・・・・すると、竹の仕切りの向こうから、
「ひょっとして、杉山さん?」という声がした。
杉山は、
(なんだ、やっぱり金髪女性じゃなかったんだ)
と残念に思う反面、隣に入っている女性が自分の名前を知っていたので、今日一緒に来たバイク仲間の誰かにちがいないと思い、
「だ、誰だっけ?」
杉山は酔っぱらった声で、そう訊き返した。
「有紀です」
仕切りの向こうから声がした。
「なんだぁ、有紀ちゃんだったのかー」
杉山は、急に安心した声でそう答えた。
隣の女湯に誰が入っているのか、さっきまで杉山は想像をたくましくしていた。金髪女性の仲間なら静かすぎるし、やはりどこかのおばさんが入っているのかと思い始めていた。29才の杉山にとって、女湯に若い女性が入っているのか、おばさんかでは、天と地ほどの差なのであった。
女湯の客が有紀だと判ったからか、酔いがまわっている杉山は、ふだんより口が軽くなっている自分に気付かなかった。
杉山「今日の昼、見晴し台の公園で隆一君と有紀ちゃんの話を訊いてしまったんだ」
有紀「・・・」
杉山「悪気はなかった。たまたまそうなったんだ。それでね・・・有紀ちゃん訊いてる?」
有紀「・・・は、はい」
杉山「昼間は大学に通って、夕方から隆一君の店で働くのはたいへんだよ。有紀ちゃんの学費ぐらい俺が親父に言って出してもらうから、今まで通り大学に通った方が楽だと思わないかい?」
有紀は、どう答えていいのか分からない。
(隆一さんとの話を聞いていたのなら、約束が出来たことを杉山さんも知ってるはずなのに・・・)
杉山の突然の申し出が、あまりにも意外だったので驚いてしまった。