積ん読の部屋♪

本棚に積ん読な本を読了したらばの備忘録。

『コイノカオリ』あらすじと感想

2013-04-21 10:50:00 | 紙の書籍
角川文庫 角田光代、島本理生、栗田有起、生田紗代、宮下奈都、井上荒野『コイノカオリ』を読了しました。

あらすじと感想をざっくりと備忘録として書きます。
※ネタばれがありますのでご注意ください。
※文中の敬称は省略させていただきます。


 


【目次】
角田光代 水曜日の恋人
島本理生 最後の教室
栗田有起 泣きっつらにハニー
生田紗代 海のなかには夜
宮下奈都 日をつなぐ
井上荒野 犬と椎茸


【あらすじ】
「角田光代 水曜日の恋人」
主人公の私は中学生。毎週水曜日の学校帰りに、母親の送り迎えで習字を習っている。その間に母は、イワナさんというかなり年下の男性と逢びきを重ねている。長じて大人になった私が選んだ恋愛も、俗にいうところの不倫。母と同じ。

「島本理生 最後の教室」
主人公の僕は定時制高校に通っていて、同級生で年上の梨本さんと付きあうことに。僕が思っていたより、彼女は実はもっと年上だったことがわかり…。

「栗田有起 泣きっつらにハニー」
主人公の私は家計を助けるために、マッサージ店「蜜の味」でバイトすることにした高校生。このお店は元は風俗店で、その店のオーナーの息子が“ママ”となって切り盛りしている。私はこの“ママ”に恋をする…。

「生田紗代 海のなかには夜」
大学生のモト子は同じサークルの高橋さんと付きあっているが、最近なんだかしっくりしなくなっている。サークルの合宿で二人きりになり、お互いの気持ちに気づいてしまう。

「宮下奈都 日をつなぐ」
主人公の私は、同級生だった修ちゃんと結婚して赤ん坊と三人で暮らしている。故郷を遠く離れ、知り合いもいない土地で毎日赤ん坊の育児に追われ、仕事で帰宅の遅い修ちゃんを待つだけの日々。それもそろそろ限界になってきて…。

「井上荒野 犬と椎茸」
主人公の私は、かつてとても仲がよかった麻梨絵さんに結婚間近の恋人 葭屋を取られた過去がある。ある日突然、その麻梨恵さんから「会いたい」という連絡を受け…。


【感想】
6人の女性作家による短編集。どれも素敵な小品揃い。小さくても胸につん!ときたり、ざわざわさせたりする。
お天気がいまいちな休日の午後、ぷら~っとまた読み返したくなる本。
作品に出てくる主人公はみな、年齢や立場に差はあるが全員女性。それぞれ家庭にさまざまな事情を抱えており、ライトなものからハードなものまである。

「角田光代 水曜日の恋人」
刷り込まれていくのか、無意識に習っていってしまうのか、親の言動は意識するとかしないとにかかわらず、子供に連鎖という形で受け継がれてしまうことが多いもの。
角田光代の作品に共通しているモチーフ、「母と娘」「親と子」がここでも使われている。このモチーフにどれだけの想いがあるのか?と尋ねたくなってしまう。

>私はときおり、自分がひとりぼっちであると感じた。切り立った崖の上に、たったひとりで立っている。風の音だけが聞こえて、人の気配がまったくしない。空は重たく曇っていて、太陽も月も、雲すら見えない。それは、耳をふさいで泣きたくなるような気分だった。そんな気分になると、けれど私はきまって思うのだった。みんな同じだ、と。父も母もイワナさんも、みんなそれぞれ、どこかべつの場所で、ひとりきりで崖の上に立っているんじゃないかと。そう思うと少し楽になった。泣かずにすんだ。

このくだりを読み、子供の頃、思春期の頃を思い出し、重ねてみている自分に気がつく。角田光代の作品を読むと、いつもどこかひりっとする。


「島本理生 最後の教室」
主人公の僕に感情移入できなかった作品。トイレで吐いてしまうほどの彼女に対する嫌悪感。ちょっとわからないかな…。
むしろ梨本さんのほうが言い悪いではなく、なんとなく心情がわかるような気がした。あくまでも、なんとなく。

>ただ、たとえば僕よりずっと年上の梨本さんがいつか先に死んだとしても、僕はレモンの箱をいっぱいに積んだ車を墓場まで飛ばそうとは絶対に思わないだろう。

そうかぁ~としか言いようがない感じ。全体的に僕にイライラしてしまう作品。


「栗田有起 泣きっつらにハニー」
ハードな“ママ”の生い立ちに、主人公の私は、自分のところはそんなに大したことないんだと思ったり。明るい“ママ”に恋しつつも、自分がただのバイトにしかすぎないことに悲しんだり。そんな心情が伺えて切なくなる。

>私は瓶に指を突っこんだ。ひとすくいを指にたらし、残ったのを彼女の鼻にこすりつける。それはたんぽぽというより、根を下ろす土や、わきに茂る雑草を強くイメージさせる匂いがした。うわ、うわ。チカはうんざりしたような表情で頭をくねらせた。私はもみながら、泣きながら、すこし笑った。


「生田紗代 海のなかには夜」
>居場所がなくても、居心地が悪くても、私は高橋さんと一緒にいたかったし、本当に高橋さんのことを、ちゃんと好きだと言いたかった。でも、やっぱり口に出すことはできなかった。いつもどうでもいいことばかり話しているのに、肝心なことは何一つ相手に伝えられない。私の口はまるで意味がない。

不器用?多分そうじゃなくて、自分が傷つくことが怖いのだ。はっきりと口に出すことは、そのことを白日のもとに晒すことだから。相手の反応によっては自分が傷ついてしまうから。


「宮下奈都 日をつなぐ」
この作品は、結婚して子供を産み育てたことのない人にはわからないかもしれない鬱屈と疎外感が描かれている。そう、本当にこんな感じ。子供はかわいいし、大切な存在。ただそれだけでは如何ともしがたいものはあるのだ。

>くつくつくつ。くつくつくっくっくっ。台所で音を立てている鍋のおかげで、その湯気のおかげで、立っていることができる。どうして、ここで、何を、なんのために。あふれそうになる気持ちをどうにか押しとどめて、だいじょうぶ、ここにいていいのだと信じることができる。

主人公の私が豆を煮ている描写が好き。生活の一片を切り取ったような文章に、ざわついた心がゆるゆると落ちついていくようで。


「井上荒野 犬と椎茸」
麻梨恵さんへの思い、葭屋への想い、夫への思い、娘 明里のこと。そんないろいろな人間関係と感情に縛られ、揺り動かされ、波立ち、湧き上がり。やがて、しずかに彼女なりの終焉を迎える。

>「それじゃ、さようなら。お元気でね」「うん。さよなら。元気で」 葭屋は門まで送ってくれた。歩き出すと、古い門が閉まるキイッという音が聞こえた。明里のほうへ行くバスが、この近くから出ているかもしれない、と考える。今日は娘たちと、犬を買いにいくことになっている。


【余談】
以前、某有名女性作家(お名前失念)が対談で話されていたことを、ふと思い出した。

>「それぞれの作家がなにを書くかも重要だけど、なにを書かないかも重要なこと」

なるほど~と。作家によって、いつも書くこと、決して書かないことというのがある。例えば、川上弘美は恋愛を描いても、決してどろどろしたものは書かない。さらっとしていたり、ちくん!としたりするが、生々しさは絶対に感じさせない。いつも浮遊しているような、漂っているような感じがする。
それぞれの作家の思うところはどこにあるのか? これは私には到底知り得ないことだが、気になるところではあるな~。
 

戸谷学『ヒルコ 棄てられた謎の神』内容と感想

2013-04-20 09:26:44 | 紙の書籍
河出書房新社 戸谷学『ヒルコ 棄てられた謎の神』を読了しました。

内容と感想をざっくりと備忘録として書きます。
※ネタばれがありますのでご注意ください。
※文中の敬称は省略させていただきます。





【目次】
まえがき ヒルコから始まる根源の系譜
第一章 流された神・ヒルコの謎 漂着神話に由来するエビスと隼人
第二章 太陽の化身・オオヒルメの謎 海人族が奉斎した八幡神の母
第三章 「丹」をつかさどる神・ワカヒルメの謎 銅鐸は紀氏一族の祭器か
第四章 北極星となった神・アメノミナカヌシの謎 呉太伯伝説は海を越えて
第五章 降臨する現人神・スサノヲの謎 渡来神話が示す歴史的事実
あとがき
参考資料


【内容】
ヒルコは『古事記』ではイザナギ、イザナミの最初の子でありながら棄てられた神。高貴な生まれであるにもかかわらず、なんの来歴も語られずに、生後すぐに葦舟に乗せられて遺棄されたのは何故なのか?

第一章
ヒルコの誕生とその妹ヒルメの関係について解き、ヒルメはアマテラスだとしている。
第二章
ヒルメの父祖が江南の呉太伯か、陳大王かについて論じ、ヒルコは呉王・夫差なのかも検討している。
第三章
日本に渡来した江南の海人族が紀氏となり、紀州で丹(水銀)を求めてニウツヒメ(ワカヒルメ)を奉斎する歴史を追う。
第四章
ヒルコの始祖にあたるアメノミナカヌシの正体に迫る。
第五章
スサノヲがヒルコである可能性について。


【感想】
ヒルコは『古事記』ではイザナギ、イザナミの最初の子でありながら棄てられた神。高貴な生まれであるにもかかわらず、なんの来歴も語られずに、生後すぐに葦舟に乗せられて遺棄される。これは私も以前から気になっていたことだった。
自分の勉強不足で知らないことも多く、なるほど~と思いつつ勉強になった。ほかの研究者では、また違った見解があるのだろうが。
著者は神職にある方、ほかにも何冊も神話関連の本を出されている。ほかの著書も読んでみたい。


【余談】
私は古代神話の世界が好きだ。この本は、昨年秋にカムカムミニキーナ『ひーるべる』を観劇したこともあり、紀伊國屋書店で見つけて衝動買いした本。映画や舞台、特に本は出会いがあるように思う。呼ばれているというのか、呼んでいるというのか。

蔵書の中から関係ありそうな書籍たちをピックアップ♪

原生林 梨木香歩『丹生都比売』
河出文庫 福永武彦 訳『現代語訳 日本書紀』
角川文庫 『新訂 古事記』