昨日は北鶴橋小学校で取材をしていた。
2時から5時までかかった。初めての大会なので手が抜けない。初めから終わりまで会場にいる必要があった。
一方、そこから歩いて10分足らずのKCC会館のところでは脱北者の証言シンポが行われていた。北鶴橋小学校の会場にきていた在日韓国人の男性がKCC会館のシンポを話してくれた。
私は彼に「行く予定をしていたが上からこの大会が重要な現場なのでこちらを優先にということでこちらに来ました」と話した。彼は「マスコミも多く来られますよ」と話されたが私は「在日同胞の子どもたちのこのイベントが大切なのでこちらにきました」と話した。
脱北者の証言は1人でも多く聞いてもらいたいと思っている。
私は仕事で何度も何度も聞いている。
聞くに耐えない。そして文明、文化が発達した各国なのに北朝鮮の現実は違う。
私は現場で聞くたびに一抹の不安を覚える。
こうしたシンポが繰り返されてもなんの前向きな行動はなく日にちが過ぎている。日本政府は隣国が分断したままの今の体制のままの方が都合がいいから野放しにしているのだろうかと思ってしまう。
隣国が1つになれば脅威を感じるのだろうか。だから分断したまま長い年月になったのではないのかと。
しかし現実は北朝鮮の指導者はテコでも動かない。
穴倉生活で自分の身辺を守るのがせえいっぱいで周りの国民の困窮は見えない。
本当になんとかしなければならない。
そんなことで昨日は北鶴橋小学校にいた。
在日同胞の子どもたちは日本人教師も民族講師も保護者も一体となってイベントを楽しんだ。熱い民族の風が吹いていた。それも今の時代にあった民族の風がふいていた。
韓国語を覚える1つの手段としてカルタを利用する。このイベントに会場の中は熱く燃えた。民団大阪本部と韓国政府が取り組む新しい韓国語の学習の風が吹いていた。この子どもたちは大阪の町を変えてくれそうな新しい息吹を感じていた。1つの民族に偏らないで日本の中で共生していく。地域の中で共生していく。自国の文化を学ぶ在日同胞とルーツを持つ子どもたち、そして異なった文化しかも隣国の文化を学ぶ日本人の子どもも参加していたが今後はこのイベントはもっと多く広く日本の学校で取り組まれそうな予感がした。
なぜなら子どもたちの気迫がすごかった。
「今日1日だけの思い出で終わってほしくない。これからももっともっとしてほしい」と韓国語学習の一端、カルタ取りがまだまだ楽しみたりないようだった。学校長も身を乗り出して子どもたちを声援していた。
日本公立小学校で韓国のカルタ取り、大阪ならではできるイベントに子どもたちは燃えていた。大人たちも燃えていた。
ここまで到達するのに大阪府・市教育委員会、大阪市外国人教育協議会そして民団大阪本部そして民族学級設置運動した市民運動家、本名を名のり呼ぶ運動、さらに民族講師の報酬などレベルアップそして学校環境改善の運動などをした民団大阪本部、それに答えて韓国政府教育人的資源部は民族学級設置校に韓国語の教材を贈ってきた地道な活動がこうした活動につながってきた。
地域で育つ子どもたちは地域住民とどうすれば共生できていくのか。模索しながら子どもたちのために先人たちは日夜骨身を惜しまず改革してきた。
その積み重ねが昨日、北鶴橋小学校の子どもたちの姿だった。
民族学校の農楽、韓国政府派遣教師の韓国語に子どもたちは「ほんまんもん」に触れた感動でいっぱいにしていた。
本当はこのことは新聞記事にしてから書き込もうと思ったが先輩たちが地道な運動で子どもたちのために民族学級の設置に取り組んできた歴史に昨日の子どもたちの姿があると私のほうが感動した。
そんな思いで書き込みをした。
子どもたちは政治に関係なく伸び伸びと韓国語のカルタ取りに熱い思いを走らせていた。子どもたちの未来には分断でなく1つの体制になっていることを願う私である。
1つの体制にするのには世界はもちろん日本の国の支援なくてはできない。1日も早くそういう体制になることを願っている。
悲しい脱北者の証言を聞かない体制になってほしい。
証言は聞くにたえないものばかりである。分断国家の歴史の知らない日本人の多くが聞きに行って見るものだろう。
今日はまた大阪で3時から仕事がある。
これから新聞1紙を読んで外出の用意をしなければならない。
2時から5時までかかった。初めての大会なので手が抜けない。初めから終わりまで会場にいる必要があった。
一方、そこから歩いて10分足らずのKCC会館のところでは脱北者の証言シンポが行われていた。北鶴橋小学校の会場にきていた在日韓国人の男性がKCC会館のシンポを話してくれた。
私は彼に「行く予定をしていたが上からこの大会が重要な現場なのでこちらを優先にということでこちらに来ました」と話した。彼は「マスコミも多く来られますよ」と話されたが私は「在日同胞の子どもたちのこのイベントが大切なのでこちらにきました」と話した。
脱北者の証言は1人でも多く聞いてもらいたいと思っている。
私は仕事で何度も何度も聞いている。
聞くに耐えない。そして文明、文化が発達した各国なのに北朝鮮の現実は違う。
私は現場で聞くたびに一抹の不安を覚える。
こうしたシンポが繰り返されてもなんの前向きな行動はなく日にちが過ぎている。日本政府は隣国が分断したままの今の体制のままの方が都合がいいから野放しにしているのだろうかと思ってしまう。
隣国が1つになれば脅威を感じるのだろうか。だから分断したまま長い年月になったのではないのかと。
しかし現実は北朝鮮の指導者はテコでも動かない。
穴倉生活で自分の身辺を守るのがせえいっぱいで周りの国民の困窮は見えない。
本当になんとかしなければならない。
そんなことで昨日は北鶴橋小学校にいた。
在日同胞の子どもたちは日本人教師も民族講師も保護者も一体となってイベントを楽しんだ。熱い民族の風が吹いていた。それも今の時代にあった民族の風がふいていた。
韓国語を覚える1つの手段としてカルタを利用する。このイベントに会場の中は熱く燃えた。民団大阪本部と韓国政府が取り組む新しい韓国語の学習の風が吹いていた。この子どもたちは大阪の町を変えてくれそうな新しい息吹を感じていた。1つの民族に偏らないで日本の中で共生していく。地域の中で共生していく。自国の文化を学ぶ在日同胞とルーツを持つ子どもたち、そして異なった文化しかも隣国の文化を学ぶ日本人の子どもも参加していたが今後はこのイベントはもっと多く広く日本の学校で取り組まれそうな予感がした。
なぜなら子どもたちの気迫がすごかった。
「今日1日だけの思い出で終わってほしくない。これからももっともっとしてほしい」と韓国語学習の一端、カルタ取りがまだまだ楽しみたりないようだった。学校長も身を乗り出して子どもたちを声援していた。
日本公立小学校で韓国のカルタ取り、大阪ならではできるイベントに子どもたちは燃えていた。大人たちも燃えていた。
ここまで到達するのに大阪府・市教育委員会、大阪市外国人教育協議会そして民団大阪本部そして民族学級設置運動した市民運動家、本名を名のり呼ぶ運動、さらに民族講師の報酬などレベルアップそして学校環境改善の運動などをした民団大阪本部、それに答えて韓国政府教育人的資源部は民族学級設置校に韓国語の教材を贈ってきた地道な活動がこうした活動につながってきた。
地域で育つ子どもたちは地域住民とどうすれば共生できていくのか。模索しながら子どもたちのために先人たちは日夜骨身を惜しまず改革してきた。
その積み重ねが昨日、北鶴橋小学校の子どもたちの姿だった。
民族学校の農楽、韓国政府派遣教師の韓国語に子どもたちは「ほんまんもん」に触れた感動でいっぱいにしていた。
本当はこのことは新聞記事にしてから書き込もうと思ったが先輩たちが地道な運動で子どもたちのために民族学級の設置に取り組んできた歴史に昨日の子どもたちの姿があると私のほうが感動した。
そんな思いで書き込みをした。
子どもたちは政治に関係なく伸び伸びと韓国語のカルタ取りに熱い思いを走らせていた。子どもたちの未来には分断でなく1つの体制になっていることを願う私である。
1つの体制にするのには世界はもちろん日本の国の支援なくてはできない。1日も早くそういう体制になることを願っている。
悲しい脱北者の証言を聞かない体制になってほしい。
証言は聞くにたえないものばかりである。分断国家の歴史の知らない日本人の多くが聞きに行って見るものだろう。
今日はまた大阪で3時から仕事がある。
これから新聞1紙を読んで外出の用意をしなければならない。
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