカ」とは、「(果実が)ならなければ切るぞ」という脅しと言われている。
そして、きょう20日が「ハツカドシ」(ハツカショーガツ)の年取りで、さらに2月3日には、「セツブンドシ」の年取り。そして翌4日が立春でようやく春を迎えることになる。

オソネビラキ

2005-01-12 | 方言(飯田弁)にみる民俗
正月に神棚へ供えた餅は、「鏡餅」と呼称します。年末に宣伝されていたコマーシャルも「鏡餅」でした。
飯田弁では、「カガミモチ」とは呼ばずに「オソナエ」と言います。神仏に供えるので、そのままずばり「オソナエ」と言ったのです。飯田以外でも「オソナエ」と呼ぶ地域はあることと思います。

松がとれ、正月11日には、神棚などから「オソナエ」を下げ、これを家族で食し、一年間の無病息災を祈ります。一般的には「カガミモチ」を食すので「カガミビラキ」と呼びます。飯田弁では、「オソナエ」を食すので「オソナエビラキ」となります。「オソナエ」の「ナエ」が転じて「ネ」となり、「オソナエビラキ」→「オソネビラキ」と変化しました。

私の家では、大小3つの「オソナエ」がありましたので、昨晩は、この3つの「オソナエ」を神棚と仏壇から下げて、雑煮にして食べました。
子どもの頃は、きちんと餅つきをして、「オソナエ」を作りました。ちょうど「オソネビラキ」の頃になると、オソナエも相当固くて、またカビなども生えたりして、食べるのにはずいぶんと苦労した記憶があります。今では、真空パックで「オソナエ」が売られていて、食べることに関してはずいぶんと楽になりました。ちょっぴり味気ない感じがしますが、これも世の流れというべきことかもしれません。スタイルは変わっても風習や文化は伝えていかなくてはならないと思います。

よいお年をお迎えください 「オートシ」

2004-12-31 | 方言(飯田弁)にみる民俗
大晦日に雪降りだったのは何年前だったでしょうか。記憶があまりありません。
大晦日のことを飯田弁では「オートシ」と言いますが、ほとんどが「大晦日」で、徐々に消えていくことが考えられる方言のひとつです。
大晦日の大売り出しを「大歳の市」(オートシノイチ)と言いますので、漢字をあてるとしたら、「大歳」なんだろうと思います。
年の瀬の方言は、年の瀬の風習にあわせて存在します。年始も同じです。
これから「年取り」の食事になりますが、読者の方々の地域では年取り魚は何をお使いになりますか。飯田では多くの家庭がブリを用います。昨日、あるスーパーへ行きましたら、ブリの切り身が一切れ2,000円以上で売られていました。それでも年取りには欠かせないものなので、多くの人たちが買い求めていました。

あと数時間で除夜の鐘が響き、2004年が幕を閉じ、2005年が始まります。
除夜の鐘をその数から「ヒャクハチ」とかつては呼んだようです。今、ヒャクハチとおっしゃる方がいらっしゃるかどうか定かではありません。

皆さん、よいお年をお迎えください。来るべき新しい年が皆さまにとってよい一年になりますよう、願ってやみません。