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『あんな事言われちゃ敵わんよ

2024-01-30 19:50:06 | 日記
『あんな事言われちゃ敵わんよ。
あそこまで本気にさせて桂さんは悪い人だ。』


久坂は後頭部を掻きながら苦笑した。
まぁ人の事は言えないなと自嘲もした。今日の自分は間違いなく悪者だ。


『壬生狼がいるのに堂々としたもんだな。botox 香港 目立ってますよ。』


視線の先には澄ました顔で佇む桂。
人の流れを追う目は三津を探してるんだろう。
ふっと笑って態とその視界に入るように通りがかった。


「おや,こんな所で君に会うなんて奇遇だね。」


それとも必然かな?とにこにこ笑いながら桂は首を傾げた。


「さぁ…どうでしょう。」


久坂も笑みを深めて同じ様に首を傾けた。






『桂さん大丈夫かなぁ…。』


今の三津にもう周りを警戒する余裕などなくて,ただ先を急いだ。


「綺麗なお姉さん。ちょっと待って。」


なんて声をかけられたけど全く届いていなかった。


「……三津の癖に無視してんじゃないよ。」


「へ!?」


名前を呼ばれて流石に反応した。振り返ると少しむっとした顔の吉田が仁王立ちしていた。


「吉田さん!?ビックリした…今日めっちゃ知り合いに会うんやけど何かあるの?」


目をぱちくりさせて何で何で?と不思議がる。


「さぁねぇ。」


『俺と出掛ける時よりも着飾ってるじゃん。女将酷いねぇ。』


腕組をしながらじろじろと全身を目に焼き付けた。


「ねぇ何か言う事無いの?口付け交わしたぶりに会うんだけど。」


口角を釣り上げニヤリと笑うと,真っ黒な瞳が大きく揺れた。


「今度はもっと長い口付けが欲しいとかねだってもいいのに。」


激しく動揺する三津にじわりじわりと迫った。


「なっ…何言ってるんですか!すぐそうやってからかう!私急いでるんです!」


「すぐそうやって決めつけて俺の気持ちから逃げようとする。向き合ってよ。」


逃げようとした三津の手首を掴んで真剣な声で訴えた。


「逃げるんやなくって!ホンマに今日は急いでるんです!」


急に現れて何を言ってるんだ。一気に頭の中をかき混ぜられてしまった。
もう訳も分からず一心不乱に吉田の手を振り解こうとぶんぶん腕を振った。


「……桂さんなら来ないよ。」吉田の言葉が素直に受け止められなかった。
驚きの余り目を見開いて吉田を見上げた。


何に驚いたかも分からない。
何で桂が来ないのかと言う事?何で桂と会うのを知ってるのかと言う事?


「何だ…来ないんや…。良かったぁ…。」


「何がいいの?来ないんだよ?約束しといて。」


「来ない方がいいの!」


新選組に捕まる心配も,斬り合いになる心配もなくなった。これで安心だ。
そう思って笑った三津の目からは大粒の涙がぼたぼた零れた。


「嫌やな安心したら涙出て来た…。
あのね土方さんと藤堂さんに会ったし,不逞浪士が彷徨いてるからって言われて桂さん危ないかもって思って知らせなアカンって急いでたんやけど,なぁんや桂さん来ないんや…。」


一気に喋り,急がなくても良かったと胸を撫で下ろした。


『まただ…。俺はまた泣かせてしまった…。』


吉田は涙を零しながらも努めて笑おうとする三津に何も言葉をかけれなかった。


約束を破るような奴なんだ,彼奴はお前を大事になんかしやしない。
嘘でも何でもいい。そう言って二人の仲を引き裂いてやればいい。
手段は選ばないと決めたじゃないか。


『違う……そうじゃない……。』


彼女を泣かせてまで自分のモノにしたいのか?
いいや,違う。望んだのは幸せである事が前提の彼女だ。
幸せそうに笑っていてくれる。
自分を想って笑ってくれる三津が欲しい。


『それなのに何で泣かせてるんだ。』


ただ三津を愛しているだけなのに。どうして泣かせてしまってるんだ。


「吉田さんも見つかる前に帰った方がいいですよ。」


「前にも言ったろ…あいつら俺の顔なんて分かりやしないよ。だから平気…。」


ぐずぐす鼻を啜りながらこの身まで案じられて自責の念しかない。


「泣くなよ…せっかく綺麗なんだから…。」


泣かせたのは紛れもなくこの俺だ。だけどどう接したらいいのか,かける言葉も見つからない。


「泣いてない泣いてない!」


悲しくて流れてるんじゃないからこれは涙じゃないと一生懸命拭った。


『嘘つけ…それだけ会いたかったんだろ…。』


自分のついた嘘が零れさせた涙を拭う権利なんてなくて,触れる事すら出来ない。

今は感傷的になっている場合でもない

2024-01-30 19:48:58 | 日記
今は感傷的になっている場合でもない。いち早く桂を見つけてこの非常事態を伝えなければならない。
その為にも早く待ち合わせ場所へ…。


「ん?私どっちから来たん?」


早く着き過ぎるからと回り道をした。easycorp
土方に出会い,その場から逃げなければと何も考えずに走った。


『あれ…これって迷子…?』


そんなに離れたつもりはない。ぐるりと周りを見渡せばすぐに芝居小屋が目に入った。


『桂さんもう来てはるやろか…。』


それとも新選組に気付いてどこかに身を潜めただろうか。
待ってみないと分からない。心を決めて一歩踏み出した。


「あぁ居た居た。振り返ったらいないんですもん。迷子になってしまったかと思いました。」


穏やかな声がまたも呼び止めた。


「先生!」


『やっと一人になった…。』


これでやっと自分に課せられた任務が遂行出来ると小さく息を吐いた。


「今日は本当にお綺麗ですね。何か特別な日のようですね。」


「はい…特別です。」


三津は照れくさそうに笑って頬を掻いた。
それから自分でもこの姿に落ち着かないんだと着物の袖をひらひらはためかせた。


「意中の相手とお出掛けでしたか。」


今度は両手で頬を覆って赤らめた顔で頷いた。


『この娘隠し事出来ないんだな…。』


その嬉しさを隠すつもりもないのかもしれない。細めた目と上がりっぱなしの口角。



『だけど今から会う相手は別なんだよな…。』


すまないねと心の中で詫てもう一度三津を連れ出す機会を窺っていると,さっきまでにやけていた顔が憂いを帯びた。


「どうかしましたか?」


「いえ,何でも!」


眉尻を情けなく垂れ下げながらも無理に笑って首を横に振った。


「何か心配事があるなら聞きますよ?」


『まぁ俺に絡まれてるのが迷惑なんだろうな。早く会いたいんだろうし。』


けれど三津の性格から予想するにきっとこちらが押せば断れない。


「約束している場所まで歩きながらお話しましょうか。」


久坂が歩き出すと三津はその少し後ろを歩いた。
"約束している場所"と聞いて待ち合わせ場所に連れて行ってもらえると信じて疑わなかった。「これから意中の相手に会うと言うのにそんな顔なさってはいけませんよ。」


美人が台無しですと言う久坂のお世辞に,三津はははっと乾いた笑い声を上げた。


「お芝居見る約束してるんですけど,日を改めた方がいいかなって。」


「会わずに帰るおつもりですか?楽しみにしてたのでしょ?」


目を丸くする久坂に三津も,まだ悩んでるんだと困り果てた顔をしていた。


「今日は新選組と浪士さんがうろうろしてるみたいで…。
ほら,先生は私が酷い目遭ったの知ってはるから分かるでしょう?
また何かあって相手に迷惑かけてしまうのは嫌なんです。」


「相手の方は気にしないのでは?もし何かあろうと守ってくれるだろうし,そうでなければそれまでの人なんですよ。」


桂はそんな軟な男ではないし,三津が心配する様な事態にはならないと思う。
それに新選組が彷徨いてるからと言って帰る訳がない。
だけど三津は首を大きく横に振った。


「駄目なんです…私のせいで死んでしまうなんてもう堪えられへん…。」


三津は自分の体を抱きしめるようにして腕を擦った。
青ざめて小さく震えだしたのを見て久坂は意を決して聞いてみた。


「背中の傷も関係してるのでしょうか…。」


三津は大きく頷いた。


「はい…。私はこの傷だけで済みました…でも大切な人は死にました。私のせいです…それをまた繰り返すんやったら…。
次は絶対に後を追います…もう遺されるのは堪えられへん…。」


久坂の体は身震いした。そう言って一点を見つめるその目に狂気すら感じた。


『あの人は私なんかの為に死んでいい人やない…。』


「だから早く会って伝えないと。また今度にしましょって。顔見れるだけでも私満足なんで。」


そう,無事な姿を確認すればそれだけでいい。だから早く。会いたい。


「そうですか…。ではこの道を真っ直ぐ行きなさい。それが近道です。」


久坂は脇道を指差した。三津は一度その道の先を見つめてから,久坂を見上げ笑みを浮かべると会釈をした。


「お気を付けて。」


小走りで駆けて行く三津の背中に手を振って小さく息を吐いた。


「……ごめん。」


ぼそりと呟いて踵を返した。