池上優游涵泳

「料理と散歩と仕事で海外」「ベトナム生活あらかると」改め、「池上優游涵泳」として日々を綴っています。

紫蘭と胡蝶花

2020-04-15 16:31:44 | 散歩

天気が良いのは、良いことではあるのですが、

こうも気温の振れ幅が大きいと、何だか調子を崩しそうな、

でも、風邪で病院に行けない現状では、決して調子は崩せない、

けど、だからと言って(温度、湿度が安定しない室内にいて)外出しないと、精神が調子を崩しそうで、、、

それもあってか、日に日に外出している人が目立つような、

(私のように)朝の公園で歩く、走る、ベンチでまったりしている人達、

日中、道路で遊ぶ子供達、

だけでなく、閉じこもっていることに飽きてきて、外出し、友達と集まり始めた中高生、、、

非常時代宣言が絵に描いた餅にならぬよう、政治家の皆さんには、もうひと工夫が必要なのでは?

(公明党が、一人10万円配れとか言い出していますが、ラジオ体操と逆に、外出しなければ、と条件つけたりして、、、すみません)

 

さて、その人出が増えている洗足池ですが、

桜の季節は終わって、(ロープを張って)使わぬままの仮設トイレも撤去されましたが、

ツツジが綺麗に咲き始めていますね。

桜は見上げていましたが、歩いている視線の先なので、観賞しながら安全にウォーキングできます。

 

他方、先日、石楠花を、その下に立っている名札から勘違いした、紫蘭の花が咲いていました。

散歩中に色々見かける蘭は、大柄で派手な色合いのもの(洋蘭の類?)が多いのですが、

これは小ぶりかつ、濃すぎず、淡すぎずの紫色が綺麗です。

そして、俯き加減な、シャイなところも素敵(感)

 

と、今日は腰の高さのツツジではなく、足元の花に注目して歩いていたのですが(では、危なかったかもね)

こんな小さな花にも目が留まりました。

理由は、、、クリオネに似ている(驚)

と思ったのですが、どうでしょうか?

画像検索したら、シャガというアヤメの一種。

別名、胡蝶花と言う様ですが、

確かに、胡蝶の舞衣装のイメージは、クリオネより合いますね。

そして、鬼滅の刃の胡蝶しのぶの羽織りの感じとも合います。

この花は印象と知識が合致したので、覚えました!たぶん、珍しく(苦)

ではでは


コロナは云々、今日は天気が良いです。

2020-04-14 14:54:15 | 雑感・日記

昨日は昼頃から雨も風も強くなって、気温も低く、大田区の広報車が「不要不朽の外出は〜」と言って守っている通りの行動を誰もがとるところ、

どーーーーしても、銀行ATMに行かねばならず、駅前まで行ったのですが、

(バンキングはフルオンランインの私でも、他人と、現金が絡むと、行かねばならない取引ってるものですね。。。)

大田区も(たぶん)大満足な(苦)、ゴーストタウン状態。

 

それが一転、今日の晴渡った青空、、、

(早朝、気温は低かったので、久しぶりに富士山くっきり)

通りには人が溢れる、までではないものの、大勢出ていましたね。

特に、中学生かな?エネルギーの発散ができないよね。

まあ、誰もが、外で日光浴びたい気持ちだったのでは。

 

で、本日は(室内で)よ〜働きました(満)

奥さんの会社も本腰入れてもテレワークが始まり、先週は奥さんが平日すら家にいたので、

(テレビ会議があるからと)毎週金曜の大掃除もできず、、、

ようやく、今日は会社に行ってくれたので(管理者のローテとか言って)

布団干して、徹底的に掃除して、水回りもクエン酸で磨いて、自分だけの夕飯の仕込み(奥さんが決して食べないレバー)をして、

と、すっごく充実♪

 

勢いをかって、業務スーパーへ。

でも、こっちは外れ。

品薄どころか、このご時世買いたい冷凍ものは全敗、、、でも、レバーとモツは買い占めです♪

その帰り、イベント好き(でも、昨今、イベント自粛の)養源寺で、

先日、洗足池で何の花か分からず、フォロワーさんにご教授いただいた石楠花(福島県の花)の赤いのがめっちゃ綺麗でした。

言われてみて感じたのですが、石楠花って、ツツジが固まったような感じだったんですね。

バラすと、ツツジですね(多分)

門前の並びで、石楠花、ツツジ(白、ピンク、朱色)が並んでいる養源寺、、、やるな(感)

ただ、菜の花はごっそり刈られていて、花壇の切り替えの容赦なか感に、なんか違和感(悔)

ではでは「


家庭菜園第二シーズンの状況

2020-04-11 13:42:41 | 家庭菜園

外出自粛されている方には恨めしいほどの良い天気が続いています。

(この後、崩れるんだっけ?)

私的には、散歩などは推奨されている(許容されているだけ?)ことから、今朝も多摩川へ。

集団ではありませんが、個人、家族で多くの方が、河川敷のグランドで身体を動かし、土手を走るなり、歩くなり、結構賑わっていました。

換気はこれ以上ないほど良いですし、すれ違うとしてもマイクロ飛沫すら届かないと思うので、まあ大丈夫かなと。

 

さて、家庭菜園ですが、

3月23日に種まきをしたので、もう二週間以上経っていました。

そして、発芽状況はどうかというと、、、

手前はDaisoのほうれん草。

一番最初に芽が出始めて、生え方は若干疎らですが、順調かな。

でも、成長が左<右なのは、環境的に何が影響しているのだろう?

奥の二つはパクチーで、手前が購入した種で、8カ所に蒔いたタネが、ほぼ芽を出したようで、もう少ししたら間引こうかと。

(ここでも、若干、左<右なのは、光の当たり方なのか?)

他方、奥のプランターは、昨年収穫したパクチーの種、、、一応、8カ所から芽は出てくれましたが、ブランド品に比べると発芽率、成長具合も低いようです(ブランド品の子世代ではあるのですが)。。。

でもまあ、間引く葛藤がなくていいかと前向きに(苦)

 

続いて、白い鉢3つ。

手前の2つはDaisoのベビーリーフ。

下半分に発芽が偏っていますが、日光が当たっているからではありません(写真を撮った時、たまたまそういう時間帯ですし、芽が出ていない側もなんとかならないかな?と、鉢はたまに回していますので)

おそらく(確実に)、タネをばら撒いた後、霧吹きで水をかけるのが面倒になって、如雨露でドバーッとかけたことから、タネが流れて片側に固まってしまって、過多まって芽を出したと思われ、、、反省しています。。。

なお、いろいろな葉物野菜の芽が出るかと思いきや、2種類しか観測できず、形状からすると、95%くらいは、小松菜のようで、これでは小松菜を植えているのと変わらないような。。。

ルッコラとかレタスが混じったものにすればよかったかも(悔)

そして問題は、中央の鉢。

バジルの種を蒔いたのですが、まだ芽が出ません。。。

改めてネットで調べると、発芽温度が20度と高く、4月下旬からが種を蒔く時期だったようで、種まきが早すぎたかもしれません(悔)

一応、水やりをしつつ芽が出るのを待って、5月までに芽が出なければ、巻き直すか、島忠で苗を買ってくることにしますが、こちらも反省しきり。。。

 

他方、冬を越した子達は、というと。

ローズマリーは、相変わらずののんびりモードですが、暖かくなってきたからでしょうか、香りが強くなってきたような気がします。

ただ、去年、苗が小さいうちに剪定しなかったからか、枝が広がっていかないので、今ある分を手折って料理に使うのは、躊躇われます。

もっと、わさーっと広がらないものかな。。。

奥のミントは、これも光の当たり加減?角度?のせいでしょうか、片側にわさわさ増えてきました。

でも、順調のようで、もう暫くしたらまたラープ(タイ東北部、ラオス料理)が食べられそうです。

パセリも復活の雰囲気。

ただ、増えてはきていますが、在りし日に比べると一つ一つが小さいく、細いかな?

焦らず様子見です。

 

とバジル以外は順調。

家庭菜園第二シーズン(春の部)はうまく行くといいな〜

以上、経過報告でした。

ではでは


鹿児島旅行記(3/3)

2020-04-09 16:54:00 | 遠足・旅行

いい天気が続いていますが、

人間界の暗さに対して、自然界の明るさ、元気さは皮肉な感じもします。

そう言えば、数日前、ある動物園で飼育員から虎にコロナが感染したとの報道がありましたが、

うちの子にも遷さぬよう、手洗いはしっかりしないと、と肝に命じました。

なお、悩みの種であった、ペレットの食わず嫌いは、

ペレット(と乳酸菌タブレット)だけあげるようにしたら、渋々なのでしょうけど(苦)ちゃんと食べきるようになり、

残さず食べたら、ご褒美のドライフルーツをあげています(なんか、睨まれているような・・・)

 

さて、鹿児島旅行の第三回(最後)です。

今回、一泊したホテルは、4000円台、そして予約サイトで朝食が好評だったので決めましたが、

内装がオシャレかつ綺麗(新しい?)で、当りでした。

朝食もびっくりする程のグレード!(麦とろ定食を選択)

予約サイトの評価通り、美味しく頂きました(感)

と、普通なら、ここでホテル名を紹介するところなのですが、

この後、とんでもない下痢に見舞われ、、、全然治る気配がなく、しばしホテルで安静。。。

まあ、雨も降っていたので、強制自粛されてちょうどよかったかも。

なので、ホテル名は伏せておこうかと。

(”麦とろ”で検索した出てくるでしょうけど)

 

それでも、まあなんとか治って、雨も止んで明るくなってきたので、ちょっと早いかな?とは思いつつチェックアウト。

昨日が最後の営業であったドルフィンポートですが、

設備や店舗の撤去作業が行われていましたが、

なんだか西部劇のゴーストタウンのような。。。

お店やお客で賑わっていた時もあったでしょうけど。

海側は公園になっていて、桜島も目の前ですしね。

フェリーポートとの間には、水族館もあって、一大商業エリアであったことに間違いはないのでしょうけど、この閑散感は、コロナだけではないのでは。

まあ、水族館に人気がないのは、(平日ということもありますが)コロナのせいでショーが中止だから。

まだ、ちょっと早いので(5分前ではないが)、フェリーターミナルを通り越して、

(昨日、シティービューで通った(下車しなかった))石橋記念公園に行ってみました。

バスの運転手さんの説明では、江戸時代のアーチ橋を移築した公園で、写真のが一番古いと言っていました。

 

と時間が潰れてそこそこいい時間になったので、フェリーターミナルに行きましたが、

15分前で、人気がありません。。。

クルーズ以外の便に乗る人はちらほらいるのですが、観光客がここまでいないとは。。。

確かに、余裕でチケットは買えました(誰もいない。しかも、通常のフェリーは桜島側での着払いなので)

よりみちクルーズのチケットです。

昨日のシティービューの一日券で、600円→480円でした。

加えて、桜島でのバス乗り放題のアイランドビューのチケットも購入。

ただ、昨日のシティービューも3回しか乗りませんでしたが、こちらも結果としては3回しか乗らず、一日券の必要があったかどうかは・・・

 

さて、定刻になり、フェリーに乗り込みますが、

展望デッキに行きましたが、私以外、誰もいません。

クルーズ中に判明しましたが、乗客は、なんと!私を含めて3名。

桜島でも各所で顔を合わせましたが、おじいちゃんと孫。

ちょいちょいデッキに上がってきては望遠鏡を覗いていました。

車も乗っていなかったなあ。。。

 

ともあれ、出発です。

桜島フェリーとしては5隻あるようで、ポートには2隻停泊でき、順繰り廻っているようです。

クルーズ便は50分ですが、通常便は15分で行き来していますからね。

ところで、フェリーには前後がなさそうです。

回頭はせずに、そのまま行って戻ってなんですね。

ファーストガンダムのゾック(ジオン軍の水陸両用モビルスーツ)を思い出しました(笑)

 

鹿児島市(薩摩半島)を離れていきます。

見えている山は、昨日登った城山です。

前方は言わずもがな、桜島です。

港に停泊中はそれほどでもなかったのですが、

沖に出ると、流石に風が強く、寒い、寒い。。。

それでも、折角の50分なので、スピーカーから流れる案内に耳を傾けながら、展望デッキで我慢しました(苦)

 

種子島に向かうフェリーが並走中です。

なお、もうちょっと値段のするクルーズは、錦江湾を結構広く廻るようですが、

よりみちクルーズは、その名の通りちょっと寄り道するくらいのものなので、

神瀬(かんぜ)という、満潮時には沈んでしまう瀬に建った灯台を回って、

沖小島を眺めて、桜島港に向かいます。

天気が良ければ、昨日、仙巌園から見えた薩摩富士と呼ばれる開聞岳が見えるようですが、

生憎の天候で、海上では、特に見応えのあるものはなかったのですが、

桜島に近づくと、

溶岩が固まってできた海岸線の生々しさに目を奪われました。

右手に桜島港が見えてきました。

こうして海峡(?)を見ると、鹿児島と桜島の近さがよくわかります。

シンガポールに住んでいる時、ジョホールに歩いて渡って、シンガポール側をみた時、近っ!と思った事が思い起こされました。

逆に、佐渡島は随分と遠いですね。

時代物の小説で、佐渡島と越後がトンネルで続いていて、なんて騙す悪党の話が出てきますが、佐渡島はありえないけど、桜島はありうるかも。

でも、錦江湾って、水深がかなり深いらしく、こっちは距離より深さでありえないか。

 

とか考えているうちに、桜島港に近づいてきました。

(一隻出るのを、ちょっと待たされた)

バックファイヤー(バックウォーター?)蒸しながら、桟橋に近づき、

接岸。

ぴったし50分でした。

 

鹿児島のフェリーターミナルに比べると、ちょっと新しい感じの桜島港。

でも、人気の少なさは一緒(苦)

 

さて、アイランドビュー(バス)の路線に沿って、歩いたり、バスに乗ったりして観光するつもりです。

まずは、桜島港近くの月詠神社。

1300年の歴史というから、奈良時代に建てられた?

展望台があり、遠目には鹿児島市、手前は温泉に入られる国民宿舎かな(温泉に入る時間の余裕はなかった)

次は、道の駅に向かうのですが、桜島港前の駐車場の寂れ感、というかレトロ感がいいですね〜

(いいと言ってはダメか)

道の駅「火の島めぐみ館」

お土産とお食事処で、ちょっとだけお土産候補をみましたが、これから観光なので荷物は増やさず(ここでは買わず)。

そして、ちょっと歩いて桜島ビジターセンター。

ここで桜島を勉強して、バスで観光(展望)ポイントをみて回るつもりです。

 

無料の施設ですが、展示はかなりしっかりしていて、桜島の生い立ち、噴火の歴史など勉強になりました。

最近、難しい、専門的な説明より、子供向けの展示や説明パネルが快適に感じます。

身体の老化と共に、精神の若年化も進んでいるのかしら。

桜島大根でかっ!

この模型、よくできています。

桜島は富士山のような成層火山ではあるものの、火口は一つではなく、長い歴史で別のところから噴火したので、三つの火口が見てとれます。

写真で見ても、北岳、中岳、そして煙を吹いている南岳(昭和火口)がわかります。

 

と、一通り展示物を見て、さらにビデオルームで、紹介ビデオを観賞して、事前勉強はバッチリ。

(自宅でネットでも勉強できますが、現地の方が記憶に入りやすいよね)

アイランドビュー(バス)に乗って、最初の展望ポイントへ。

烏島展望所です。

大正時代の大爆発で、烏島が溶岩に呑まれて、”この下”にあるそうです。

ちょっと小高い展望台になっています。

さて、

運転手さんから、次は30分後ですよ、と言われたのですが、

烏島展望所は、まさかのこれだけでしたので(冷汗)

次の赤水展望広場までは歩くことに。。。

 

道沿いに、溶岩石がゴロゴロしていて、

こういう自然の脅威も凄いな、と。

ちなみに、私の故郷、福島の裏磐梯も、噴火といより爆発だったので、道路沿いには岩石がゴロゴロしていました。

これは石垣ではなく、溶岩石を使った(?)河川工事かな。

あるいは、元々水を流す想定ではなく、噴火の時、溶岩流を海に流すためかな?

 

赤水展望広場に着きました(烏島展望所からずいぶん近い)

長渕剛のコンサートの記念モニュメント出そうで、、、あらそう。。。

烏島展望所よりは高台かな。

フェリーから見えた沖小島を望めます。

が、ここもそれだけなので、、、バス待ちが長い。。。

しかも、寒い。。。

でも、足がないので、バスを待って(一日券買ったし、タクシーなんて通りがからんわ)、次の展望ポイントへ。

 

予定より一本早いバスなので、観光の時間に余裕はあるのですが、

バスの経路は二つあって、火山防災センターに寄り道するのと、しないのとが交互に回っているので、

火災防災センターに立ち寄ると、そこで一時間費やさねばならなくなるので、

火災防災センターはスルーして、予定より早い展開ですが、湯之平展望所へ。

(なお、乗客は私一人)

北岳を間近に見られます。

噴火というより、爆発であったことが、抉れ具合から感じられます。

裏磐梯も、噴火ではなく爆発と呼んでいて、磐梯山って裏から(猪苗代湖と反対から)見ると、ぐっさり抉れています。

お土産も売っている展望所があり、そこから広く錦江湾と薩摩半島を望めます。

が、願わくは、天気がよくて、風がなくて、暖かかったらよかったのに〜

 

なお、湯之平展望所では、バスが10分停車してくれたので、

幸いなことに次のバスを待って時間を潰すことなく、乗ってきたバスで、桜島港へ向かうことができました。

助かった。。。もう、身体が冷えてしまって。。。

 

予定より一時間早いのですが、桜島港に戻ってきました。

シティービューは、古いバスの外装を派手に塗装したレトロ感の強いものでしたが、

アイランドビューの車両は新しいものでした。

ターミナルもそうですが、桜島の設備は、最近どこかで一新したのかな?

 

帰りのフェリーは通常便で。

そして、寒いのでデッキに出ることもなく、客室の先頭に、子供さん達と陣取って(笑)

鹿児島のゲリーターミナルに帰ってきました。

余談ですが、DQWを船上で見ると、

海に浮いている。。。

いえいえ、こちらこそお疲れ様でした。

 

ということで、桜島観光は以上です。

後は飛行機に乗って帰るだけではあるのですが、時間があるので、

昨日、バスチケットを買った天文館ではなく、鹿児島中央駅までフラフラ歩いて行って、空港連絡バスに乗ることにしました。

駅の近く、甲突川には、大久保さんの銅像が。

銅像も、西郷さん、篤姫、島津齊彬公、久光公、そして大久保さん、と結構見たなあ。

大河ドラマの篤姫で、瑛太が演じていた小松帯刀の像も見たかったけど、今更仕方ない。

(後で調べたら、西郷さんの近くにあったらしい。。。)

 

時に、、、

この鹿児島旅行をこの時期に計画した理由の一つですが、

桜の開花予想が三月末だったんです。

(東京より二週間遅く)

昨年も、同じ時期に福岡の大濠公園で満開の桜を見ましたし。

ところが、この二日間、桜はロクに咲いているところを見ませんでした。

この甲突川も桜並木の名所のはずなのですが、、、

さっぱり、でした。

東京に戻って、大田区、多摩川は満開でしたので、

開花時期に二週間のずれがあれば、鹿児島はまだ咲き始めなのかもしれませんが、

すでに四月。。。遅すぎない?

一週間経った現在はどうでしょうね。

 

以上、なんとなく、スッキリしない鹿児島旅行でした(苦)

最後に、鹿児島の印象は、、、桜島!

よく言えば”限る”、悪く言えば”だけ”かな(汗)

空港からのラストショット。

(二日間、雨曇りだったのに、帰る頃に晴れやがって)

ではでは


鹿児島旅行記(2/3)

2020-04-08 16:06:17 | 遠足・旅行

昨夕、非常事態宣言が出ましたが、我が身に特別な事はなく、普段通り、朝は散歩に出かけました。

行先の洗足池は、外出自粛になってむしろジョギング、ウォーキングの方々は増えたような感じは変わりませんね。

人間界はコロナで大変なことになっていますが、

自然、季節の移り変わりに変わりはなく、真っ赤なツツジが、弁財天の赤の併せて綺麗でした。

 

また、帰りに寄ったOKストアも、お客さんが多いようでもなく、

皆さん、割と落ち着いているのかもしれません。

ただ、OKストアでは、お客さんは多くはないと感じたものの、店員のシフトは減らしたのでしょうか、

開いているレジが少なく、レジ待ちは長くかかりました。

まあ、仕方のないことです(礼)

 

さて、昨日は、先週の鹿児島旅行の一日目、

齊彬公が祀られている照国神社、城山の展望台から眺めた桜島、そして鶴丸城跡の黎明館を紹介しましたが、

本日は、その後に向かった、仙巌園と尚古集成館の紹介です。

 

まず、告白しておきますが、(私に、よくあることながら)ある勘違いに、現地に行くまで気がついていませんでした(恥)

 

というのは、

鹿児島に行くことを決めてから、観光ポイントをあれこれネットで調べましたが、

城山(鶴丸城、黎明館)、桜島、西郷隆盛像などの定番の観光地名に加えて、

”世界遺産認定”という文字もよくみられました。

鹿児島の世界遺産って、屋久杉以外にあるんだ、くらいの感じでしたが、一応、行ってみようと、さっと調べると

”仙巌園”という場所が出てきました。

島津家の別邸で、綺麗な庭園と御殿、そして桜島の風景画美しいらしく、

私は、安直に、その庭園が世界遺産に認定されたものと信じてしまったのでしたが、その顛末は如何に(苦)

 

さて、黎明館を見学後、薩摩義士碑前のバス停から、シティービューに乗り、20分程度で、

(直接行けば、もっと早いと思いますが、色々な観光ポイントを伝って行くので)

仙巌園に到着しました。

庭園だけなら1000円、御殿の入ると1500円の入園料。

そりゃあ、世界遺産は隈なく観なければ、と1500円。

(券売機ではクレジットカードが使え、日本にしては、行政にしては珍しい、とちょっと感動)

 

園内に入ると、「世界文化遺産オリエンテーションセンター」というものがあり、

そこで基礎知識を得る際に、ようやく、気付きました。。。

世界遺産なのは、仙巌園ではなく、併設というか、このエリアに建設されていた産業施設の尚古集成館の方(汗)

 

欧米列強に負けぬよう、大砲を鋳造すべく建設した反射炉の跡、

日本での鉄鋼業だけではなく、世界に認められる(輸出できる)工芸品を、と薩摩焼や薩摩切子の製造を進めた窯跡、

そして洋式機械工場である旧尚古集成館本館など、

明治の産業革命を支えた、設備跡こそが”世界文化遺産”でした。

これを推進したのが齊彬公で、若くして亡くなったのに、すごい人物だったのですね。。。

 

ということで、世界遺産の見所は、庭園や御殿ではなく(世界遺産でもない)

この反射炉跡、です。

オランダ語の技術書を、翻訳しつつ、トライ・アンド・エラーで、自分たちだけで開発、建設したというのは凄い。

敵ながら天晴れ、感心しました(感)

薩摩でこんなことしている時、会津はまだまだ侍の世の中でしたからね。。。

反射炉のために、水力発電もしていたそうな。

 

なお、仙巌園は世界遺産ではありませんでしたが、

(これから紹介していきますが)美しい庭園と御殿ですし、

工業設備跡、和式庭園+洋風文化が共存している、この仙巌園と尚古集成館の敷地全体が、絵も言われぬ味わいを醸し出しており、

反射炉跡だけみても、偉業は偉業でも、感動は薄かったかもしれません。

 

仙巌園のエリアを巡ります。

正門です。(先に入ってきたところは、現施設の受付)

綺麗な日本庭園の始まり始まり。

御殿の敷地に入る門で、錫門(すずもん、現地では読めなかった)

江戸城の大奥になんか似ていて、ここから先は当主(と後継ぎの嫡男)しか潜れなかったと。

こちらの御殿は、よくいうところの”奥座敷”なんでしょうね。

門を潜って目に入った建物、これは御殿ではなく、(後で立ち寄ったら)薩摩焼や薩摩切子のブランドショップでした。

こちらが御殿の入口ですが、

まだ入らず、庭の方に回ります。

風情があります。。。

 

で、御殿から、庭先からは、桜島が望めます。

錦江湾を池、桜島を山に見立てた造りですから、優雅と言うか、、、むしろダイナミック。

ダイナミックといえば、この自然石を使った石灯籠、デカイ。。。

獅子乗大石灯籠というのですが、傘の大きさは畳8畳分あると。

望獄楼。琉球国王から贈られたもので、齊彬公と勝海舟の会談はここで行われました。

庭園内を進んで、振り返ると山肌に文字が見えます。

千尋巌、と読めます。

揚子江の”赤壁”の文字のように、岩肌に文字を書くのは中国文化で、日本では珍しいそうです。

(大名庭園としては、ここだけ)

 

御殿の庭園を離れて、広い意味での仙巌園の敷地を歩くと、

石を巧みに使った造形美が鑑賞できます。

自然なものもあれば、

人工的なものもあり、

また、尚古集成館の設備の名残もそこ彼処にみられます。

なんだか、ギャップというか、江戸時代の和風の中に、近代的な洋風が混じり合っているような、、、

この感じって、なんだろう?

と思いつつ、石垣が苔むしているところで、、、

そうだ!ラピュタだ!

異論反論はあろうかと思いますが、私がラピュタっていうのわかりますよね。

石の建築物が苔むして、、、って感じで(感)

いや〜いいですね〜(はるばる来た甲斐がありましたよ)

 

さて、敷地の先端は、桜島展望ポイントと案内がありましたので、行ってみました。

ほんと、近い。

この日は、ちょっと雨が降ったりして上の方が曇っていますが、山肌、街並みはくっきり見えます。

(それだけ距離が近い)

 

尚古集成館絡みの建築物以外にも、いろいろありまして、

これは曲水の庭とか(ここで宴を開いて、歌を詠んだのでしょうか)

御庭神社。いい感じに寂れていて、かつ木漏れ日で柔らかく明るい(感)

これは、、、猫神さま。

島津義弘が秀吉の朝鮮出兵の際に、猫を七匹連れていき(瞳孔の開き具合で時刻を測った?)、生きて帰った二匹を祀ったと。

猫神様は日本でここだけ出そうな。。。

 

さてさて、敷地は一周したので、〆は御殿内の見学です。

順路としては、祐筆(秘書、記録、代筆する人)の間の方から。

中庭をぐるっと回るように各部屋を拝見します。

祐筆の間とか、家臣の詰所は展示場のようになっていました。

ニコライ2世に贈った薩摩焼の複製とか、

雛人形とか、

神社に奉納されていた神馬(の模型)とか。

 

それらを眺めながら進むと、謁見の間があります。

畳の上に、洋風のテーブルと椅子、そしてシャンデリアってのはオツですね。

(畳、痛まなかったのだろうか)

ここで、ふと現れた係員の人が、掛け軸の書は、島津忠義(明治維新の時の藩主、齊彬の甥、久光の子)直筆の書だと言っていました。

が、そんな貴重なものを、海に面した屋敷で、そのまま掛けて展示しておいていいのだろうか?

と思い、訊ねてみましたが、「そうですよね〜」って、あなた何者?(笑)

以降、生返事をしながら(苦)、しばらく、庭園越しに桜島を眺めていたら、

また別の係員が話しかけてきて、先に述べた、錦江湾を池、桜島を山に見立てて、、、を話し出し、

そこから、コロナの話題などをしつつ(鹿児島に感染者がいないのは、検査していないだけですよ〜って、ちょっと。。。)

「折角来たのに、雨模様なので、桜島が曇っていますね」と言ったところ、

「いえいえ、山裾までこんなにハッキリ見えるのはなかなかないですよ」と。

南の方を指差し「向こうに見えているのは、薩摩富士と呼ばれる開聞岳で、薩摩半島の南端ですから、天気には恵まれましたよ」と。

そうなのかな?

個人的には、青空をバックに、桜島から噴煙が上がっている方がよかったのだけどね。。。

 

御殿の見学に戻り、残るは生活スペース。

寝室。

先ほどの洋風テーブルから、ベットを期待したけど、布団でした。

なお、島津忠義さんは、近代化を推進し、科学や新しもの好きだったらしいのですが、

終生、髷を結って、日本文化や侍としての矜恃は損わなかったらしく、

そう言われてみると、ベットではなく、布団というのも納得(していいのか?)

これは風呂場。湯船ではなく、掛け湯のためでしょうね。

これは、、、居間だったかな?化粧の間だったかな?

どちらにしても、ここはソファですね。

正座するより、腰掛ける方が絶対に楽だろうし。

そこは洋風?

玄関先の間(玄関の間)は、元々は世継ぎの部屋。甲冑は忠義着用の複製品とのこと。

というところで、御殿を一周して玄関まで戻ってきましたので、御殿見学おしまいです。

全般的に面白かった。。。ラピュタっぽさが特に(笑)

 

雨曇りで、身体が冷えてきたので、ここで帰るかどうか迷いましたが、、、

尚古集成館の本館もみなければと、バスは30分後の便へ。

中は、撮影不可でしたが、工場の機械などが展示されていました。

反射炉のところで書きましたが、輸入してきた機械ではなく、手探りで作ったのって、やはり大したもんです。

そういう先人の努力と苦労の先に、日本の未来があったのですね(感)

 

さて、シティービューに乗って、鹿児島市内に戻ります。

(本日の観光はおしまい)

ホテルは天文館の方なのですが、手前のフェリーターミナルでバスを降りて、翌日の予習です(苦)

15〜20分間隔で、フェリーが頻繁に行き来しています。

24時間運行って凄いけど、そんだけ需要があるのだろうか?

翌日乗るつもりの、よりみちクルーズ(一日一便、15分で桜島に着くところ、50分かけて湾内をクルーズして桜島に到着する)は、何分前くらに来れば、余裕を持って乗られるのか、念のために切符売り場の人に聞いてみたところ、

「5分前に来れば、十分ですよ」

「切符を買う時間とか含めてですか?」

「ええ(笑)」

その理由は、別途、そのくだりで書きますね(苦)

 

フェリーポートから歩いて何分でホテルに着くか、というより翌日、ホテルから何分でフェリーポートに着くか測るため歩いてみたところ、

途中、ドルフィンポートという海沿いのショッピングセンターに通り掛りました。

「15年のありがとう!グランドフィナーレ」とありますが、この時は一体なんのことかわからなかったのですが、

ホテルに着いて、テレビのローカルニュースを見ていたら、

運営会社と鹿児島県の、県有地使用契約が15年で切れるので、この日が最後の営業だったと。

それほど儲かっていないところ、県から値上げ求められて折り合わなかった、ってところかな?

グランドフィナーレにしては、あまり人がいる雰囲気ないし。。。

 

で、天文館の方に向かって歩き出したら、すぐ天文館でした。

フェリーポートから15分も歩いていない近さ。

なお、事前情報で、鹿児島イチ、九州で有数の娯楽・歓楽街と聞いていたのですが、

コロナの影響もあってなのか、あまり栄えてはいないような?

東京に帰ってきて、改めて天文館をネットで調べると、空洞化が進んでいると、、、ドルフィンポート合わせて、繁華街のエリアが別の場所(鹿児島中央駅の方とか)にシフトしているのでしょうか。

なお、ホテルは通り過ぎていたので、引き返しました(ドルフィンポートからすぐだったので、フェリーターミナルへは10分かからないな)

 

ところで、テレビでは、ドルフィンポート廃業のニュースと同時に、御楼門の修復が本日完了し、4/11に式典を行うとのニュースもありました。

旅行の日程として、3/31故に、年度替わりのイベントを間近にできたと喜ぶべきかどうか微妙なところです(苦)

では、次は、二日目、桜島の紹介です。

ではでは


鹿児島旅行記(1/3)

2020-04-07 15:32:05 | 遠足・旅行

東京は非常事態宣言が出るようですね。

でも、小池さんのロックダウン発言からしばらく経って、当初は買い占め、買い溜めに走った方々も、

そんな事をする必要がなく、またすべきでない事を報道から学んだのか、

今朝のOKストアは、ちょっと混んではいましたが、それ程ではありませんでした(堵)

先週は品切れだった納豆も、いつもとは別ブランドですがたくさんありましたし。

 

でも、ティッシュとかトイレットペーパーも、あるとは言っても、違うブランドの商品が並ぶのは、何故なんでしょうね?

普段、売れているブランドのは、何か別に優先度のあるところ(店、施設、販売チャネル)にまわされるのかしら?

 

まあ、それはさておき、

すでに一週間が経ってしまい、その間、別のイベント(奥さんの実家の法事)もあったので、

記憶に、やや新鮮さが薄れた恐れはありますが、

ようやく鹿児島旅行記を始めます。

 

まず、何故、この時期に鹿児島だったのかですが、

JALのマイルが切れるので、どこかに飛行機で行こうと計画したのが二カ月前。

行ったことがないところへ、と思い、一月には高知へ行き、

今回は、鹿児島にしました。

土佐、薩摩と行ったので、次は長州(山口)かな(後一回分のマイルがあるので)

敵地巡礼とでも言いましょうか(苦)

そして、コロナに関してですが、

決して甘くは考えていないのですが、私の日常は、散歩で出歩くものの、他人と接する機会はほぼなく、

奥さん以外からの感染確率は非常に低いので、おそらくキャリアにはなっていないはず。

(奥さんにも、そんなに近づかないし(笑)、奥さん自体かなりの潔癖症で、手洗いばっかやっているし)

それに、鹿児島の感染者が一名で、あちらで罹る確率も低いかな?

そして、人混みで不安症が出てしまう私ですが、人が少ないなら、むしろ今がチャンスかも。

折角、重たい腰をあげたので、行く前は自制、行っては自衛することにして出かけようかと思った次第です。

 

当初、旅程としては、

空港から路線バスを乗り継ぎ霧島神宮をお参りし、

電車で鹿児島市内に移動したら、午後に市内、二日目の朝に尚古集成館に行き、

一日一便のクルーズフェリーで桜島に渡って、ぐるっと回って、帰ろうと、

路線バス等の時刻表と睨めっこし、それはそれは綿密(厳密)な旅程を組んだのですが、

(これほど公共交通機関で観光地に行けないのは、、、車前提なんでしょうね)

直前で、予約したJALの鹿児島行き第一便が減便してしまったことにより(汗)

結局、空港連絡バスで鹿児島市内へ。

初日は、鹿児島市内観光、

二日目は、桜島という、割と余裕、余白の多い大雑把な旅程にしました。

また、鹿児島市内も桜島でも、観光ポイントを勝手に回ってくれるバスを使ったので、あれこれ行先、行き方も考え込む必要はなくなり、

私にとっては珍しく、公共交通機関の時間に追われぬ旅行になりました。

 

では、始まり始まり〜♪

 

朝一のフライトがキャセルされ、後の便に混ぜられたので、

普段起床している時間に起きて、羽田へ向かいました。

久しぶりの電車でしたが、時間が早いせいもあるとは思いますが、人は少なかったですね。

そして、空港も。

 

飛行機は、減便の影響もあるのか、そこそこ乗客はいましたが、

それでも、二人がけ、三人がけに一人以下、って感じで、ゆったり。

機内の飲み物サービズも、接触を避けるためでしょうか、コップに注いでではなく、紙パックのお茶が配られました。

(行きも帰りも、私は二個ずつ貰ったのですが、あれは何故だったのだろう?周りの人はもらっていなかったけど。。。)

それと、ちゃんと換気しています、と言うようなアナウンスもありました。

気圧、気温の関係があるので、飛行機の中の換気ってどうなんだろう?とは思っていたのですが、

後日、ネットで調べると、新幹線よりは飛行機の方が、ちゃんと喚気できているそうな(驚)

 

ところで、たまに飛行機に乗って、雲海とか眺めると、自然の造形美を感じられていいですね(感)

それと、いい写真は撮られなかったのですが、

着陸間際に、鹿児島の街並みが台地の上にあることがよくわかりました。

わかったと言うより、むしろ驚きかな。

私の田舎、東北地方は山あいですが、人が住んでいるのは盆地なので、山の間々に集落が見られるものですが、

鹿児島など九州南部では、海岸線から急に土地が盛り上がって、その上に街並みが広がっていて、

その異なる雰囲気に驚きました。

(そのシラス台地の成り立ちは、桜島の噴火の歴史と一緒に、今回勉強できましたが、それはまた別途)

 

そして、定刻通りに飛行機は鹿児島空港に到着し、

市内に向かうために、空港連絡バスの乗り場へ急ぎます。

飛行機が10時に到着し、バスの時間は10時10分。

ただ、どの空港も、到着便の時間に合わせるので、急ぐこともないかと思いつつも、

トイレにも寄らずに、直行して実は正解でした。

バスは、私を含めて、乗客僅か2名で定刻に出発(驚)

急いでやってくるお客さんに運転手が「後続のバスをご利用ください」って。。。

でも、その意味はわかりました。

時刻表を見ると、連絡バスの運行会社が複数あり、10時10分のバスと、後続のバスは異なる会社でした。

なので、お客さんを待ったりすると、後ろのバス会社のお客さんを奪うことになるので、是が非でも定刻に出なければならないのでしょうね。

でも、そう言う競争(?)があるなら、値段(を含むサービス内容)も変えればいいと思うのですが、そこは共通のチケット1300円なんですよね、なんか変なの。

 

空港から鹿児島中央駅へは45分位で到着。

一日目の市内観光は、シティービューと言う観光バスを使おうと思っていたのですが、

(主要な観光ポイントをぐるぐる巡回している)

30分に一本なので、11:00のバスに乗りたくて、空港連絡バスの降り場から、ダッシュ!

で、なんとかセーフ(青いのが入ってくるところ)

市電、市営バス、シティービュー(観光バス)乗り放題で600円。

でも、結果的にはシティービュー(190円/回)に3回乗っただけだったので、運賃としては損しました。

が、黎明館の割引、翌日のフェリーの割引があったので、ちょっとだけお得でした(苦)

ちなみに、まち巡りバスと言う、ルートはほぼ一緒、でも共通ではない別の観光バスがあり、乗り間違えしないよう注意が必要でした。

 

そして、シティービューで最初に向かった場所は、照国神社

幕末に、西郷、大久保などの人材登用を行い明治維新への道筋を作り、薩摩藩だけでなく日本の近代化をはかり、日本の産業革命を牽引した第11代藩主、島津齊彬公が祀られています。

”西郷どん”では、渡辺謙が演じたのかな(観ていないので)、私にとっては、”翔ぶが如く”の加山雄三のイメージが強いですね(弟の久光が高橋英樹で、その組み合わせもバッチリ合っていた記憶があります。ただし、西田敏行が西郷隆盛役だったのは、福島出身者としてはいただけなかったな(苦))

 

で、照国神社へは、その西郷隆盛像前で降ります。

軍服なので、上野の浴衣に犬を連れた西郷さんとはちょっと印象が違って、キリッとした感じがしますね。

なお、DQWの鹿児島土産を拾うポイントにもなっています、念のため。

 

そこから通りをちょっと駅の方に戻るところに(バス路線ではなく)

照国神社の大きな鳥居があります。

敷地も広いですね。

裏手は、城山(麓の鶴丸城の後詰の城、また西南戦争で西郷隆盛が籠って、自刃した場所)ですが、厳かなはずの神社を見下ろすホテルがなんかアンマッチに思えて。。。

 

さて、山門を潜って、

拝殿があります。

山門からの境内はそれほど広くなく、拝殿(本殿)もそんなに大きくはないのですが、

空間的には、なんだか開けた感じで、不思議です。

一応、お参りしました。

 

入口の方に引き返すと、資料館があり、齊彬公や島津家に関する資料の展示、それといくつかのビデオが上映されています。

時間があれば、ビデオをそれぞれ鑑賞することをお薦めします。

わかりやすく、面白かったです。

しかも、入館はタダですし。

ただ、展示そのものは、パッとしたものではなかったな(残念)

国宝の国宗、レプリカでもいいからモノで観たかった。。。

 

境内から、鳥居の方へ向かって左の方へ出ると、齊彬公の銅像があり、

その先は、ちょっとした庭園になっていて、そちらには久光公(弟で、藩主の息子と一緒に、兄の遺志を引き継いだ)の銅像があります。

 

そして、次は城山に登って、展望台から桜島を望観するのですが、

ネットで調べると、この庭園の裏に遊歩道の入口のひとつがあるとあったので、多分こっちかな?と右へ右へと歩いて行くと、標識があったので、それに沿って歩くと、城山公園の入口がありました。

そこから遊歩道を進むこと、約1キロで展望台につきます。

途中、チラチラと桜島が見えます。

そして、展望台からの雄姿です。

まあ、空港連絡バスに乗っていても、見えてはいたのですが、こうして見ると雄壮ですね。

想像より大きいし、そして近い、です。

後ほど、資料館等の説明書きを読んでなるほどと思うのですが、

県庁から4キロの距離に活火山があるところは、他にないと言いますか、最短らしいですね。

まして、麓には人が住んでいますし(汗)

いずれにしても、驚きです。

 

しばらく眺めて、遊歩道をもうひとつの入口(出口?)の薩摩義士碑の方へ降ります。

この”義士”ですが、明治維新絡みかと思い込んでいたのですが、違いました。

幕府から命じられた木曽川などの改修工事で命を落とした人達の慰霊碑でした。

で、こちらから降りた理由は、

次の目的地、鶴丸城跡、

そして、黎明館(博物館)の入り口にあるからです。

鶴丸城は江戸時代に入って、薩摩藩が成立した時にできた城で、

戦国時代好きの私に馴染みの内城(戦国時代の島津氏の本拠)ではないのが、残念ではあります。

天守も再建されていないし、御楼門(大手門ではない?)も修復工事中でした。

上は敷地内から、下は外から。

石垣やお堀も、九十万石の大大名にしては小振りのような(内堀だから小さいのかな?)

石垣に、ボコボコ穴が空いているのは、西南戦争時の銃痕とのこと。

会津戦争での、会津と薩長との火力の違いは凄かったようですが、西南戦争は、更に武装の違いは大きかったでしょうね。

なお、内城跡地は、鹿児島駅(栄えている鹿児島中央駅の隣の駅)近くの学校になっているらしく、あえて観には行きませんでした。

 

敷地内には、西郷隆盛、島津齊彬、島津久光に続いて、篤姫の銅像がありました。

(観光ガイドには、銅像巡りコースが紹介されていました)

 

さて、黎明館に入ります。

(シティービューの乗車券で、400円→300円)

他県の博物館同様、時代を追って展示が進みます。

こう言うコロナの影響は、残念ですね。

入口でも、係員からチケット受け取る時、「ルールなので」と、まず手のアルコール消毒を求められましたし。

仕方ないけど。。。

 

館内、やはり、一番じっくり観たいのは戦国期ですね。

でも、ここで係員の方から注意を受けました。

このような展示物(↓)は撮影可なのですが、ショーケースの資料は撮影不可だと。

え〜、なんで〜、複製や説明パネルなのに、、、と言う気もしますが、これも仕方ないです、ルールなので。

まあ、私の好きなジオラマや模型は撮影していいので、じっくり鑑賞し、撮影もさせていただきました。

なお、これは”内城”の模型です。

戦国期の山城のスケールとしては、結構大きい方ではないかな。

模型から感じられる雰囲気は、春日山城に近い。

この城跡を周りたいものですが、、、土地が造成されてしまい存在しないものは、これも仕方ない。。。

 

なお、模型、ジオラマは精密なもの、大きく迫力のあるもの様々でした。

昔の家屋の造りがわかる細かな模型。

九州最大(?)の繁華街、天文館のレトロな街並み(1/2スケールくらいで、かなり大きい)

街並みかな?城内だったかな?

これは城館。

という事は、外の石垣、堀、楼門は城郭のではなく、城館のだから小さいのかも。

(でも、外堀とか、大規模な石垣は街を歩いていて目に入らなかったな。。。)

なお、写真に撮ることができた模型やジオラマに限らず、パネル展示、資料展示も豊富で、総合的にかなり楽しめる博物館でした。

 

二階に上がると、文化、風土系の展示が充実。

このフロアはどこまで撮影可なのかよくわからなかったのですが、

ショーケースに入っていないものは大丈夫だろうと。。。

 

いろいろ面白かったので、一時間くらいの予定が、三階の展示(刀、絵画、書など撮影不可なものがほとんど)も含めて、二時間以上鑑賞しました。

で、ちょっと時間が押した感があり、次の目的地、仙巌園へ(というかバス停へ)慌ただしく向かうことになりました(汗)

 

というところで、長くなりましたので、今日はここまでをさせていただきたく。

次回は、島津家別邸であった仙巌園と、世界文化遺産の尚古集成館を紹介したいと思います。

ではでは


4月6日(しろの日)だと言うので和歌山城

2020-04-06 13:29:37 | 地域情報

奥さんの実家、和歌山での法事を終えて東京に帰る新幹線の中、新幹線WiFiにつないでMacで更新中です。

これもオリンピックのおかげですかね。

外国からのお客さんを日本に連れて来て必ず言われる文句、不満と言えば、”WiFiがない”(無料でない、すぐに繋がらない(無料でもクレジットカードの情報入れたりしないと))でしたが、

先日の東北新幹線、今回の東海道新幹線、ちょちょっと設定すれば新幹線で移動中にWiFiで快適にインターネットに繋げられるのは、気分的に”快適”ですね。

それに、以前は、電源の電圧が一定せず、充電しているのか放電しているのか不明でしたし、

新幹線の種類によっては、先頭または最後尾の座席にしか電源がなかったのに、現在はどこにもあって、これもまた”快適”ですね。

ただ、現在、使用している人(乗客そのもの)が、ほとんどいませんが。。。

(品川もそうでしたが、新大阪の人の少なさは唖然というか、圧巻)

 

さて、一年ぶりの和歌山で、普段は奥さんの実家に泊めてもらうのですが、

今回は、なんかよくわからない事情で(我々が東京からコロナを運ぶと思われたのか)

和歌山城近くのホテルに滞在したので、早朝には和歌山城へ散歩に行くことができました。

昨日は曇りで、しかも寒くて、、、(私の気持ちの盛り上がりが)いまいちでしたが(笑)

今朝は、昨日同様に気温は低いものの、明るく早朝から青空が広がっていたので、気分はちょっとテンション高めでした(苦)

 

おすすめ撮影スポット①(そういう看板が建っている)

おすすめ撮影スポット②

さらに、②のすぐ隣なのですが、桜越しに”虎が伏せているような”天守が見えるので。

 

なお、桜は満開で見頃でした。

早朝から人出は多いし、夜、園内に設置された提灯にも灯りが灯され、花見客は結構いましたね。

ただ、、、

全肉祭というイベントが開催されていて、否定はしたくないけど、それってどうよ?という感じはありました。

広場に屋台やワゴンが出ていて、肉系の食べ物を売っていて、その屋台の間にはテーブルが仮設されて、そこで市民が買い食いしていて、、、

コロナ への対策、配慮は十分にしていますという看板が立っているのですが、

片や、宴会禁止とも掲示されていて、それって矛盾しているのでは?と思わざるをえません。

和歌山というと、初期に一名の感染者が出たものの、しばらく感染者が出ておらず(昨日、タイムリーに町医者の方の感染が判明しましたが)

なんか、”緩み加減”があるのかなあ。。。

個人的には、自粛ムードが強すぎる(自粛でありながら、自分ではなく他人の目で、慎まなければならない)気はするので、

自制、自衛をした上で、イベントそのものは楽しむべきかとは思うのですが、

見た感じでは、なんだか無防備な気はしましたね。。。

すみません。

 

で、東京は緊急事態宣言が出そうな状況ですが、

これもまた、個人的にはマイナス影響はなく、

(奥さんが出勤せず自宅にいたらマイナス?)

さあ、明日から鹿児島旅行のブログを書くか、とは思うのですが、、、

なんか、記憶がすでに薄れているような。。。

一週間経っちゃたもの、、、まずいな〜(苦)

まあ、記憶を呼び起こします!

ではでは


二十一世紀桜満開と自然の力強さ

2020-04-03 15:02:44 | 散歩

昨日、蒲田で多用をこなしての帰り道、呑川に迫り出した桜が満開で綺麗でしたので、今朝は、いよいよ多摩川土手の二十一世紀桜を観に行きました。

(花見ではなく、あくまで散歩の一環。立ち止まりませんので)

 

多摩川大橋から大田区側を上って行くと、まずは、多摩川清掃工場の桜が観られます。

一般の人は立ち入れないのが残念ですが、外から観ても綺麗です。

 

そして、下丸子のガス橋下流側に差し掛かると、”桜のカーテン”が満開、見頃、通り頃でした。

朝は、マンションの陰になってしまうのが惜しいところです。

 

ガス橋を越えると、今度は”桜のアーケード”が続きます。

こちらは小ぶりな桜の木が並んでいるので、花が頭上かなり近いところで観賞できますね。

 

そして、私の一押しは、二十一世紀桜が途切れて、土手下に桜が並んで、土手にハマダイコンとハナダイコンが咲くくかん。

いいですね〜、綺麗ですね〜、そしてハマダイコンを摘んで美味しいですね〜♪

(コロナ的には、摘み食いはよくないのかな?)

 

明日から三日間和歌山なので、満開では今日が見納めかな。。。

 

最後に、桜の他にちょっと感動した光景がありまして、、、

河川敷には昨年の台風による決壊時の土砂がまだ残っているのですが、

そんな土砂にも、菜の花が咲いています。

植物の生命力、自然の力強さって凄いね〜

 

濁流に押されて傾いた状態のまま、枯れ草などがまとわりついたままの木々も多いのですが、

そんな樹木にも、若葉が芽吹いています。

偉いぞ、がんばれ。

人間もコロナに負けずに頑張らないとね。

と、プチ感動したので、桜の満開に加えて、紹介させていただきました。

ではでは


健保と年金の一連の異動手続き完了(2号→3号→1号→3号)

2020-04-02 15:27:07 | 雑感・日記

昨夜、無事、鹿児島旅行から帰ってきました。

おそらく、コロナには罹っていないので、鹿児島に持ち込むこともなく、の無事ということで。

旅行の模様は、別途UPします。

ただ、記憶の新しいうちに、週末にでも記事を作ってUPするつもりだったのですが、

奥さんが、実家の和歌山の法事に行くことにした、と言い出し、

週末に和歌山に行くことになったので、旅行記事のUPは来週になります。。。

(今日は、後述の色々がありましたし、写真などの整理を明日行うとして)

コロナのことがあるので、実家の方からは、無理に来なくていいと言ってきたので、それもそうだと行かない予定でしたが、

お盆には台風で行けなかったから、行きたい!!!と、私が鹿児島行っている間に気が変わった模様、

新大阪駅とかリスキーな気がするんだけど、私だけパスする訳にも行きませんし(苦)

 

さて、今日の話ですが、精力的に用をこなして来ました。

駅で新幹線の切符、Daisoで風呂掃除用のクエン酸、KALDIでコーヒー、まちおかで新幹線で食べるお菓子、業務スーパーで冷凍品ストック(先週末にほぼ食べきったので)の買い物もなかなかの稼働でしたが、

メインイベントは、奥さんの会社の健保組合から、ようやく保険証が来たので、

区役所で切替の手続き、それと年金も3号(扶養)になったはずなので、年金事務所に状況確認に行きました。

年金の方は、何か手続きがある訳ではないのですが、申請から一ヶ月半経っており、

申請のタイミングで、保険料の支払いをしないでいるのですが(前月まで払えばいいはず)

自分の理解が合っているのかの確認です。

また、区役所の方も、郵送での切替(国保の保険証を郵送して)も可能なのですが、

こちらも、3月期を払わずにいて、また、年金と異なり、年度の保険料全額を、支払える月数で割ったのが月額になり、3月の支払額が、3月の保険料ではないので、2月期までに払った分で足りているのか、それとも追加で払う分があるのか、また、還付があるならその手続きは?

と言うことが、WEBではよくわからないので、やっぱり行こう、と。

 

で、結果はどうであったのか、と言うと。

1号から3号に変わった事実が、2月であったので、健保も年金も、保険料の支払いは1月分まででいい、と言う理解は合っていて、

年金事務所では、1月まで支払いを終えていることと、2月中に3号の申請が、奥さんの会社からされていることが確認できてOK。

区役所では、保険証返納して(使わなかったので台紙に貼ったまま)、2月期までの支払額で足りていること、ちょっと過払いなので、還付されること、それは別途、書類が郵送されるので、口座情報を記入して返送すれば、振り込まれること(今日、口座情報を提出したら、手間が省けるのでは?と思ったけど、役所に効率性の物申しても仕方ないのでやめました)が確認できてOK。

奥さんが世帯主なので(ベトナム赴任中に、大田区に転入しているので)、奥さんのマイナンバーも必要なところ、なぜかメモっておいたiCloud上のファイルが開けず「世帯主のマイナンバーわからないんですけど・・・」と言う、軽いトラブルがあったものの「では、検索しますからいいですよ」と、テキパキではないものの、スムーズに目的は果たせ(じゃあ、最初から申請書に書かなくてもいいのでは?)

気分良く、お買い物ツアーに移行したのでした(堵)

 

確定申告も、私の所得税より時間はかかったものの、奥さんの医療費も、申告通りに還付され、退職以来の役所がらみの手続きは、ようやく完了。

とりわけ健保と年金は、サラリーマンであった2号から、一旦、奥さんの扶養の3号にして、失業給付が始まると1号に、そして失業給付が期限切れになったので、また奥さんの扶養の3号にするという、10カ月間のあれこれ。。。

はあ、長かった〜

 

蒲田から帰り道、呑川沿いは青空をバックに桜が満開でした。

さて、気分は上々、もう飲んじゃおうかな(笑)

ではでは


現在までの変遷

「料理と散歩と仕事で海外」として、タイトルの通り、趣味の料理と散歩、そして出張する海外の情報を掲載していましたが、ハノイ赴任となり「ベトナム生活あらかると」でベトナム生活、近隣の国への旅行模様などを掲載するようになり、一時、仕事が忙しく更新が滞りましたが、2017年末に帰任し、2019年から改めて「池上優游涵泳」として、知識探求、スローライフを紹介しています。

ランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ