カラン…、カララン…、カラン…
ふいに室内の床の間から、まるで金属を転がしたような、軽快な音が響いて来た。
床の間は、見事な楼閣山水図の掛軸と、紅椿が生けられた青磁の花瓶で飾られていたが、何故かその中央に、
装飾品とは思えぬ青銅鈴が、太い打ち紐の先に結び付けられた状態で、床の間の天井から吊り下げられていた。
紐の先は天井を通ってどこかに繋がっているらしく、青銅鈴が鳴る度に小さく上下していた。FUE植髮
しかし、それを見ても特に驚く者はなく
「──表に誰かが参ったようじゃな。仏間の前の呼び紐を引いておる」
濃姫は事もなげに呟くと、再び齋の局に目をやった。
「齋、悪いが見て来てたもれ。侍女衆であれば要件だけ伺ごうて、早々に仏間の前から遠ざけるように」
「承知つかまつりました──」
齋の局はづくと、すぐさま部屋を出て、仏間の方へと駆けていった。
「やはり誰ぞが来た時の為に、合図となる物を取り付けておいて正解であった。表でが起こっても、
こちらの部屋へ参っていたら、仏間の外から呼びかけて来る声も聞こえませぬ故」
濃姫が言うと、控えていたお菜津も同感そうに頷く。
「御台様のお知恵のおかげで、姫様も私も実に安気ございまする。 ──時に姫様などは、
あの御鈴が鳴る度に、どなたが参られたかを正確に言い当てられる程で」
「まぁ…。そうなのですか、胡蝶」
「ええ。人によって鳴らし方が違うものですから」
「であれば、今参ったのが誰なのかも分かるのか?」
「まず、遠慮なしに御鈴の紐を幾度も引かれるのは侍女方ではございませぬ。かような引き方をなさるのは、この城では父上様か、或いは……」
と胡蝶が話していると、外の入側の奥から、シュシュシュシュッという激しい衣擦れの音が響いてきた。
「お待ちを…、お待ち下さいませ大方様! 私が、あ、つかまつります故…!」
「無用じゃ! 既に勝手は知っておる」
衣擦れの音と重なるように、報春院と、その後を追う齋の局の声が聞こえてくる。
胡蝶は素早く居住まいを正すと、襖の開け放たれた入口に向かって、軽く平伏の姿勢をとった。
やがて部屋の前に報春院、少し遅れて齋の局が現れると、胡蝶は一度低く頭を垂れてから
「かような所まで、ようこそお出で下さいました。胡蝶は嬉しゅうございます」
と、懇ろに挨拶を述べた。様。本日もご機嫌麗しゅう」
細い目でこちらを見つめてくる報春院に対して、胡蝶はスッと上半身を起こすと、目の前の祖母に向かってにっこりと微笑みかけた。
するとどうだろう。
報春院のあのがったのである。
報春院は笑顔で入室すると、胡蝶の前に座して、畳につかえていた彼女の右手をそっと取った。
「まぁまぁ、胡蝶や。左様な他人行儀な挨拶はせずとも良いと、いつも申しておりましょうに。
わらわにとってそなたは、何も変え難き大切な孫娘じゃ。かように手などつかず、普通にしていれば良いのです」
「はい。お心遣い、痛み入りまする」
「それが他人行儀なのです。分かってくれたのであれば、“ はい、お祖母様 ” と、そう言うてくれるだけで良いのですよ」
「承知致し……、いえ。はい、お祖母様」
「うむ。良いお返事じゃ」
報春院は満足そうに頷くと、胡蝶の頭を優しく撫でた。
そんな祖母と孫娘との触れ合いを見て、濃姫とお菜津は、思わず顔を見合わせて