goo blog サービス終了のお知らせ 

無名雇われデザイナーの流浪の日々。

地球の片隅でひらめいたことを、気が向いたときに書き綴っているページです。

カースタ RE BONE の2014年

2014年12月31日 | NONSENSE TALK
 個人的にもいろいろあった2014年、年が改まる前に今年の【総括】、というと大げさなので、【雑感】を書き残しておきます。テーマは“RE BONE”


 今年夏、2010年に休刊となったカースタイリング誌が4年ぶりに復活し、既に3号発刊されています。(↑一応全刊買いました^^v)


 一方、我が家の書棚に並んでいる古いカースタを見返してみると、1979年発行の28号から(実際に最初に購入したのは29号で、28号はバックナンバーとして取り寄せ)、1990年の78号までの約10年分は全刊揃っていて、プロダクトデザイナーを志した頃から、デザインバイブルの様に執心していたことが思い出されます。ところが90年以降は急激に購入数が減っています。思い起こせば、バブル崩壊があったり個人的には家庭を持ったりした頃で、クルマへの興味が急激に減った頃かもしれません。
 でも何故か、LAに赴任した1999年から突然購入を再開し、2002年の150号までほぼ全刊購入、でも日本に帰任した後はパッタリ止めてしまったことも伺えます。

 ということで、個人的には、2002年の150号から12年ぶりの再会となります。

 せっかくなので、35年の時を経た我が家の新旧カースタの一部紙面を比較してみました。古い方はHondaの2代目シビック、新しい方はMAZDAの4代目デミオのデザイン開発の様子が特集されたページです。


 こうしてみると、レンダリングの書き方がまるっきり変わっていますね。今となってはデジタル全盛で紙なんか使わないのでしょうが、ヴェラム紙にパステルで着彩していた時代が懐かしいです。


 シビックのインテリアに至ってはハイライトレンダ!、今この技法を教えてるとこなんか無いんだろうなあ。でもこうして比べてみると、昔のデザインの方が魂が込められているというか、今のデザインって、スマートになった分、表面的になっているような気がするのは自分だけでしょうか。

 実は、カースタの誌面作りにも大きな変化があります。レイアウトがぐっと洗練され、以前はとてもオシャレとは言い難かったですが、今度のは、AXISやAuto&Designとも充分張り合えると思います。(張り合う必要があるのか?の答えは、以下の目標達成に必要)
 もう1点、もっと重大な変化があります。なんと、ターゲットユーザー(読者)を、かつてのデザイナー向けから、デザインに興味のある人すべてを対象にすることにしたそうです。まあ、昨今のクルマ離れ、更には、学生のプロダクトデザイン不人気ぶりを鑑みれば、(日本では)読者の幅広げも致し方なしと思えますが、商品作りの核心部分を変えたなら、雑誌名も別な名前にした方が良かったかもしれません。
 なにしろ、Amazonの批評でも、『かつてのカースタと比べると取材の掘り下げや考察が甘い』的な記述が並んじゃってますから^^;

 確かに、デザイン現場のドロドロした現場味は誌面から感じられなくなっていて、これは、先の理由から、一見デザインと関係無いようなメカニズムの話や、そのクルマの企画が必要とされる幅広いマーケット考察、などに誌面を割けなくなったせいとも言えますが、実は、リアルのデザイン現場もそうなっているのではないかと思います。
 つまり、デザイン業務の分業化や、3K的業務の改善(実は改悪も含む)が進み、日本のカースタイリングがどんどん表面的な作業へ向かっていることの表れではないか、と勘ぐっちゃいます。

 とまあ、他人のことはさて置き、自分はどうなんだ?って話ですが、個人的にも、2014年は静かな転換期だったと思える年でした。そして2015年には、この転換期から自分をどのようにRE BONEさせるのかを考えるべき年のような気がする今日この頃、ふと頭を過るのが、先のカースタのRE BONEってことなんです。
 つまり、頑なに自分の(過去の)スタイルを貫き通していては生き残れないのは分かっている、でも、今、周りの環境が向かっている方向は正しいのか、このまま進んで大丈夫なのか? という危惧もある、でも、やっぱりそれは年寄りの先入観や固定概念の余計なお世話かも、とも考えちゃうんですよね。

 いやまあ、もう現役として残された時間もそう長くは無いので、自分がやれる(変えられる)ことは限られているものの、時代に迎合して全く変わっちゃうというのも変な話で(多分、カースタ同様周りからも苦情が出る、笑)、要はその辺の頃合いということになると思いますが、そろそろ(今更?)『残りの人生』という視点に立って、物事考える時期に入ったってことですかね?
 具体的にどうするのか? 誤解を恐れず一例を上げると、今までは、仕事は仕事として優先し、家庭や趣味とは分けて考え生活してましたが、2015年からは、あらゆる局面で、もう少し公私混同(?)してみようかと思いますので、周りのスタッフは覚悟してください(笑)
 そうしたスタイルで、いままでの知見や現在の環境を見直してみると、何か違った発見もあるかもしれないじゃないですか!?

(元も子もないことを言えば、毎年この時期になると、来年はこうしようああしようと殊勝な気分になるものの、結局1年終わってみれば流されてるだけなんですが^^;)

 今年最後のブログは、個人的悩みをぶちまけただけの締りの無いものになってしまいましたが(いつもそうかも?)、今年、当ブログを読んで頂いた方々に感謝すると共に、2015年が皆様にとって良い年でありますようにお祈り申し上げ、ご挨拶に代えさせて頂きます。

 来年からカースタ購入はどうするかな、、、ボソ。

パラダイムシフト

2012年05月03日 | NONSENSE TALK
 パラダイムシフト(paradigm shift)とは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することを言う。パラダイムチェンジとも言う。(Wikipediaより)

 さて、自分の“カップ焼きそば”界のパラダイムには、長らく、『ぺヤングソースやきそば』が君臨しており、その存在は、UFOが来ようが何が来ようが揺らぐ事なく確立していたものの、『俺の塩』に出会って以来は、完全にそちらへシフトして現在に至っています。(ちなみにぺヤングは、関東以外のシェアはかなり低いようなので、ご存知無いかもしれませんが)

 俺の塩と自分との出会いは、LA駐在から帰国した後の2002~3年頃になります。茹で時間90秒(現在は60秒まで短縮)という短さが特徴の、細めで歯応えのある麺と、ホタテの風味が効いた爽快な塩味には、例えるなら、太めの縮れ麺に醤油か味噌、ときどき塩の3種類がラーメンの常識と思って育った人間が、博多で初めて、硬めの極細ストレート麺に濃厚な豚骨スープという、異次元の食べ物に出会ったときのような衝撃を受けたものでした。

 そしてこの度、その俺の塩の“復刻版”なるものを店頭で見つけ、早速購入して見ました。


 実は、俺の塩はいまから15年前の1997年に発売され、今回の復刻版は、そのときの味を再現したとのことです。残念ながら自分は、その年にLAに赴任したため、この初代には出会うことなく、その5年後に改良版に出会うことになるのですが…。

 で、その復刻版ですが、茹で時間は普通のカップ焼きそば同様3分、麺は普通よりやや細めであるものの、歯応えにしても塩味にしても、全てが中途半端に感じられるものでした。まあ、俺の塩らしさが無い訳ではありませんが、初代を知らない(特段思い入れの無い)人間にとっては、残念ながら前述した通りの感想となってしまいそうです。
 例えるなら、ものすごい衝撃を受けた最初の映画【スターウォーズ】が、実は第4話だと知らせれて、後から前半を見せられても、最初程の衝撃は無いのと似ているかもしれません(が、かなり違うような気もしますね)

 さて、復刻版のお味はともかく、それまでベストと思っていたものが、別次元のものへ置き換えられる事は間々あることで、このブログでも、過去に似たような話を何回かしています。

 先日、映画【アーティスト】を観てきましたが、これも同様の話でした。(カップ焼きそばと同列に見るな的なご意見もあるでしょうが…)

 これは他人事ではありません、いや、いままで話してきたような、自社で開発している商品の市場性の話で無く、雇われデザイナーとしての自分の立場においても、クリエイションにおける世代交代の波には逆らえないという点で、自分の行末を判断する必要に迫られている厳しい現実と、見事にオーバーラップしています。まあ、流されるまま(会社の方針に沿うこと)でも問題は無いのですがね(苦笑)

 こうなると、ぺヤングの行末が非常に気がかりです、何かリベンジを仕掛けてくるのか来ないのか? 何十年もソース一筋でやって来た自信や誇りを捨てて、カップ焼きそば界に新たなパラダイムを築くことは出来るのか(余計なお世話)

 あ~、自分にも、ジョージの為にミュージカルという新しいパラダイムを持ちこんでくれた、ペピーのような娘が現れないかしら・・・(最後は他人任せ)




にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑もっと面白いデザイナーさんブログはこちらから!

デザイナーが忘れてはいけないこと

2012年01月08日 | NONSENSE TALK
 以前このブログでも紹介したことのある同業者の寄り合いイベントですが、昨年末、久しぶりにチーム監督として顔を出すことになり、そこで思ったことなぞ残しておこうかと。(えっと、いろいろシガラミもあるので、今回はかなりぼやけた表現で進行させて頂きます^^;)

 デザインを生業としている方で、提案したいデザインについて、説明(プレゼン)を要求されない(恵まれた?)人は、極めて少ないと思います。と言うか、むしろデザインと説明は一体化したもので、その両方のスキルが求められるのがデザイナーというものだと思います。

 問題は、その説明の仕方、いや、説明の求められ方と言った方が良いかもしれません。

 かつてバブル崩壊後の業界話として、某有名コピーライター氏が、キャッチコピー1つにも市場データーが求められるようになって、やってらんない的な事を言ってたのを聞いて、あちらの業界までそうなら、こちらは尚更仕方無いなと思っていましたが、20年余りが過ぎた今、あちらはどうなっているかは知りませんが、こちらの業界はあまり変わっていないような気がします。
 いや、むしろ、企業TOPの要求に対する回答方法&手段が、高度に進化し、確実にエスカレートしています。
 具体的には(うちだけかもしれないけど)、デザインした人間が自分の気持ちを口にしようものなら、「おめーの好き嫌いを聞いてんじゃねーよ」となり、必ず、市場分析や調査結果と照らし合わせた説明でないと、審査通過は極めて難しくなっています。

 ところが、前にも書きましたが、最近の若いスタッフは極めて優秀で、それが普通になっている今、うまく説明するんですわ、これが。と、一見問題無いように感じている方は内輪でも沢山居るのですが、、、個人的には、その裏側に隠れている致命的な問題、つまり、どうもこれは説明し切れないな、と思ったクリエイションは、どんなに良いものを思いついていても、さっさと引っ込めてしまうことが習慣化していそうな恐れを感じています。

 夜中に酔っ払った勢いで、なんであの提案じゃ駄目なんだ!と、デザインスタジオ責任者に直電するような人間は極めて稀で、だいたいがモノ分かり良く大勢に従っちゃうのが普通、まあ、組織運営上は良いのでしょうけどね。

 と、前置きが長くなりましたが、そう言う訳で、先のイベントでは、そのプレゼン資料を制作するにあたり、『マーケティング要素を一切加えてはイカン』という制約を課してみました。
 てか、むしろ資料なんて無くても良い、商品を前に、クリエイター自身が何をやりたかったのか?、その心根を紐解いて語れ!、もっと言えば、商品の事さえ語らなくて良い、己が何者かを熱く語れ!、と、発破をかけ、商品開発中に必死で集めた武器を全て捨て去り、『丸腰』状態にしたら、何が残るのか残らないのか?を、試させて頂きました。
 それは、万が一、何も残らなければ、その人は、いまある市場のデーターや製造上の様々な条件だけからデザインしていた事がバレバレになる、非常に危険な賭けでもあったのですが。

 幸い、商業デザイナーのクリエイションは、お客様あってのもので、マーケティング要素の無いデザインはあり得ない、と言う反論は意外にも無く(いま考えると、それも如何なものか?という気がしなくもない…)、各スタッフ夫々頑張ってくれました。

 結果は、まあ慣れない事を突然強要された為か、プレゼンにおいて個人的に目論んでいたことの達成度は、50%くらいかな、と言うところでしたが、そのプロセスにおいて、会社経営者がどんな要求をしようとも、デザイナーとして商品に魂を入れることを、忘れては(諦めては)いけない、と言う事が、少しでも伝わっていれば嬉しいんだけどな。



にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑もっと面白いデザイナーさんブログはこちらから!

2012年のブログ

2012年01月03日 | NONSENSE TALK
 さて、新年を迎え、今年のブログ展望でも残しておこうかと。

 昨年は震災に始まり震災に終わったと言う感じで、もともとデザイン系ブログ的なタイトルとは、関係無い話題が多かったものの、マスマスなんだか分かんない話題ばかりになっていましたが、今年は、それを反省、、、するつもりは全く無く(^^;、とにかく、思ったことを思ったままにダラダラと書き続けることには変わりないと思います。

 問題は、当ブログで「自分はやらない」宣言していた、スマホ系SNS(勝手に分類しました)を、周りの流行に押され、つい始めてしまい、日頃の発散(?)はそちらで充分出来ちゃう、だけでは無く、画像の加工アプリなんかもスゴイ多機能になってて(しかもタダ)、もう、PC要らないじゃん状態に近付きつつある中、この古典的(?)ブログに書く内容とどう棲み分けるか?、で、きっと多くのブロガーさん達も悩んでいるところだと思います。

 とは言え、そもそも当ブログはSNS的な目的はほとんど無く、基本、リアルな知り合いに公表していないので、かなり一方的な情報発信になっています(もう6年以上やってますので、中には、見つけて黙っている人もいるでしょうが…笑) そういった意味からは、現在でも棲み分け出来ていると言えば出来ていると言えるかもしれません。
 従って、ここ何年も、毎日最低でも50IP/100PV以上のアクセスを頂いていますが、そのほとんどは、リピーターの方より、何かしらの検索結果でご訪問頂いている方と推測しています。
 自分も、何か知りたいときに、結構、ブロガーさん達のご意見を興味深く拝見させて頂いています。たった今アレがどうなっているか?については、Twitterなどの即効性が優位だと思いますが、より知見を深めたい場合、オフィシャルなWEBサイトやマスメディアサイトを上回る情報を、ブログから得られるときが良くあります。(内容の信憑性について云々言う人もいらっしゃいますが、そういったネガティブな面も含めて消化出来る人には問題く、読み物として楽しめると考えます)

 以上を勘案した結果(ちょっと大袈裟^^;)、冒頭に書いた、思ったことを思ったままに垂れ流すことを、より増強していきたいと思っています。つまり、物事を伝える客観性よりも、誤解や知見の低さの露呈を恐れず、より主観的な解釈での表現を追求したいと思います(知り合いが見ていない事を前提に^^;) 自分自身の記録としても、その方が有益のような気がしますし。

 と言うことで、本年も宜しくお願い致します。



にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑もっと面白いデザイナーさんブログはこちらから!

それでも春は来る

2011年04月11日 | NONSENSE TALK
 震災から1ヶ月、別に自粛している訳ではなく、何か行動する気力が出ないだけ。だって、まだまだ先の見えない被災地で、事が現在進行形で進んでいるなか、元気に普段通り経済を回せったて、かなり無理。

 震災の翌週末、バンドでライブイベントを企画していたんだけど、これはさすがにキャンセルしました。お店からは開催OKの打診を受けていたんだけど…。そして、それ以降も活動は停止したままだったのですが、先日、久々にリハーサルを再開しました。

 震災前に応募していた池袋ジャズ・フェスティバルの審査結果が届き、昨年に続き出演できることになったので、いつまでもおとなしくしている場合では無いと、自粛を自粛です。

 仕事の方も、ビジネスを以前の状態に復旧させる為には、まだいろいろある中、製造業の経営者達は攻めの姿勢を見せ始めているようです。リーマンショックに過剰反応して世界に出遅れた分、この苦しい状況をバネに(?)思いっきり攻撃体制に入るつもりかもしれません。ほとんど破れかぶれ的な気もしなくもないですが^^;

 つーことで、こんな時期にも関わらず、公私共に、にわかに忙しくなって来た今日この頃、通勤途中の桜が、今年もしみじみと咲いていたのでパチリ。


 そー言えば、昨年の同じ頃、現役引退的役職に就いた事をブログに書いていましたが、どうしたことか、再び戦列復帰せよと言う事で、また、もとの職場に戻りました。(震災以前の人事)
 という事で、世の中いろいろありますが、被災地に早く春が訪れることを祈り、頑張って元気を出して行きましょう!



にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑もっと面白いデザイナーさんブログはこちらから!

ガラパゴス?

2011年01月20日 | NONSENSE TALK
 あけましておめでとうございます!(いまさらかいっ)

 またまた長らくブログを放置していましたが、まだ、止めてませんよ~~。
 ちなみに、現在、年明け一番のバンドリハーサル音源を聞きながら書いてますが、かなり最低です。年寄りの集まりのせいか、暫くやって無かった曲なんか勘所を忘れちゃうんでしょうなぁ、、、ダメだこりゃ^^;

 さて、年が明けても、まだ、日本の歩むべき道について悩んでみたりします。まあ、自分が悩んだところでどうなるものでも無いのですが、年金もらえなくなると困るなぁ、なんて。

 昨年後半のブログでは、新興国には真似のできない、いわゆる「日本の良さ」で海外に売り込むべしと。ガラパゴスという言い方はあまり好きじゃ無いので使ってなかったのですが、ガラパゴス化はネガティブな面ばかりでは無く、その逆の面もあるのでは無いか?と言うご意見があることはご存じの通りと思います。自分としても、そこで攻めるべきだと、そんな事を書いていたのですが、、、一方で、なんかスッキリはしていませんでした。

 そんな折、パナソニックのエアコンが、インドで躍進しているという記事を読んで、なんか1つブレークスルーしそうな気分になって来ました。パナソニックの例は、昨年末よりあちこちに出ているので、ここでは詳細は省きますが、パナソニック自身がどう思っているかは別として、個人的には、現地ニーズを徹底的に汲み取った「ガラパゴス商品」の開発かと。

 ガラパゴス化とは、良くも悪くも、現地ローカライズの極致。日本人の「おもてなし精神」と「コダワリ」がスパイラルして、どんどんドツボに入って、気がつくと、グローバル基準では誰も見向きもしない商品になっている、的なことだと思います。そして、日本で生まれた、このガラパゴス商品を理解してもらい、新たなグローバルスタンダードとして君臨させることも、国際競争力UPのやり方として正しいと思いますが、もう一方で、日本人精神をもってして、現地にどっぷり入り込み、どの国も真似できない(したくもない)ガラパゴス化市場を現地に創ってしまうのも、アリなのではないでしょうか?

 自分が子供の頃、ホテルマンだった父親が地方支店に転勤を命ぜられた時、「現地に骨を埋めるつもり」であることを主張しないと、現地で受け入れてもらえない、的な事を言ってましたが、多分、これからは、それと同じ心構えで、世界に飛び出さないといけないのでしょう。

 もし明日、インド転勤を命ぜられたら、インドに骨を埋めるつもりになれるか?、、、指先を使って器用に食事をして、ガンジス川で水浴びをして暮らしながら、現地で生活する人の気持ちになって、企画を立てスケッチを描く、、、う~ん、そこまではちょっと無理? 海外に行きたくもない、今の若い人にはもっと無理???

 まあ、もう少したって、日本経済がニッチもサッチも行かない最悪の事態なれば、きっと、最後の火事場の馬鹿力で、日本人は世界中でガラパゴス化を展開することになると思いますよ、選択の余地無く。逆に言えば、それをやらずして滅びる民族では無いと思いますので、そこまで追い込まれるまで待ちますか。

 と、今年も謎な論調でボチボチとやって行きますので、ヨロシクどうぞ^^



マーケットインしたガラパゴス化はOKですが、ひとりガラパゴス化は避けたい現象です(?)

 


にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑もっと面白いデザイナーさんブログはこちらから!

まだ頑張らNIGHT、、、

2010年12月08日 | NONSENSE TALK
 先日、某報道番組で、元サッカー選手のコメンテーターが、ワールドカップ日本誘致落選について語っていた。

 趣旨はこうだ。『韓国より低い点で落選したのは、現在の日本の勢いの無さ弱さを象徴している、兎に角、いま、韓国は元気で勢いがある、その次のW杯ともなれば、今度は中国も加わることは確実で、このままでは、日本はアジアの中で埋没しかねない…』って、おいおい、スポーツ業界もかいな。

 さて、ここのところ同じような話ばかりで辟易としてきましたが、先日、数年前突然始まった、同窓忘年会に参加してきました。
 今年で3回目で、まだまだ新顔(初参加者)も居て、20数年ぶりともなると、「誰だか分からない」「次回は名札持参で」などと言う声も聞かれましたが、自分は今年、中学卒業以来初めての同窓会を経験していて、それに比べりゃあまだまだ甘い。
 つまり、誰だか分かんないたって、それは、学生時代にもあまり付き合いの無かった、別学部の人間だったりする訳ですが、中学卒業以来初めてともなると、毎日遊んでたハズの人間でさえ別人28号、夜の街にガオーと突然現れたら確実に分からないのは当たり前としても、目の前で「○○です」と名乗られたって、「嘘でしょ」とは言えず、変な汗が出るばかりの世にも不思議な世界で、もう行きたくないかも(笑)

 中学はともかく、気になるのは、デザインの勉強はいまも生きているのか? まあ、勉強の成果が生きているかどうか以前に、自身が天に召されてしまった方も数人居たりする年頃。逆に、ビックバイクを飛ばし、タバコ?止める訳ないじゃん、と、もう、この歳になったらいつどうなっても悔いはないよ、と豪語する女性も居たりして、仕事でデザインしているかどうかなんて超越した世界で、達観しちゃった方々が出てくる年頃でもあったりします(汗;



 まあ、自分としては、家のローンもタンマリ残っているし、出ていく方が多いわで、年金暮らしでは収支が破綻することは確実なので、人生の幕が閉じるまでひたすら働くことが義務付けられている身、もう少しリアルなワールドの話が合う方は居ないものかと見渡すと、「いや~、今年は中国の工場に出ずっぱりで、計算したら4か月も行ってたわ」なんて、これはこれでリアル過ぎて、冒頭の辟易話にしかならない事が確実なので微妙にエスケープ。

 んで、最後に、大手百貨店の店舗設計・デザインをやっている会社のお偉いさんと、双方のスタッフ交流会でもやりましょうか、との流れになったのがちょっと収穫。
 実は以前、なんかの媒体にそこの仕事が出ていて、そのテーマが『サードプレイス』。奇しくも、うちの女性スタッフが、あるプロジェクトで『サードプレイス』を熱く語っていたことを思い出し、ちょっと気になっていたんだけど、話をして見ると、付き合っている取り引き先も似てたりして、プチ盛り上がりそんな話に。

 と同時に、デザインの仕事をしているからとかでは無く、自分の欲求として、未知なものに出会いたいとか創造したいとかいう気持ちがあるうちは、自分自身でもアウトプットし続け、このままアジアの中に埋もれない為にも、ピチピチとやって行きたいと思った夜でした! (まあ、冷静に考えるといろいろ難しいんですけどね^^;)



にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑もっと面白いデザイナーさんブログはこちらから!

2010年04月17日 | NONSENSE TALK


 4月と言えば新しい門出、既に社会人になられている方でも、転勤や移動などでリスタートされることもあると思います。かく言う自分も、新しい部署へ移動となり、現在、いろいろ仕込みをしている最中です。

 まあ、例によってあまり詳しいことは書けませんが。以前このブログで、インハウスデザイナーの歩む道、特に、メインストリームのピラミッドから外れた場合の数々を書き綴りました。で、今回の自分も、メインストリームから外れた(一応デザイン部門内ですが)ものの、以前のブログの例には無い道筋。

 ちょっと前、北米市場で槍玉に上げられた某自動車メーカーの社長さんが、規模の拡大と開発スピードアップの行き過ぎが、市場品質の低下を招いてしまった。とのコメントを残していましたが、安全性だけでは無く、デザインクオリティが低下した場合だって、事によっては企業生命を脅かすことになり兼ねません。そんな時代・環境にあって、デザインクオリティを担保する方法を考えたい、みたいな話です???

 いずれにしても、以前のブログ的表現の“現役”かどうか=アウトプットする人かしない人かで言えば、しない側になってしまったので、自分のデザイナー人生にあって大きな岐路と言えます。(ちょっと大袈裟?) 管理職になった時点で、自分の手を動かすことは減っていたのですが、それでも、担当スタッフと、アウトプットすることに対し連帯感を持っていられたので、やっぱり少々寂しいですね。

 でも、正直、自分の経験・能力・ポジションを鑑みれば、そろそろどこかに追いやられる(?)可能性も頭を過ぎる今日この頃、通勤途中にある神社でしみじみと咲く桜(↓)を、今年の春に、また拝めらたことだけでもラッキーだったかもね(笑)



 トップの写真は、前の部署で開いてくれた送別会で頂いた、少し紫みを帯びた薔薇の花。こんな悲喜交々も、インハウスデザイナーの醍醐味です。



にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑応援よろしくお願いします!

リライアビリティと商品魅力

2010年01月16日 | NONSENSE TALK
 はて、新入りはいつ戻って来るのやら・・・。

 突然ですが、工業製品と言えども、というか、工業製品にとって、出来・不出来のバラつきはつきものです。どんなに最新技術を投入して細心の注意を払って製造しても、あらゆるところに誤差が発生しており、製品は、そのコントロールの上に成り立っているようなものだと思います。

 日本が誇るクルマやデジタル家電のプレミアムブランドの中には、専用の工場まで作って生産しているものもありますが、じゃあ、その工場で生産されたものは、全てオートマティカルにパーフェクトな製品になっているかと言えば、そんなことはなさそうです。
 製造工程中、何回もやり直しが入ったり、最悪、ユーザーまで辿り着かないものもあるとかないとか。
 逆に言うと、それだけ、高性能・高品質な製品を生産することは容易いことでは無く、いくつもの検査工程を経て、出来の悪い(誤差の大きい)ものを排除(または修正)することで、なんとか目標のスペックを保っているのかもしれません。

 そこまで高スペックを求めないにしても、製造工程中の検査(管理)に、時間と人=コストをどの位かけるかが、製品の信頼性に関係してくることは想像に難くありません。良く、ネットの書き込みに、『アレは中国製だから云々』というのを見かけますが、製造現場からすると、あまり関係無いような気がします。

 また、誤差が出難い(またはうまく吸収できる)製品設計というのも重要です。作り難い製品というのは、当然、製造過程で不良率が高くなります。
 かっこ良いデザインのために、作り難くなって不良率が上がってしまう、それを避ける為に、製造工程に時間をかける必要が生じコストが上がるなど、いろいろあります。
 時には、かっこ良いデザインを作りやすく設計してくれる、素晴らしいエンジニアが居たりします。普通のエンジニアが、デザインを守る為に、変な角度にネジを締め付ける設計をするところ、魔法のような合わせでネジさえ無くし、かっこ良くて作りやすくて、しかも安くしちゃったりして。
 ところがどっこい、その魔法の箇所は、ユーザーの使い方によってはストレスが多くかかり、樹脂の経年変化に伴い、数年後折れやすくなることが分かり、どうしたものかと思ってもあとの祭り、設計NGマニュアルにそのデザインが加えられ、ユーザーは保証期間終了後で我慢を強いられ、『もうあのメーカーの製品は買わない』と、信頼性ダウンの輪が広がらないことを祈るばかり、なんてオチにも注意が必要です。

 でも経年変化は、工業製品にとって避けて通れない点です。なので、ひたすらテストです。経年変化(耐久性の一部)だけでは無く、考えられる全ての条件・環境下であらゆる使い方・機能を試します。 最近は、コンピューターの処理能力が上がり、現ブツでやらなくても、シュミレーションで効率よく解析できることも増えているかもしれませんが、いずれにしても、この点も、時間と人=コストをどれだけかけかたが、信頼性に関係してくると言えるかもしれません。

 しかしながら、意図的にテストを省略するのは論外としても、何らかのイレギュラーが発生し、テスト結果と違う製品が市場に出回る可能性はゼロではないと思われます。
 メーカーとしては、当然、対策を打ちます。最悪、リコールということになりますが、これって、ユーザーがメーカーに代わり、自腹でテストをしたようなもので、そんな製品を買ってしまったユーザーの立場で言えば、修理や交換で元通りにしてもらうだけではなく、同じ事象を開発中のテストで再現(発見)するのにかかる費用分位は頂いても、バチは当たらない気がします。

 生命に関わることでは、そんな悠長なことは言ってられませんが、その昔、とある自動車メーカー(外国)であったらしい話。
 ある自動車事故の被害者側が、原因はクルマの欠陥だとメーカーを訴えた、メーカー側は当初、欠陥車であることを否認していたものの、内部調査したところ、そのメーカーは欠陥があることを認識していただけではなく、リコールして販売した全てのクルマを修理する費用と、今後予想される死亡事故率から換算される被害者への賠償金を天秤にかけ、後者を選んでいたとする議事録があったとかなかったとか…。今じゃ考えられませんが。

 最後の話は極端過ぎますが、製品不良を1つも出さないことに近づく為には、製品を作ること以上に時間とコストがかかることでもあり、逆に言えば、その点を効率良くやれれば、製品コストは抑えられることになります。
 勿論、製品コストを抑える方法は、物流管理や購買方法など、使用するパーツのスペックダウン以外でやる方法はあると思いますが、生命に関わること以外の信頼性を少々割り切ることで、乾いたタオルからまだ何かが滴り落ちるかもしれませんし、もっと穿った見方をすれば、イレギュラーなテストをユーザーに任せること無くして、最新のスペックを、いち早く市場に投入することも出来ないかもしれません。

 メーカー、特に国外のメーカーは、日本人ユーザーが期待する信頼性(品質)レベルを充分調査していると思いますが、それは世界基準からすると、オーバークオリティと映るかもしれません、結果、無駄なコストUPに繋がると。
 自動車のインポーターに言わせれば、ドイツのプレミアムブランドでさえ、本国工場の完品検査だけでは、日本のユーザーに渡せるレベルでないものがあるらしいです(あくまで外観品質ですが)、そのための改善策を見れば、本国価格に対する割高な値付けも、必ずしもインポーターが丸儲けしている訳では無い気がします。

 クルマの輸入には長い歴史があり、『外車』としての振舞い方は比較的明確になっているかもしれませんが、ベンチャー精神に溢れた企業も多いIT分野の製品に関しては、メーカーがどんな姿勢で商品作りに臨んでいるのか、ユーザーがしっかり見極める必要があると思います。
 つまり、自分の製品に対するプライオリティを明確にして、そこにミートするのかどうか、少々勉強する必要があるということになりますが、自分としては、むしろ、商品の巾が広がり選択肢が増えることの方を歓迎したいと思います。

 商品魅力の感じどころは人それぞれだと思いますが、一部のユーザーの間では、手がかかる(壊れる・使い難い)ことさえ、それと引き換えに、突き抜けた個性を提供している、そのブランドの商品魅力の1つとして、愛され続けていることがあるのも事実なので、この話の奥深さを感じます。
 


にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑応援よろしくお願いします!

デザイン組織の今日この頃

2008年10月04日 | NONSENSE TALK

 先日、都内某所で“新入社員歓迎会”がありました。
企業デザイナーは、4月1日付けで採用されても、多かれ少なかれ研修だのなんだのがあり、うちの場合今年は、現場への実戦配備は10月に入ってから(何故か毎年研修期間/内容共変化してる)。長期間お疲れ様でした。まあ、これからもっとたいへんですが^^;

 さて、歓迎会会場のこじゃれた(死語?)上海レストランの話は置いておいて、近頃の新入社員のあれこれについて。

 巷では、清原引退の話題がプチ盛り上がりを見せていますが、清原の純粋なファンだけでは無く、彼のような破天荒な人間の存在が、どんどん社会から消えていくことを惜しむ声が多いこともあるのでは? という報道を聞いて頷けるところが多々ありました。

 以前このブログにも書きましたが、最近入社してくる若い人はすごい優秀だと感じます。自分が同期で入社していたら、とてもついていけないと感じる程(笑)
 でもそれは、何かスゲー事やりそうとか、突拍子もない発想をする、とかの優秀さでは無く、なんでもそつ無くこなし、のみ込みが早く、抜け漏れが少ない、と言った類いの優秀さ。

 いや、良いんですけどね、それで。
バブル崩壊以降、社会的にも、会社的にも、マイナスに振れることを防ぐことに一生懸命になってましたから。
 スポーツ・芸能の分野だけじゃなく、我々の分野でも、20年前だったら、めちゃめちゃ凄腕なんだけど、朝から酒臭い(もしかしたら仕事中も呑んでる?)とか、無断欠勤が多いとか、会社の金で買ったデザインサンプルを長期無断借用して返さないとか、果ては、外で暴れてお上のお世話になったらしい、なんて人は普通に居たし。
 でも、今じゃそんなことは考えられない。コーポレードガバナンスなどなんだので、何かあったら即解雇。

 悪いことしなきゃ、すごいことが出来ないのか?って話もあるけど、少なくとも、すごいことが出来るから、多少悪いところには目を瞑ろう。「しょーがねーなあいつは」で、済ます世の中では無くなったことは確か。
 てゆうか、すげー実力を発揮する前に、すげーバッシングされて消えちゃうのでしょう、そういう人は。

 そうして純粋培養(?)されて来た人達は、教育方法にもいままでと違った工夫が必要です。
 ちょっと前までは、とりあえず崖から突き落として、そこから這い上がることで仕事を覚えさせる。出来るヤツは早く這い上がるし、トロいヤツでも、なんとか這い上がって来たときには一人前になってる、なんてやり方に近かったんだけど、いまそんなやり方したら、優秀なのに崖下で死んじゃうヤツが出ちゃうし、這い上がって来るのを悠長に待つ程余裕も無いしで、大分考え方を変えないと組織効率が上がらない。

 ここで問題というか難しいのは、そういった若い人に日々接し束ねているリーダークラスの人=突き落とされた崖から、最近ノシ上がって来た人に、その事を理解して実践してもらう事。

 例えば『戦略』と『戦術』の共有。

 戦略はプロジェクトの推進方法、これがしっかり構築できないと、あちらこちらでつまづき、それが勉強になるとも言えるけど、今の世のなか待ってはくれず、後手後手のフォロー大会で組織が疲弊する原因に。なので、予め、道に迷わないしっかりした戦略を担当と一緒に立て、双方で、プロジェクトの全体像とその進め方を理解すること。

 戦術は業務を行うためのスキル、ここではレッスンプロになれと。つまり何か間違ったりしたときに、ダメ出しするだけではNG、自分が代わりにやっちゃうのはもっとNG。でも、担当が原因に気付くまで何回もやらせるのは効率が悪いし、何回かやってるうちにたまたま出来ても、また同じ失敗するので、その原因を見つけて科学的・理論的に説明して直してやることが重要。
 例えば、ゴルフのレッスンプロは、ボールが曲がることを怒るのでは無く、原因をちゃんと究明し、その人に合った改善方法を探しながら直してくれるでしょ?(自分はゴルフやったこと無いけど^^;)

 いやいや、リーダーと言えどもバリバリ第一線デザイナーなのに、戦略なんか立てたくも無いのに、理屈で教えるなんてできないのに、、、世知辛い時代になったものです。と、同時に、新人甘やかされ過ぎ、って感じもしますが、まあ、そんな時代なんでしょう。

 と、言いつつ、いまは燻っていても、いつかスゲー事やりそうな、型にはまり切れない破天荒なスタッフも、ちゃんと生きていけるように頑張りたいと思う、今日この頃なのでした。


にほんブログ村 デザインブログ プロダクトデザインへ
↑気が向いたらクリックお願いします。