goo blog サービス終了のお知らせ 

michigan's

〜my everyday life, とりあえずの日常〜

わたしの体調不良は食べ過ぎから起こる

2018-04-23 05:58:28 | 健康
この年になるといろいろあるので、「健康」カテを新たに作りました(;^_^A

普段私の体調不良は食べ過ぎから起こることが多いです。

そもそもお腹が緩いので、出先で多く食べると大変。
人と会食予定の時には、前のご飯を抜いたりして時間と量を調節します。
お昼に持参したお弁当を食べたあと、
同僚から何かを勧められたりして断れないことがあるのですが、
すると、自分の心積もりの許容量を超えて大変(~_~;)

あまり信じてもらえないのですが(;^_^A、風邪さえ、食べ過ぎを契機にひきます。
逆流性胃炎の気が少ぅしあり、
食べ過ぎると喉の奥がヒリヒリ。
ヒリヒリ、ってことは(たぶん)「炎症」です。
そこから咳をしだしたりして、で、風邪の症状に突入、です。

医者に訴えても信じてもらえないような気がする、
でも長年付き合って来ている自分にはわかる、というビミョーな体調変化ってないでしょうか。


昨日のお昼は実家で、久しぶりにカレーを作ってつい食べ過ぎました。

そのあと、午後に母に来るはずだった速達の郵便を待っているうち、
手持ち無沙汰に市販の紅茶やコーヒーを次々と飲んでいたら、
帰り際にreverse(>_<)
年寄りを心配させるもアレなので、騒がず言わずにさっさと帰って来たのでしたが、
運転の2時間のあいだずっと喉の奥ヒリヒリ。
途中どこかに寄ってうがいでもすれば良かったものを、
夜も遅くなりかけていたため、一人黙々と運転して帰って来ました。
すると家に着く頃には、喉の奥が腫れて動かし辛くなっていました(>_<)
仕事柄、これが一番困ります。

今日声出るかな(~_~;)
コメント

生徒の英語力と日本語力

2018-04-22 00:04:27 | 英語教育・言葉に関する覚え書き
新年度、授業が始まってまだ数えるほどの日数しか経っていないのに、
体力的(いや精神的?)には結構なダメージ。

その原因を考えるに、
生徒の英語力云々以前に「年々落ちて来ている日本語の理解力」というフレーズに行き着かざるを得ないような。

もちろん、教えるこちら側のスキルは常に謙虚に振り返りつつ言っているつもりです;^_^A


勤務校の生徒のバックグラウンドは本当に様々なのですが、
それを差し引くとしても、
日本語の「品詞」や「修飾語」の感覚がきちんと身に付いていない生徒が近年多いことが、国語の教員を含めてよく話題になります。

英語の品詞と日本語の品詞の考え方には少し違いがありますが、
日本語の感覚さえ確かでない人に、外国語の感覚を教えることには当然無理があります。
ある人が習得できる外国語のレベルは、
その人の母語のレベルより高いものになることはない、
というのは外国語学習ではよく言われることです。

例えば高3のクラスで、
「白い犬」と言われたら辛うじて、
「白い」が「犬」を修飾(説明)していることがわかるけれど、

「彼が飼っている白い犬」と言われたら、
「彼が飼っている」という修飾語のかたまりと、「白い」という語が、それぞれ「犬」を修飾している、
ということが途端にわからなくなります。

英語では、
「白い犬」は「a white dog」で、
「彼が飼っている白い犬」は「a [the] white dog (that/which) he has」。

冠詞の「a」や「the」は、よほどのことがなければ語群の先頭に来る、
ということを教えた上で、
white 1語なら前に付くが、それより長い修飾語のかたまり(句や節)は、日本語とは違って後ろに付く、
と説明するのですが、
「彼が飼っている」自体がひとまとまりの説明語句だということがピンと来ない顔が、人数少なめのクラス内に相当数…。


そういう生徒は、

1. a [the] white dog he has

2. He has a white dog.

の意味の違いを言うことができません。

1は「彼が飼っている白い犬」というフレーズ(=句:語の集まり)に過ぎず、
2は「彼は白い犬を飼っています。」という「文」なのですが、
日本語の語順に引きずられ、2を平気で1の意味に取る、とか。
「文」とそれ以下のもの(句や節)との区別も曖昧。

最初に英語を習った時、
日本語とは違う修飾の「感覚」(語順、ということでもあります)が身に付かないまま来てしまった生徒たちです。

「彼が」の主格の「が」が修飾語句の「中に」ある、という日本語の問題(英語方面から言うと、関係代名詞の問題です)が理解を撹乱している嫌いはあります。
しかしそもそも、手を変え品を変え説明している、私がしゃべっている「日本語」そのものを理解していないんじゃないかという気さえして来ます。


国語文法云々以前に(大抵の日本人は、日本語の文法を体系的に知らなくでも日本語を使っているわけなので)、
そもそも小学校までの、学校の授業や家庭での日常のやり取りの中で、
「人の言うことをきちんと聞いて、その人の言わんとするところをちゃんと理解する」
という基本的な訓練ができていないのではないかと思われます。

もちろん、高3で出てくる英文は上記のように簡単なものではないし、
大学入試では当然、学校で習ったことのある例文通りではない知らない英文が出され、あの手この手で理解が試されるわけです。
その中で、「品詞」や「修飾語」の感覚が身に付いていなければ、
知っている単語や熟語や構文を駆使したとしても、
「英文を正しく解釈する」
ことは不可能でしょう。

「だいたい意味わかる」
とか、
「えっと、なんか◯◯的、みたいな」、
という程度の理解の生徒が山ほどいます。

しかしそんな子は、間違った理解をしていることがほとんどです。
生徒同士の会話を聞いた時(日本語英語にかかわらず)、間違って理解する者と、おかしな表現しかできない者ばかりのやりとりの中で、
さてどのくらいの正しい元の内容がお互いに伝わっているものか、
考えたら恐ろしい伝言ゲームですね、
と同僚教員と話すことがあります;^_^

一見流暢に英語を喋っているように見える生徒に文章を書かせた時、こちらが恥ずかしくなるようなズダボロの文法で、論理も通っていなければ意味も不明、
別に対面聞き取り調査をして、言いたかったことを確認しなければならない、
というのはよくよくよくよく(と強調しておきます;^_^A)あることです。


今日本で、小学校からの英語導入が始まろうとしています。
日本で暮らしている日本人の小学生に(学校教育の中で一括りに)英語を使えるように教えよう、

は、

大抵の、現状を知っているまともな英語教師なら反対して当然、
と私は思います。

小学校時代というのはまだまだ、日本語での読み書き、読書などでの言葉に対する感覚の涵養をしっかりやるべき時ではないでしょうか。
もっと言えば、先にも書いたように、
「まともに人の話を聴く」躾から、きちんとされなければ身に付かない時期です。

その部分を犠牲にして、外国語の最初のところをしっかり教えてもらえなかった生徒が増えたら、
日本の中学校や高校の教室は、今私が見ている状況の何倍もの「?」の飛び交う空間になる気がして仕方がありません。

小学校からの英語導入と大学入試の(民間試験導入の)問題は、(そんなに遠くない)日本および日本人の存亡にさえ関わるかもしれない大問題で、
おそらく、それぞれに議論が必要な膨大な問題を含んでいます。
(それが後手に回りながら制度が見切り発進されようとしているのが一番の問題です。)

でもでも、
ごく個人的には、

a [the] white dog he has

He has a white dog.

の違いというだけのことで、
いやそーじゃない、それ違う、

と、あの手この手、思いつくあらゆる説明の言葉を駆使してその違いを理解させようとしなければならず、
気がついたらテキストの中の短い2文をやっただけで疲れ果てて1時間終わっていたヮ、
という状況は避けたい。

もひとつ言うと、
大学の出願時期になると必要な、英文での自己推薦書とか志望理由書。
文法、論理、主張ともにボロボロ状態のそれを、
「いや、思ったよりすぐ書けました」などと言いながら出願締め切りの2日前くらいの早朝にメールで送りつけて来て人に添削させるのはやめてほしい。

それが目下の私のささやかな希望なのですが(;^_^A
コメント

いたどりの季節

2018-04-19 17:55:07 | 旬の味・季節の花や鳥
昨日用事であちこちしている途中、ふと立ち寄った直販店でなんとなく「買ってしまった」。
昨日はやらなければならないことが沢山あるのがわかっていたにもかかわらず。

何を隠そう、たけのこと並んで外すことのできない春の味、いたどりです。



皮をはいで処理します。



ここ何十年で初めて、
葉先も天ぷらや菜飯で食べられる、
という情報をゲットしたので、
捨てる皮の部分(手前)以外を、2種類に分けています。

もちろん本体はここ↓



いたどりの処理の仕方には大きく分けて2つあります。

熱湯処理と塩漬け。
どちらもアクを出すためです。

私はいつも熱湯処理ですが、
たまたま前日、職場でたけのこを下さったM先生は、
塩漬けでパリパリした食感の残るいたどりを食べたい、どこかに売っていないだろうか、
とおっしゃっていました。

もちろん直販店には塩漬けのものも売っているのですが、この際たけのこのお返しを兼ねて、塩漬け処理もやってみることにしました。

塩漬けは簡単です。
皮をはいだ生のいたどりに、塩をまぶすだけ。
食べる前に塩抜きすることになります。


熱湯処理の方がどちらかというと面倒です。
(ちなみに、熱湯処理だとパリパリ食感は残らない、とM先生は思ってらっしゃるようでしたが、私はそんなことはない、と思う(;^_^A)

「熱湯」とは言っても、60度から本当の熱湯まで、人によってやりかたはまちまちなのですが、
とりあえず私は、叔母に習ったやり方。

いたどりの丈が足りるくらいの鍋(とかフライパン)にお湯を沸かし、

下には火がついたままにしておいて、
だいたい太さの揃ういたどりを順次入れていきます。

が、注意点は、

決して茹で過ぎないこと!

茹で時間(というか、熱湯にくぐらせる時間)は、せいぜい「10秒」だと私は思っています。

太さによっても違うので見極めが難しいところではあるのですが、
すっきり緑色だったいたどりが、
少し鈍い緑色(絵の具の白を混ぜた時のような)に変わったら即引き上げる、
コレ鉄則です。

片っ端から鍋に入れては、色が変わったものから引き上げて水にさらす、という作業を繰り返すのです。

10秒くらいゆでて、水に取ったもの↓



うろうろしていて煮過ぎると、いたどりは酸っぱくなって修復不可能になります。

この前、東京にいる妹にこのいたどりを生で送りました。
故郷の味なので、いくらなんでもやり方はだいたいわかっているだろうと思って何も言わなかったら、
You Tubeで見たやり方で3分ゆでたそう。
そしていたどりを「溶かした」そうでしたヽ(;▽;)ノ


調理する形が決まっていたら、
細かく切ってから晒した方が、アクが早く抜けます。



調理後の画像が、
昨日の食卓のものしかありません(;^_^A



この左端が、うちの定番の炒め物(調味は酒、薄口醤油、ごま油、だしの素少量、仕上げにごまと鰹節)です。

一般的には砂糖と醤油でやる方が多いですが、うちは砂糖はなし。

そして、フライパンで炒めてから調味、
では味がなかなか染みないので、
私はこれも叔母から伝授されたやり方:

切ったものを上記の調味液に漬けて10分ほど置いておき、
熱したフライパンに汁ごとガバッと開け、
直後は数十秒蓋をして蒸し煮にした後、
蓋を取って短時間で一気に炒め上げ、
仕上げに鰹節とごまをまぶす、

という方法です。


余裕のある年には、このいたどりを何束も買って大量に処理し、冷凍します。
そうすると、次のシーズンまで余裕で保存することができるのですが…、

この春は、気候の変化で?、自然界のいろんなものが早かったです。
いたどりの季節が、私の慌ただしい新学期とこんなにもぴったり重なってしまったことは今までなかったような…。

さてこの後、シーズン終わりまでに大量に仕入れて処理する余裕が果たしてあるかな。
そして今年はあと何回、このいたどりが食べられるでしょうか(;^_^A
コメント

「おフシの粉」作り

2018-04-16 18:37:42 | 料理レシピ・保存食の記録
昨日やったこと。

だし用のいりこ、あるいは煮干し。
と、私たちはあまり呼ばない気がして考えたら、
「だしじゃこ」と言っている気が。



実家近くで売っているもの。
安いし、ホントの金属の銀みたいにきれいでしょう⁉︎

これを買って自分で粉末にし、
おじゃこのだしが簡単に取れるように用意しておこう、
という計画です(^o^)

なぜかと言うに、
最近歳を取ってきたせいか?、
市販の粉末だしの素がとても人工的な甘さに感じられるのと、
かと言って昆布や鰹節で取るだしは、作る料理によっては何か物足りないことがある。

それはなぜかと考えていましたが、
こないだ妹と話していて、
「やっぱりそーか」
という結論に落ち着きました。

それは、
昔のわが家のだしは、
ちゃんと削った鰹節や昆布で取ることもあるにはありましたが、
もっと日常的には、

「おフシの粉」だった!

ということ。

この、「おフシの粉」というものを、
祖母と一緒に、
あるいは少し大きくなってからはお使いの子供だけで、
近所の商店街の乾物屋さんによく買いに行ったものでした。

乾物屋さんの店先には、
もちろん贈答用の高級な鰹節なども並んでいたと記憶していますが、
それよりもっと店を入ってすぐのところに
木枠の平らなガラスケースがいくつも並んでいて、
中にはいろいろな魚の干物や、それらをいろいろな大きさの粉末に挽いたものが入っていたのでした。

その中から種類を指定すると、
お店の人がケースの蓋を開け、
天井から吊るされた秤を使って、
うっすら縦縞の入った茶色い薄い紙袋の中に計り入れてくれるのです。

最後は、パンパンになったその紙袋の口の両側を、実に上手にクルクルとひねって閉じる。
(袋の本体の方をぐるんぐるんと空中で回していたような…(;^_^A)


そのおフシの粉を鍋の中に(確か直接)入れて)煮出し、
後から網であらかたの粉をすくい上げる、
というのが、祖母のやり方だったと記憶しています。

ある程度の粉や、キラキラ銀色の小片が煮汁の中に残りますが、
それもご愛嬌、
というより、実は捨てるには惜しくて是非とも一緒に食べるのが良いカルシウム、
じゃなかったのでしょうか。


そんなふうに、
うちのお味噌汁や煮物はだいたいこの「おフシの粉」でだしを取っていたため、
上品な鰹と昆布、だけでは物足りない記憶が私たちの体のどこかに残っているのだろう、

というのが妹との結論でした。


ここ数年、
上の画像のおじゃこを気に入って買うようになってからも、
せいぜい頭と内蔵を取っただけの丸ごとを前の晩頃から水に浸けておく、
というだしの取り方をしていました。

でもそれも時間がかかるしなかなか面倒。

ということで今回、
昔買った「おフシの粉」みたいなものを自分の家で作れないか、
という試みであるわけです(^o^)

(経緯が、長い(^◇^;))


まずは、魚(この場合イワシ)の頭と内蔵を取り分けました。


内蔵部分は捨てて、
頭の部分は最終的には一緒に挽いたけど。

まずはイワタニミルサーで↓


細かすぎて、どうも記憶の「おフシの粉」と違う。

ということで、
今度はフードプロセッサーでやってみました↓


うーん、もっと細かかった気もするけど、これが近いかな。

その前にできていたミルサーの分と混ぜたらちょうどかも?



ということで、
できたものは瓶に入れて冷凍保存しました。

試しに1回目、お茶用のフィルターに入れて煮出してみましたが↓



うーん、祖母の味には何か足りない(;^_^A

量をケチったのがいけないのか、
あるいはもっと細かく挽くべきなのか、
はたまたおじゃこの種類からして昔と違っているのか❓❓❓


まだまだ試行錯誤が続きそうです(;^_^A
コメント

母の大皿

2018-04-15 10:02:30 | 食器
中華炒めを入れている大皿、
こないだ実家からもらって来ました。



物心ついた頃から、
普通サイズのケーキ皿から、大皿、長丸のお皿、茶碗蒸しの容器などまで、
家にはこのカトレア柄の食器がたくさんあり、
なんでうちにはこの同じお皿ばかりあるんだろう、と子供心に思ったものです。
子どもの目には、あまり楽しくない絵柄のお皿でした;^_^A

後から聞けば母が結婚したての時、
高くて躊躇しながらローンで揃えた、当時の豪華ホームセットというべきもの?だったのだそうです。


先日ふと思い立ってネットで調べてみたら、
同じカトレア柄の懐かしいカップなどがオークションに出ていたりしました。
これを作ったのは、長崎の波佐見焼の光和陶器というメーカーさんで、今でも健在のよう。

私は食器には思い入れがある方です;^_^A
コメント

非常勤で働く理由

2018-04-10 10:15:22 | その他

このgooブログを登録して、かれこれ10年になりました。
実際に活用しだしたのはここ2年ほどですが。

見渡すと、圧倒的に食べ物の記録が多いです(;^_^A

本当はもっと、書きたい、書くべき?核心部分があるのかも?
いや、あるからこそ食べ物の話に止まっているのでしょう。(←謎⁉︎)


今日がおそらく、私の今年の春休み最終日です。
本格的な授業は明後日からで、明日はその準備等で出勤予定。
その前になぜ私が非常勤で働いているかを書いておくことにします。


<結婚→離婚→ワンオペ育児>

東京の大学を卒業して、予定外にUターン(げ、今の娘と同じです(^◇^;))、
地元の県立高校の後、自分の出身校である私立高校に、どちらも正教員として勤めていました。
同郷の同級生と結婚後、割合すぐに長男誕生。
直後に(元)夫の転勤が決まり、泣く泣く退職して同行。
その後数年はほぼ1年ごとの転勤生活でした。
息子と2歳違いで娘も生まれていました。
知らない土地で正規で働いている場合ではありませんでした;^_^A
とりあえず、スキルを落とさないためのボランティア、個人指導、在宅翻訳は続けていて、
土地によっては非常勤で公立高校や予備校に勤めた年もありました。

その後同じく(元)夫の転勤で、本当に「たまたま」地元に舞い戻って来たのでしたが、この間いろいろあって離婚。
その前後は、それこそ「それどころじゃなかった」ために、ちょうど仕事を辞めていた時でした。

たまたまご縁があり、今の私立学校に非常勤講師として勤めるようになりました。

まだ子供が二人とも小学生で、
職場の遠い私が子供より先に出勤したあと、
「おかーさーん、家の鍵がなーい(/ _ ; )」と電話がかかって来たりして、仕方がないのでそのまま無施錠で登校させたあと、片道(当時は)40分くらいの道を、授業の空き時間に一旦家まで帰って来なければならない、とか(~_~;)
とにかく、小学生2人(息子は男の子で抜けている、娘は年の割にしっかり者だけれど所詮小学生、とか。)ではまだまだ、自分たちの生活や安全が管理できない頃でした。

とにかく、「自分の身ひとつ」しかなくて子育てする、あるいは、「家の中に大人は自分一人しかいない」という状況は、やった人でなくてはなかなかわからないと思います。
外に出て生活費を得るのも、家事全般をするのも自分なのに加えて、
夜遅くなった時、大雨の日、子供の時間に合わせて送り迎えをするのも自分。
もちろん、子供の学校絡み、習い事絡み、友だち絡み、その親絡みのあれこれ。
特に子供がまだ小学生だった頃は、
「身ひとつ」という言葉の意味を、ひょっとしたらその本来の意味以上に感じていたかもしれない時期。

職場には、私と同年代では、パソコンがどうも苦手、とか、インターネットのことともなると用語からしてちんぷんかんぷんで、そういうことは他人に丸投げで業務に支障を来している人(主に男性)などもいますが、もし家に、自分一人しか大人がいなかった時のことを考えてみてほしい!
四の五の言わず、なんだかんだ人に教えを請いながらも、一家のためには自分が何とかするしかないこともある、と(;^_^A
事務的なこと、労力的なことを含めて、生活する中には子供では不可能なことが現実問題存在します。

この間、常勤での勤務のお話もありましたが、出身県とは言え、実家までは車で2時間。
ほぼ一人での子育て(今は「ワンオペ育児」という言葉もできたけど;^_^A)では非常勤が精一杯でした。



<時給だけ考えればやや恵まれている>

幸い私たちの仕事は、資格を持って働いているので時間当たりの報酬は高いです。
それで何とか私もやって来られた部分が大きいです。

ただし、それはあくまで「授業1コマ」あたりの値段なのであって、
どれほど前後の移動時間や途中の空き時間があろうと、授業準備に時間と労力(あるいは情熱)を費やそうと、それが考慮されることはありません。
教材研究も前後の準備もいるし、もちろん他の人との兼ね合いもあるので、毎日連続6時間目までフルに授業を入れるなどというのも不可能です。

大学時代の友人には、自分の勉強を続けるためにも、未だに大学での非常勤という立場に甘んじている人も多いです。
が、話に聞くと大学教員とは言え、この問題はさほど違わないようです。
(しかも、特に都会の大学だと、非常勤では複数の大学をかけもちするのを余儀なくされ、間の電車での移動時間と労力、費用も甚大で、生活を成り立たせるのもかなり大変だそうです。)

教員というのは、概して全てがこの「授業時間」でカウントされるがために、非常勤だと年金や健康保険の対象として考慮されにくい、という別問題もあります。

私の大学の恩師は、もし今ご存命なら、この迷走している大学入試改革に、何としてでも声を上げられたであろう方です。
日本の学校英語教育の質の向上のためには、
(常勤だとしても)「英語教師に週12時間以上の授業を持たせるな」(土曜も授業日であった頃の話)と、
授業の質を担保するための英語教員の待遇改善を随所で訴えておいででした。

これを言うのは、他教科の先生方の手前少々(実際にはかなり)憚られるのですが、
「英語は他の教科とは違って外国語である。母語の日本語でない以上、教師には特別なスキルと労力が余分に求められる」というのがその趣旨でした。

時間数の差は別にして、他の教科でも、本質は同じであるはずなのです。
今言われている教員の過重労働の問題。
個人の時間を不当に拘束されて、なおかつ質の高い教育を求められるのには、
物理的にも精神的にも当然限界があるでしょう。
たとえそこに相応の対価が支払われたとしても、機械でない人間に、その人の活動時間のほとんどを「常に均質の理想的な教員である状態」を保って生きろというのは無理な話だと思います。


<価値観の問題>

そんなこんなで、非常勤で働くことと他のいろいろとを秤にかけた場合、私の場合、少なくとも二人の子供が社会に出る昨年までは、
今の非常勤という立場が最善だった、ということができます。

もちろん、フルタイムで働きながら一人で子供を育てている教員、英語教員も世間にはいるわけで、それを考えると自分の考えは甘いんではないか、と思うこともしばしばでした。
ところが、半年くらい前?、あるテレビ番組で、人知れず病気で仕事ができなくなっていたというある芸能人(俳優さんだったか、芸人さんだったか?)のことが紹介された時、出演していたその人の奥さんの話にハッとした私でした。

ご主人であるその俳優さん?が働けなくなり、収入が途絶えた時、教員であったその奥さんが選んだ道は、
退職して非常勤となり、収入はさらに減ったものの、できた時間を家族と過ごすのに充てた、というものでした。

「家族と過ごす時間に充てる」で済ませるのは、非常にテレビ的だなと思いました。
実際には、ご主人が働けない分の収入は自分が外に出て得なければならない、
家では子供たちおよび病気のご主人の世話という、ただ「家族と長い時間一緒にいる」というだけではない、
細々とした日常生活とのせめぎ合い、疲労や葛藤の連続という現実があったはずです。

それでもその奥さんが非常勤という立場を取れたのは、
上に言ったように1時間当たりの単価(だけ)は、一般的に考えられるいわゆる「パート」よりは良い(のであろう;^_^A)、という、私と同じ状況もあるにはあったのだろうと推測できました。

結局のところ、経済面、心情面全てを含めて「生活の質」や「満足」をどういうところに求めるか、という、個人の価値観や理想の問題にもなると思うのですが、
個人的には、初めてテレビで見ただけのその芸能人の奥さんにとても親近感を覚えた次第です。


<高齢の親の問題>

私の場合は子育てと同時進行で、実家の親のこともあるにはあります。
まだ介護が必要とまでは行かないけれど、
地方都市のそのまた不便な土地で、車にも乗れず、ほぼ「買い物難民」状態で生活している母と、子供の時の怪我が元で脚の不自由な伯母。
(この伯母のおかげで、私は高校から実家を離れて都市部の進学校に通えました。)
いろいろ考えたら(それに、さらにこの先のことを考えたら)、やっぱりフルタイムで勤務先に拘束されるのは、私の場合考えものです。


<理解されないこと、など>

しかし時として同じ職場の同僚でさえも、
「非常勤講師はさっさと帰れてヒマ」、「大した仕事をしていない」と考えている場合があります。
「能力的に劣るために非常勤」であるとか、特に女であると「主婦が片手間にやっている」と思われているフシさえも。

経験のない若い教員、男性教員にそういう態度の人が多くいたりしますが、
これは学校に限らず、たぶん日本の社会全体の問題でしょう。

非常勤だから校務分掌もないし、学校行事にも参加する必要もないのは事実です。
(むしろ私の現職場では、非常勤講師が学校行事に参加すると、余分にその時間給を請求されるのではないかとーかつてそういうヒトがいたらしいー、授業以外の生徒の姿を見る良い機会である文化祭などの行事にさえ、講師が来るのを好まない風潮さえあります。)

しかし、非常勤だからこそ(人によってはその他の職場とかけもちしているわけであるし)、当然その時間の前後にしか出勤しない、いられない、というのは厳然たる事実であるわけです。
その中で教材の準備などを急いでやっているのに、ほかの時間にでもできる常勤の教員が共用のパソコンや印刷機を長時間占領してるせいで仕事ができない(それで勤務時間が延びようが、余分な時給は発生しませんよ)、とか。
まあこれは、問題の中では些細な部類です;^_^A

概して、学校が特に生徒集めの売りにするために招聘している、特別な講師や部活顧問など「以外」の普通の教科の非常勤講師は、
特に「生徒のため」を「標榜」しているようなクラス担任などからは低く見られていることが多いと思いますが、
これもまた、学校に限らず、日本の社会全体、あるいは、ある意味人間の本質の問題なのでしょう。



長くなりましたが、
私が非常勤で長く働いている理由は、だいたい上記のようなところです。

料理は嫌いではありませんが、現在の私の生活の中でそれが占めている割合は、せいぜい3割、といったところでしょうか。

それにもかかわらず、食べ物の話題がこのブログの大半を占めている理由は、
職場のことはいろいろな都合上書けないことも多いというのもあるし、
はじめにに言ったように核心を避けるとだいたいその辺に落ち着く、
というのが事実に近い気がしています(;^_^A

コメント

スイスチャードのごま和え

2018-04-09 14:25:09 | 料理レシピ・保存食の記録
先日「認知症予防イタリアン鍋」に使ったスイスチャード。



レタスのような使い方かと思いきや、
どうもほうれん草に近いらしい。

サラダ、煮込み料理の他に和え物でも良いそうなので、半分残ったものをごま和えにしてみました(^_^)

さっとお湯に通すと、
やはり茎の鮮やかさは少し退色しますが、こんな感じ↓



今日は、練りごまとすりゴマの両方が実家にあったので、
両方を少しずつ使ってコクを追求しました(^。^)↓




クセもなくて本当にほうれん草か小松菜のような感じ。
ほんのり残った色もおしゃれでなかなか良さそうです(^o^)
コメント

たけのこ❗️

2018-04-09 14:03:39 | 旬の味・季節の花や鳥
実家にて。
親戚の人が、皮ごと茹でた掘り立てたけのこをくれましたーーヽ(;▽;)ノ

皮をはいだところ↓



そして、
私の午前中がにわかに忙しくなり、
部位別?に下処理をして↓



そして、しっかり自分の家にも持って帰る態勢(;^_^A



もちろん、一番素晴らしい部位を母たちの夕ご飯用に、うちの定番卵とじにしました(^_^)



しばらくはたけのこ三昧だ(^o^)
コメント

釜揚げちりめんならぬ…

2018-04-08 18:42:17 | 旬の味・季節の花や鳥
季節のものかどうかわかりませんが、
釜揚げちりめんならぬ、「釜揚げサバ子」;^_^A



7〜8センチくらいの食べ頃サイズ。
か〜いいです(^_^)
オーブントースターでさっと炙ったら、
うちの高齢者でも大丈夫な柔らかさでした!

新鮮キラキラ過ぎて、
アルミホイルと区別が…(;^_^A


コメント

初物の蕗

2018-04-04 19:20:43 | 旬の味・季節の花や鳥


初物の蕗を買いました。

例年なら無尽に生えている叔母の家からもらって来るのですが、
このところ叔母とは予定が合わなくて、久しく行っていない。

直販店で、1束残っているのを見て即買いしました(^o^)

まずは、蕗と絹厚揚げの煮物。



残りをちらし寿司にするべく取り置いてあります。

たけのこ、蕗…

人間が特に何もしなくても季節は巡って、
また心躍る春の食卓に近づいて来ました(^o^)
コメント