chuo1976

心のたねを言の葉として

『朝焼けの中で』  森崎和江

2020-04-20 06:07:58 | 文学

『朝焼けの中で』  森崎和江


八つか九つくらいの年ごろだった。
朝はまだひんやりしていた。私は門柱に寄りかかって空を見ていた。
朝日が昇ろうとしていたのだろう、透明な空が色づいていた。

朝早く戸外にノートと鉛筆を持ち出して、私は何やら書きつけていた。
が、空があまりに美しいので、その微妙な光線の変化を書き留めておきたくなって、
雲の端の朝焼けの色や、雲を遊ばせている黄金の空に向かって感嘆の叫びをあげつつ、
それにふさわしい言葉を並べようとし始めた。
けれどもなんという絶妙な光の舞踏・・・・・。

わたしあの朝、初めて言葉という物の貧しさを知ったのである。
絶望というもののあじわいをも知ったのだった。
自然の表現力の見事さに、人のそれは及びようのないことを、魂にしみとおらせた。
うちしおれる心と見事な自然の言葉に声を失う思いとを、共に抱き、涙ぐむようにしていると、
父が出てきて、笑顔を向けてくれた。

何を話してくれたか、もう記憶にない。ただあの時の強い体験にふさわしいようないたわりが、
父から流れてきたことだけが残っている。
空が白くなり、人間たちの朝が動いていく気配が満ちた。

いつのまにか文筆にかかわって生きてきたけれど、言葉に対する私の感じ方の中には、あの朝の体験が
深く広がっているようである。それは人間たちの深々とした生の営みの中で、言語化されている
部分の小ささ、貧しさへの思いである。いや、まだ言葉になっていない広い領域のあることに対する、愛しさである。

言葉は朝焼けの中の八歳の少女のようだ。

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2 コメント

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Unknown (mashiro.)
2020-08-22 06:17:32
この文はどこからの引用ですか?インターネットからでしょうか。国語の教科書以外にこの詩が記載されている書物があるのであれば、そちらを購入したいと思っているので教えていただけると幸いです。
返信する
引用元 (Unknown)
2020-09-02 11:44:27
コメントありがとうございます。
返信が遅れ、申し訳ありません。

この詩はインターネットで拾いました。
URLは分かりません。
返信する

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