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自然回帰マーチャンダイジング

-地域-自然-デザイン-商品-生活-を繋ぐ遊び場・仕事場から

杉板外壁のまち

2008-02-15 14:53:59 | Weblog

 間人(たいざ)の民家は、その多くに杉板が外壁として使われていた。海に向かう路地に入って見渡すと、見事に全ての民家が杉板で囲われ、その向こうに海が微かに見えていたりする。

 峰山という駅に降り立つ前から、車窓から見える里山と民家の佇まいが気になっていた。京丹後市商工会の松井さんと、駅からクルマで会場へ向かう。その間じゅう、道路脇の民家とその連なり方に眼を奪われっぱなしだった。杉板を多用した民家や蔵は、瓦屋根が反っくり返るでもなく、非常にベーシックな佇まいを見せていた。ハウスメーカーの家が全く無いわけではないが、ごく僅かだ。

 里山は、トンネルを抜けると、海べりのまち「間人」へ出た。海に近い家の多くがコンクリートに固められている昨今、これほどまでに木造の家が残っているのは希少だろう。宿の若い男性は「ちりめんを織っていたからですよ」と言った。聞けば、ちりめんを織るからコンクリートの空間ではなく“呼吸する家”でなくてはならないのだ、と。これもひとつの“機能美”なのだ。

京丹後に見た風情

2008-02-14 21:43:16 | Weblog

 大寒波に見舞われた日本海側。タイミングを選んだように、京都の日本海側のまちを訪れた。ここは、京丹後市間人。間人と書いて「たいざ」と読む。聖徳太子の母、穴穂部間人(あなほべのはしうど)皇后が戦乱を避け、この地に御座所を設け滞在したのだそうだ。この漁師町は、建築の外壁に杉板を多用していることで、独特の風情を醸し出していた。海辺のまちながら、その一歩手前には、山が高すぎず低すぎずの里山空間があり、これまた味わいのある風景が連続している。

 このまちの観光協会青年部の方々と約3時間にわたるミーティングを行った。気持ちの良い人たちばかりで、自分たちのまちをなんとかしたいという意思が、スッと伝わって来た。あと二回ほど、この間人へ通うことになった。今回の滞在は僅かだったが、高低差のある路地や建築に魅了されてしまった。この写真だけではその魅力は伝わらないので、2回に分けて紹介して行くことにする。

モコモコに登ってみた

2008-02-09 18:14:49 | Weblog

 山とも丘とも違う自然の造形物“モコモコ”。この象徴的地形の中に暮らす地域の人たちと、約10個のモコモコに登ってきた。登るたび、風景は違って見えた。

 口々に「この歳になって、あえてこのモコモコに登るとは思わなかった」というものの、この一見酔狂な提案に対して、皆さん面白がってくれたようだ。

 自然がつくった地形がアートそのものでもある。その造形に登り、佇む人が居てこそ絵になる風景となる。モコモコに登る自分の姿は見ることができないが、モコモコのふもとから他のメンバーが登るのを眺めてみると、“人”が大切なアクセントになっていることがわかる。

 ここは、てっぺんがらくだのコブのように二つに分かれていたモコモコだ。コブの間から、モコモコの向こうにある風景がチラリと見えてくる。モコモコは曼荼羅のようにこの地域に点在し、風景の中に溶け込んでいる。これこそ、地域固有の資源であり、魅力である。

 モコモコ巡りのツーリズムを仕掛けよう。てっぺんに、小っちゃな造形作品も期間限定で置いてみるのはどうだろう。そう考えていたら、誰かが「何もなくて充分!」と声をあげた。

川に行く

2008-02-07 20:43:34 | Weblog

 2月の声を聞くと、ソワソワしてくる。すでに愛知県や岐阜県の一部の川は解禁になった。静岡県は3/1だ。

 3月初旬の初釣行には、仲間から狩野川への誘いが届いている。3月末には、毎年恒例となった小口修平さんとの釣行予定が入った。ライフスタイルデザインカレッジのメンバーたちとは4月の笹間川のイブニングに行かねばならない。春の時期に九州の川にも行ってみたい。宮崎の五ヶ瀬川。阿蘇近辺の川にも・・・。

 5月の声を聞いたら、遠山川への初詣では欠かせないだろう。そして6月は、やっぱり去年の釣りが印象的だった岩手だ。7月以降は大井川源流はもちろん開田高原あたりへ遠征か。まてよ、北海道はどうだろう・・・。
 
 考えれば考えるほど、まだまだ行っていない川がたくさんある。想い描くだけでなく、その川に行かなければダメだ、と去年の岩手釣行で思い知った。このブログを見ていただいている皆さん、今年はどうする?


イベント万能主義から決別を

2008-02-05 21:43:34 | Weblog
 
 気合いだけ、あるいは招聘・誘致型のコトおこしを推し進めた地域の低迷が顕著だ。その意味からも、花火大会のような規模や量の競い合いは、もう必要ないのではないか。地味でも、素地を生かし、素地を蘇らせられるコトおこしが求められている。

 コトおこしは「まずイベント」であり、「人をたくさん呼ぶ」ことが必須であるといわれ続けてきたきらいがある。しかし、イベントは万能ではない。地域づくりの目標の中でのコトおこしの役割と、イベントの位置づけを明確にすべきだろう。

 ①数値(動員、売上)ありきの【興行】なのか
 ②財産(知財、人材)づくりの【運動】なのか
 ③素地(資源、気風)を活かす【実験】なのか

 こうした役割や機能を明確にせず、コトおこしを全てイベントという名でひとくくりにしてこなかったか。「このイベントは実験だから人を集めなくてよい」と言われた試しもあまりないはずだ。しかし、本質的には人を集めないとならないイベントもあり、集めなくてよいイベントもある。目的に即すとどうなのか、という明確な整理と再編が必要となるだろう。

※まちづくり講習会での要旨紹介シリーズはひとまず終了します。

地域の個性あるライフスタイルが商品やサービスになる

2008-02-02 01:50:36 | Weblog

 ふだんの地域生活の中には、意外なほど「この土地ならでは」「この土地だからこそ」が存在している。そのことが、住む人にも訪れる人にも豊かなライフスタイルを提案し、おもてなしを具現化できる資源になる。今の時代は「知る人ぞ知る」がメジャーになってしまう。マスマーケティングは大量に広告を使い、買いたい人を確率論で探すからお金がかかった。インターネット時代では「私はあなたに売りたい」のワンツーワンマーケティングが成り立ち、これはそんなにお金がかからない。

 掛川で普及への道筋をつけたサイクルツーリズム。ローカルサイクリストたちの情報が、ブログを通じて「掛川には良いみちがある」「掛川には茶畑と水田の素敵な里山風景がある」と、遠方の都市部のサイクリストたちに評価されるようになった。そうしたみちや風景があることを、サイクリストではない地元の人がまだまだ気づいていない。
 
 インターネットの普及は、地域ビジネスには大きなメリットだ。この地域では数えるほどしかいないと思われるニッチ(隙間)マーケットも、全国に広げて考えれば、大きなマーケットになる。

 これからの地域ビジネス・地域商品は、誘致型でなく、より内発型であるべきだ。地域の資源、個性、素地を活かしたビジネス・商品とは何かと考え抜くのだ。よその事例に当てはめず、どれだけオリジナルなものができるか、が問われている。


地域資源が、地域の生活に活きているか

2008-02-01 20:27:15 | Weblog

 この地域の資源は何ですか?と訪ねると、日本昔話調に「~なんだそうだ」という答えが返ってくることが多い。「私はよく知らないけれど、あそこはいいらしいよ」という聞きかじり。自分の生活と資源との関わりは明らかにならない。その資源が自分の生活にどう関わっているか、その資源を使ってどう生きているのかが見えてこない。

 あなたのいう資源は、あなたにとって本当に価値ある資源ですか?

 例えば、里山の谷あいに冷泉が湧く泉があったとする。その時「そこにそういう泉があります」と言われるより、「私は1週間に数回、その泉に水を汲みに行き、風呂に使っている。他所のどの温泉より素晴らしい泉質だと思う」と語られた方が、資源としての存在感と説得力を持つだろう。

 実体験や実感を伴っているから、世の中に情報として出て行くとき、チカラが加わる。「これをこう使うと、こういう価値がある」という生活提案があって初めて資源となる。その資源をその土地の生活に活かせば、それは資産となる。

地域のひとは、地域を本質的に知っているか

2008-01-31 18:24:06 | Weblog

 大須賀町商工会青年部の講習会に招かれ、まちづくりについて語ってきた。皆さん非常に熱心に耳を傾けてくれた。その要旨を少しづつだが書き留めておくことにする。

 地域づくりを地域ビジネスと置き換えて考えてみると、今までの地域づくりは行政だのみの側面が強い。地域づくりは最終的に地域のビジネス・商いに結びつけなくてはならないだろう。具体的には、個性的な事業開発(コトおこし)や商品・サービス開発(モノづくり)をしていくことである。

 地域振興や観光振興について、さまざまな土地の人と話をしてきた。すると、どこでも同様の答えが返ってきた。

 「ここは閉鎖的」 「ここには何もない」 「ここの行政は何もしてくれない」

 都市部でも農村部でも答えは同じだ。何もないというのは、地域の人が驚くほどその土地の魅力、資源や財産を知らないということである。また、よそから来た人から見れば素晴らしいところが、地域の人には見えていないということである。

 地域づくりは「地域の人が地域をよく知り、それを多くの人に伝えていくことから始まる」が原点であるにもかかわらず、「多くの人に伝える」ための情報発信や仕掛けだけがクローズアップされ、地域の人が地域を知らなさすぎる、というのが現実なのだ・・・。

感覚がフィットする方へ

2008-01-30 12:29:41 | Weblog

 地域-自然-デザイン-商品-生活-を繋ぐ仕事をしたいひと。 
 このブログを読み、ここに綴ってある価値観に共鳴できるひと。
 ボランタリーワークも仕事のうち、と考えることができるひと。
 クワイエットスポーツの愉しみを語らせたら半端じゃないひと。

 いま、仕事の仲間を求めています。
 創造する仕事は、体力が必要です。
 上記条件が全てではありませんが、
 感覚がフィットする方はご連絡を。

モコモコの魅力

2008-01-29 16:54:04 | Weblog

 掛川市大東地区の土方(ひじかた)周辺には、このようなモコモコが数限りなく存在する。古にはこの辺りは海(遠州灘)であり、川(大井川)であったそうだ。それが隆起し、いちばん高い隆起が小笠山になった。

 山とも丘とも違う、自然の造形物であるこの“モコモコした小山”が、象徴的地形をつくり、その中に暮らしや商い、農の営みや生産の場がある。この風景や空間は、きっと多くの日本人の琴線にふれるだろう。
 
 地元のひとに数多くのモコモコを撮影して見せたところ、一様に「そういえばこうなっている。よく見ると面白い。しかし、こんなにたくさんあったの?」という反応だった。

 地球時間では「変化した地形」でも、人間時間では「変化しなかった地形」だ。多くの人が、毎日このモコモコのそばで暮らしている。しかし、多くの人はこのモコモコの魅力になかなか気付かない。


訪れる側になった日

2008-01-25 21:35:18 | Weblog
 
 福井県あわら市に行ってきた。坂井北部丘陵地営農推進協議会の研修会で、掛川の「スローライフによるまちづくり」を参考にしたいと講演を依頼された。寒風吹きすさぶ掛川を出発して現地へ向かう。米原からは雪。芦原温泉駅に到着すると、雪は降っているものの寒さはそれほどでもない。きっと静岡のほうが体感温度が低いだろう。久し振りの雪景色。ウエアに降りかかる雪。雪の地方特有の湿気。雪が妙に懐かしく感じた。

 講演では、行政関係者も多いということで、掛川固有の生涯学習の概念と活動、スローライフや報徳思想との関係性、NPOの取り組みを報告した。終了後に、数名の方が声をかけてきてくれた。

 一人は行政マン。ライフスタイルデザインカレッジのようなことをしたいけれど、共感は得られても、参加してくれる人がどれだけいるかが不安だという。ギアを売りたいショップのアウトドアスクールでもなく、マスコミによる確立商売的カルチャースクールでもなく、行政の無個性な生涯学習講座でもないカレッジの試みは、非常に冒険的に感じるだろう。

 ある女性は昨秋、掛川の法泉寺温泉に泊まったという。秋祭りと重なり、ゆっくりと進む山車の後ろに多くのクルマが繋がってしまったのに、誰も文句を言わず、容認する気質がとても印象的だったそうだ。祭りが地域のコミュニティー形成に大きく関与する地域と、イベント化したフェスティバルになった地域とでは、道路の使い方ひとつにしても、相互理解の仕方が大きく違ってくるだろう。

 東京で自転車関係の仕事をしたのち、地元に戻って農業を営む若い男性とは、自転車の話で盛り上がった。講演会参加者にサイクリストやフライフィッシャーがいると、必ずといっていいほど声をかけてくれる。サイクルツーリズムは、きっとこの地でもいける。うねった丘陵地、東尋坊、いくつもの温泉はサイクリストに好まれそうだ。自転車を持参した再訪を約束して別れた。

 掛川から芦原温泉まで片道3時間の旅。訪れる側になったとき、やはりもっと土地の人と話しをしたかったし、その土地ならではの生活に触れてみたかった。この感覚こそ、ライフスタイルツーリズムである。ローカルツーリズムのこれからは“生活観光”なのだと確信してしまった。

2008カレッジの始動

2008-01-24 11:03:24 | Weblog

 掛川ライフスタイルデザインカレッジの2008年度プログラムを計画中である。このカレッジは、2年前の今頃からNPOスタッフの献身的なボランタリーワークにより運営が支えられている。アクティビティプログラムは、5メニューだった初年度から、2年目は9メニューへと発展した。スタートのタイミング。ハイシーズン中心から通年への可能性。メニューの熟成と進化。さまざまな対応課題を抱えながら、試行錯誤の日々が続きそうである。

 このblogを見ていただいている方からも、メニューの希望やアイデアをぜひ寄せて欲しい。プロフィールにあるアドレスに直接でもいいし、コメントでもいい。

公園の使い方

2008-01-19 18:22:11 | Weblog

 掛川市の南西にある弁財天海浜公園の小高い丘には、一面にクロマツ林が広がっていた。丘のてっぺんからはクロマツ林と砂浜と太平洋がこのように見えた。御前崎から浜名湖までの遠州灘海岸の中では、比較的標高がある丘だろう。

 クロマツ林の中には、使われなくなったアスレチックコースが、適度な起伏をもち、いい感じでレイアウトされていた。太平洋岸自転車道は、この遠州灘海岸に沿って、標高を稼がずに東西を貫いている。ロードバイクでは無理だが、このシングルトラックに入り込んだほうが、きっと、ずっと面白い。

 自転車ばかりではなく、この公園は河口にあり、そのすぐ手前に緩やかな3本の川が合流し、カヤックに快適なプールがある。干満の影響を受けるこのプールが気に入って、昨夏にはライフスタイルデザインカレッジのカヤッキングプログラム番外編を実施した。クワイエットスポーツのゲレンデとして、この公園の価値は非常に高い。(撮影/深田 博)

沖縄音楽の威力

2008-01-18 20:55:55 | Weblog

 2008年が明け、今年は沖縄音楽で行こう!と前から気になっていた2003年に発売された登川誠仁&知名定男のデュオ・アルバムを手に入れた。太鼓と三線のシンプルな演奏と、この二人の唄を聞き始めたら、こればかりを聞くようになってしまった。

 沖縄でネーネーズのライブも見たし、沖縄系ミュージシャンのアルバムもたくさん聞いたけれど、当分はこれで行けそうだ。車中でアメリカ人の友人に聞かせてみたら、ものの1分とたたずに「スゴイデス!ホシイデス!」という反応だった。

公園への行き方

2008-01-17 20:24:51 | Weblog

 新年から「公園」に関わりを持ち始めている。一つは粟ヶ岳という掛川のシンボルヒルのてっぺんにある公園、もう一つは河口にある弁財天海浜公園だ。人間は、不思議なことに高いところと低いところ、その両方に気持ちが向く。その両極にこの2つの公園があり、2つとも同じような課題をかかえていた。

 この粟ヶ岳山頂には何度も足を運んでいるが、1月に行ったのは初めてだった。ここからの眺望には定評があるが、広葉樹が葉を落とし、澄み切った空気の中、御前崎半島まで見渡せるパノラマはやはり素晴らしかった。

 麓にある茶の一大生産地である東山からこの山頂公園まで、歩いて約1時間。標高532mにあるこの公園は、自らの足でたどり着くのが正しい作法だろう。クイックにクルマで訪れるより、スローにショートトレッキングかヒルクライムサイクリングで、公園までのプロセスを愉しむことができるひとが増えれば、この公園の価値は明らかに変わる。(撮影/深田 博)