真似屋南面堂はね~述而不作

まねやなんめんどう。創業(屋号命名)1993年頃。開店2008年。長年のサラリーマン生活に区切り。述べて作らず

昭和天皇、敗戦からの戦い―昭和史の大河を往く〈第3集〉 保阪 正康【著】(2007/11発売)

2022-04-18 | 読書-歴史
昭和天皇、敗戦からの戦い―昭和史の大河を往く〈第3集〉

<目次>
昭和天皇とマッカーサー
皇居の濠を隔てて対峙する二人の視線
占領者と被占領者の「黙契もっけい」
皇居前広場にこだまする「音」
極秘裏に行われた両者の第二回会見
占領者の帰国と被占領者の意思

昭和天皇と弟宮
富士山を見つめていた秩父宮
秩父宮──近代日本で初めて経験する第二皇子という立場
秩父宮──日米開戦と御殿場での療養の日々
八月十五日の秩父宮──開かれた皇室への舵取り役
昭和天皇の弟宮たちへの思い──二・二六事件に際して
明治天皇の期待を担った皇孫たち──皇室の近代化への道
大正期──それぞれの道を進む皇子たち
高松宮の最期の日々──昭和天皇との思い出
日米開戦前夜──高松宮の昭和天皇への進言
新発見『小倉侍従日記』が伝える高松宮と昭和天皇との激論
終戦後の高松宮──兄宮の「人間宣言」を側面から支援
三笠宮崇仁殿下が著者に託された資料──戦争への真摯な反省の念
三笠宮崇仁殿下──終戦への戦い
三笠宮崇仁殿下──戦時に日本軍の誤りを指摘
昭和天皇と弟宮が生きた昭和という「哀しみ」の時代

〈同時代史〉から〈歴史〉へ移行する昭和天皇像
相次いで公開された側近たちの記録が伝える昭和天皇像
昭和天皇にとっての八月十五日──先帝を超えて

あとがきに代えて──
昭和天皇の勝利、天皇制下の民主主義体制へ

夕学五十講 講師紹介

昭和天皇とマッカーサー関連で
占領期エピソード > 拾遺記 Vol.4 番衆 三光さん
GHQ.club

マッカーサー記念室の歴史 第一生命.pdf 
椅子の皮は張り替えないのかねぇ。真っ白ではないかね(pdf掲載写真からさらに相当劣化している模様。本書掲載写真は保阪氏らの記念室見学の際、すなわち2005年12月の撮影か)。

昭和天皇と弟宮関連で
弟宮たちについて、ほとんど承知していなかったのだが、本書で基本的な事項を確認することができた。
第二皇子~第四皇子が、陸軍、海軍、陸軍に在籍させられたのね。
英国王室の王子たちは、海軍、陸軍だっけ。

病気療養に専心せねばならなかった秩父宮の焦燥はいかほどのものだったことか。
軍令部で詳細情報に接しており、長兄の天皇が正確な情報を得ておらず政府と一体化した軍首脳に操られていたと感じた高松宮の行動と、「そうかもしれないとしても、立憲君主は臣下がこうですと言ってきたことを、お前それ違うだろと否定してかかることはできないのだよ」という制度を尊重するスタンスの天皇。相当の激論が交わされたのね。

赤坂御用地の略図 - 宮内庁


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