(2月22日投稿記事「ゴトームシ」の補足です。)
伊那谷は、昆虫食文化の宝庫です。
信州は、海のない国で、魚といえば塩漬けのもので、タンパク源を確保するために昔からこんなすばらしいもの(昆虫)を食べていました。
表題の「ザザムシ」は、伊那谷珍味のひとつで、「ザーザーと水の流れるところにいる虫」からきています。天竜川に生息するいろいろな昆虫の幼虫をひとくくりに「ザザムシ」と呼びます。
「ザザムシ採り」は天竜川の冬の風物詩で、天竜川上流の上伊那地方で盛んです。
主に佃煮にして食べます。
養蚕は伊那谷の一大産業でした。蚕の「サナギ」は、太平洋戦争の食糧難の時代から食されるようになった(飯田女子短大 片桐教授)と言われ、この地方の重要な栄養源でした。「ヒビ」と呼ばれました。私が子どもの頃はおやつとしても食べました。
冬をむかえる準備として、薪割りがありました。農家では山から薪を伐採して燃料にしました。この時、割木の中からでてくる大人の小指くらいの「カミキリムシ」の幼虫を「ゴトームシ」と呼びました。薪割りをする大人のそばで子どもたちは、「ゴトームシ」が出てくるのを待ちかまえていたそうです。「ゴトームシ」が出てくるとそれを火であぶって食したと言います。
飯田地方では、お年寄りがお菓子の「かりんとう」のことを「ゴトームシ」と呼びます。(だいぶそう呼ぶ人も減ってきています。)「ゴトームシ」の焼きあがりの形状が「かりんとう」に似ているんだそうです。
山国信州の昆虫食の代表選手は、なんといっても「蜂の子」です。
いろいろな蜂の子(幼虫)を食べますが、中でも絶品とされるものは、クロスズメバチ(上伊那では 「スガレ」、飯田近郊では「スガラ」、根羽方面では「ヘボ」、下條・阿南では「ベボー」等々異称多々あり)です。
家庭ではハチノコゴハンと言って炊き込みご飯にします。秋の運動会の頃、弁当のおにぎりがハチノコゴハンという風景はよく見ました。今のマツタケゴハンに匹敵するご馳走でした。
このほか、イナゴも佃煮にして食します。私の弟が就職して東京で会社の寮で暮らすようになり、帰省した折り、手みやげにこの「イナゴの佃煮」を持たせたことがありました。寮へ戻った弟から電話があり、他の入寮者から「おまえの田舎ではバッタを食うのか」と言われたそうです。今ではとても高価な珍味です。
伊那谷は、昆虫食文化の宝庫です。
信州は、海のない国で、魚といえば塩漬けのもので、タンパク源を確保するために昔からこんなすばらしいもの(昆虫)を食べていました。
表題の「ザザムシ」は、伊那谷珍味のひとつで、「ザーザーと水の流れるところにいる虫」からきています。天竜川に生息するいろいろな昆虫の幼虫をひとくくりに「ザザムシ」と呼びます。
「ザザムシ採り」は天竜川の冬の風物詩で、天竜川上流の上伊那地方で盛んです。
主に佃煮にして食べます。
養蚕は伊那谷の一大産業でした。蚕の「サナギ」は、太平洋戦争の食糧難の時代から食されるようになった(飯田女子短大 片桐教授)と言われ、この地方の重要な栄養源でした。「ヒビ」と呼ばれました。私が子どもの頃はおやつとしても食べました。
冬をむかえる準備として、薪割りがありました。農家では山から薪を伐採して燃料にしました。この時、割木の中からでてくる大人の小指くらいの「カミキリムシ」の幼虫を「ゴトームシ」と呼びました。薪割りをする大人のそばで子どもたちは、「ゴトームシ」が出てくるのを待ちかまえていたそうです。「ゴトームシ」が出てくるとそれを火であぶって食したと言います。
飯田地方では、お年寄りがお菓子の「かりんとう」のことを「ゴトームシ」と呼びます。(だいぶそう呼ぶ人も減ってきています。)「ゴトームシ」の焼きあがりの形状が「かりんとう」に似ているんだそうです。
山国信州の昆虫食の代表選手は、なんといっても「蜂の子」です。
いろいろな蜂の子(幼虫)を食べますが、中でも絶品とされるものは、クロスズメバチ(上伊那では 「スガレ」、飯田近郊では「スガラ」、根羽方面では「ヘボ」、下條・阿南では「ベボー」等々異称多々あり)です。
家庭ではハチノコゴハンと言って炊き込みご飯にします。秋の運動会の頃、弁当のおにぎりがハチノコゴハンという風景はよく見ました。今のマツタケゴハンに匹敵するご馳走でした。
このほか、イナゴも佃煮にして食します。私の弟が就職して東京で会社の寮で暮らすようになり、帰省した折り、手みやげにこの「イナゴの佃煮」を持たせたことがありました。寮へ戻った弟から電話があり、他の入寮者から「おまえの田舎ではバッタを食うのか」と言われたそうです。今ではとても高価な珍味です。