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落語読本 らくごの一文 [落語]『桃太郎』 桂ざこば

2023-11-01 21:00:00 | 出来事/備忘録

   ❖ 桃太郎 ❖
         桂ざこば


 人間いろいろ性格が違うもんでねぇ、扱いやすい人、扱いにくい人いてますが、まぁわたしが一番扱いにくいのは嫁はんでっかねぇ、いま一番嫁はんが扱いにくいです。
 綺麗ことは綺麗んですけど、口がちょっともひとつなんで扱いにくいですねぇ。
 その次に扱いにくいのんが子どもですね。
 生意気だんなぁ、この頃の子ども。
 なんか言ぅたら「時代が違う」ちゅうんだ「何を言ぅてんねんお父ちゃん、時代が違う」 これ、時代が違うちゅうのは時代を知ってるもんが言ぅんです。
 知らんも んが「時代が違う」ちゅな、おかしぃ。知ってるもんが「あぁ、昔と今とは だいぶ時代が違うなぁ。
 よっしゃ小遣上げたろ」とか言ぅのが、これ時代を 知ってるもんが言ぅん。
 それをあんた、時代を知らんもんが「時代が違う」また、言ぃよぉがムカつくんだ「お父ちゃん、時代が違う」バ~ンいたろかいな思いますわ、ホン マにねぇ。
 何やあれでんなぁ、まぁ時代といや、わたしも今から三十数年前に内弟子 に行っておりましてね、米朝のお家(うち)へ住み込みで三年間行てまして、 小米朝が幼稚園でしたかねぇ、その下に透(とおる)、渉(わたる)っちゅうて双子がいてましてね、これなんかよぉ夜なんか寝かし付けまんねんけど、寝 まへんなぁ。
 あの時分から「時代が違う」言ぅてましたなぁ、透、渉も「兄ちゃんなんかなぁ、早よ寝ぇ言われたらすぐ寝たもんや」「ヘヘッ、時代が違う」時代 違うかったら、暴力かまさなしゃ~ないからね。
 「とにかく寝ぇ、アホ。寝ぇ!」もぉ、子どもなんか気迫でいかな、理屈通れへんから「寝ぇ、こらッ。目ぇつむれ、目ぇ開けたらシバキ倒すぞ」子どもなんかもぉ普通に目ぇつぶりまへんなぁ、顔じゅ~力んでカチコチにこ ないなっとぉる、双子やから二人とも見とかなあきまへんねん。
 ほんだら、向こぉも様子見よる、目ぇちょっと開きよる。
 ほんだらバ~ン、 バ~ン「ヒェ~ッ」そのうちに顔の筋が緩んできてフ~ッとホンマに寝てま いよるんです。
 それまでけっこぉ時間かかりますけどね。
 昔の子どもは、ちょっとこぉおとぎ話なんか聞かしたったら、すぐ寝たもんですけど、今どきの子どもはなかなか、難儀なもんですわ。

 ■健坊ぉ~、健ちゃん
 ●え~?
 ■早よ寝んかい
 ●何で?
 ■「何で」っちゅうやつがあるかいお前。
 日が暮れたら寝んのん決まったぁるやろがな
 ●眠むたない
 ■眠むたなかっても寝ぇ
 ●そんな、眠むたないのに寝ぇて、そら君……
 ■き、君ぃ? こいつ親を友達のよぉに思てんでホンマに。
 お前みたいにそないして夜遅ぉまで起きてるさかい、朝早よ起きられへんねん。
 なぁ、子どもがお前、遅ぉまで起きててみぃ、恐いお化けや幽霊が出て来るぞ
 ●「お化けや幽霊」て、お父ちゃん、割りと可愛らしぃこと言ぅなぁ。
 ■なぶってたらあかんでホンマに。
 早よ寝てしまえッ!
 ●眠むたないっちゅうねや
 ■眠むたなかってもやな、寝間に入って、横になって目ぇつぶっててみぃ、自然と寝てしまうねん
 ●そんな、眠むとぉもないのに寝間入って目ぇつぶってたら、ろくなこと考えへん。
 ■子どもの言うこっちゃないで、こいつの言ぅことはホンマに……、とにかく寝間へ入れ、これからお父ちゃんが面白い話をしたるさかい。
 それを聞きながらネンネすんねや。
 ■昔々や
 ●何年ほど?
 ■「何年ほど」てお前、こんなもん前から「昔々」に決まったぁるがな
 ●何ぼ昔でも、年号っちゅうもんがあったやろ……、まぁ 例えば、元禄とか天保、慶長、慶応
 ■そぉいぅ難しぃ年号も何も無い昔や。
 ●ほぉ~ッ、年号も何も無い昔いぅたら、だいぶと昔やな
 ■せやせや、ずっ と昔や……、ある所に
 ●どこや?
 ■どこでもえぇやないか。
 親が「ある所」 言ぅたら、ある所にしといたらえぇねん
 ●そぉかて「ある所」てなとこ、こ の世に無いがな。
 何ぼ昔でも、国の名前ちゅうもんがあったやろ。
 まぁ大和 とか摂津とか播磨とか。
 ■そぉいぅ難しぃ国の名前も何にも無かった時分の話
 ●ほぉ~ッ、国の名前 も何にも無い昔いぅたら、よっぽど昔やねぇ
 ■「よっぽど昔や」言ぅてるや ろ……、お爺さんとお婆さんが住んではったんや
 ●お爺さんの名前は?
 ■名前無い。
 名前も何にも無い昔。
 ●人間に名前の無かった頃いぅたら、よっぽど昔やねぇ
 ■「よっぽど昔や」 言ぅてるやろ……、お爺さんとお婆さんがいてはったんや
 ●お爺さんの歳は?
 ■歳無い。歳も何にも無い昔や
 ●そんな無茶言ぅたらあかんわ。
 何ぼ昔でも 歳ぐらいあったやろ、一年経ったら一つやねんさかい。
 ■うるさいやっちゃなぁ、ホンマに。はじめはあったんじゃ、はじめは。せやけどお前、こないだの火事で焼けて無くなってもたわい
 ●無茶言ぃないな、 お父ちゃん。歳が火事で焼けたりせぇへんで。

 ■うるさいやっちゃなぁ、ホンマに。  
 お前みたいにそないしてゴチャゴチャ ゴチャゴチャ言ぅてたら、寝る間も何にも無いやろ。
 な、子どもは子どもらしゅ~「ふぅ~~ん」言ぅてお前、感心しながら聞ぃててみぃ、だんだん眠 むとぉなってくんねやさかい
 ●ふぅ~~ん。
 ■そいでえぇのや……、お爺さんは山へ柴刈りに行た
 ●ふぅ~~ん
 ■お婆さんは川へ洗濯に行た
 ●ふぅ~~ん
 ■上(かみ)から桃が流れて来た
 ●ふふふ、 ふぅ~~ん
 ■お前、なぶっとぉるやろ。
 承知せんぞ、ホンマに。
 黙(だ)って聞ぃとれアホッ!
 ■とにかくな、上から桃が流れて来てん。
 それを家(うち)へ持って帰って、 ポ~ンと割ったら、中から子どもが出て来た。
 男の子や。桃から生まれたんで「桃太郎」ちゅう名前を付けたんや。
 この子が大きなって「鬼が島」へ鬼を退治しに行くっちゅうんで「黍(きび)団子」といぅ美味しぃものをこさえて持たしてやったら「犬と猿とキジ」が出てきて「一つ下さいお供する」っちゅうやっちゃ。
 ■みんな揃ろて「鬼が島」へ鬼を退治しに行た。
 犬は鬼の足にかぶりつくや ら、猿は顔をかきむしるやら、キジは目を突つくやら、鬼は「降参や、堪忍 してください」言ぅて、山のよぉな「宝もん」を出して謝ったんや。
 それを車に積んで、犬が押すやら猿が引くやら、エンヤラヤ~エンヤラヤ~とうち へ持って帰って、お爺さんやお婆さんに孝行をしたっちゅうねん。
 ■どや、もぉしまいや……、おもろかったやろ、早よ寝ぇ……、寝んかい、寝んかいこら、寝てくれ、頼むから寝てくれ
 ●あんまり可哀相やから寝たろかなぁ思てたんや。
 けど、アホなことばっかり言ぅさかい、だんだん目ぇ冴 えてきたわ。
 ■「目ぇ冴えてきた」悪いやっちゃなぁ、ホンマに。
 何でやねん?
 ●「何で」て、そやないかいお父ちゃん。
 それ、桃太郎の昔話やろ
 ■そぉや、桃太郎の 昔話や
 ●桃太郎てなもん、オモロないがな。
 わいら、もっとこぉ恋愛もんか なんか……
 ■何を生意気なこと言ぅとんねん、お前ら桃太郎で結構や。
 ●お父ちゃんら何にも知らへんねん。      
 こらなぁ、日本の昔話の中でも一番有 名な話やねんで。
 世界的名作と言われてんねん。
 数ある中でも、桃太郎いぅたらエラ名作やで。
 それをあんな風に言ぅたら、値打(ねぐち)も何にもない ねぇ。
 あれでは作者が泣く
 ■何が作者じゃアホ、お前ら何にも知らへんねん。
 ●お父ちゃんこそ知らへんねん「昔々、ある所」と時代や場所をハッキリさしてないやろ、あれはわざとあないしたぁんねやで。
 といぅのが、これを大阪の話にしてみ、大阪の子には馴染みがあってえぇか知らんけど、これ東京へ持って行ったら分かれへんやろ。
 ●また、これを東京の話にしたら、東京の子には馴染みがあってえぇか知らんけど、田舎へ持って行たら分かれへんがな、せやろ。
 日本国中どこへ持って行って、どの子に聞かしてもよぉ分かるよぉに「昔々、ある所」としたぁ んねん。
 こないしたら話が広ろなるやろ。
 ここんところは作者の筆の働きやで、そこんところ考えたげな……
 ●お爺ちゃんとお婆ちゃん出て来るわなぁ。
 これはホンマは「お父さんとお母さん」が言ぃたいねんで。
 昔から年寄と子どもは馴染みが深いさかい、お爺ちゃんやお婆ちゃんにしたぁるけどなぁ「ぢぢ、ばば」の濁りを取ったら 「ちち、はは」になるやろ。
 つまり両親のことを言ぃたいわけや。

 ●で、山へ柴刈りに行て、海へ洗濯しに行くわけにいかんさかいに「川」にしたぁるけど、ホンマは「海」が言ぃたいねん「山と海」や。
 ほんで「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深し」といぅことの譬(たとえ)になったぁんねんで、お父ちゃん。   
 ■へ~ッ! なるほどなぁ。
 で、それからどないなんねん、それから?
 ●上から桃が流れて来て、うちへ持って帰ってポ~ンと割ってみたら、中から子どもが出て来た。
 こんなもん、桃から子どもができるわけがないやろ。
 桃から子ども産まれてみぃな、果物(くだもん)屋、やかましぃてしゃ~ない。
 ●人間のお腹から出た子が、子どものくせに鬼退治しに行くちゅな、あら不自然な。
 せやから、あれは「神様から授かった子」としてあるんや。
 それから、何や言ぅてたなぁ、あの三匹の動物出て来るわなぁ。
 これ、何でもえぇ 三つ動物並べてんのんちゃうねんで。
 ●「犬は三日飼うと、その飼い主の恩を忘れん」て、こぉ言ぅやろ。
 こら、 仁義に厚い動物や。猿は「猿智恵」っちゅうて人間馬鹿にしてるけどな、動物の中では一番智恵があんねん。 
 キジ、またこれは勇気のある鳥やなぁ。
 キジがこぉ卵を暖めてる時に、ヘビが体じゅ~に巻き付いても急(せ)きも慌て もせぇへんねんで。
 巻くだけ巻かしといて、あとでブチ~ンッと弾き飛ばしてしまうといぅぐらい勇気のある鳥や。
 この三匹で「仁・智・勇」といぅ三つの徳を表わしたぁるねんで、お父ちゃん。
 ■え、えらいこと言ぃよんなぁ、こいつ……。
 おい嫁はん、そんなとこでテ レビ見てたらいかん。
 テレビ消して、こっち来て、この子の話聞きなさい、 勉強になる。
 来年市会議員に立候補さしたろ……、それからどないなんねん? それから?
 ●「鬼が島」あんなもんこの世に無いがな、せやろ。
 この世の中のことを鬼が島にたとえてあんねん。
 人間と生まれてきたからには、世の中へ出て苦労せんならん。
 これが鬼が島の鬼退治や。
 ほんで、あの「キビ団子ちゅう美味しぃもん」ちゅうたやろ、あれも間違いや。
 ●黍(キビ)いぅたら、もぉ不味いもん。
 五穀の中のお米よりもずっと粗末なもん「贅沢をしたらいかん」といぅ教えが、このキビ団子や。
 世の中へ出て 苦労する時にやな、贅沢をせんと質素を守って、今言ぅたこの「仁・智・勇」 といぅ三つの徳を身に付けて、一生懸命働いて、やがて鬼を退治して「山のよぉな宝もん」といぅのは、世の中で身に付ける地位とか名誉とか財産とか、まぁまぁそぉいぅ宝もんがあるわ。
 そぉいぅものを身に付けた立派な一人前の、世の中の役に立つ人間になって「親に孝行し、家の名を上げるといぅ、 これが人間として一番大事な道である」といぅことを、昔の人が子どもにも分かるよぉに、面白ぉこしらえてくれはった、よぉできた話や。
 それをあんな風に言ぅたら、もぉネグチも何にもあれへん。
 ●まぁまぁ、ボクの前やさかいえぇけど、こんなことよそ行って言ぃなや、 恥かくさかい「親の恥は子の恥」ちゅうて、わいまで辛いさかいな、よそ行て言わんよぉにしてや。な、お父ちゃん。お父ちゃん……?

 〔情報元 : 世紀末亭〕
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