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侵略にも三分の理

2023-05-20 09:30:15 | 歴史
 国際的に多くの避難を浴びながらも未だに侵攻を止めないプーチン大統領達。日本から見ていると一片の正義もない狂気の沙汰にしか見えませんが、むろん彼らなりの正義を押し立てて戦っているのであり、その言い分を知っておくことは事態解決のためにも大切なことでしょう。犯罪者の動機というものも理解しておくことは大切です。

 プーチン大統領は2月21日の教書演説でも「戦争を始めたのは西側だ」として自衛であると強調し、その主張は日本の報道でもよく知られてきています。が、これだけではさっぱりわかりません。ロシアもネット情報などを活用して自分たちの主張を宣伝しており、その効果もあってか世界中の多くの人々がロシアの主張を受け入れていると言われます[Ref-1]

 日本で普通の情報源に接しているだけでは、ロシアの言い分の詳細はなかなか知りにくいのですが、反ロシア的言論は弾圧されつつあるロシア内とは異なり、親ロシアでも反日でも親ISIL(Islamic State in Iraq and the Levant)でも言論だけなら刑罰を受けることのない日本では、誰もが安心してアクセスできます。いや国からは刑罰はなくても、ネット情報源から悪意を受ける可能性があることは心配しなくてはいけないでしょうけど。

 例えば高野孟の記事はわかりやすそうです。
  高野孟(22/03/30)「ソ連邦誕生から100年の物差しで想像すべき、プーチンが主張する「大義」」
  高野孟(22/04/12)「プーチンは本当に侵略者なのか?米国こそがウクライナ紛争の責任を問われる理由」

 高野孟が引用しているのが、ジョン・ミアシャイマーエマニュエル・トッドの言葉です。トッドは人類学者であり歴史人口学[*1]の手法も使う人であり、その著書には多くの日本語訳[Ref-2]もあります。

 高野孟の記事からのロシアの「三分の理」をざっくりまとめれば、
 冷戦が終わりロシア側はワルシャワ条約機構を解散したのにNATOは解散せず拡大さえした。
 これはロシアにとっては自国(の勢力圏)を脅かされる脅威であり、ウクライナ戦争もNATOの東方拡大を阻止する自衛戦争である。

 エマニュエル・トッドは『文藝春秋』5月号巻頭論文「日本核武装のすすめ」で、ミアシャイマーも同じ考えだとして次のように書いているとのこと。
  ▼「いま起きている戦争の責任は誰にあるのか?米国とNATOにある」
  ▼「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」とロシアが明確な警告を発してきたのにもかかわらず、西側がこれを無視したことが、この戦争の要因

 なお、以下はWikipedia記事からの抜粋です
   ・(1949/04)北大西洋条約機構(NATO)発足  
   ・(1955/05)ワルシャワ条約機構(WPO)設立
   ・(1989/12)マルタ島で冷戦終結宣言。ゴルバチョフvsブッシュ会談。
   ・(1991/07)ワルシャワ条約機構(WPO)解体
   ・(1999)NATO加盟3か国(ポーランド、チェコ、ハンガリー)
   ・(2004)NATO加盟7か国(スロバキア、ルーマニア、ブルガリア、旧ソ連バルト三国および旧ユーゴスラビア連邦のうちスロベニア)
   ・(2009)NATO加盟2か国(アルバニアと旧ユーゴスラビア連邦のクロアチア)
   ・(2017)NATO加盟、モンテネグロ
   ・(2020)NATO加盟、北マケドニア

 時系列だけ見ると、西側が先に手を出したようには見えてきて納得してしまいそうですね。

 さて現場をよく知っていると思われる元国連紛争調停官の島田久仁彦も、島田久仁彦(23/01/30)「威光に翳りも。プーチンのウクライナ軍事侵攻は、結局「失敗」だったのか?」などでロシア側の心情というものを解説しています。

 さらーっと「シーパワー対ランドパワー」などという専門用語が出てきてますが、この言葉を知っている人というのは何割くらいなのでしょうか? これはいわゆる地政学(Geopolitik)の用語で、直近で私のブログ大陸の反対の端(2023/05/03)でも紹介したものです。

 島田氏の言葉によれば、
 「他国に囲まれているという状況を持つ国々の特徴としては、最大の国家安全保障対策・国防策は周辺国に攻め込み、領土を拡大し続けることですが
 「大ロシア帝国の復興を夢見るプーチン大統領という表現を私もしてきましたが、権威の復興・力の拡大というよりは、果てしない恐怖への自然反応と表現できるのかもしれないと感じています。

 島田氏はこれまでの記事では、「適当な落とし所を探らずに、被占領地全部の返還にウクライナがこだわることも紛争を長期化する」みたいな見解も書いているのですが、上記の動機に対して本当にそんな対処でいいとは思いにくいのですけどね。恐怖という点には同情もできますが、これでは怯えた動物が当たり構わず噛み付いているのと同じではありませんか。噛みつかれても痛い程度の小動物なら優しくなだめることもできますが、核兵器などという致命的な牙を持つ獣ともなれば、「さっさと駆逐したほうがいい」なんて極端な見解も成立してしまいます。それは非常にまずい。
 そもそも、長い歴史の中で噛みつかれ続けてきた周辺諸国の心情も考えるべきでしょう。


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*1) 歴史人口学については「大都会、それは・・ ;ポー『群衆の人(The Man of the Crowd)』より」(2017/07/02)でも書いた。

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Ref-1) どうしてこうなった?『ウクライナ侵攻と世界の分断』日本経済新聞(2022/06/28)
Ref-2) エマニュエル・トッド著作の一部。アマゾンのサイトに詳細目次あり。
 2-a1) 堀茂樹(訳)『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916118
 2-a2) 堀茂樹(訳) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916125
 2-b) 大野舞(訳) 『第三次世界大戦はもう始まっている (文春新書 1367)』文藝春秋 (2022/06/17), ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4166613670
 2-c) エマニュエル・トッド(著); 片山杜秀(著); 佐藤優(著) 『トッド人類史入門 西洋の没落 (文春新書 1399)』ISBN-13: 978-4166613991 3人の共著

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