鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

この3月木津川市になった。

2007-07-29 15:40:33 | 直言!
合併して初めて夏の木津川の花火大会と盆踊り大会が行なわれる。
夫は京都市南区で生まれ育っているので盆踊りが盛んな時代だった。町の盆踊り大会に参加して踊って遊んで楽しく過ごした体験している。男の子だから出来た。
私は少し盆踊りを遠くから見ることがあっても夜外を出るのはほとんどご法度だった。女の子の夜の外出は絶対にさせなかった。父親の威厳が絶対的だったので私は盆踊りの音楽を遠くで聞いた記憶があるが身近で聞いた記憶がない。
夫は私と違って盆踊りを楽しく過ごした体験があるから、この間からの続きで今も電車にのって私の実家の近くの花火大会を見に行こうと誘っているが化粧するのも面倒くさい。弟の嫁さんが車まで迎えに来てくれれば行ってもていいかなと思うがそんなことで催促をしたくない。
そんなわけで朝からずっとビールを飲んでビールの肴を口にしている人に車に乗っていこうとも言えず私は「もういかへん」と言っている。
夫は私のことを出不精というがもし仕事であちらこちらに行っていなかったら外に出たくて行こうという気になるが仕事で電車にのって遠出していると仕事のないときは家でボートしたいのである。

夫にそんなこと言われると私は出不精なのかと思うが身支度をしてでるのが面倒くさい。
それに今日も外は暑そうだ。
木津川にいけば川風が吹いて涼しいのだろうか。
それにしても出歩くだけで暑い。
暑いから夜店がでてかき氷もあるのかもしれないが----私はまた夜店のも食べるとまたお腹痛を起こす。
昨年、夏下関に出張して夜店で買ったお好み焼きで食べた後から下痢便になって奈良に戻ってきてもしばらく体調を崩していた。
なぜかしらないが夜店の物も私は食べられなくなった。

子どものころ私の父は夜店の物を食べさてくれなかった。腹痛になるからということで絶対に食べさせてくれなかった。子どものころにそうした免疫がついていないのか年を重ねてきて体質が子どものころに戻っている。どうやら体質は父親に私は似たのだろう。
父が年を取ってきてから母親の料理にうるさかった。
鮮度のいい魚でないとすぐ文句を言った。冷凍して解凍した魚はすぐ分かって母親によく文句を言っていた。
そして韓国料理にお腹痛をおこすからということで箸をつけることが少なくなった。野菜の煮たき物や汁物だった。のっぺい汁とかカス汁を好んだ。そしてうどんは鍋焼きうどんにしてそれで晩酌をしていた。
私の今の食生活に似ている。
ほんまに韓国料理が食べられない。
体質は父親に似たのだろうか。
現在の食生活はまったく夫とは別になった。
今日の昼食は夫は鰻の蒲焼でビールの肴にしている。私は小さいの2切れをとって丼にご飯を入れて鰻と夕べの手巻き寿しの具の残りと一緒に卵焼もご飯の上にのせて蒲焼の出し汁をかけて丼にして食べた。美味しかった。

花火は行かない。
夜は選挙の開票が気になる。今日は遅くまでおきることになりそうだ。

けれど弟の嫁が「これから迎えに行くわ」というと喜んで行くかもしれないが私からは絶対催促しない。親みたいな年齢の私には気を使って今は私に何もさせないようにしているが-----。といって迎えに来てと夫も催促はしないだろう。とにかく家で静かに過ごすことにしよう。

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1 コメント

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Unknown (しゅう)
2008-01-15 11:23:16
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