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ブログ版「泥鰌の研究室」

 信州飯田周辺の方言(飯田弁)を発信しながら、日本語について考えていきます。

上伊那の方言 ずくなし(上・下) 福沢武一著

2007-02-14 | お薦め!この1冊
 「上伊那の方言 ずくなし」(上巻)1980年12月発行
 「上伊那の方言 ずくなし」(下巻)1983年10月発行
   定価 いずれも3,800円  発行 伊那毎日新聞社

 「方言のふるさと」を探る決定版というべき、名著である。
 ちなみにインターネットの本の通販サイトを探してみたが、どこにも見あたらず、すでに新刊として入手するには困難な状態である。古書店を検索して入手するしか手段はないのかもしれない。

 私は、上下巻ともに著者の福沢先生からいただいた。私の方言研究には欠くことができない著作である。

 先生に「下伊那の方言研究を進めるには近隣の地域の研究書をも参考にしなければならない」と教えられた。
 下伊那方言の解明を進めるときには、必ず参考にするのが、この「ずくなし」である。

 亜細亜大学の宮脇昌三氏と民俗学者の向山雅重氏が次のような推薦の辞を寄せられている。

◎宮脇氏
 福沢方言学の特徴の第一は、その語源語義を探って国語学的にきわめて正鵠(せいこく)を得ていることである。
 さらに氏の方言の語り口には、かつて自らその著に題したように、風物詩というべき詩的情緒がいつも揺曳(ようえい)している。そして何よりも、この地の風土が産んだ、方言の一語一語に尽きせぬ愛情を注いでいることを尊しとするのである。
 われわれは、福沢氏が一木一草に到るまで、心こめて植え育てた、美事なる方言植物園に、心豊かに遊び楽しむことのできる幸せを与えられたのである。

◎向山氏
 本書は、自分達が子供の頃から使ってきた言葉、ごくあたりまえの日常の言葉をとり上げて、広い視野から見、深い学識によって、その由来、変化などを判りやすく、誰にも納得できるように解いていて、この地に、ふるくから生きつづけてきたひとびとの、その口ぶり、息づかいまで聞こえるようで、実に楽しい。軽やかな筆致のさし絵のちりばめられてあるのもうれしい限りである。


 題名の「ずくなし」は上伊那地方の代表的特徴を備えた方言の一つ。
  ズクナシ 「怠け者」
   ズク  「根気」
   ズクーヤム 「怠ける」
   ズクーヌカス 「怠ける」
   オーズク 「まともな仕事をやりとげる気力」
   コズク 「こまごました仕事に精出すこと」

 隣接する下伊那でも同様にこの「ズク」を使うのだが、それを共通語で説明するにはあまりにも難解である。
  
 

「ゆかいな誤変換。」 ヨシナガ著

2006-02-08 | お薦め!この1冊
いまやパソコン(ワープロ)はなくてはならない存在となっている。
そんな中で、ひらがなを入力してとんでもない漢字変換が表示され、ぎょっとしたことはないだろうか。
本書は、そうした誤変換を集めた内容となっている。

あとがきに著者から次のようなメッセージが書かれている。

昔、”誤変換”はごく一部の限られた人にしか体験できないものだった。
そもそもコンピュータが珍しかったので、普通の人は「日本語変換機能」そのものに触れる機会がなかったのだ。
(中略)
そして時は流れて現代。
今や変換機能に触れる機会はワープロ、パソコンに限らず、携帯メールにまで広がってきている。一部の層のものだった誤変換が、小学生からお年寄りまですべての人の前に現れ始めたのだ。
(以下、省略)

たしかに著者が言うとおりである。
はじめてワープロを手にし、その能力のすばらしさに驚嘆したが、反面、誤変換にはずいぶんと悩まされた。しかし、それは、その頃、ごく一部の者の悩みだった。
今はパソコン、携帯は必需品。それゆえにだれもが誤変換に遭遇する可能性がある。
内容を読んで、ずいぶんと笑った。自分にもこんな経験はあると頷くものもあった。
こうしてブログ記事を投稿し、自身のホームページを持つということは、ともすれば誤変換のままアップしかねないということになる。自省を求められた一冊とも言えるかもしれない。

ちなみに本書は著者の管理するサイト「僕の見た秩序。」の人気コーナーを書籍化したものである。サイトのコーナーはどんどんと広がりを見せている。当分、誤変換は日本社会を席巻するのだろう。

「問題な日本語」 北原保雄編

2005-02-26 | お薦め!この1冊

問題な日本語
どこがおかしい?何がおかしい?

著者: 北原保雄

出版社:大修館書店
ISBN:4469221686
サイズ:単行本 / 164p
発行年月: 2004年 12月
本体価格:800円 (税込:840円)

実におもしろい。井上史雄氏が新方言とされた「ウザイ」もばっさり。しかし、「新方言」についてもこの本一冊理解できるかもしれない。
およそ1時間少しで読破しました。
これからの日本語について考えさせてくれます。

「妖怪談義」 柳田國男 著

2005-02-08 | お薦め!この1冊
(自序より引用)
われわれの畏怖というものの、最も原始的な形はどんなものだったろうか。何がいかなる経路を通って、複雑なる人間の誤りや戯れと結合することになったでしょうか。幸か不幸か隣の大国から、久しきにわたってさまざまの文化を借りておりましたけれども、それだけではまだ日本の天狗や川童、又は幽霊などというものの本質を、解説することはできぬように思います。

講談社学術文庫 135  価格: ¥882 (税込)

各地に残る伝説や昔話には、実にさまざまな妖怪が登場する。それらの名前は、同じような妖怪であっても、地域によって名称はさまざまだ。それは、まるで動植物の方言のようである。
民話や伝説は、その地域の方言を知る上でも重要な資料となっている。

「日本の方言」 柴田 武 著

2005-01-13 | お薦め!この1冊
■岩波新書青版 C-100
■体裁=新書判
■定価 735円(本体 700円 + 税5%)
■1958年4月17日(第1刷) 
■アンコール復刊(第34刷)2003年1月21日


著者のことば(本書「方言は今後どうなるか」から抜粋)
 「標準語教育」で大事なことは、自分の方言と共通語との対応を知り、また、自分の方言の体系を明らかにすることで、この努力が教育の効果をあげる。その順序としては、重要な面から始めるべきで、その点でも、アクセント教育は最後にまわすべきものと考えられる。
 方言を撲滅するなどという考え方はやめて、おのおのが自分の方言を観察するようにしたい。それによって、方言への愛情もわき、血の通った共通語を話せるようになると思う。また、将来の「標準語」に提供される単語を見当づけることも可能となる。方言は隠すべきもの、はずかしいものではなく、将来の日本語を肉づけするものなのである。

 なるほどと思わず相づちをうった一文であった。方言調査に出かけたとき、「方言調査」である旨を話者に伝えた以降、話者が全く方言を語らなくなって困ったことがある。つまり、話者は、笑われることをおそれて、話そのものをしなくなってしまったのだった。方言コンプレックスである。そんなものは全く関係ないと著者は説く。「えせの東京共通語を話すよりは、方言のにおいは残っているが、意志と感情を盛りこめる各地共通語で話すことの方が、言語生活としては健全だと思うのである。」と。
 地域社会の生活、父祖の知恵から生まれた方言を守りつつ、日本語の将来を考える貴重な1冊ではないだろうか。