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「きゃあ!!」

2024-08-11 00:14:08 | 日記
「きゃあ!!」

豪奢な身形をした女が、両手で耳を押さえながら、木の根元にしゃがみ込んでいた。

よほど雷が怖いのか、異常なほどぶるぶると体を震わせている女を、すぐ近くにいたもう一人の女が優しく宥めていた。

件の坂氏と、そしてお慈である。


ゴゴゴッ…

と空が唸(うな)る度に、固く双眼を伏せ、身を小さくする坂氏に

「大丈夫にございます。雷などすぐに止みまする故」


「先程どこぞへ雷が落ちたばかりにございますし、それにこの風の強さからすれば、もう間もなく黒雲も過ぎ去りましょう。ご安心なされませ」

震える背中を撫でてやりながら、お慈は穏やかな声色で告げた。

確かにお慈の言う通り、数分そのままの状態で待っていると、黒雲の唸りもなくなり、降りしきる雨も徐々にその勢いを弱めていった。

お慈は空を見上げると

「坂様、ご覧なされませ。厚い雲が通り過ぎましてございます。もう大丈夫にございますよ」

「…まことですか?」

「ええ」

坂氏は恐る恐る目を開くと、灰色の薄雲が心地よく流れてゆく空を見て、ほっと安堵の溜息を吐いた。

「嗚呼、良かった」と坂氏は笑顔を見せるなり、気恥ずかしそうにお慈の顔を見やった。

「──申し訳ございませぬ。大の大人が、その、雷が怖いなどと、何ともお恥ずかしき姿を見せてしもうて」

それを聞き、お慈は緩やかにかぶりを振る。

「お気になされますな。誰にも、一つくらいは怖いものがあるものです」
「有り難う存じます。───幼い頃に父から、雷にうたれて亡くなった農夫の話を聞かされて以来、あの稲光りや雷鳴がとてつもなく恐ろしゅうて…。
我が身に落ちて来たらどうしようかと、不安で堪らなくなるのです」

「分かります、そのお気持ち。なかなか左様なことにはならぬと分かっていても、つい考え過ぎてしまうのですよね」

同調して答えるお慈を見て、坂氏は思わず笑顔満面になる。

「良かった…、私の気持ちを分かって下さる方がいらして。私が今日のように雷を怖がっていると、

必ず誰かしらが呆れ顔で言うのです。“ いい年をしたおなごが情けない ” “ 御子まで成しておきながら ” と」

「ま、それはひどい。左様なことを申す者たちにも苦手なものくらいありましょうに」

お慈は哀れむような目で坂氏を見つめると

「それに坂様は、殿のご三男・勘八君のご生母。いずれお類の方様を越え、側室の筆頭になられようお方に、申すべきお言葉とは思えませぬ」

やおら強い語調で告げた。

坂氏も思わず「え…」となって、微笑むお慈の面差しを見据える。

「私が、類様を越えて…側室の筆頭に…?」

「御意にございます。ご長子・奇妙様のご生母であるお類様は、ご体調がなかなか好転せず、未だに床の中のお人にございます。

もしもこのまま、仮に、お類様が御隠れあそばされるようなことにでもなれば、次席である坂様のご権勢は今よりも輝かしきものに」

お慈からの思いがけぬ言の葉に、坂氏は狼狽した。

「…そ、そのような話、いくら何でも不謹慎にございましょう…!? お慎(つつし)みなされませ」

「何故です? 実際にそうなれば、決して有り得ない話ではないのですよ?」

「私は、左様なことは望んではおりませぬ。ただ、勘八君と親子二人、いつまでも幸せに暮らしてゆければ、それだけで──」

「まぁ。んふふふ、坂様は欲のないお方にございますねぇ」

お慈は悪戯っぽく笑うと

「私は欲のない生き方など、まっぴらにございますけどね」

スクッと立ち上がり、冷ややかな眼差しで坂氏を見下ろした。

先程までの穏やかさが消え、悪鬼の如き微笑を湛えるお慈。

その急な豹変に、坂氏は驚きと当惑から幾度となく目を瞬いた。

「…お慈殿…、そなたはいったい……」