『市民球場”跡地”の誕生』
マツダスタジアムは予定より2年遅れて完成しカープは2009年のシーズンから広島駅前の新本拠地へ移転しました。 それにより使われなくなる旧市民球場(マツダスタジアムは一応、新しい”広島市民球場”の扱い)をどうするのかと言う問題が発生し、本拠地である広域公園とビッグアーチ(広域公園陸上競技場・命名権でエディオンスタジアムと呼ばれるのは2013年から)の立地の悪さに苦しめられて来たサンフレッチェにとっては街中に纏まった広さの土地が出来た移転の好機であり、事実上の”カープ門前町”として集客力に依存して来た隣接の繁華街・紙屋町と大手町地区に本通商店街の商店主達もカープは旧市民球場の現地建て替えか改修で今後も居ると信じていたので移転に衝撃を受け、代わりの集客力としてサンフレッチェに期待しサッカー場の建設、もしくは旧市民球場の建物を活かしてサッカー場に改修する事を求める動きもありました、お店から見れば切実な危機でもありますし。
上の写真はカープの移転後に旧市民球場の建物内、球団事務所跡に暫定利用として行っていた平和記念公園の名所『原爆の子の像』に修学旅行生らが捧げた折り鶴を展示する施設です。 私も何度か訪れていますが観光客の姿はほとんど居なかったです、観光客にしてみれば平和記念資料館の展示で十分なのかと。 当時の秋葉市長はカープを広島駅前に移転させた後、旧市民球場の跡地には折り鶴を展示する施設を造って観光客に立ち寄らせる平和記念公園の拡張的なものを3期務めた自身の業績を形として残すモニュメント的に造りたい考えがあったのでは。 しかし”社会実験”は惨憺たる結果になり広島市は計画を変更して具体的な何かも示さない”文化芸術施設”なる曖昧なものを跡地の集客の目玉として昭和時代からあったらしい、平和記念公園から中央公園まで繋がる”広島版セントラルパーク構想”を推し進める為、全国菓子博覧会の会場に決まったからと理由を付け旧市民球場の破壊を強行し、使い物にならない老朽化した外野席の一部だけ”ガス抜き”として残し巨大な更地が街中に誕生しました。
1月23日の巡回備忘録徒歩で自宅を出発⇒セブンイレブン五日市駅前店でカフェオレとおにぎりを購入⇒五日市駅から広電の路面電車で広島市内中心部へ⇒原爆ドーム前電停で下車⇒市民球場跡地⇒おりづるタワー......
Jリーグの今シーズン日程がやっと発表されました。 サンフレッチェは祝日である2月23日の金曜、優勝候補の浦和と完成したばかりのエディオンピースウイングでホーム開幕戦となります。 金曜ですが祝日なので昼間の開催となり他の試合は夕方以降になるので全国に先駆けて新スタジアムを披露する事になります。 私は夜勤明けでほとんど見られませんがNHKの地上波でテレビ中継もありますので。 16時過ぎに試合が終わって観客が帰り出すので、まだ街中の店が普通に開いている時間ですし”街中スタジアム”による経済効果が早速、発揮される事を期待しています。 さすがに夜の試合の後では開いている店も少ないので、かなりの観客が最寄りの新白島駅へ向かう事になるでしょうから。