本日ののほほん生活記
2022.06.29. (水) 午前5時30分 霧 気温 23.2 ℃ 湿度 77.7% 南西 2.0m 軽風②
私は東京で、暮らして居りましたが、縁在り、晩年を、妻の生まれ故郷で在る、タガイタイ市で、妻の大家族と、共の暮らしを、
選択したのです。故国日本は、核家族制の国、其れに比べたら、フィリピンの生活は、家長を頂点とする、大家族制の国ですね、
永住する前に、汎ゆる事を想定しても、私が知る、フィリピンは、大家族制が、ネックでしたね、今迄の、短期間での、観光的滞在では、
見えなかった事も、多かったですね、永住する前に、一ヶ月間の、試用期間を、設けたのです。核家族生活では、自分達家族だけの、
事を考えれば、良かったのですが、私達を、取り巻く家族達の事も、考えなけレバ、成らないのですね、大家族達の、生活を眺めていますと、
生まれた子供は、大家族が育てるようにも、見えて来たのです、此の国では、結婚する、親御家族だけで無く、大家族達も、相手家族との、
お見合いの席が、設けられるのです。結婚は、本人同士だけで無く、家と家が、親戚に成る、此の時には、一族の長老達も、
出席するのです。其れとは相反し、二番目の義妹の、長女の、長男が、交際相手を、妊娠させて、しまったのです。丁度1年前頃の、
事でしたね、此の時は、相手の父親から、我が大家族は、呼び出されたのです。責任を取れと、云う事ですね、此処フィリピン国は、
カトリック教信徒が、人口の約83%を、占める国云え、堕胎は禁止されて、いるのです。其れで向こうの親御さんから、此の問題は、
結婚に拠り、丸く収める事に、成ったのです。無事女児が誕生し、其の女児の、洗礼式と、結婚式が、昨日取り行われたのです。私達夫婦は、
教会には、出向きませんでしたが、本日は、結婚ミサは、外輪山道路の、ロウデス教会でしたが、披露宴は、花嫁側と、花婿側の、
二箇所で行われました。やはり花嫁側は、生まれた在所で、行いたいのですね、何方か側一箇所で、行う場合も、多いですが、両家共々、
行う場合も、多いのです。狭い国土ですが、遠方ですと、出席者も、限られますからね、幸い昨日の、両家は、タガイタイ同士でしたが、
本日の起床は、午前5時でした。目覚し時計の鳴る音に、起こされたのです。何か暗い寝起きでした。物凄く眠い、でも起きなければ、
計器を首に下げ、屋上への階段を、昇りました、そんな時、軽やかなエンジン音が、あの若者の、運転する、トライシクル(補助席付きバイク)が、
階下を通過したのです、閉塞間の、長かった、暗い心の中の、出勤ですね、律儀なサボン(軍鶏)野、連呼も、聞こえますね、(._.)
フォトチャンネル マニラ新聞
2022.06.29. (水) 午前5時30分 霧 気温 23.2 ℃ 湿度 77.7% 南西 2.0m 軽風②
私は東京で、暮らして居りましたが、縁在り、晩年を、妻の生まれ故郷で在る、タガイタイ市で、妻の大家族と、共の暮らしを、
選択したのです。故国日本は、核家族制の国、其れに比べたら、フィリピンの生活は、家長を頂点とする、大家族制の国ですね、
永住する前に、汎ゆる事を想定しても、私が知る、フィリピンは、大家族制が、ネックでしたね、今迄の、短期間での、観光的滞在では、
見えなかった事も、多かったですね、永住する前に、一ヶ月間の、試用期間を、設けたのです。核家族生活では、自分達家族だけの、
事を考えれば、良かったのですが、私達を、取り巻く家族達の事も、考えなけレバ、成らないのですね、大家族達の、生活を眺めていますと、
生まれた子供は、大家族が育てるようにも、見えて来たのです、此の国では、結婚する、親御家族だけで無く、大家族達も、相手家族との、
お見合いの席が、設けられるのです。結婚は、本人同士だけで無く、家と家が、親戚に成る、此の時には、一族の長老達も、
出席するのです。其れとは相反し、二番目の義妹の、長女の、長男が、交際相手を、妊娠させて、しまったのです。丁度1年前頃の、
事でしたね、此の時は、相手の父親から、我が大家族は、呼び出されたのです。責任を取れと、云う事ですね、此処フィリピン国は、
カトリック教信徒が、人口の約83%を、占める国云え、堕胎は禁止されて、いるのです。其れで向こうの親御さんから、此の問題は、
結婚に拠り、丸く収める事に、成ったのです。無事女児が誕生し、其の女児の、洗礼式と、結婚式が、昨日取り行われたのです。私達夫婦は、
教会には、出向きませんでしたが、本日は、結婚ミサは、外輪山道路の、ロウデス教会でしたが、披露宴は、花嫁側と、花婿側の、
二箇所で行われました。やはり花嫁側は、生まれた在所で、行いたいのですね、何方か側一箇所で、行う場合も、多いですが、両家共々、
行う場合も、多いのです。狭い国土ですが、遠方ですと、出席者も、限られますからね、幸い昨日の、両家は、タガイタイ同士でしたが、
本日の起床は、午前5時でした。目覚し時計の鳴る音に、起こされたのです。何か暗い寝起きでした。物凄く眠い、でも起きなければ、
計器を首に下げ、屋上への階段を、昇りました、そんな時、軽やかなエンジン音が、あの若者の、運転する、トライシクル(補助席付きバイク)が、
階下を通過したのです、閉塞間の、長かった、暗い心の中の、出勤ですね、律儀なサボン(軍鶏)野、連呼も、聞こえますね、(._.)
フォトチャンネル マニラ新聞
我がファミリーも同じで大家族で集まると40人近くなります。
それが冠婚葬祭には必ず集まって来ます。
今回の妻の誕生日には全く私の知らない人達も来ていました。
どうやって瞬時に連絡しているのか解りませんが不思議ですね。
今度の義弟の葬儀には総勢300人もきてくれました。
車列が100台、オートバイを入れると200台になり地元警察もパトカーを先導と、交通整理に
数名の警官の方が来てくれました。
勿論個人の付き合いの広さも有りますが連絡網が出来ていますね。
日本では家族と言ったら、同じ屋根の下に暮らすものを指します
でもフィリピンでは、家族と言ったら親戚一同を家族と捉えますね
私たちも外堀のBBQをしたときに集まった全員を指して
ミーちゃんたちは、「Family」と呼んでいました
その時、日本は家族
フィリピンではFamily
言葉が違うと、意味するものも変わってくるんだな~と思いました
先日の渡比の時のときですね、
奥さんも、日本での生活が永く、体調を悪くされ、
退院した後でしたから、フィリピンに残られて、
心配された、大家族た、親しい知人達のお気持ちも、伝わりますね、大他の連絡方は、
此方では、フェースブックですね、活用方法は、
凄いですよ、(驚)
義弟さんの死は、突然でしたね、ブログを覗かせて頂き、拝見致しました。
奥さんの悲しみも、お察し申し上げます。
大家族の捉え方ですが、ミーちゃん達は、
フィリピン式の認識ですね、学校生活で、
お友達ん家庭も、多く知り得ていますからね、
今回の一時帰国でも、食事から、町の様子、
似ている処も在りますが、多くの違いも、
発見し、心に刻んだでしょうね、
色んな出来事から、成長する姿を感じ、
トミーさんの、お気持ちをを、お察し申し上げます。嬉しくも在り、
又一面寂しさも、在ると思います。m(__)m