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「視界を妨げる程の大雨じゃ

2024-08-07 19:44:54 | 日記
「視界を妨げる程の大雨じゃ。無論あちらも不利であろうが、戦闘になればこちらも不利。

───良いか、少なくとも雨が降り止むまでは決して気を抜くでないぞ」

義元の厳しい声色が響き渡り、側近たちは「ははっ!」と、一同揃って頭を垂れた。


風の強さも相俟ってか、それからあまり時が経たぬ内に雨は小降りになり、やがて完全に降り止んだ。
空を覆っていた厚い雲が、東の彼方へと流れてゆき、残った薄雲の間から淡い陽(ひ)の光がうっすらと漏れ始める。連帽衛衣

雨上がり独特の、湿気を含んだ涼風が陣内にも吹き込み、張り詰めていた義元の心を俄に和らげた。


『何事にも慎重を期するに越したことはないが、此度ばかりは儂の考え過ぎであったようじゃな──  』


織田勢が攻めて来なかったことに、義元は一先ず愁眉を開いた。

「やはり織田方は豪雨による悪影響を考えて、攻撃は控えられたようですな」

「先程のような激しき雨の中では、信長殿が得意とする鉄砲での攻撃も叶いませぬからなぁ」

「噂によれば信長殿、一時は籠城の構えを取るか否かで重臣らと揉めていたとか?」

「ほぉ。さすれば我らの勢力を前に怖じ気づき、今頃は清洲城に立ち戻りて、城内の片隅で震えておるやも知れませぬな」

そう言って側近たちがせせら笑うと

「無駄話はそれくらいに致せ。 ──それよりも兵たちに知らせよ。休息はこれで終(しま)いじゃとな」

義元は腰かけていた畳床机(たたみしょうぎ)から腰を浮かせ、前方に控えていた兵たちを静かに見据えた。

「これより大高城に向けて進軍を開始致す。皆、速やかに仕度に取りかかるよう」

主君の言葉に「はっ!」と兵たちは額づくと、泥濘(ぬかる)んだ足元に気を配りながら、素早く進軍の準備に取りかかった。

やがて薄雲も通り過ぎ、微かに青空が覗き始めた頃

「さ、御屋形様。どうぞ輿の方へ」

大急ぎで進軍の仕度を整えた今川軍は、朱の塗輿に義元を乗せて、桶狭間から出立しようとしていた。


まさにその時───。


ドドドドッ

と大きな地響きのような音が遠くから聞こえてきた。

『何じゃ…この音は…?』

義元は気になって、輿の物見(ものみ)をスッと横に開き、外の様子を確認してみる。

すると一人の今川兵が慌ただしく駆けて来て、輿の前で片膝をついた。

「申し上げます!! 織田信長率いる軍勢が、先鋒を撃ち破り、すぐ前眼まで迫って来ておりまする!!」

「何!?」

義元の両眼が焦りと驚きとで見開かれた、その瞬間。

「かかれー!かかれーッ!」

槍を手にした信長が、大音声を上げながら、兵たちと共にドッと攻め掛かって来たのである。

急な事態に、今川軍は水を撒くように後ろへ崩れた。
この隙を逃すまいと、織田方の若武者たちは「おおぉー!」と怒号を上げながら、今川の兵らに斬りかかってゆく。

「…何をしておるのじゃ!織田勢ごときに怯(ひる)むでないッ」

「迎え撃てー!迎え撃つのじゃー!!」

今川の将兵たちも何とか態勢を立て直し、向かって来る織田勢を相手に必死に応戦した。

しかし目に見える兵力の差にも関わらず、織田の猛攻を前に今川の兵らは次々と倒れてゆく。