珍友*ダイアリー

管理人・珍友の書(描)いた詩や日記、絵や小説をご紹介☆

『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十話

2006-09-29 16:42:25 | 第三章 手ぬぐいと明かり
「はっきり言って、ムチャクチャだ。そんなの」
「そこをなんとか!本当、おねがいします。茂(しげ)さん」
 おれは、昔のバイト先である、この街の花火職人の事務所を訪れていた。茂さんは、ここの親方である。当時から、おれによくしてくれていた、ここの花火職人の深夜(みや)さんという人に頼んで、茂さんと会う段取りをつけてもらったのだ。
「マナちゃん、本当に花火、好きだから。おれたち、手伝えることなんでもしますから」 
 おねがいします、と頭を下げつづける。
「…その子、そんなに花火、好きなのか」
「はい」
「そうか…」
 茂さんは、考えこんでいるようだった。
 しばらくして、言った。
「大会の3日前に、うちのやつ等と島に筒運べ。バイトじゃねーから、もちろん金は出さねーぞ。それなら、あげてやる」
「ほんとっスか!?」
「けど、武蔵。玉代だけは払ってもらうぜ」
「はい。…何円?」
「尺玉1つで、46000円」
「げっ!そんなにするんスか!?…つか尺玉って、こー、花火開いた時、どんぐらいの大きさなんすか」 
 おれは両手を広げて、花火が開いたときのジェスチャーをした。
「尺玉は、330m上空で直径300mちょっとの花を咲かせる。俺たちが花火大会であげんのは、7号玉から2尺玉がほとんどだな。ラストに3尺玉をあげたりすんが。ちなみに尺玉っつーのは、10号玉のことだ」
 なんて言われても、さっぱり分からない。ただ分かるのは、
「もーちょっと安いのありませんかねぇ?」 
 値段の高さ。
「7号玉で2万ちょっと。それより小さい玉だと、3号玉で1つ3600円。間に4,5,6号玉があるが」
「…3号玉って、どれぐらいの大きさになるんですか」
 数字で大きさを言われても、ちょっと想像しにくいが、とにかくマナには、できるだけ大きな花火を見せてやりたい。値段のこともあるが、あんまりしょぼすぎるのも嫌だ。
「直径60~70mの花火だ。島は海岸から約1km(キロ)離れた所にある。病院は海のすぐ側にあるから、まあ、大体同じ距離だと考えていいだろう。そこに上空120mに、3号玉の花火があがる。どんな風に見えるかちょっと計算してみろ」
「いや、ムリ」
 ますます、分からない。
「だろーな。俺も見たことねぇから、ちょっと分かんねーけど。まぁ、そんなにしょぼいっつーことはないと思うぞ」
「ちょっと考えさせてください」
 おれはそう言って、事務所を後にした。おれの頭は、たくさんの数字でパニック寸前だった。最初から、花火を打ち上げてもらう約束ができたら、あとはみんなと相談しようと思ってたけど。何においても、まずは、花火をあげてもらえることになってよかった。

 数で勝負か、でかさで勝負か。 
 みんなで相談した結果、3号玉1コ、4号玉3コ、5号玉1コ、7号玉2コの、合計7発の花火をあげてもらうことになった。値段の内訳は、太一の家が2万円、せいあ、空音、樹里から1万円ずつ、京一とリズから、共同で8000円、バイト暮らしのヨースケとマサキから5000円ずつ、大工見習いの刃から4000円、プーのおれから3000円。残りの2000円を、せいあが海辺で漢字を教えている子供たちから共同で。
「みなさん、本当にすみません」
 と言う、太一と母親が、マナの入院治療費もあるのに、2万円出して、
「いいよ、あたしたち、けっこー貯金あるし」
 と言う、せいあたちが、快く1万円ずつ出すのに対し、肩身が狭い他の男ども。つーか、むしろ、おれ。
 そんなわけで、おれは手っ取り早く、『ガーリック』で働いて金をつくることにした。(給料の前借り、言い出しやすいしね。)だが、さすがの店長も、おれの一言目が、『3000円、ちょーだい』だったから、始めは目を丸くして、
「ふざけんじゃねぇよ、こんガキャぁ」
 と、言っていた。
 だけど、事情を聞くと納得してくれた。
                                     ≪つづく≫


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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十一話

2006-09-29 16:42:00 | 第三章 手ぬぐいと明かり
 花火大会3日前。マナの花火をあげる当日がやってきた。朝早くから、茂さんたちと一緒に、海岸から1km沖にある小さな無人島に、舟で渡る。おれ達サイドのメンバーは、おれとヨースケ、太一にマサキ、それと…
「だいじょーぶか、鉄平(てっぺい)」
「…うっす」
 舟酔いで、ぐったりしているマナの友達、鉄平。例の、将来、医者になりたいという少年だ。おれ達が島に筒を運びに行くという話をしたら、『自分も行く』と言ってついてきた。
「お前、舟、乗ったことねーの?」 
 と、おれが聞くと、
「あるけど、オレ、昔から舟弱くて」 
 と、声変わりの途中の声で、弱々しく答える。
「だっせー。だって、1kmだぜ、1km」
 マサキが鉄平をからかって、「ねえ、ヨースケさん」と、傍らのヨースケを見やった。
「………」
 ヨースケも酔っていた。

 そのうち舟は小島についた。茂さんたちは、毎年この島から花火大会の花火をあげている。今日は、3日後に迫った、夏祭りの花火大会の時に使う筒も、一緒に設置するのだ。おれ達はそれも手伝う。

 大玉用の筒を固定するための“やぐら”を組んでいたら、汗が噴き出してきた。今日も、相変わらずいい天気で、気温は、どんどん上がっていく。
 やぐらを組んだり、筒を運んだり、小さな筒を固定して、取っ手を作る作業を分担してやっていたら、昼になった。
「よし。休憩」
 茂さんのかけ声で、おれたちはそれぞれ、昼食を兼ねた休憩をとるために、日陰に入った。

「あーーー、疲れたっ」
 マサキがクーラーボックスから取ってきたジュースを片手に、ドサッと地面に転がった。
「想像以上にキツイっすね、これ」
 鉄平もジュースを飲んで、一息ついて言った。
「ああ」
 おれは頭に巻いていたタオルを取って、汗を拭いた。
 打ち上げ花火の準備は、やはり、かなりの肉体労働だ。
「メシ、メシ」
 太一が嬉しそうに、コンビニのビニール袋の中を探る。おれ達も、それぞれの袋から、自分の昼食を取り出した。
「パン」
「おにぎり」
「弁当」
 …。どれもみんな、コンビニ製。
「…もっと、いーモン食いてーよなー」
 チロリと隣を見やると、茂さんや他の花火師の何人かが、愛妻弁当を食っていた。…おいしそうである。やっぱ、アイだよ、アイ。若僧5人がため息をつきかけた、その時、
「ワン!」
 元気な犬の鳴き声が聞こえた。見ると、ラウがおれ達のすぐ側に、ちょこんと座っている。
「ラウ!お前、なんでこんなとこにいんだよ!?」
 おれ達は驚いて、口々に声をあげた。すると、
「もーーっ、ラウ、はやーい」
「あっ、いたいた。おーい、みんなー!」
 遠くから、おれ達の所に向かって歩いてくる、空音、樹里、せいあの姿が見えた。
「お前ら、なんで…」
「深夜さんに連れてきてもらったの」 
 せいあが答える。見ると、舟を泊めおわった深夜さんが、少し遅れてついてきていた。
「お弁当、つくってきたんだよ」 
 空音がニコッと笑って、ふろしきに包んだ弁当箱を掲げる。
「みなさんもドウゾ」 
 樹里が花火師たちに声をかけた。
「おおーーーーっ!」
 男たちの歓喜に満ちた野太い声が、晴れ渡った空に響く。天の助け。神の恵み。深夜さん、神様。あんたら、女神。
   
                               ≪つづく≫


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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十二話

2006-09-29 16:41:31 | 第三章 手ぬぐいと明かり
「うめーーーーっ」
 おれたちは、我を忘れてガツガツ弁当を食っていた。ヤベェ、マジうめぇ。生き返る。
「お茶も飲んだら?」
 おれたちの勢いに気圧されて、半ば呆れたように樹里が言った。
「らっへ、マヒ、ふへぇほん、ほへ」
(だって、マジ、うめぇもん、これ)
 太一が口をもごもごさせながら言った。
「ちゃんと食べ終わってから言いなさいね。ちゃんと」
 そばで空音が笑っている。
「武蔵、はい。食べる?」
 せいあが紙皿におにぎりとおかずをとって、おれに差し出した。
「おう。食う」
 一気に口に入れすぎて、詰まりかけていたおかずを、お茶で流しこんでから、せいあから皿を受けとった。
 いーヤツじゃん、コイツ。 
 おにぎりにかぶりつく。途端、ブーーーッ!と、米粒を吹き出した。
「うわっ!?武蔵っ、きたねっ」
 米粒は、前にいたヨースケにまるまるかかった。
「だ…っ、だって、これ…辛っ。何コレ!?」
 せっかく拭き取った汗が、また噴き出していた。何が何だかわけが分からず、涙目で、手に残ったおにぎりを割ってみた。
「わさび…?」
 中にどっさり。もはや緑色のおにぎり。
 げろーん、となった。汗の温度が一気に5度ぐらい下がった気分。
「テメェ…」
 傍らのせいあを睨む。 
 わざとだ。絶対わざとだ。
 するとヤツは、
「そっちのレモンを食べたら、疲れがとれるかと」
 と、鶏のから揚げの間にあるレモンの輪切りを指差して、しれっと言い放った。
「これっ」 
 口を押さえつつ、声をあげた。 
 やっぱ、とんでもねー女。
 太一、オメー、別れて正解だよ。
 つき合ってたときどんな目にあわされたか、想像するだけで胸が痛むね。
 みんなが笑った。

「あ゛―――、あいつ、とんでもねーことすんなー」
 口直しにお茶を飲みながらつぶやいた。まだ口の中がジンジンする。心なしか声がヘン。
「武蔵――、大丈夫―?」 
 さすがに少し心配になったのか、空音が聞いてきた。
「あ゛あ゛…。ラウ、食う?」
 側にいたラウに、おにぎりの残りを差し出すと、ラウはちょっと臭いをかいで、すぐに鼻をフンッと鳴らした。
「けっ、このバカ犬」
 にくいっ。ペットは飼い主に似るって、あれ、ほんとだ。
「逆じゃねーの?お前と違って、頭いいんだよ、ラウは」
 ヨースケが言うと、ラウはワンッと吠えて答えた。尻尾まで振っている。
 何故か、おれ以外の人間にはとても愛想がいい。

                            ≪つづく≫


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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十三話

2006-09-29 16:41:02 | 第三章 手ぬぐいと明かり
「でもラウ、本当、元気になったよねー」
 空音が目を細めて、ラウの背中を優しく撫でながら言った。すると樹里が、
「ほんと。せいあが拾ってきた時には、まさかこんなに元気になるとは思わなかった」 
 と、答えた。
「え、こいつ、捨て犬だったの?」
 思わず聞いていた。だって今、目の前にいるラウは、真っ白な毛並みがメチャクチャキレイだし、憎らしいほど元気だし、とても元・捨て犬だったとは思えない。
「うん。ラウはねー、2年ぐらい前のすごい雨の日に、せいあが連れて帰ってきたの。泥だらけで、真っ黒で、痩せこけてて。ヨロヨロなのに、なかなかあたしたちがあげるご飯、食べなくて」 
 空音が答えた。すると、
「あたし、噛み付かれたなー」 
 と、樹里がちょっと恨めしそうに笑って、ラウを見た。
「そうそう。でも、そしたらね、せいあが言ったの。『このくたばり損ないが。死にたくなかったら、食え』-って」
 オーバーな身振りで、空音が言う。
「なんかスゲーな」 
 マサキが苦笑した。 
 でも、なんとなく想像できる。
「でもね、そしたらラウ、少しずつだけど、ご飯食べはじめたんだよ」
 空音が興奮気味に語った。
「だんだん元気になって、ウチらにもなついてきたよね」 
 と、樹里。
「うん。それからは、ずっと一緒」 
 空音お得意ニッコリスマイル0円。
「へー」
 おれはあらためてラウを見た。 
 こいつにそんな過去があったとは。
 そして次に、せいあに目を向けた。彼女は今、花火師たちの所に弁当箱を持っていっている。ラウにハッパをかけた時のせいあの様子をもう一度想像して、ふっ、と笑った。なんか、せいあらしいと思った。
「オメー、なーにニヤついてんのよ。仕事すっぞ。仕事」
 いきなり後ろから頭をどつかれて、思わず振り返った。
「イッテ。茂さん、何すんのっ」
「何、じゃねぇよ。やぐら、お前が作ったとこ筒が曲がってんだよ。ちゃんと直せっ」 
 茂さんが、おれを睨んだ。
「はーい…」
「お前らも行くぞ。あとねーちゃんたち、犬は近づけんじゃねぇぞ。チョロチョロされっと、メーワクだから。あと少しで終わるから、ねーちゃんたちはここで待ってな」
「はーい」
 頭にタオルを巻きなおした。
 おれたち5人は、再び日なたに出た。

 夕方頃、全ての筒の設置が終わった。
「少しじゃないじゃーん」 
 日陰に戻ると、空音がぶーぶー、文句を言った。
「でも、まぁ、お疲れ」 
 樹里が、おれたちを労う。
「これから火薬いれっから、お前らもう帰っていいよ。おい、深夜、慎吾。こいつら連れていってやれ」
 茂さんが若手の花火師のうちの2人に声をかけた。
「今夜八時に花火あげはじめるからな。マナちゃんだっけ。その子と一緒に待ってろよ」
「はい。お疲れさまでした」
「おう。お疲れ」
 茂さんや他の花火師たちに別れを告げて、おれたちは二艘の舟に分かれて乗った。 
 舟が出るとき、後ろを振り返ると、花火師たちが筒の中を確認して、玉を慎重に入れているところだった。 
 おれたちはもうクタクタだったけれど、花火師たちの準備は、まだ終わらない。花火を打ち上げ終わったら、後片づけもある。クロダマがどうとか言って、素人には危険だからと、後片づけは全部、茂さんたちがやってくれることになっている。つくづく大変な仕事だ、と思った。

      
*            *            *
 ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第六話

2006-09-29 16:34:14 | 第二章 月の雫
2. 月の雫

「…ってわけでさぁ」
 皿に盛ってあった煎餅を、1枚取って、バリッとかじる。お、コレ、結構美味い。
「バカだねぇ、せがれってのは、息子って意味だよ」
 サラ婆も煎餅をバリバリかじっている。
「あ、そーなんだ」
 おれは、やっと納得して、ポケットから出したタバコに火を点けた。
「あんまタバコや酒ばっかやってんじゃないよ。いくら強いからって、お前、このままだと20(はたち)になる前に、肺も肝臓もやられちまうよ」
 刺青を見た時の、昨日の店長みたいな顔で、サラ婆が言った。昔から言われ慣れてることだけど。
「うっせーなぁ。あー、のど渇いた。サラ婆、あれちょーだい」
 おれは座敷に座ったままで、表にあるラムネのガラスケースを指差した。
「あ、おれも」
 おれの側で扇風機に顔を近づけていた太一(たいち)が、振り向いて言った。
「自分らでとっといで。金はそこに入れんだよ」
 彼女は昔と変わらず、金はきっちりとる。
「ハイハイ。分かってますって」
 笑いながら、まだ長いタバコを灰皿に押しつけて、おれは太一と表まで歩いていった。奥にある座敷から、いきなり表に近づくと、外の日差しに目が眩む。
 サラ婆の家は昔から、1階の表で駄菓子屋をやっている。安価なので、ガキの頃は、みんなしてよくここで菓子を買っては、奥の座敷に上がり込んでいた。
 今でもアイスのケースの上に、天井から半円型の竹カゴがぶら下げられていて、そこに金を入れるようになっている。おれ達は横のケースからラムネを1本ずつ取り出して、慣れた手つきで竹カゴに小銭を放りこんだ。
「うめーーーっ」
 久々に飲んだラムネは、冷たい泡が口の中ではじけて気持ちがいい。「のんきだね、お前らは」と、サラ婆が苦笑しながら言った。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第七話

2006-09-29 16:33:47 | 第二章 月の雫
「で?今夜は『自分ち』で寝れそうかい?」 
 座敷に戻ると、彼女が言った。顔はニヤニヤしている。
「ああ、夜までには完成すると思う」
「しかしお前ら、信じらんないね。本気でバスん中住もうとするなんて」
「しょーがねーだろ、金ねぇんだから。まぁ、住むっつったって、そんな大したことできないけど」
 かつての遊び仲間で、2つ年下の太一が、「家がねぇ、金がねぇ」と、ほざくおれに、「いいもんがありますよ」と、そのバスを紹介してくれたのが今朝のことだ。最初こそ、ふざけんな、と思ったおれだったが、今朝から太一と、他に呼んだ仲間2人と、4人でそのバスを洗ったり、周りの草を刈ったりしているうちに、案外住めるかも、と思ってきたのである。ここからほど近い海辺に最近乗り捨てられたという、もう動かないそのバスは、もともと運転席以外に座席のない、立ち乗りのバスだった。潮風や雨の影響をまださほど受けておらず、割かしちゃんとした形で残っていた。
「金がないなら、『ガーリック』で働いたらどうだい。昨日マスターが、お前を雇ってもいいと言ってたぞ」
 サラ婆が『ガーリック』に酒を飲みにいくのは、この家の少女たちを仕事に送り出した後である。おれが京一の家に泊まった昨夜は、おれたちが出てった後、ちょうど入れ違いに店に来たようだ。
「悪いけど、おれ、バーテンには向いてないわ。工事現場とかのが性にあってる」
「まあ、お前、体力だけはあるからな」
「うっす」
 わざとごつい声で言って、ふざけて、日に焼けた筋肉質の腕を突き出した。その時、壁の時計が目に入った。
「あ、そろそろ行くわ」
 休憩時間がそろそろ終わる。
「ああ、ま、ぶっ倒れねぇ程度にがんばんな」
「おう。じゃあな、また遊びに来る」
 そう言うと、おれと太一は、サラ婆の家を出ていった。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第八話

2006-09-29 16:33:18 | 第二章 月の雫
 少し歩くと、こちらに向かって歩いてくる2人の少女と出会った。
「あっ、武蔵ーーー!」
「空音、樹里」
 2人は嬉しそうに、おれ達のところにかけ寄ってきた。
「やー、久しぶりー、生きてたんだぁ」 
 空音がはしゃぐ。
「お前ら、元気そうだな」
「元気ぃ。武蔵もね。刺青、似合うー」
 もう。相変わらず、調子いいんだから。
「マサキたちから聞いたけど、あんたホントに、あんなトコ住む気なの?タフだよねー、相変わらず」 
 樹里が呆れたように言った。
「マサキたち、もう戻ってんの?ヤベ、早く行かねーと」
 ちょっと慌てた。別のところで休憩していたマサキと刃(ジン)が、もうバスの所に戻っているらしい。
「あ。そーいえば、今日は、せいあちゃん、一緒じゃないの?」 
 ふと思い出して聞いた。
「なんであんたが、せいあのこと知ってんの!」
 空音が、ぶーぶー言った。あたしらの友達に手―出すなってか。
「今は一緒じゃないよ。なんか用事あるって」
 樹里は冷静である。この2人って、昔から対照的。
「そっか、残念」 
 うむ、実に残念。
「やめてよねー、武蔵、せいあにまで手―出すの」
「ま」
 …皆(みな)、おれがよほどの女好きだと思っている。その通りだけど。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第九話

2006-09-29 16:32:54 | 第二章 月の雫
「なに、せいあちゃん、彼氏いんの」
「今はいないけど。前は太一とつき合ってたよねー」
 へっ? 傍らの太一を見る。
「太一、おめ、そんなこと一つも言ってなかったじゃねーか」
「やっ、だいぶ前の話だし、それにちょっとの間だけっすよ。今はもう友達だし」
 彼が少し慌てて、かわいらしく(キモチワル)、きまり悪そうに笑う。と、
「あーーっ、おれ、マナんとこ行かねーと。最近、顔出してなかったから」 
 思い出したように声をあげた。
「おい、家作りどうすんだよ」
「いや、これホント、マジなんすよ。あいつ最近、元気ないみたいで。おれ、ここんとこ忙しくて、ほとんど顔出してやれてなくって。すんません」
 マナとは、太一の5つ違いの妹である。心臓の病気で、幼い頃から何度となく入退院を繰り返していた。おれが3年前にこの街を出てった時には、退院して、だいぶ元気になっていたのに、1年前に病状が悪化して、また入院してしまっていた。 太一の表情は真剣だった。おれも心配になる。
「そうか…。せっかく今日仕事休みなのに悪かったな。おれも近いうちに見舞いに行くよ。マナちゃんによろしく言っといてくれ」
「すんません。武蔵さんが来てくれたら、あいつ、きっと喜びます」
 そう言うと、彼はペコッと頭を下げて、病院に向かった。
 おれも空音たちと別れて、マサキたちの所へ急いだ。

 日の沈む頃に、おれの『家』は完成した。サラ婆に宣言した通り、かなり縦長な『部屋』に、ベッドを無理矢理押し込んで、その前に小さなテーブルを置いただけの、いたって簡素な家である。当たり前だけど、扉は手動。だが、ちゃんと扉がついているだけでもありがたい。窓ガラスの割れているところや、床の、穴が開いている部分には、大工見習いの刃が、仕事場からタダでもらってきてくれた板きれを打ちつけた。テーブルは、その余りの板で作ったものである。ベッドは、夕方、3人でマサキの実家に行き、今は使っていないのを譲ってもらって、マサキのトラックに乗せて運んできた。安い、電池式の、小さなランプを買い、テーブルの上に置いた。
「なんか秘密基地みたいっすね」
 自分たちの仕事ぶりと、家の仕上がり具合に、満足げにマサキが言った。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十話

2006-09-29 16:32:26 | 第二章 月の雫
 マサキたちに、家作りの礼として、晩飯を奢った帰り道、1人で歩いていると、「仕事」中の空音たちを見かけた。待ち合わせをしているのか、道を歩く男達を誘おうとしているのか、彼女たちはお互いに、少し離れた場所に立っている。彼女たちはこれから、東の空が白み始める頃まで、多い時には、1人で1日2~3人の男達の器(い)れ物になるのだ。
 樹里に、40歳ぐらいの気弱そうな男が近づいて、親しげに話しはじめた。彼女の表情は、昼間会った時のそれとは違う、娼婦としての微笑みを湛(たた)えていた。
 ふと彼女の横を見ると、少し離れた所に、月明かりに照らされて佇む、見慣れない少女がいた。黒いキャミソールに、白いスカート。何故か左の二の腕に、青い布のようなものを巻いている。シンプルな服装だが、遠目にも分かる。スタイルがいい。おれは、引き寄せられるように、彼女に近づいていった。
「あんた、せいあちゃん?」 
 彼女の横に立ち、ナンパのつもりで声をかけた。
「そうだけど」
 顔を上げて、彼女は答えた。長く、キレイなストレートの髪に、くっきりとした二重の、吸い込まれそうなほど大きな目。「顔は確かに美人だが、そんなに皆が言うほどか?」と、思った第一印象は、クール、つーより無愛想。
 思案していると、彼女が先に口を開いた。
「行く?」
「え?」
「アナタの家でも、ホテルでも」
 マジで?仕事ほっぽりだして、おれと遊んでくれるわけ?



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十一話

2006-09-29 16:32:00 | 第二章 月の雫
 ホテルに行く金などないので、おれの家に行くことにした。並んで歩き出すと、彼女が聞いてきた。
「おじさん、見かけない顔だね。仕事何してる人?」
 …。ちょっと、待て。老けてるのは言われ慣れてることだけど、そんなさらりと何の悪意もなく、おじさんなんて言われると、さすがに、ちょっとヘコむ。
「おれ、まだ18なんだけど」
 朝剃ったとしても、夕方には生え揃う、驚異的な不精ヒゲが恨めしい。コレさえなければ、もっと若く…見られないかも、やっぱ。
「は?うそっ!!」
 せいあは目を丸くした。初めて、少しとっつきやすい表情になった。どうやら本気で驚いているようだ。
「うそじゃねぇよ」 
 少し、ぶすっとして言った。
「じゃあ、あたしと3歳(つ)しか違わないんだ」
「お前、21?」
 年上とは思わなかった。どう見たって、おれと同い年か、1つ下あたり。でも、見ようと思えば21に見えるかも。
「15だよ」
「はっ?うそっ!」
 先ほどの彼女と同じセリフを、思わず叫んだ。驚きだ。
「うそじゃねーよ」
 彼女もおれと同じセリフを、声をわざと太くして、おれに似せて言った。顔は笑っている。
「老けてるね、おにーさん。よく言われない?」
「言われる。つか、お前も。人のこと言えねー」
「あ、ひどい」
「どっちが。てゆうか、おれ、武蔵。昔の武士の名前」
「そんぐらい知ってるよ」
 …冷たい。

 そんなことを話しているうちに、おれの家に着いた。バスを指差す。
「着いたよ。コレ、おれの家」
「…冗談でしょ?」
 マジっす。



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