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宇宙の片隅で

日記や「趣味の情報」を書く

「隆一と有紀」 - 11 -

2020-04-08 13:09:30 | 脚本

 夕方、宴会場には全員が浴衣姿で顔を揃えていた。
 カラオケもできる広い舞台を背にして正面左から、この旅行の幹事役の高原隆一、今回のスポンサー”アブさん”こと杉山二郎、その右には川島有紀の3人が座っている。
 中央をあける形で、左右に10人づつ、10組のカップルが隣りあって座っている。これで23人全員が揃ったわけだ。
 昼間、カップルで、あるいはカップルがグループになって出かけた連中は、自分たちが出かけた観光スポットについて情報交換しているのか、ワイワイガヤガヤと騒がしい。

 隆一のバイク仲間は、関東大の学生とは限らない。他校の大学生もいれば、すでに社会人という者もいる。
 カップルも十人十色で、女性のほうが年上という者もいる。

 幹事役の隆一が、立ち上がった。
 ・・・宴会の寸前に杉山から、実質上のスポンサーである彼の父親に、女性分の費用は聴いておらず断られたという話を聞かされた。隆一は、自分の店にも電話して頼んでみたが、急な話で快諾は得られなかった。
 困り果てたすえ、杉山と話し合って≪日程を短縮するしかない≫という結論になった。

 騒いでいた連中もようやく静かになり、隆一に注目した。
隆一「えー、皆さん、今日から4日間の予定のツーリングに参加いただきましてありがとうございます」
 パラパラと拍手がわいた。杉山は、みんなに合わす顔がないのか下を向いたままだ。
 隆一は、「う、うん」と咳払いをして、
「えー、皆さん」と、もう一度言った。
「それはもう訊いたわ」
 近くに座っていた女性のひとりが、からかい半分に言った。
 この合いの手に、一部からクスクスと笑い声がおきた。

「隆一と有紀」 - 12 -

2020-04-08 13:08:34 | 脚本

 ・・・・隆一は、(スポンサーは杉山だ。参加者は小遣い銭ぐらい持ってるだろうが、所詮およばれで来ているんだ)
と、腹は座っていた。
 隆一は、落ち着いた口調で言った。
「始めに皆さんに、日程の変更についてお知らせしなければなりません」
「えっ?」
と、姿勢を直す者もいた。
隆一「4泊5日の予定でありましたが、箱根には3日間つまり、2泊3日とさせていただきます」
「えー?」
「どーして?」
と、不満の声があちこちから起こった。
 隆一は、この際正直に言うべきだと、事の次第をすべて話した。
「なんだぁ」
「そーなの」
 ちょっとガッカリという声もあったが、自分たちが費用を一円も出していないので仕方ないか、という空気になった。

 隆一は続けた。
「この旅行のスポンサー、関東大OBのアブさんこと杉山二郎氏に盛大な拍手をー」みんなは拍手で感謝の意を表わした。
 隆一は腰を下ろすと、隣に座っている杉山に「何か挨拶しないのかい」と小声でうながした。
 杉山は立ち上がると、申し訳なさそうに
「皆さん、とんだ事ですいませーん。今宵は豪華な料理をゆっくり堪能して下さーい」
と、全員に聞こえるように言うと、詫びる気持ちで一礼して席に座った。

 ふたたび隆一が立ち上がって、
「じゃあ、皆さん乾杯をしましょう・・・みんな注ぎ終わりましたかー?」
と、見回した。
「おー」
「はーい」
「いーよ」

隆一「じゃあ、皆さんの健康と活躍を祈って、かんぱーい」
「カンパーイ」
「乾杯ーい」
「かんぱ~い」
 ・・・
「ゴクゴク」
「グビグビ」
「やっぱり、冷えたビールは旨いね~」
 なかには、昼間歩き回ったので、お腹がペコペコだという顔をしている者もいる。
「あー、腹減ったー」
「よーし、食うぞー」
 こうして、1日目の宴会は始まった。

「隆一と有紀」 - 13 -

2020-04-08 13:07:04 | 脚本

 ・・・・宴会はいよいよたけなわ、各グループが輪になったり、席に戻ってカップルで話し合ったり、また違うグループの輪の中に加わったりということがくり返された。
 隆一は、関東大に限らないバイク仲間のグループの輪を転々と移動して話しに加わった。
 杉山の席には、隆一のバイク仲間で喫茶アブサンでも馴染みの者や、杉山とは初対面のカップルが、今回の旅行のスポンサーに感謝する意味で、入れ替わり立ち代りビールや酒を注ぎに来る。
 有紀は、はじめのうちは隆一や杉山らと話をしていたが、すこし酔ったので夜風に当たりたくなって宴会場を出た。

 杉山は、若い連中との宴会は大学以来、久しぶりなのですっかり機嫌をよくしている。若い男女達からすすめらる酒は気分がいいのか、断らずに呑んでいる。アルコールにあまり強くない杉山は、すでに”ゆで蛸”のような顔色になっている。
 そのうち、杉山は少し酔いを醒まそうと宴会場を出た。
 エレベーターで1階まで降りると、広い玄関ロビーのソファーにぐったりと座り込んだ。

 しばらくするとホテルの玄関に、昼間見かけた若い金髪女性3人が湯上がりの顔で外から入ってきた。
 杉山は、彼女たちがロビーを通り過ぎるのを待ってから、ふらついた足取りでフロント係のところにいって尋ねた。
「このホテルは、外にも風呂があるのかい?」
フロント係、
「はい、ございます。玄関を出てすぐ左手に本館沿いの小道がございます。その小道を行っていただきますと露天風呂に出るようになっております」
 すっかり酔いの回った杉山の頭には、先ほどの若い金髪女性たちの仲間がまだ露天風呂に入っているかも知れないという思いが浮かんだ。

「隆一と有紀」- 14 -

2020-04-08 13:06:51 | 脚本

 杉山は、ふらついた足どりで玄関を出ると、フロント係に訊いた小道をたどった。
 途中からは、下りのなだらかなコンクリートの階段になっていた。
 ステンレスの手すりに手を添えながら、その階段を降りていくと、ほどなく地道に出た。
 平たい飛び石を踏みながら進むと、突き当たりに”築山”が見えてきた。地道は、その築山を囲むように左右に分れていて、男湯と女湯がわかる表示板があった。
 外から見た感じでは、脱衣室は一体の建物で、中で仕切られているようだった。

 杉山は、男湯の入り口を開けた。
 男湯と女湯は脱衣カゴ用の棚壁で仕切られており、棚には空の脱衣カゴが並んでいた。
 素早く裸になると、露天風呂につづく曇りガラスの引き戸を開けてみた。
 やはり、男湯は無人だった。

 空はすでに暗かったが、照明灯が湯面と、女湯との境の竹塀を照らしていた。竹塀の高さは2m程あるが、音や声はお互いに聞こえそうだった。
  
 杉山は、なんだかそわそわする気持ちで、自分の存在を示すように勢いよく露天風呂に飛び込んだ。
「ジャブーン」
と、いう音のあとに一瞬の静寂があったが、ほどなく隣の湯音が聞こえてきた。
 女湯には、誰か入っているようだ。

 杉山は、湯舟につかりながら耳をすましてみた。湯の音だけがして、あとは静かだ。
 昼間の若い金髪女性の仲間ではないようだ。彼女たちなら、もっと派手な話し声が聞こえてきそうなものだ。それに、湯の音からして1人のようだ。
 杉山は、やっぱり、誰かが言っていたように”おばさん”でも入っているのかと思い始めた。

 じっと聞き耳を立てていた杉山だが、酔いと熱目のお湯で少し気分が悪くなり、湯舟の縁の平らな黒石に腰を掛けた。腰掛けた杉山の身体を、夜風が気持ちよく通り過ぎていく。杉山は、夜の露天風呂も乙なものだなぁと思いなおした。

「ふっ、はっ、はっくしょーん」
 ブルブルッと寒気に襲われた杉山は、あわてて湯舟に飛び込んだ。

隆一と有紀 -15 -

2020-04-08 13:06:08 | 脚本

 ・・・・すると、竹の仕切りの向こうから、
「ひょっとして、杉山さん?」という声がした。

 杉山は、
(なんだ、やっぱり金髪女性じゃなかったんだ)
と残念に思う反面、隣に入っている女性が自分の名前を知っていたので、今日一緒に来たバイク仲間の誰かにちがいないと思い、
「だ、誰だっけ?」
 杉山は酔っぱらった声で、そう訊き返した。

「有紀です」
仕切りの向こうから声がした。
「なんだぁ、有紀ちゃんだったのかー」
 杉山は、急に安心した声でそう答えた。

 隣の女湯に誰が入っているのか、さっきまで杉山は想像をたくましくしていた。金髪女性の仲間なら静かすぎるし、やはりどこかのおばさんが入っているのかと思い始めていた。29才の杉山にとって、女湯に若い女性が入っているのか、おばさんかでは、天と地ほどの差なのであった。

 女湯の客が有紀だと判ったからか、酔いがまわっている杉山は、ふだんより口が軽くなっている自分に気付かなかった。
杉山「今日の昼、見晴し台の公園で隆一君と有紀ちゃんの話を訊いてしまったんだ」
有紀「・・・」
杉山「悪気はなかった。たまたまそうなったんだ。それでね・・・有紀ちゃん訊いてる?」
有紀「・・・は、はい」
杉山「昼間は大学に通って、夕方から隆一君の店で働くのはたいへんだよ。有紀ちゃんの学費ぐらい俺が親父に言って出してもらうから、今まで通り大学に通った方が楽だと思わないかい?」

 有紀は、どう答えていいのか分からない。
(隆一さんとの話を聞いていたのなら、約束が出来たことを杉山さんも知ってるはずなのに・・・)
 杉山の突然の申し出が、あまりにも意外だったので驚いてしまった。