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michigan's

〜my everyday life, とりあえずの日常〜

ヤングコーンあるいは摘果

2018-06-24 02:50:21 | 旬の味・季節の花や鳥


実家に帰る前、家の近くの直販店で売っていました。

長さにして20センチ強ほど?のとうもろこし。

これ、芯まで丸ごとポリポリ食べられ、
一度食べたことがあると、その食感がやみつきになります。
しかし、今のごく限られた一時期だけのもので、
しかも(そのおいしさのために?)市場にはあまり出回らないとかで、
お目にかかれることはめったにありません。
だから思わず2袋まとめ買いです。
(ほんとはもっと買いたかったけど(;^_^A)


皮をむくと、15センチ強ほど、直径は3センチに満たないほどのスリムなとうもろこしが現れます。

ここで、あら⁈

実は、もっと太いものを予測していました。
もっと(たぶん直径にして5センチくらいまで)太かったとしても、
丸ごと芯まで食べられるはずなのです。
そして、もっと太い方がおいしいような気がする。

写真は塩茹でしたところです。




かつて転勤で中部地方の県に住んでいた時、
朝市でこのとうもろこしに初めて出会いました。
農家の人が、とうもろこしを育てるときに、商品になる数本だけを残して、早い時期に摘果するものだということでした。

丸ごと芯まで食べられる、と市のおばちゃんたちから聞き、
その時は「えーうそ〜」と思ったのでしたが、
やってみるとこれが本当にポリポリおいしいヽ(;▽;)ノ

やみつきになったのですが、
でもその町に住んでいた4年間で、
タイミングが合って朝市に行けて、それに出会えたのは2、3度だけでした。

地元に帰って来て、食文化の違いからかこれを売っているのに行き当たったことは何年もなかったのですが、
ごく最近になって、たまーに見かけるようになって来ました。

でも、今日買ったものの袋にも書いてあるように、
これは「ヤングコーン」なのか?

よくわからないのですが、
よくタイ産などが出回っている缶詰などのヤングコーンは、
普通のとうもろこしとは違う、「ヤングコーン」という種類のものだと聞いたことがあります。

私が転勤先で食べたのは、間違いなく地物の、普通のとうもろこしの「摘果」。
つまり「若いとうもろこし」で、
まあヤングコーンと言えばヤングコーンなのですが(;^_^A

さて、
「今夜のこれは、ヤングコーン、それとも摘果の、、、どっち⁈」
(関口宏風;^_^A)
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アンケート、そしてちょっとテスト考

2018-06-23 07:08:19 | 英語教育・言葉に関する覚え書き
近年日本では麻疹(はしか)はほぼなくなったと思われていたものの、
海外から持ち込まれたりなどして発生が確認されているとか。
そう言えば数年前、予防接種を受けていない世代の、早稲田などの大規模大学での感染が問題になりました。

今回職場の保健室から、職員のこれまでの既往歴と予防接種の有無を問うアンケートが来ました。
(若い教員が増えたからかな。)

昔の(笑)子供なら大抵は一度罹っていて免疫を持っているのではないかとの話もあるし、
私は、当時としては(初期の頃過ぎてw)珍しかったらしい、はしかの予防接種をしています。
風疹については、
小学生の時に学校で大流行した覚えがあるものの、
自分が罹ったかどうかは記憶がありませんでした。

母からもらっている年代物の母子手帳を見ても、
はしかの予防接種の記録は、2回とも日付まできちんとあるのに、
風疹については何も書かれていません。

そこで、はしかに関しては予防接種の記録を、
風疹については不明なことをアンケートに書こうとしましたが、
途中で行き詰まる。


その原因は、
(こう言ってはナンですが)アタマの良くない人が作ったアンケートですヽ(;▽;)ノ

はしかについてと風疹についてとで、
誰しも状況は違うはずで、別々に答えなければならないはずなのに、
設問が、2つ一緒の扱いになったり、途中で別に分かれたり(>_<)
…書きにくいじゃーないか‼︎



麻しん/(はしか)/はしか
風しん/(風しん)/風疹

の表記もなぜか入り混じっています(._.)


私の場合、一度アンケートに書き入れたあとになってから、その小学校での大流行の時に自分も罹っていたことが判明しました。
(たまたま母が母子手帳とは別に記録していたノートから。)

だから少し紙面がごちゃごちゃしてしまっていますが。


アンケート。
作った人のアタマの良し悪しが如実に現れるものではないでしょうか。

それによって知りたいことが確実にわかるように、
「適切な質問事項を過不足なく」用意しなければいけない。
そして同時に大切なのが、
「質問や紙面の構成が、論理的かつ客観的でわかりやすいかどうか」ということではないかと思います。

質問項目や紙面を作った人の独りよがりな思考のせいで、答える人が答え方に困ったりするようでは、
求める正しい情報は得られないかも、です。
長い回答が予測されるのに書く欄が小さすぎて「えっ?」となるのとかは、次元が違っていて論外。
(昔のものをそのまま使い回している、お役所系の書類とかに多いですね(~_~;))


同じことがテスト問題についても大いに言えます。
出題者の独りよがりの思考ルートで作られた問題は、
「できる」生徒をも(と言うか、できる生徒こそを)惑わせます。
答えるべきこと、答え方(出題者の意図)がハッキリわからないがために、不正解になってしまう事例が出て来たり。

場合によっては、アタマの良くない教師より生徒の方が優れた頭脳を持っていることだってあるはずですから、
テスト問題が論理的かつ客観的かどうかはよほど考えなければならないところです。

はしか、風疹のアンケートで反省反省(;^_^A
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今日の収穫物

2018-06-17 23:06:33 | 旬の味・季節の花や鳥


実家のプランターでじゃがいもができました!

3月頃?、台所の隅で芽が出放題になっていたじゃがいも(中くらいの、4〜5個?)を、
どうせ捨てるんだったら試しに植えてみたら?
と母に植えさせた(;^_^A

大して間引きもせずに過密状態で育ったにしてはきれいにコロコロのが、これだけ採れました。

でも、分量としたら、
せいぜい「中くらい5個分」かな…。

まあ、芽が出て食べられなくなっていたものが、すっかりきれいに再生した、
という点ではスバラシイ\(^o^)/

まあ、この間母の密かな労力はかかっているはずですが(;^_^A


早速肉じゃがにしたのですが画像がありません。

でも、明日のお弁当用にはしっかりもらって来ました(^_^)v
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こういう勉強の仕方

2018-06-17 09:11:26 | その他教育
先日中間テストを返却した時、
驚くべき事実を目の当たりにしたので覚え書き。


それは、テストの中の、(単なる)語彙の問題です。

授業で学習済みの英文に出てきた単語の中から、
「converse」の日本語での意味を答えるもの。

それに、答えを「会話」と書いた生徒がいて、
動詞と捉えていないので「×」をつけていました。
すると解説時にその生徒が、

「先生、これ合ってますよ。辞書に『会話』ってちゃんと書いてます。見てください!」

と抗議して電子辞書のページを私の方に向けて来ました。

「conversation」が名詞で、「converse」は動詞のはずなので、辞書に名詞の訳が載っているはずがない、
でもいや?動詞にも名詞にも使われる語は結構存在するので、ひょっとしたらconverseもそうだったのを私が見落として出題してしまったか??

少し焦って自分の辞書(冊子の、中程度のもの)を引きましたが、それには名詞の意味は出ていません。
彼の広げる電子辞書の画面を確認しに行きました。

すると、その生徒の指差す画面に表示されていたもの:

「coverse《動》会話する」。

私:ちょっと、よく見て。ちゃんと「会話する」って書いてあるじゃない。

生徒:「いや、先生、これ『会話』って書いてありますよ。何が違うんですか⁈」


「会話する」の「一部分」が「会話」であるのを、
その生徒は本気で「同等」だと思っている(~_~;)


英語の辞書が、紙から電子媒体になって以来、
自分の調べたい単語を正しく調べることができなくなった生徒は激増したと思います。

電子辞書では、パソコンのように、次から次へと画面を繰って行かなければ、自分の求める情報のページに行き着かないわけですが、
どこをどの順番に、どこまでクリックするのかは、その人の判断にかかっている部分があります。

それが今ひとつわかっていなくて、求める情報のページに行き着くことができないまま、何年も電子辞書を使って学習している(気になっている)生徒が、どれほど多いことか。

パソコンや電子辞書の画面で、求める情報に行き着けなかった場合、
その情報はその人にとって「存在していない」のと同じことになってしまいます。

だから、
「調べたけどありませんでした」
と臆面もなく言う生徒が出てきます。

その問題にはこれまでにも随所で行き当たって来たのですが、

いやしかし、
今回のこれは、どうもそれとも別問題ですよ。

ちゃんとその意味が調べられるページを見ておきながら、
その中で与えられている情報(その説明の仕方)が理解できていないっヽ(;▽;)ノ

今までいったいどういう勉強をして来たのか、考えるとゾッ。
(ちなみに高3生。)


しかしその後に間髪入れず、

「僕のこの答えも合ってるのに×になってます」

と言う生徒が出てきました。

その生徒が言うのは、これまた単なる単語の意味の問題だったのですが、

今度は「similar《形》似ている」について。

生徒:similarは「酷似する」って僕ちゃんと書いてます。辞書にも、ほら、書いてありますよ。

私、また同じパターンか、と思いつつ画面を見に行くと、

その生徒の指差す画面に書かれていたのは:

「ex. very similar;酷似している」

という、
「similar」の「用例」の一つ_| ̄|○

「酷似」の「酷」の部分が「very」なんじゃないかーーーっ(>_<)

つまり、その生徒にしても、
「それはその語の使い方の例を示した部分に過ぎない」
という、電子辞書の言っているいわば「文脈」を読み取ることができず、
そればかりか、またもその「一部分」だけを抜き出して、短絡的に自分の都合の良い解釈に走っている、

というそれだけのことだったのです。
ただこの場合、日本語での「似ている」と「酷似している」の意味の違いも、
この生徒は認識していないし、
そういう部分には全く注意を払っていない可能性も大。


この子たちはこんな感じでこれまで勉強して来たのか。

けして高い学力の生徒ばかりが集まっている学校ではなく、そのことも視野に入れてやって来たつもりだったのが、

ここまで⁉️

と思い知らされた日。


これは、自分の中の「教える」ということについての戒めであると同時に、
本音を言えば、今こういう生徒たちが少なくないのが日本の高校の現状で、
そして(たぶん、英語、その他の教科にかかわらず)そういう粗雑な勉強の仕方や物事の理解しかできない生徒が、
何となくある程度名のある大学にほぼ無試験で入れたりもする時代だということを、もっと皆で考える方が良いのではないか、
ということでもあります(~_~;)
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即売会の豚肉で煮豚(^o^)

2018-06-09 21:08:53 | 料理レシピ・保存食の記録
今日高校の即売会で買った豚肉、
1キロ1000円!

母が並んでバラ肉ともも肉入りのパックを買って来たのですが、
ここまで巨大な塊だと思わなかったらしく、怯んでいました(;^_^A

せっかく大きな塊肉なので、
すぐに煮豚にしました。

バラ部分と、もも肉の半分。
(つまり、全体の約3分の2。)
これでこのボリューム↓



さらに、一緒に煮込むと美味であろうと思われる、卵と厚揚げも入れたのでこんなやり過ぎ感(;^_^A



ちなみに、煮汁はネットで調べて、

砂糖50cc、酒50cc、醤油100ccの1:1:2で、
そこに水が200cc入ります。
それに生姜とにんにく。

甘すぎない味で、うちには良かったです(^^)

一晩くらい寝かせた方が良いのだろうと思いつつも、
せっかく作ったので夕ご飯には出来たてを少し味見しました。
高齢者向け細切れです(;^_^A

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液体サロンパス

2018-06-08 01:04:14 | 健康
ここ数日また起こっている緊張性頭痛。
(私は忙しい期間が続くとこれになる傾向。)

テスト期間と重なった実家への行き来が、
ちょっと体に出てきている模様です(~_~;)

はじめサロンパスを貼ったり、シップを貼ったりしていましたが、
いかんせん、今回はその痛い部分が、首の後ろの生え際、
というか、ほとんど髪の毛の中。

サロンパス、シップを剥がす時に当然髪の毛が〜(>_<)

こういう場合、世間の人々はいったいどうしているのだろう??
と思っていたところに閃いたのが、

液体のシップ

みたいなの⁈

私は体育会系の部活には属したことがなく、
という以前に、生まれてからこれまで、スポーツの「ス」の字とも無縁な生活をしているので思いつかなかったけれど、
よく考えたら運動部の生徒たちはよく、
怪我をしたり、しかけたところなんかを、
消炎スプレーみたいなので冷やしたりしているではないですか!

消炎スプレーとはまた違うかもしれないけれど、
サロンパスを小さな背中一面に並べて貼って大変そうだった祖母の頃とはもう違って、
時代は液体なのではっ??

といきなり目からウロコがこぼれ落ちて、今日買ってきたのがこれ↓




ぬってみると結構ヒリヒリ痛いです(>_<)
でも首の痛みには代えられない。

しばらくこれで様子見です(^^)
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勉強のやり方

2018-06-06 16:03:00 | その他教育

成績不振の理由として、

「勉強のやり方がわからない」、
「自分に合った勉強方法が見つからない」

と言う生徒は、たぶん世の中に溢れていると思います。

「勉強」とか「学習」ってそもそも何なのか、と考えた時、
それは、何かまだ自分が知らないことやできないことを「自分にわからせる」、「自分にできるようにさせる」ことであり、
その大部分を占めるのは、試行錯誤や反復練習を含む、とても個人的で孤独な作業である、
と私は思っています。

では、この「自分にわからせる」という作業をどのように行えば良いのか。

どうすれば外界の事象をより認識しやすいかとか(情報が視覚的に目に入る方が良いのか、耳から入る方が良いのか等)、理解しやすいか、記憶に残りやすいかは、実際問題人によって違う部分が多そうな気がするので(脳科学とかの域?)、
何が自分にとって良い学習の方法なのかは、ある程度(というかかなり)の、
その個人的で孤独な作業を通り抜けてからでないと見えてこないしわからない、
というのが真実に近いのでは、と私は思います。

だから、
「勉強の仕方がわからない」と言って来る生徒たちというのは、その作業がまだ足りていないうちから、
先の見えないしんどさに音を上げていたりするのではないでしょうか。
(気持ちはわかります。)

ちなみに、「自分に合った勉強方法」という言葉は、私は個人的にはキライです。
自分のための魔法のような方法がどこかに存在しているのに、自分はまだそれに行き当たっていないだけ、行き当たらないのは自分のせいではない、というような責任転嫁の風味を、
その居心地の良い響きと、使う人の口調の中に感じてしまうからです。


しかしそもそも、地道な作業のしんどさに音を上げるとかいう前の段階の、
「授業をきちんと聴いて」、「理解の仕方を学ぶ」というところを軽視してかかっている場合も多い気がします。

どうやったら効果的に何かを知ったり身につけたりできるかを示し、ヒントを与えたりするためのものが学校の「授業」ではないかと思うのですが、
あくまでそれは教師対生徒が「一対多」の集団的活動であるし、
その生徒の(その時点の)能力によっては、
教師が伝えようとしていることが「十分酌み取られない」、悪くすると「間違って理解される」ということさえあります。
(もちろん、教師側の能力、技量が不十分で、うまく伝えられない場合、もありますよ(;^_^A)

だから、一時間の授業内で、教室にいるすべての生徒が同じことを同じだけ理解して終われるわけでないのは自明。
それ以上の部分は個々の生徒が、個人的な作業で埋めなければならないのも当然です。


さてその「勉強の仕方」(個人的な作業の方法)がわからない、と助言を求めて来る生徒には、
私の感触では大まかに以下のようなパターンがあります。


(1)責任転嫁型

まず、学問には「王道」や劇的に効く「特効薬」はそうそうないのに、それを示すことを教師や他人に期待している生徒。
(受験の裏技本、的なのを有り難がるタイプ(;^_^A)
中には、それが示せず自分に勉強をわからせることができないのは教師の責任だと言わんばかりの「他力本願」「丸投げ」型も、信じられないかもしれませんがたまにいます。
これは論外。

でもだいたいの生徒は普通、程度の差こそあれ、自分でやろうとしてはいると思います。
そしてうまく運ばないことに苦しんでいる、という表現で大きな間違いはないはずです。

でもそのやり方が、わかっている者から見れば効率が悪すぎたり、あるいはとてつもなく的外れ、な場合が多いです。


(2)労力多大&自己流固執型

「自分は時間も十分にかけてちゃんと勉強しているにもかかわらず、よくわからない、テストでも点が取れない」と主張する生徒。

そういう生徒のやり方を見ると、確かにノートをキチキチと書いている真面目な生徒だったりします。

しかしその「書いている内容」というのが結局、教科書や問題集に書いてあるのとほとんど変わらないことを、ノートという別の場所に「移動させている」だけで、労力の割に教材としての価値も増していなければ、本人の理解も進んでいないんじゃないか、とかいう場合。

中には、テキストに載っている問題の「問題文」(「下線部Aは何を示しているか」みたいな指示文)から書かないと気がすまない生徒もいて、
「それは横にテキスト置いて見ればわかるから書かなくても良い」と言っても、
「でもやっぱり…」と、性格が几帳面なのか何なのか…(~_~;)

授業中にもそんなことに注意と時間を取られているので、肝心の、その日の授業を聞いてこそわかる情報を聞いていなかったり、書き取るのが間に合わなかったりして、
授業中に「ちょっと待ってください」と全体の流れを止めたり、授業後に追いかけて来て「さっきのあれをもう一度」、みたいになってしまいます。

そもそも「書いている」=「勉強している」と勘違いするような生徒は、
のんべんだらり延々とやっている中で、
全体から大事な部分を感知する、というアンテナ部分が鈍って行っているのではないかと感じます。
こんな勉強はやらない方がましかもとさえ思ってしまう。
労力が多大なだけで不毛です。


反対に、ノートにはテキストの問題の「答え」だけを、まるでそれに元からついている「解答集」よろしく羅列する生徒もいます。

和訳などの長いものはスペースの都合からもノートに書く方が良いだろうけれども、
「ア」だの「③」だとかいう記号の答えだけを、テキストの問題と離れたところに書き写しておく意味は?

そういう生徒の言い分は大概、「後でテキストの問題を復習するとき(大抵それはテスト前1、2日のにわか勉強)、答えが見えると困るから」です。
では、そればかりに労力を費やしていたがために、授業が終わっても要点の書き込みもないようなテキストは?と言うと、
次の大きなテストまで特に見返されることもなく(見直しても特別な情報はそこにないから)、ただ現状保持でそこに存在するだけ。

それではたぶんその生徒の頭の中も、その内容が理解できていないままの「現状保持」です。

授業を受ける前と、受けた後の情報を自分の頭で何度か考え合わせて、「ああそうか!」という閃きを得たり、そのための反復訓練を行うに至らないので、
せっかく習う内容がいつまでも自分のものとならず、よってテストという形で試された時、これまでの体験や訓練に基づいて、「自力で正解まで思考を持って行く」ということができない。
得点に結びつかないのは当たり前です。

こんなふうに、自分では十分学習時間を確保してやっている「つもり」の生徒。
◯ネッセなどの学習状況調査みたいなのでは、学習時間十分、態度ピカイチみたいな結果が出るのに、成績の方は…。

ノート(記録すること)というのはやはり勉強の中では大きなウェイトを占めるかと思うので、ノートの書き方が中心のような話になっていますが、
少し離れて「暗記」という点でやり方が的外れで効率が悪い場合もあります。


(3)ルール度外視丸暗記型

これは、真面目な女子生徒などに多いのですが、
今そこで学習しようとしていることの意味や意義、理由など全て度外視で、
教科書の内容や例文、答えなどを「とにかく丸暗記」。
手が折れるんではないかと思うほど、何十回もノートに書き写したりなどして。

その労力や想像するだに卒倒しそうになりますが、
そうやって点を取ることしか考えていない、そしていつの間にか、そうすることが「勉強」することであると思っているような生徒というのも、現実に結構存在します。

なぜその答えになるのか。
それを説明する一番基本のところは、英語で言えば「文法」です。
スポーツやゲームで言えば競技の「ルール」でしょう。
ルールも知らずに試合に出て、
反則を繰り返してわけもわからず笛を吹かれたり怒鳴られれるなんて、苦痛以外の何ものでもないのでは。

…というのを実は私は、何の興味もないのに成り行きで取らざるをえなかった、大学時代の一般教養科目のサッカーで身に染みました(;^_^A
ルールを知らずに闇雲に何かをするほど、非効率で苦しいことはない。

そんな黒歴史を引き合いに生徒にわかってもらおうとするも、
文法無視で丸暗記や自己流の理解に突っ走るエキセントリックな生徒は、毎年一定数いるような。



(4)「聞か猿」型

問題を解くという個々の作業にも、その性質に合った効率的なやり方(裏ワザ、というのとは違います)が存在することがあるのですが、
自己流の迷信に囚われている生徒はなかなか耳を貸さないことが多い。

例えば英語で「並べかえ」とか「語句整序」とか呼ばれる問題。

「問:かっこ内の語句を意味が通るように並べかえ、『2番目』と『4番目』に来る語句を答えなさい。」

というような指示文があり、

( a cat / he / lying / the sofa / saw / on ).

とかいう語句が並んでいるわけです。

この問題を解くのに、
何度言ってもその「順番の数字」を、英語の下に書き込むだけの生徒が多いです。

まず「he」の下に「1」と書き込み、「saw」の下に「2」と書き込む。

最終的に、
「He saw a cat lying on the sofa.」という文が出来上がって「2番目」と「4番目」に当たる語句が答えられれば良いようなものの、

では、テスト終了ギリギリの時間になって、本当にその答えで良いのか、を秒を争って見直す必要がある時のことを考えてみたらどうでしょうか。

えっと、「最初がHe」、「次がsaw」…と、最初に問題を解いたのと同じ思考と作業の過程をもう一度踏まなくてはいけません。
完全に二度手間。

最初から「単語で綴って文を書く」という物理的労力を惜しんでいなければ、
もうそこには「He saw a cat lying on the sofa.」という文が目に見える形で存在していたはずで、
それのどこかが間違っていないかを、頭から読んで検証するだけで良いのに、です。
ここでは「急がば回れ」が真。

文がまだこの程度の長さ、難度で済んでいるから良いようなものの、
もっと複雑で長い文が出たらきっと混乱します。

スコアを稼ぐだけの資格試験のようなものならまだ良い。
しかしそれが、自分の進路を分かつ入学試験とかだったら?
「その1問が正解するかどうかで、キミがその年その大学に行けるかどうかが決まるかも。そう考えると怖くない?」
と生徒を脅したりしてみますが…(;^_^A


こういう、個々の問題の解き方ひとつをとってみても、
それをするのに適したやり方=作法のようなものがある場合があるのです。
さすれば、
もっと大きな枠(予習の仕方、授業の受け方、ノートの取り方)でもきっと、
個人的に固執しているよりももっと良い理解の仕方が存在する可能性があるかも、と考えて然るべきでは。



話は始めに戻ります。
つまり、
「勉強ができない」とか「やり方がわからない」という生徒というのは往々にして、
自分ではちゃんとやっているつもりなのかもしれないが、効率の悪いやり方で時間と労力を費やしているだけで、
まだまだ「自分に合った勉強方法を見つける」などという理想とは程遠いところにいることを認識していないことがとても多いと思います。

基本のルールや正統的なやり方を知った上でないと、その上の部分を組み上げることはできないのに、
その段階(授業や他人の話をきちんと聞くこと)からして軽視していることが多い。

良いやり方を教えてくれようとする人の言葉に耳を傾けることをしなければ、
現状が打開される可能性は低いでしょう。
だから、どのような段階の「できる生徒」も「できない生徒」も、人の言葉に耳を傾ける素直さ、柔軟さを持っているか否かでそこからの伸びが違って来る、というのはよく周囲で聞く話です。

まあその上で、その後にまだ、自分で自分にわからせる作業をする、という苦しい部分が来るのはたぶん、覚悟していなければ(;^_^A

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今日の番外編

2018-06-02 22:56:02 | 料理レシピ・保存食の記録
今日食事以外で作ったものは、


豆乳プリンと、


ブロッコリーのポタージュの素(^^)
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今度は砂糖漬け

2018-06-01 19:46:31 | 料理レシピ・保存食の記録
実家の方でも、親戚の人に梅をもらいました。



こちらは砂糖漬けに。
一番カンタンだから(;^_^A

基本は砂糖を入れるだけ。

実はその前に、
ヘタを取って洗ったあと、
一晩水に漬けてアクを取るという過程があるのだけれど、
実は昨夜はこれを忘れていました(;^_^A、たがら水に漬けたのは今日の昼間3〜4時間のみ。
でも1〜2時間のレシピもあるからたぶん大丈夫(;^_^A

水気を取ったものを砂糖と交互に消毒した瓶に入れました。



後は砂糖が溶けるまで数日間は瓶を振ったりします。

今回の梅は約1.5キロ。
とりあえず400gくらいの砂糖で漬けていて、
足りなさそうなら後から足す予定(^^)
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