chor^o^の独り言

ドライブとか、料理とか、コンサドーレとか、ダジャレとか・・

つづき

2008-09-30 08:09:32 | ドライブ
中山峠は土砂降りだった

峠の茶屋で揚げ芋を食べる気にもならず、そのまま下り道へ

山の紅葉はわずかに色づいただけ
緑がまだまだぁって感じで頑張っている

定山渓に入り雨も小やみになり、薄日もさしてくる

温泉街の信号で止まったとき、鮮やかな黄色が目に入ってくる
そういえば峠下のほうが木々の色づきがいいような気がする

石山通りをそのまま走っていると、市街地のほうが紅葉が早い


頭上の道路情報の電光掲示に「札幌ドーム付近混雑」

そうか
日ハムも最後のあがきしているからな



函館から札幌まで、高速利用と230号線利用での距離の差 60km

確かに時間的な差はあまり大きくない
でもgo stopの差は疲労度に大きく影響するみたいだ

厚別の試合中、ちょっとめまいがした

勝利が疲労回復には一番良かったんだけどな

心底疲れたぜい・・・

紅葉

2008-09-29 08:34:49 | ドライブ
日曜日の朝、函館を出発

出張中は大雨や雷だった函館もすっかり晴れ上がっていた
ただ気温は低い
この時期、北海道はひと雨ごとに冬に近付いていく
石北峠の道路が凍結しているとTVが言っていた

函館郊外のハセストで焼き鳥弁当を購入
朝っぱら焼き鳥かよ、と自分でも思うが、厚別で観戦しながら食べる弁当の味を想像したら涎が出た

車にガソリンを満タンにし、しかし自分の腹は空かせたまま出発

国道5号線を北上
八雲から高速に乗る

豊浦あたりで時計を見ると、この調子だと札幌に着くのが昼前になることに気づく

せっかくだから来た時とは違う道をと思い、洞爺湖のところで高速を降りる
ICを降りて230号線に入ると、すぐに長いトンネルに入る

昔は外輪山のつづら折りの急な坂道を上り下りしていただ、山の底を貫くようなトンネルのおかげで楽に洞爺湖まで行くことができる

洞爺湖はまだ紅葉していなかった


中山峠に向かって車を進めると、羊蹄山には雲に隠れていた

また雨が降り出す

秋の天気は本当に変わりやすい

男心と秋の空・・・・・
心変わりしたらかえって楽なんだろうけどな




なんてね(続く・・)

酔っ払いの戯言

2008-09-26 21:53:52 | 携帯から
今、どこにいるかって?

浅虫温泉

今日は午後から会議で青森県まで来ちゃってます

昨日は函館で仕事があったので一泊
もちろん活イカ食っちゃいましたよ

今夜は今夜で会議が終わった後の懇親会でずぅ~っと飲みっぱなし

今、風呂を上がった所で、気分は最高!

ダヴィが移籍しようが、最下位になろうが今日はそんなの関係ない
日頃の鬱憤を全部お湯に流しちゃって気分爽快ってことで・・・


選手にはいろんな変化があるんだろうけれど、コンサドーレというチームがなくなるわけじゃないし、

参加者の中にベガサポがいて、いろいろと労ってくれた
サッカーを愛するもの同士で、これから話もできそう

サッカーって本当に良いもんですね!

それを実感できるだけでも、自分は幸せもんなんだろうな




さて、また飲んできます!

したっけ!

懸命

2008-09-26 00:20:55 | コンサドーレ札幌
ダヴィの移籍話が出てきた

正直びっくりした
でも数秒後、試合中の彼の雰囲気を思い出して、なるほどなと思った

今年、初戦のダヴィを見たとき、「うまくなったなぁ」と驚いた
たった3ヶ月の間見なかっただけだったのだが、J2の頃とは別人のようだった

技術の向上とともに、彼には新たな自尊心も備わったようだった

新潟戦の頭突き
審判への執拗な抗議

最近の彼は試合中でも雰囲気が違った
Jという場への懐疑心というものがあったのかもしれない

ブラジルにとってサッカー選手は重要な輸出品
だからわずかなチャンスがあれば国外に移籍し、さらに自分を高く買ってくれるチームに移籍する

日本人にとって「一所懸命」が美徳ならば、ブラジル人にとっては「一生懸命」がそれにあたるのかもしれない

サッカーの選手寿命は他のスポーツに比べてあまりにも短い

一つの所で命を懸けても自分や家族に幸せをもたらさなければ何の意味も持たない
一生を懸けるのなら、貪欲に高みを目指す
至極当たり前のことだ

もちろんファンとしては一生、我チームで頑張って欲しい
でも、選手個人の一生を懸けられるようなチームにならなければ、「一所」になることはないだろう

サッカーの文化が日本に根付くためにも、ダヴィの移籍については、浪花節で語るのではなく、チームがどうあれば良いのかを考える材料としたい




なんて強がって見たけど、目玉をクリクリさせたダヴィの笑顔はやっぱり放したくないな

移籍金、がっぽりとって憂さ晴らししてやるかぁ~!

去年が想定外だった

2008-09-24 19:06:24 | コンサドーレ札幌
2007年にコンサドーレの監督になりました

その年にJ1上がるなんて、実は考えていませんでした
だってそれまでは3バックだったし、4バックやったことって岡田先輩の時にちょこっとだけでしょ
だから僕のシステムに慣れるのだって1年で完璧に覚えろなんて無理ですよね

J2で1年かけてシステムの入れ替えやって、それと同時にサイドバックの選手のフィジカルをしっかり鍛えて、90分ハードワークしてもそう簡単に壊れない体とチームを作る
そういう1年にするはずだったんですよ1年目は・・・

でもどこをどう勘違いしたかわからないんだけど、スタートダッシュなんことやっちゃうもんだから、札幌市の援助も切られるかも知れなかったし、周りからは当然期待の声も上がってきますし、そうなったら当然昇格を狙うしかなくなっちゃうわけです

良い時には選手を変えるな、の鉄則通り同じ選手を使い続けましたよ
一定の期間は選手も体が言うことを聞きますから、それなりに無理もきくわけです
当然、結果も伴ってくるわけです

でもそれも破たんする、それは目に見えてることです
4バック向きの体力やチームの基礎が出来上がっているわけじゃないから、後半は失速してきます

これってものの理ですよね

ただ運は強かった
相手チームの調子が悪かったり、巡り合わせが良くてJ2で1位になりました
実力ではなく、2007年には運が一番強かったというのが本当の所なんじゃないでしょうか

J1に上がることになって一番不安だったのは自分自身じゃなかったでしょうか
J1を運だけで戦うのは絶対に無理ですから

金はない、システムが選手の身についてわけじゃない、体力が付いているわけでもない
金をかけてくれって言っても借金を少なくすることが精いっぱい

それでもがんばりました
職業として監督をやっているわけですから、勝利のために色々考えるのは当然のことです
この少ない金の中でできる精一杯の補強をしました
アンデルソンだって、箕輪だってしっかりやってるじゃないですか

でも選手の怪我が多い
多すぎる
これって去年のツケですよね
故障の多さは妥当な結果なんですよ

想定外の使い方をすれば、当然故障も多くなる
選手だって去年もうちょっとセーブしておけば良かったかななんて思ってるのかもしれません
でもプロ選手は先のこと心配しながらなんてプレーしませんよ
毎試合真剣勝負ですよね

でも動かぬ体で走っているのを、サポーターは許してはくれない
選手もつらいですよね


自分から「辞める」ということは100%ありません
契約したのですから、きちんとやり通します

「解任」された監督が何人かいますが、契約書に「何敗したら解任」としっかり書いておいてほしいですね
そしたら自分は契約は契約としてきちんと守りますから

今年、自分なりに色々変えても見ましたけれど、自分の理論を捨て勝っても、自分がコンサの監督である意味までも捨ててしまうようで・・・
そういうのはイヤなんですよ

自分らしさを表現して勝ってこそ、プロの監督としての意味があるわけで、そうしなければ今後、プロ監督としての評価も得られないでしょうから

サッカーの監督って割の合わない商売ですよ
勝てば持ち上げられ、負ければ落とされるだけじゃなくて、叩きつけられますからね
でも自分がサッカーの監督をやろうと思ったのは、「プロの監督」になりたかったからです
だからそう簡単に自分の主義主張を変えるわけにはいかないんです

自分のやり方を買ってくれるチームが自分を監督として迎える
そういうことなんです


さて、コンサドーレは来年J2で戦うことになるでしょう

もしコンサドーレが自分を買ってくれるなら、本当の、というよりも本来の自分のやり方を見せることができますよ

2007年が想定外のことだったんですから
負けること、故障すること、J1に残留するのが難しいこと、2008年はすべてが想定内です

1年遅れだけど、地方の弱小貧乏チームがどうやってビッククラブに変身していく道を歩むのか、その一歩をプロの監督として表現する自信があります

自分はプロですから

自分から辞める、辞めないと言ういことは絶対にありません
みんながチームをどのようにしたいのかによって自分を選ぶかどうかなんでしょう

きちんと筋道立てて、もう一度どうやってトップリーグで生き続けるチームを作るのか考えてみませんか

そうしたら自ずと来年の指揮は誰が取るべきなのかがわかってくると思うんですが

目先の勝利でぬか喜びをするチームにするか、それとも自分らしさという確固たる強さを持ったチームにするか

それを選択するのは今のサポーターの皆さんなんでしょう

サッカーの文化が北海道にどれだけ根付いているかによって自分が選ばれる、選ばれないかが決まるんでしょうね










夢の中でのミウミウのインタヴューを聞いた

振れ幅の大きさ

2008-09-23 21:57:04 | 日々つれづれ
今日のコンサドーレ対大分戦
知らず知らずにニュートラルな位置においてTVを見ていた


面白かった
とにかく面白かった

心の中で両チームの選手に拍手を贈っていた



サッカーは点が入らないスポーツ
1点を奪うことに両チームがしのぎを削っていた
今日の主審は決してそれを邪魔しようとはしていなかった
中盤でのボールの奪い合い
リズムを取り戻そうとするミドルシュート
左右からの揺さぶり

どれもが見ていてワクワクさせた

もちろんコンサドーレを応援しているから、先制点の時にはがっかりした
でも落胆はしなかった

コンサが1点を奪い返した時は

「無失点記録とめたぜっ!」って思った
でも勝てるなんて思わなかった

相手にPKを決められた時は、正直上手いな、流石だと思った
西選手がロスタイムで同点にした時は飛び上がった
西君と同じように「しんじられな~い」という顔をしてみた
ロスタイムに3点目を決められた瞬間・・・呆然とした
でも立ち上がれないほどの喪失感はなかった



もし自分が完全にコンサドーレ側に居たら、今日の試合内容だったら完全に2度くらいは失神していたのだろう

狂喜と落胆の間を感情が大きく振れ、きっと体中の血液が沸騰と冷凍を繰り返したはずだ

感情の振れ幅が大きいほど、感激の度合いが大きいのはすでに経験済みだ

2004年J1を経験したチームがJ2で最下位
何をやってもだめ
負けた、負けたのニュースばかり
試合があること自体を生活から遠ざけたいような時代だった

2007年はJ2でぶっちぎりの状態だったのに、最終盤は足踏み状態
でも逆転勝ちと、ヴェルディがまさかの負けを喫したことで優勝も転がり込む

4年越しの感情の振り子の振れ幅が最大になったため、その日は涙が止まらなかった




年々感情の振れ幅を自分でコントロールできるようになっているのを感じる
というより体が自然とそうなっているように感じる

感動や落胆の振れ幅がどれだけ大きくても、自分をできるだけニュートラルな位置(実は少しだけ中心から自分の好きなほうに寄っているのだが・・)に置くようにしている
そうすれば振れ幅が少々変化しても、その影響を1/2にできるから




加齢に伴い、副腎皮質ホルモンの出が悪くなっているから、きっとそうしないと体が持たないんだろうな

DNAもうまく考えるもんだわさ

バス通学の思ひ出

2008-09-22 17:58:14 | 日々つれづれ
高校生の時はバス通学だった

高校は山の上にあった
高校入学と前後して、オヤジが南区の山の中に家を建てた

だからバスで山を下り、乗り換えて平地を走り、また乗り換えてバスで山を登った
所要時間約1時間

朝はいつも同じ便に乗った

バス通学が2年目を迎えたとき、真駒内のバスターミナルが地下鉄駅に移った
だからバス、地下鉄、バスという経路に自然と変わった

ある日いつもの便にセーラー服の女の子が乗るようになった
紺色のセーラー服でどこの高校はわかる
自分の学校とは違った

本読むわけでもなく、伏し目がちに前を向いているだけ
静かに席に座っている

清楚という感じの女の子だった

その日からその子が気になり始めた

女の子に気軽に声をかけるようなイタリアンな気質はまだ芽生えていなかったので、視野の端でちら見していることしかできなかった

今日もいた、今日も見たが、今日も逢えたになるまでそれほどの時間は要しなかった

バス通3年目

相手も自分の存在を気にしている・・・ような気がするようになった

その頃のバスの席は、進行方向に向かって横に長い座席だった
だから近くに座ろうと思えばそれは可能だった

でもそうはしなかった

バス通4年目

予備校通いが始まり、家を出るのが遅くなった
受験だけじゃなく、遊びのほうの勉強も始まってしまい、帰宅時間もまちまちになった

時折、いつものバスに乗るとその子は乗っていた


バス通5年目

やっと落ち着き先の学校が決まり、もういつもの便は利用しなくなった
帰りも勉強だ、実習だと言い訳をしながら最終便でしか帰宅しなくなった


ある日、いつもの便に乗った
あの子はいなかった

あの子もリズムが変わったんだな

ふ~という溜息とニヤっとしたことだけは今でも覚えている




墓参り

2008-09-21 21:18:18 | 日々つれづれ
今年83才になる母親からのメール
「墓参りに行きますか?」


ちなみにうちのバアサンはハイテクばばあ
7年前のオヤジの入院をきっかけにして、携帯メールの使い方を覚えた
ハイテクバアサンはケーブルテレビにも自分で加入するし、パソコンにも興味を示す

ただ絵文字は使わない



それはさておき・・・



そういえば彼岸だな

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

墓参りとか、仏事というのは嫌いじゃない
どちらかといえば好きなほうだ

実家に寄れば忘れずに仏壇に線香をあげることをカミさんに褒められる
カミさんの親の墓参りを毎年欠かしたこともない

子供の頃は長いお経を聞いていると、眠たくなるし、足は痺れるし、ただひたすら嫌いだったんだけど、ある時を境に急にお経が好きになった

それは24年前
カミさんの父親がなくなった時

富良野のお寺でお経を聞いた時だ

お経の意味はわからなかった
でも耳触りの良い声が身に沁みてきた
開け放した寺の窓から聞こえる虫の声とお経がアンサンブルを奏でていた
お経が終わったとき、もう少し聞いていたい気分になっていた
そして気付いた

お経のリズムは最期の時の脈を刻むリズムに似ていることを


人の死と近いところでの仕事をしている
心拍のモニターを見ながら、あと何日、あと何時間というのがわかってくる

大抵の場合、人は死を迎える時、心拍数が上がり始める
最期のがんばりを脈拍を上げることで表現する

それはラストスパートという言葉がピッタリと当てはまる
1分間に130から140という脈拍をしばらく続ける
それこそ最期のがんばりをみせる

クライマックスを過ぎると、次第に脈拍数は下がり始める
そして最期のとき、心電図の波形が急に変化する
まるで「がんばったよな」「ここまでがんばったらいいよな」
という感じで急に変わる

そして脈を刻みながら、その回数を落としていく
最期の時は生きた証を確かめるように、トン・・・・トン・・・・トン・・・・

そして静寂



お経が気持ちよく聞こえる前までは、慌しさの中で人の死を考えることはできなかった
でもお経が気持ちよく聞こえた後は、どうやって安らかにその時を迎える事ができるかを考えるようになった
死までの数時間前、意識的に家族と会話をするようになった



自分の父親の時、同じようにすることができた

慌てることもなく、騒ぐこともなく、心を落ち着けながら心拍モニターの波形を黙って追っていた

「がんばったな」
「もう十分だ」
「静かに送ってあげよう」

ベッドを囲む家族にそう言うことができた



別れはつらい

それこそ生まれてからずっと一緒に居た家族との別れは・・

いつまでもお経をあげ続けて欲しいと思うのは、お経とともに命が本当に終わってしまうことを実感したくないと思うからなのかもしれない



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そんなことを考えながらオフクロに返信

「午後からだったら時間があるから墓参りに行こうか
 好きだったサッポロビール忘れんなよ」

たまには親孝行しておかなきゃバチが当たる

今日は厚別

2008-09-20 08:44:45 | コンサドーレ札幌
今日は休日・・・・のはずだった

でも、でも、でも、午前中はお仕事

でもどんなに仕事が残っていたって12時には厚別に向かうんだ!

だって、だって、だって今日は試合の日

それも、それも、勝ちたい気持ちが溢れるスタジアムになるはず

コンサも必死
千葉も必死

激闘になること必至

絶対この目で見てやる!

夏休みは終わってしまった

2008-09-19 17:22:27 | 携帯から

昨日で夏休みは終了

 

走り過ぎたせいじゃないだろうけれど、車がちょっとご機嫌斜めになったので、車屋さんに預けて、街のなかをブラブラ

 

台所用品をちょこちょこと買ったり、喫茶店に入ったり、映画を見たり

これはこれで楽しい

 

でも一番楽しかったのがバス

 

札幌駅近くからファクトリーまでの循環バスに乗ったり、

ファクトリーから家に帰るのに、家の近くの停留所が書いてあるだけで飛び乗って、違う方向へ走りだしたのでドキドキしたり・・・

 

ミステリー列車ならぬ、プチミステリーバスみたいな体験になって、これはこれで面白い

 

車生活に慣れてしまうと、バスがすごく新鮮に感じる

 

いつもの時間にいつもの停留所に行くと、可愛い人がいるかも

いつもの時間のバスに乗ると、気になる人が乗っているかも

 

しばらくときめいていないから、たまにはバス通勤でもしてみようか・・・

 

そんなことを思った夏休み最終日でした。