何しろ1日1投稿がモットーの瓦版ブログです♪

2014年6月8日の日曜日、YouTubeにgooボタンが付いていたので登録♪
継続は力なり!で内容は投げやりかも笑。

アサド政権は化学兵器など撒いていないと言うが本当か

2017年04月08日 23時56分12秒 | 戦争

 

米国はアサド政権だと言いアサド政権は覚えがないと言う

 トレンドブログでも上げたが、いま
シリア情勢が大変な事に、なっている。

Googleトレンドでも上位に来ている
キーワードである。

日本国内では、とても考えれない事だが
シリア政府が自国の地域を反政府軍を標的にして
化学兵器を空爆した!というのだ。

 これで多数の民間人を含む100人近くが死亡し、
400人あまりの犠牲者が出ているが、どうも
毒ガスの成分は1995年のオウム真理教信者が起こした
地下鉄サリン事件で使われたサリンで有るらしい。

コレに激怒したアメリカのトランプ大統領が、
報復措置 」としてシリア政府軍の空軍基地に
巡航ミサイル「 トマホーク 」59発を発射している。

これに対する安倍晋三首相のコメントは以下の通り。↓

安倍総理、シリア攻撃で「米国の決意を支持」(17/04/07)

 しかし、一部では本当にアサド政権、特に
アサド大統領は関わっておらず、イランが
関与していると言う見方も出てきている。

コレばっかりは、真相が掴めようはずもないが、
日本に生まれたのは幸運だったと思わざるを得ない。

特にシリアといえばシリア自由軍の反政府勢力
のみでなく、テロ組織「 イスラム国 」も暗躍している。

 この化学兵器の空爆で、いっぺんに家族を失った
アラブ人男性が泣きながら
子どもたちが何をしたって言うんだ!! 」と
訴えていたが何の罪も無い子どもたちの
尊い命が奪われ行く現実は、見ていて余りにも痛々しい。

今日の〆の和歌「 短歌57577 」

「 突然に
空からサリン
食らったら
シャレにならんわ
日本は平和 」

※ 「 っ 」「 シャ 」で一拍( 1文字 )


あまりにも悲惨な関東軍の731部隊

2017年03月20日 23時45分38秒 | 戦争

 

昨年、入院したときも考えていた

 今の現代社会、特に日本は物質的にもそうだが
社会構造自体が非常に恵まれている
、と痛感せざるを
得ない。

手厚い医療制度と保護により、1つのケガに対して
心ゆくまでの高度な先進治療を受けることが出来る。

 コレが今から75年位前の戦時中だと、
麻酔も掛けられずにメスで体中を切り刻まれる
人体実験を、された悲惨な人達も、いたのである。

それが、今の中国に建国されていた日本軍の
傀儡( かいらい )国家、満州国の
「 泣く子も黙る関東軍 」直属の、その名も恐怖の
関東軍防疫給水部本部731部隊 」通称、
石井( 四郎 )部隊である。(゜o゜;

Building on the site of the Harbin bioweapon facility of Unit 731 関東軍防疫給水部本部731部隊(石井部隊)日軍第731部隊旧址 PB121178a ボイラー楝跡.JPG
By 松岡明芳 - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

731部隊のハルビン生物兵器施設の敷地に建設する
関東軍防疫給水部本部731部隊( 石井部隊 )

 終戦時、証拠隠滅目的で爆薬で破壊された
施設の残骸部分の写真である。

場所は中国の満州国内ハルビンにあり、ここでの
日本軍の行った人体実験が凄惨を極めた。

 当時、捕虜として捉えた中国人、朝鮮人
モンゴル人、ロシア人、アメリカ人らを
丸太 」と呼び、人間扱いは一切せずに
細菌を注射したのち人体実験のモルモットとして
無惨にも麻酔無しで切り刻んで殺した。

 

 他には凍傷実験と称して零下何十度の野外に
何時間も立たせられた中国人捕虜などは腕が
黒ずんで指がなく骨が露出していたという。

さらには捕虜を柱に縛り、上から20Kg,及び
30Kg爆弾を投下するなどして爆撃するなど、
「 人間の体は、どこまで極限に耐えられるか 」
という趣旨の人体実験の犠牲者は実に、
1,000人から3,000人にも及んだとされる。

 人間の尊厳を完全に無視していると言った
人権擁護論よりも、阿鼻叫喚地獄を味わいながら
命を落とされた方々には気の毒を通り越して
言葉が見つからない。

また、わざわざ生きた状態の捕虜たちを切り刻んだ理由は
「 人間が死ぬと別の細菌が入り込んで
正確な実験データが得られないから 」だったという。

凍傷実験の犠牲者の中には
生まれたばかりの赤ん坊も含まれていた。

当時の人間達の痛みが今の人間の半分だったかと言えば決して、
そんな事は無いだろう。

今日の〆の和歌( 短歌57577 )

戦争は
残虐極め
殺し合い
見るも無惨な
生き地獄なり

※「 ぎゃ 」で一拍( 1文字 )


なぜ人間は戦争を繰り返すのか

2017年01月04日 23時37分50秒 | 戦争

 

欲しいものが有れば殺して奪う

 太平の世と言えば徳川幕府の動乱の幕末を除く
江戸時代は今と同じように極めて平和で有ったとされる。

つか、いまの日本の平和な状態は人類史上、
稀にみる稀有な状態で有ると言われている。

それくらい、人類は戦争を繰り返してきており
人類の歴史は、そのまま「 戦争の歴史 」だと言う。

とあるサイトには今の日本が平和でいられるのは
たまたま戦争が起きなかった 」からでは無く、
アメリカという強大な軍事力に守られて 」いたからだ、
とする根拠に基づいた書き込みがあった。

 いわゆる「 日米安全保障条約 」と言うアメリカの
強大な軍事力と核の傘に守られているからだと言う
主張であるが、無論コレのみでない幾つかの
好条件に恵まれているからだという内容の記事は
昨年に当「 瓦版ブログ 」でも綴っている。↓

http://bit.ly/2j4AVlu

 しかし世界史の史実からは戦争の切れ間が
無いくらいに戦争は繰り返されているという
無残な現実がある。

しつこいようだが今の平和な時代の日本に、
のうのうと産まれて来た事を、
本当に幸運だと痛感せざるを得ない

それくらいに今現在の諸外国の惨状たるや、
目を覆いたくなる悲惨さだし、この日本に於いても
過去には「 国民皆兵制度 」から、召集されたら
嫌でも戦争に駆り出された挙句、無念の内に
戦死された方々も数多く、いらっしゃるのである。

 それでも、今現在われわれ日本人が、
ぬくぬくと平和を享受している間にも
世界各地では紛争が勃発している状態が続いている。

では何故、人類はこうまでも戦争を繰り返すのか?

戦争が起きる原因は3つだけなのか

 紀元前400年頃の著名な古代アテナイの歴史家
トゥキディデス 」氏は自著
ペロポネソス戦争の歴史 」の中で、この様に綴っている。

「  戦争が起きる原因は“利益”か“名誉”か“恐怖”かの3つしか無い。 」

無論コレ以外にも政治的な外交カードの1つである
とする意見や、宗教的な論争が高じての対立であるとか
貧しさが生み出すものという主張も有る。

 また、時の帝政ロシアなどの覇権国家たる
欧米列強の各国が群雄割拠していた時、
自国防衛の為の日露戦争の開戦や、
対日石油を全面禁輸にされて背水の陣となった
日本と、アメリカとの日米開戦も有った。

 これらは、いずれも間違っていない。

 だが、極論を私見で申し上げるなら
結局は利益を得るために相手を武力で制圧する側と
自国を守るために防衛する側との殺し合い

が戦争の原動力で有り、本質的な動機ではないかと
私めは考えている。

 YouTube動画で拝見させて頂いた映像コンテンツの中に、
ナチスドイツに弾劾された極限状態のユダヤ人の
父子が連行される列車の中で、差し入れられた
1つのパンを独占しようとした父を殴り殺してまで
パンを手に入れた息子を見たと言う証言を
された方の映像が有った。

コレこそが「 戦争の究極の凝縮された形
ではないかと見ている。

 それでは「 トゥキディデス 」氏が唱える
戦争が勃発する3大要素とは何なのか?

利益 」これは相手を武力で鎮圧することで
資源を手に入れ支配地域の拡大を図る事と
戦争に拠って経済が活性化し莫大な利潤を
手にする事も出来る。

正に第二次世界大戦後の戦勝国アメリカの
V字経済回復が恒例である。

恐怖 」は、相手に侵略される怯えから
身を守る為に戦う事。

名誉 」とは戦争に拠って実績を上げて
名前を売る事、功名心。

 余談ではあるが、日本の学校教育の現場では
社会科の歴史の授業などで、戦国武将の
関ヶ原の戦いは1600年 」などと、暗記中心の
授業が美化された上で行われているが、基本的には
自分の領土を広げる為の殺し合いに過ぎない。

Sekigaharascreen.jpg
By User LordAmeth on en.wikipedia Collection of The Town of Sekigahara Archive of History and Cultural Anthropology - http://www.sengoku-expo.net/flash/sekigahara/byoubu/byoubu_c.html http://inpaku02.iamas.ac.jp/sekigahara/byoubu/images/l/263.jpg, Public Domain, Link

 そうでない複雑な要因が絡み合った場面も有っただろうが、
戦争 」とは結局の所、「 武力による喧嘩 」なのである。

もしも宇宙人が攻めてきたら地球上の戦争は無くなるかも

YouTube動画では、ご丁寧にもNHKが放送した番組の
違法アップロードをして下さる方がいるので、これを視聴する事が有る。

ダウンロードは違法だが、こと「 視聴 」に限って違法性は
現在の所、無い。(^_^;)

 そのNHKの番組の中で、とある方がこの様に仰っていた。

人類で共通の困難に立ち向かわざるを得ない問題に
直面すれば戦争は無くなるでしょう
」と。

 この時私めは、思った。

生半可な課題ではダメだが、もしも宇宙人が攻めてきたら
地球上で戦争なんかしていられなくなるから、
人類が手を合わせて宇宙人を滅ぼさんとせしめ、あ.....
結局、「 戦争 」かよっ!!(-_-;)

 それでは。(-_-)zzz

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太平洋戦争で1941年に日米開戦をした理由は何故なのか

2016年12月29日 22時08分15秒 | 戦争

同じ過ちを繰り返さぬために

 12月27日( 日本時間28日 )に、アメリカのオバマ大統領と日本の安倍晋三首相がハワイの真珠湾を訪問し、スピーチした。

オバマ大統領「最も激しい対立は最も強い同盟に」(16/12/28)

オバマ大統領は5月27日にも来日され、
広島市の平和記念公園を訪れ原爆死没者の
慰霊碑に献花の上、スピーチをされている。

75年前の12月7日( 日本時間8日 )に日本軍は
真珠湾のアメリカ軍基地を空襲し日米開戦に至った。

最近は特に過去の戦争に関して深き思いを
巡らす様になったのだが本当に、くり返し思うのは
今の平和な日本に生まれたのは本当に幸運だった
と言う事。^^ ↓ ↓ ↓

お国のために命を捧げろ 」的な「 赤紙
( 召集令状 )が3回も4回も届いたら本当に嫌になる。

しかし学生時代は、ろくすっぽ勉強せずに
ビデオゲームばかりやっていた私めは
なぜ日本は太平洋戦争を始めたのか
という疑問が、かなり以前から有ったものの
その原因がなかなか掴めずに居た。

以前に当「 瓦版ブログ 」でも綴ったのだが、1904年から勃発した日露戦争などは今の様に国際情勢が
みんなで仲良く強調しあって世界は1つ♪ 」的な空気( 一部、そうでない国々も有るが )ではなかった。

当時は「 欧米列強、帝国主義、弱肉強食 」の世界だった事からも、うかうかしていると
あっという間に「 植民地化 」されてしまい、食い物にされるしかないと言う風潮だったので、
これを打破するためには相手を打ち破る、という選択肢しか無かったのだろう。

しかし1941年( 昭和16年 )12月8日から
開戦してしまった第二次世界大戦中の日米戦争は、
もっと複雑な事情が絡み合って居るようである。

まず、日本国側としても自国の権益を貪るのが
目的で勝ち目のないアメリカに喧嘩を
ふっかけたのでは無いという事だけは間違いない。

そこの間には日中戦争最中の中国、
イギリス、フランスなどの各国の権益を巡る思惑も
複雑に入り乱れて居たのである。

当時の第32代アメリカ合衆国大統領は
フランクリン・デラノ・ルーズベルト 」氏
( Franklin Delano Roosevelt )で、彼は
黄色人種を蔑視する環境で育ってきた
影響も有ってか、そのような反日的な感情を
日本に持っていたとされる。↓

( 1945年、昭和20年4月12日、脳卒中で死去 )

更には、当時の世界での日本の立ち位置が
黄色人種の独立国家では4ヶ国しかない内の
1つである日本が経済的な発展を遂げてきたのも
経済新興国のアメリカに取っては目障りな
存在に映ったのかも知れない。

が、モチロン日米が開戦に至る原因は
それのみではなかった。

日中戦争が大きな火種に、なっていた

 昭和12年( 1937年 )7月7日に勃発した
盧溝橋事件 」が発端となった日中戦争( 支那事変 )は
そこからの権益を狙うアメリカやイギリスとの深刻な対立を
もたらす様に、なっていった。

もともと、この盧溝橋事件も7月4日の夜に事前に中国側に
通知済みであったとされる、日本軍の夜間軍事演習中に
中国側の軍部が実弾を発砲したのが発端だった。

Chinese Soldier Went Out of Wanping.jpg
By Unknown - http://www.gettao.com/bbs/viewthread.php?tid=5033, Public Domain, Link

日中戦争の最中、アメリカは援蒋ルートを使って
蒋介石政権に軍事支援を行い、日本を牽制する
行動に出ている。

( この時は、まだ中国に「 宣戦布告 」を
していないので、正確には日中戦争ではなく
支那事変 」と呼ばれている )

これに伴って8月24日には陸軍参謀本部が
10万人を越える兵士の動員を決定。

全国各地で召集令状、いわゆる赤紙が配達された。

明治6年から発布された徴兵令( 国民皆兵制度 )を
1927年( 昭和2年 )に改定した兵役法によるもの。

昭和13年( 1938年 )国家総動員法を制定。

1940年( 昭和15年 )9月27日に日独伊( 日本、ドイツ、イタリア )三国同盟締結

昭和16年7月、日本軍はフランス領インドシナの南部(  現在のベトナム北部 )まで進駐した。

こうした流れの中で、実はアメリカとの開戦までの伏線の中で、中国が大きく影響する事になったのは言うまでもない。

ちなみに私めは当初、日中戦争を始めたキッカケは日本側の「 大東亜共栄圏 」とか言う思想を成就せしめんがために中国を支配下に置く目的が有ったのかと思っていた。

しかし実際に大東亜共栄圏を提唱するのは昭和15年頃からであるから、これ目的での日中戦争では無いということが分かった。

対日経済制裁の石油を全面禁輸は効いた

 かねてから日本への警戒感を強めていた
ルーズベルト大統領はインドシナ進駐に対抗して
昭和16年8月に対日石油の全面禁輸を実施。

前月の7月26日には在米日本資産の凍結を実施している。

経済封鎖でも容赦なく四方からのA( アメリカ )B( イギリス )C( 中国 )D( オランダ )包囲網を敷く。

日本は石油の殆どをアメリカ( 70% )や植民地であった東南アジアであるヨーロッパの植民地から輸入していた。

石油の禁輸が続けば、飛行機も軍艦も動かないジリ貧状態に。

近衛内閣から東條内閣に、なっても外交交渉は継続

昭和16年10月、米との戦争を回避すべく外交交渉を継続していた「 近衛文麿 」( このえふみまろ“公家”公爵 )首相は、
一部の軍部の強硬論を抑えきれずに辞職。

( 終戦後の昭和20年12月16日、A級戦犯として出頭する前夜、青酸カリで自決しているが日中戦争拡大の責任を感じていたのであろうか )

陸軍大臣だった「 東条英機 」( とうじょうひでき )氏が首相に就任。↓( 1948年、昭和23年11月12日、東京裁判にて絞首刑の判決 )

11月17日、当時の外務大臣「 東郷茂徳 」( しげのり )氏は「 外交に拠って戦争を回避 」しようとしていた。↓

( 1948年、昭和23年11月4日、東京裁判にて禁錮20年の判決 )

大本営政府連絡会議での東郷「 乙案( 最終案 )」は、
今は我慢の時。インドシナ南部から軍部を撤退させる代わりに米国は対日の石油の供給再開を求め、中国問題には干渉しない 」と言う交渉案を打ち出して見せた。

17時間にも及ぶ会議の末、「 戦争準備と外交とを並行して行くが期限は11月いっぱいまで 」という軍部側の条件だった。

コレを最終案としてアメリカの「 野村吉三郎 」駐米大使に暗号化した電報で打電。

しかし、この暗号は1年以上も前からアメリカ側の「 ウィリアム・F・フリードマン 」氏らのチームにより、アメリカのシアトル郊外のベインブリッジ島のフォートワードにある秘密施設で、キッチリと解読され内容は全てルーズベルト大統領に漏れていた

米国は、栃木県の小山送信所からサンフランシスコの米国通信会社の受信所に送られた日本の外交電報を米国西海岸シアトルにほど近いベインブリッジ島の海軍電信所で傍受し、テレタイプ(電動機械式タイプライター)でワシントンDCの海軍省ビルに転送した。

こうした直通電信回線の設定により米国の解読班は、日本大使館の電信係員より、少なくとも配達に要する一、二時間程度早く日本の外交電報を手に入れていたのである。

【 引用ここまで↑出典:デイリー新潮2018年12月7日掲載 】

外交電報のコードネーム、パープル暗号( 暗号機B型 )を解読した文書は「 マジック 」と呼ばれ、現在でもアメリカ国立公文書館に保管されている。

その間、日本軍は戦争の準備をしました。


ベインブリッジのラジオによって傍受されたメッセージは、戦争を始める合図でした。

【 引用ここまで↑出典:ワシントン州の歴史の無料百科事典 】

米ベインブリッジ島の海軍通信所は「 ステーションS 」という呼び名で、当時は極秘扱いだった。

従って、この提案を断れば日本は開戦に踏み切る事も相手は知っていた。

が、さらには日本側も負けてはおらず、
米国と中国のやり取りの電報暗号もキッチリ解読していたのである!!
( 長い間、極秘扱いとされて来た )

最終的には開戦が狙いだったルーズベルト大統領

ルーズベルトは敵国であるドイツと同時に
日本との戦争に入る為には3ヶ月間の
準備期間が必要だと考え「 コーデル・ハル 」国務長官に
日本との戦争の準備が整うまで、
“暫定協提案”を作って交渉を引き延ばせ
と指示している。

 すでにこの時点でルーズベルト大統領は
日本と戦争する気マンマンで有ることが伺える。

何故なのか?

冒頭でも申し述べたように、
反日感情だけの判断では無いのは明々白々。

 1つには世界恐慌で失業者が溢れかえってる
アメリカ国内の景気を回復させる為には
戦争を起こすことで国内特需を押し上げる事が
有効な手段だから。

実際に彼はニューディール政策と共に対日参戦に拠る
戦時経済で驚異的なV字回復をアメリカに、
もたらしている。

 だが、もう1つルーズベルトには自分から
戦争を始められない理由があったのだが、
それが「 選挙公約 」での
「 戦争はしない 」という発言だった。

この事からも、彼は
相手側から戦争を起こさせる様に仕向ける
狡猾な戦略が必要だったのである。

要はアメリカ国内の世論を味方につける戦略である。

11月20日( 米時間 )ハル氏は、この内容を知っていたが
2人の大使に「 十分に検討させて頂く 」と返答。

11月22日アメリカ側のハル暫定協提案が書き上がった。

日本がこれ以上南方に進出しない事を条件に
米国は経済制裁を緩め日中戦争の解決には干渉しない

ただしこの提案の有効期限は3ヶ月とし、
それ以降は改めて交渉する 」と言う内容。

同日のAM9:00 ハル国務長官は
イギリス、オランダ、オーストラリア、中国の
大使や公使と会談し暫定協定案への了解を求めた。

ここで徹底的に横槍を入れる中国陣営

この日本への妥協案に中国大使の「 胡適 」( こてき )氏は
米国は中国を見捨てようとしている 」と衝撃を受けた。↓

胡適氏は直ちに、この提案内容を中国の指導者、
蒋介石 」( しょうかいせき )氏へ電報で打電。

日中戦争の最中に有った中国の「 蒋介石 」氏は
「 不安と怒りが心の中を激しく交錯した 」
と、この時の心境を吐露している。

胡適大使に「 絶対に日本と米国を妥協させてはならない、
それは中国の死を意味する 」と指示した。

さらにはイギリスの
ウインストン・レナード・スペンサー・チャーチル
首相にも働きかけ電報を送った。

「 米国が日本と妥協案を結んだら中国は失望し、
あなた方の語る国際信義という言葉も信じなくなる 」

11月24日ハル氏は中国大使の胡適氏を呼び、
説得を試みる。

「 あと3ヶ月待てば日本への戦争準備が整うのですよ 」

しかし胡適大使は
「 いまアメリカが妥協案を出したら中国は崩壊します 」
と納得しない。

この様な経緯から、日本への返答期限は先延ばしに
されたが、このとき既に日本海軍は準備を整え
エトロフ島に結集しハワイ真珠湾攻撃の命令を
待っていた。

11月25日ハルは暫定協定案を日本に提示すると
閣僚に宣言するが同日、中国の蒋介石側から
日本との妥協案を非難する電報が次々に入ってきていた。

 この事態に怒ったハルは中国の胡適大使を呼び
「 交渉担当者である私を通さずに閣僚に電報を送りつけるとは何事か 」
と問いただすと胡適氏は、
「 いまアメリカが日本に石油を1滴でも売れば、
それは中国人兵士の血を1ガロン流すのと同じ事なのですよ 」
と猛然と反発した。

このようなやり取りの中、期限引き伸ばしの報告を
野村大使は東郷外務大臣に報告しているが
なぜか東郷外務大臣は沈黙を守り続けたと言う。

何故、なんの指示も出さなかったのか?

暗号を解読して妥協案の内容を知っていた東郷氏は
交渉は上手く行っていると勘違いして
米国を刺激しない様に静観したと言われる。

大英帝国イギリスの真の狙いとは

同日の夜にルーズベルト大統領の元に
イギリスのウィンストン・チャーチル首相から電報が入った。

「 もし中国が崩壊すれば私達の共通の脅威は
著しく増大するでしょう。
米国が中国の立場を十分に考慮した上で
政策を実施する事をイギリスは期待します。 」

中国を救うべきだと言う信義よりも、
ドイツに攻め込まれて苦しい立場のイギリスは
米国が参戦することに拠って強力な味方に
日本の同盟国であるドイツを攻撃して欲しかった、
という裏の狙いも有ったのだ。

何かの陰謀か?盛られた報告にキレたルーズベルト大統領

11月26日の朝、米国軍部からルーズベルト大統領の元へ
「 数十隻からなる日本の大輸送船団が台湾沖を南へ移動している 」
との情報が舞い込んだ。

これは米国軍部の盛りに盛った?過大報告だったが、
ルーズベルト大統領は大激怒。

「 日本は和平交渉の席でインドシナからの撤退を
唱っておきながら、遠征軍を送ろうとしている。
これは握手を求めるもう片方の手で
短剣を突きつける様なもので、日本は信用できない 」

だがこれは完全なルーズベルト大統領の誤解で
実際に日本側は輸送船を航海させてはいたが、
その数は十隻程度だったと言われている。

まぁ、でもこの輸送船団が1000隻でも1隻でも
アメリカ側の思惑は変わらなかったと思うのだが。

ハル国務長官が提案したハル・ノートとは

 11月26日( 日本時間27日 )日本との交渉責任者、
コーデル・ハル米国務長官が書いた
ハル・ノート 」を日米会談で手渡す。

その衝撃的な内容とは?

米国はハル・ノートと言う外交文書で
強硬案を提示してきたのだった。

日本政は中国及びインドシナから
全ての陸海軍と警察部隊の撤退、
三国同盟の解消を要求してきたが
日本が待ち望んだ石油の供給再開の文字は無し

この内容に難色を示した野村吉三郎駐米大使と
補佐役の来栖三郎駐米大使はハル氏に応酬したが、
まさに「 取り付く島のない 」といった有様で、
このハル・ノートの内容が日米開戦を決定づけた

この妥協案に戦争回避の一縷の望みを託していた
外務大臣、東郷茂徳氏は
目も眩むばかりの失望に打たれた。
ハル・ノートを受け取ってからは働く熱を失った
」と記した。

米側の提示し来たれる対案は( 日本 )帝国の立場を無視せるものなり
という電報を無念の思いを込めて野村大使に送っている。

昭和16年12月8日、日本陸海軍はハワイ真珠湾基地を攻撃、
パールハーバー 」に拠って3年8ヶ月にも渡る
日米開戦に突入したというイキサツなのであった。

USS California sinking-Pearl Harbor.jpg
By U.S. Navy - Official U.S. Navy photograph

それでも戦争回避の道は無かったのか

 「 やむを得ず 」という言葉が有るが、
それでも300万人以上の日本人犠牲者が出た
この参戦を回避できる手立ては無かったのか?

1つ、気になる投稿が有ったので、引用させて頂こう。

( 以下、岡崎久彦著「 日本の正論21世紀日本人への伝言 」より引用 )↓

日本はハルノートを公表し、真珠湾を奇襲せず
堂々と宣戦布告をすればよかった
そうすればアメリカの国内世論を味方にすることができ
いかにルーズベルトと言えども、もたなかっただろう。
アメリカを動かす大きな力は世論である。
アメリカの世論こそ独裁者である。”

( 引用ココまで )↑

 これは、今みたくYouTubeやTwitterが無い当時でも
( Googleはアメリカだが )ラジオと言うメディアが有ったのだから、
やれば出来ないことでもないが、きっと方針が違ったのだろうなぁ。

アメリカ側は真珠湾攻撃を事前に知っていた?

 この話しは何年も前に、何かの書籍で読んだ記憶が有るが、
これだけ暗号電報をキッチリ解読していて、真珠湾攻撃の
ニイタカヤマノボレ一二◯八 」の打電も、
その前の暗号通信も分からない訳が無い。

これは暗号を解読した文書も残されているので間違い無い。

 実は“ニイタカヤマノボレ”の打電よりも早い
真珠湾攻撃の前日の12月6日( 日本時間7日 )に
レインブリッジの秘密施設では、
日本の東郷茂徳外務大臣からアメリカの
野村吉三郎駐米大使宛に送られた
1つの暗号”を傍受している。

 その内容は「 日本政府はアメリカ政府の態度を鑑みると
今後、交渉を継続しても妥結に達することは
無いと認めざるを得ない。 」と言う、
日米交渉の打ち切りを通達する「 最後通牒 」であった。

 当然、この内容はアメリカ側に即座に解読され
日本大使館に届く前にホワイトハウスに
伝わっているのだが、この時ルーズベルトは
いよいよ戦争だな 」と、つぶやいたと言う。

 さらにルーズベルト大統領はハル・ノートの原案に、
この様なメモを添えて居た。

「 日本が、これ( ハル・ノート )を受け入れる可能性は
殆ど無いだろう。
すぐにでも起きる災いに皆、備えなければならない 」と。

  更に当時のアメリカの「 ヘンリー・スティムソン陸軍長官 」は
ハル・ノートが手渡される前日の夜に自身の日記で
ルーズベルト大統領との会話を、この様に記している。

「 ルーズベルト大統領は、
日本という国は“無警告攻撃”で悪名高い。
アメリカは来週月曜にも攻撃を受ける可能性がある

と注意を促した。」

問題は大きな危険を避けながら
どの様に日本を誘導していくかだ。
最初の1発を打たせるように

ヘンリー・スティムソン陸軍長官は後に
アメリカの世論を纏めるために日本に先に攻撃させたかった
と証言している。

さらに自身の日記にも「 真珠湾を日本軍が攻撃した
( パール・ハーバー )という一報をルーズベルト大統領から受けた時
『 この危機で優柔不断だったアメリカ国民の世論は
一致団結するだろう 』との思いから、“安堵の気持ち”が訪れた

と書き記したことから、「 真珠湾攻撃陰謀説 」が浮上した。

 ハッキリ申し上げよう。

 当時、ハワイの真珠湾にお住まいだったアメリカ国民の方々は
日本が真珠湾攻撃をして多大な犠牲者が出ることが
米国側は事前に知っていながら、わざと素知らぬフリをして
すっとぼけてアメリカ国民を見殺しにしたのではないか?
と言われている。

それは何のために?

日本側に真珠湾の先制攻撃をさせて、
多大なる自国民の犠牲者と引き換えに、ルーズベルト大統領は
アメリカ合衆国にとって恥辱の日 」などと
アメリカ国民の同情と反日感情を煽り世論を味方に付ける為の
プロパガンダ( 政治的な宣伝 )に利用したのではないか?
と思っている。

 だいたい今でもパールハーバーという言葉自体が
アメリカ国民に対しては禁句でタブー視されている
反日感情の史実なので、あまりこれ以上は申し述べないが、
電信係が寝ていて大統領側に解読した情報が届かないとか....?

 レインブリッジの暗号解読専用の秘密施設には
20人近い専任スタッフが写真に写って居るのに、
それはチョット考えられないんだよなぁ。(-_-;)

 と言う、私めなりの考察でした。

繰り返しになるが、戦争には反対でも
自国の防衛は絶対に必要不可欠であると考える。

世の中、神様仏様だけなら
自国の防衛など必要ないのだろうが。

 しかしながら基本的には、せっかく人間として
生まれて来たのに強制的に徴兵された挙句に
戦死したのでは、いかに「 お国のために 」とは言え
何のために生まれて来たのか分からないではないか。

 ではでは。(^^)

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飢餓者続出、弾薬なし伝染病の蔓延の中でも「 断じて行えば鬼神も避く 」か

2016年12月27日 23時32分06秒 | 戦争

 

戦争ほど無残な事は無い

 「 断じて行えば鬼神も之を避く 」は当時の
カリスマジャーナリストの「 徳富蘇峰 」氏が
東条英機 」氏に送った書である。

 私めは戦争を知らない時代に生まれた

非常に運の良い人間である。

戦争に纏わる記事はロシア戦争の203高地攻略
と題して先日にも上げたが、ハッキリ言って
今の平和な日本とは比べようが無いくらいに、
人が人として扱われる事はない。

 「 段階ジュニア( 或いはイチゴ世代 ) 」と言う
戦争を知らない世代では有りながら、
戦争の持つ悲惨さだけは骨身に染みて実感できる。

私めは体験したことがない「 サバゲー 」や
戦争を題材にしたTVゲームなどとは、
まるで訳が違う悲惨さなのは、銃弾に当たれば
当然痛みを感じる生身の人間だからであろう。

 あなたが戦争を体験された世代の方か
どうかは存じ上げないが、ある日
突然「 戦争へ来い 」と言う1枚の召集令状( 赤紙 )が
届き、強制的に戦場へ駆り出されたらどうだろうか?

その瞬間から、あなたは人間扱いされず
一兵隊として上官から鉄拳制裁の洗礼を
浴びせられた上に、敵陣への特攻を命じられたら
発狂する人間が居ても不思議ではない。

ただ、1つ思うのは
自国の防衛と抑止力の為の自衛隊は必要だが
戦争は、すべきでない
という一見矛盾した思いを抱きつつも、
前人木を植えて後人涼を得
もまた真実なのだなと、しみじみ感じた。

無謀でズサンだったインパール作戦は失敗

 これは太平洋戦争( 第二次世界大戦 )の話しで
戦場は遠くインドにも及んだ。

インパールはビルマ、インド国境の小さな町だが
3個師団の日本軍が、ここの標高2千メートルあまりの
アラカン山脈を越えて3方向からインパールを
包囲せしめんとする完全に無茶な作戦で、
第15軍司令官「 牟田口廉也 」中将は
これを強く主張した。

 しかし幕僚や貴下の師団長は山岳地帯での補給は
難しいと見て反対し第31師団長の「 佐藤幸徳 」中将も
無謀だと反対していた。↓

 が、大本営は昭和19年1月7日の
「 大陸指第1776号 」で太平洋での相次ぐ痛手から
抜け出し戦局を打開するために、これを許可した。

これには「 寺内寿一 」南方軍総司令官の思惑が
強く働いたとされる。

更には、この作戦に反対していた小畑参謀長や
稲田総参謀副長がそれぞれ突然、更迭されたことからも
この作戦に異を唱える者は居なくなって行ったのである。

 大本営は昭和19年1月7日の大陸指第1776号で、この
インパール作戦( ウ号作戦 ) 」を許可、決行を指示した。

 作戦期間は3週間で1944年昭和19年3月8日作戦開始。

20日分の食料と弾丸240発のみを兵士は持たされ
イギリス軍の拠点のコヒマまでは到達し戦闘の上
英軍は降伏したが、この時既に第31師団の食料は
尽きようとしていた。

 この後、連合軍側では空輸作戦で増援部隊、
食料や戦車までをも投下した事で
日本軍の進撃は止まった。

 この時点でもアメリカ軍を始めとする連合国側の
圧倒的な軍事力の格差が歴然としている。

さらにイギリス軍は鉄道を破壊し
日本軍の補給路を断った。

これでアラカン山脈で日本軍の兵士達は孤立し、
栄養失調に陥ったがジャングルの野草を食べて
命を繋いだのだった。

しかもコレに加えてチフス、アメーバ赤痢、マラリア、
コレラなどの伝染病が兵士たちを犯し始めた。

 この状況を鑑み、佐藤第31師団長はコヒマから
補給地点までの一時退却を兵士達に指示し、
牟田口司令官に食料の補給を電報で要請した。

しかし補給物資は、おろか1粒の米も届かず
ただ「 インパールを攻略しろ 」との命令が
届くのみであった。

無茶苦茶な言い分の牟田口司令官

 そして、牟田口司令官は佐藤師団長に向かって
この様に言い放ったのだ。

貴師団が補給の困難を理由にコヒマを放棄せんとするは
了解に苦しむ所なり。
なお10日間、現体制を確保されたし。
しからば軍はインパールを攻略し、
軍主力を以って貴兵団に増援し
今日までの貴師団の戦功に報いる所存なり

断じて行えば鬼神も避く

(-_-;)「 は? 」何をか言わんや、とは正に
この事であろう。

「 断じて行えば鬼神もこれを避く 」って.....
無茶を言うにも程がある上に
軍命令が現状と余りにも「 隔絶 」している。

食料補給なし弾丸の補給も無し伝染病が蔓延している状態だっ!
つってんのに、「 精神一統何事か成らざらん 」的な事を
よくもまぁ言えたもんだな、とつくづく思う。 

この言い分に対して佐藤師団長は、こう返答している。

この重要方面に軍参謀をも派遣し非ざるを以って補給皆無。
傷病者続出の実情を把握しおらざる者の如し。
状況に於いては師団長独断で処置する場合あるを承知されたし
。」

いや、「 当然至極 」の返答で有ろう。

別に故人を批判する意図はないが、大体この
インパール作戦自体がハナから無理な話しだったのだ。

 5月の雨期、佐藤師団長は命令に逆らう形で
コヒマからの無断退却を決めた。


これが初めての上官からの命令を無視したという形で
佐藤師団長は、その職を解かれたが、7月始め大本営は
インパール作戦の中止を決定した。

しかし退却後も食料不足のため、餓死者が続出し
その沿道には日本兵の死体が無数に転がっていた。

これを追撃したイギリス軍は、この惨状を目の当たりにし
日本兵の白骨街道 」と呼んだ。

ちなみに牟田口司令官もインパール作戦の失敗を受けて、
8月には第15軍司令官を首になり、参謀本部付けとなっている。

今の平和な日本は当たり前では無いのだ

 この牟田口中将が戦後も死んでいった兵士達に対する
懺悔はおろか、「 あの作戦は私のせいで失敗したのではなく、
無能な部下たちが原因 」だと語っていたと言う事だが、
何分、故人なのでコレ以上は言及しない。

 しかし、このインパール作戦で尊い命を落とされた
兵士の数は餓死者や病死者も含めると実に
12万3000人~13万7000人にも及ぶとされる。

いまの日本が平和を享受していられるのも、
数々の好条件が幾重にも重なっているからだと、
以前の記事で申し上げているが
やはり諸外国に比べれば幸運であろう。

 そう言えば、戦争を体験された方が
どうすれば今後、戦争を防ぐことが出来るか
と言う事を仰っていた。

それは
日本国民の1人1人が世界の各国で今どの様な事が
起きているか、そしてその国の人達がどの様に感じ思い、
何を考えているかを知ることが大切だ

と言う様なニュアンスの事を言っておられた。
( YouTubeで拝見させて頂いた。)

 少し固い話しになってしまったが、
「 人間同士が殺し合う戦争は無残 」である。

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