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鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

10月9日、金曜日、台風は今、北海道あたり。

2009-10-09 11:34:29 | 直言!
昨日はようやく仕事の原稿などがひと息ついたので貼り付け作業をして完了した。そしてこの後、約250枚のA4版をプリントしていくが途中に気がついた。インクのかすれが気になっていったん印刷中止をした。
そしてプリンターのクリーニング作業した。
そしてもう1度、印刷の開始をした。
そしたら今度は後、何枚という画面がでないで「プリンター内部の部品の調整の時期が近づいています」として下に小さな文字でお買い上げしたところの窓口に連絡を。と書いてある。
こんな画面がでてもプリントはできていたのでプリントを続けていたが1枚印刷して次の印刷にとりかかるのに数秒かかることにこれは機械がこわれると考えてプリントを中止した。後、まだ50数枚のプリンとが残っていると思う。
朝早くからパソコン工房奈良の店は開いていない。
それで時間を待っている間、月曜日連載の原稿を作成していた。
このシリーズも10月末で終了することになる。
またしばらく休憩をしょうか----。どうしょうか。まよっている。
またその時に考えていくことにしよう。

パソコン工房、10時開店と思ったら11時からだった。
パソコンメールよりFAXを見る事務員さんが早いと考えてFAXで修理要請を送った。11時にまた電話をしないといけない。

台風は愛知県、群馬県、宮城県と被害をもたらした。
伊勢湾台風と同規模の大型台風だったが今回は伊勢湾台風より被害は少なく台風は通過していった。
テレビのニュースではなぜ被害が少なかったのか。その関係者が解説していた。
今回は情報を事前に多く知らせることができたこと。自治体の避難も行き届いていたということと住民との理解がちゃんと行われていたという。
しかし避難に課題を言った。
「自主避難というところが多かった。自主避難はあいまいな部分が多く自主避難についてと自治体と住民が話し合って今後、取り組んでいかなければならない」
なるほど伊勢湾台風並の大型台風、しかし情報はメデイアなどを通して詳細に届けることができた。
伊勢湾台風のころの時代、通信は希薄だった。
電話も10人に1人程度の加入だった。当時の電話は交換手に呼び出しを頼んでつないでもらう。これがなかなかつながらなかった。
当時、向かいの家には電話があった。
時々貸してもらっていたがたいていは家にきた通信は電報だった。
父親は急ぐ用事の時、向かいの電話を借りていたが「特急」という言葉を出して申し込んでいた。それでもなかなかつながらなかった。
当時、私の家の近くで電話があったのはご主人が石油会社の重役をしていた家と斜め向かいの建具屋さん、1軒置いた豆腐さん、路地を挟んで菓子問屋があった。この店と角に化粧品さんがあったがここぐらい。
この向かいは駄菓子屋さん。国道挟んで向かい側の道には八百屋さんに竹屋(葬儀屋も兼ねていた)、米屋さんに下駄屋さん、お菓子屋さん。国道筋には他に写真屋さんにオモチャ屋、電気屋さん、また昔はこの通りに貸し本屋もあった。ここの揚げたての天ぷらは美味しかった。散髪屋さん酒屋さんもあった。
少し行くと文房具と本屋さんを兼ねた店に洋服さん、八百屋に魚屋さんとあった。もう何軒か店はなくなっているが何軒かまだ営業しておられる。

奈良市の職員に1年先輩の人がいた。
向こうから「僕は何度もあっています」と言われて私は「どこでお会いしていますか」と聞いてしまった。高校に行っていても同級生はよく覚えていて卒業していても覚えている。同じ高校でも1年違うと記憶から薄れている。
そして市職員は「僕、木津に住んでいます」という。
「木津といっても広いです」と言うと「僕は○○の下駄屋の息子です」と言われて「えっ」と言って思わず「いつもお世話になっています」と言っていた。親はまだお世話になっていると思ってとっさにそんな言葉がでていた。
そんなことも多々あった。同級生も奈良市に勤務していたがたぶん同級生とあって私の前にでることはなく遠くから見ておられたと思う。職員たちが後日、同級生の名前を出して言ってくれたのでわかった。
おかげで慶州市と奈良市との姉妹締結交流事業の取材で奈良市の多くの職員にお世話になった。月刊奈良から数えると数え切れないぐらいお世話になっている。
不思議な縁の中で仕事をすることができたことに感謝をしている。

電話の話しから横にそれた。
私の住んでいたところは木津の町の中心で商売をしている人の家には電話があった。私の住んでいた並びは商売をしていない人の並びだった。
今、この通りの家も変わり昔のままにあるのは向かいの家と私家と隣ぐらいである。私の実家は古くなって建替えをしないといけないが向かいの家は普請にお金をかけた家なのでそう簡単に家を建て直すことが必要でもない。
たぶん昔は土間だった台所は今風のキッチンにしなおしておられるだろう。外から見ると頑丈な普請の家である。

パソコン工房から電話がはいった。
1年以内だった保障期間があるので修理も聞くという。もう4年近く使っている。年数がたっていてもう買え時かもしれないと思って新しいのを買うことにした。また物入りになりそうだ。
来週になりそうだ。また何がしを引き出してこないといけないな。
少しへそくりを貯めたと思ったらまた出て行くことができた。
そんなことで少し休憩わしよう。

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