「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.353 ★ 台湾・頼清徳の総統就任演説がすごかった!中国を激怒させた    「新二国論」、日本や米国に台湾の民主主義を守る覚悟は

2024年05月25日 | 日記

JBpress (福島 香織:ジャーナリスト)

2024年5月24日

5月20日、台湾で頼清徳氏が総統に就任、「独立国家」としての立場を明確に主張した(写真:AP/アフロ)

 台湾の頼清徳新総統の就任式が5月20日行われた。蔡英文政権路線の継承をうたっていた頼清徳総統だが、その就任演説は予想を上回る頼清徳節を打ち出し、台湾が頼清徳新時代に入ったことを鮮烈に印象付けるものだった。

 だが、それだけに中国の怒りも相当なもので、「必須懲戒」(必ず懲罰する)と息巻き、23日にはすでに「懲罰的軍事演習」を開始している。就任演説を読み解きながら頼清徳新時代の台湾の行方と中国の今後の出方を考えてみたい。

 頼清徳は選挙戦では蔡英文政権の現状維持路線を継承することを強調していた。2017年9月、行政院長(首相)の立場で、「私は実務的な台湾独立工作者だ」と述べており、台湾を独立した主権国家として国際的に承認を求めたいという本音を秘めていることは周知の事実だ。

 ただ、バイデン米政権は台湾の独立不支持、「一つの中国原則」に対する支持を繰り返し公言し、頼清徳の独立志向を警戒しているとも言われている。そのため中国との対立が先鋭化するのを避けたいという本音を垣間見せるバイデン政権に配慮するのであれば、中国を刺激しないようにトーンを押さえた表現の就任演説になるのではないか、という予測もあった。

 民進党が政権を奪還した2016年5月の蔡英文総統の就任演説では「一つの中国原則」や「92年コンセンサス」への言及を避け、中国側の要求を完全に拒否も容認もしない比較的無難な表現にとどめている。

 だが蓋を開けてみれば、そうした慎重論の予測は完全に外れた。頼清徳総統就任演説は、「一つの中国原則」「92年コンセンサス」への言及こそなかったが、国家という言葉を35回繰り返し、台湾が中国と互いに隷属しない主権国家であるという「新二国論」ともいうべきロジックを打ち出していた。

台中関係は「現状維持」だが「独立国家」主張

 頼清徳演説の主旋律は「卑屈でもなく、傲慢でもなく現状維持」。この卑屈でも傲慢でもなく、という意味は、「台湾を国際社会に尊敬される壮大な国家にする」という頼清徳の志をごまかすことなく表明する、ということだろう。

 中国におもねり妥協して、「現状維持」を頼むのではなく、対等な国家同士の立場での現状維持こそが双方にとってもっとも利益になるのだという主張だ。中国に対しては「中華民国の存在という事実を直視し、台湾人民の選択を尊重せよ」と直截(ちょくせつ)に呼びかけた。

 さらに頼演説の新鮮さは、中華民国や中華民国憲法に対する民進党政権の新たな解釈を示した点にある。

台湾の蔡英文前総統(写真:ロイター/アフロ)

 2016年の蔡英文総統就任演説は、できるだけ中華民国という言葉を使いたくないという意図が見えていた。中華民国は国民党によって中国で誕生した国家であり、国共内戦の敗北によって中国大陸から台湾に逃げてきた。民進党は発足当初、中華民国を外来政権とみて抵抗していた。だから最初の民進党政権、陳水扁政権は「台湾正名運動」を推進したのだ。

 一方、中国とは中華民国のことであり、中華民国が唯一の中国であるというのが国民党の立場で、蔣介石存命中は、共産党政権に支配された大陸地区を奪還するという「大陸反攻」の夢があった。中華民国憲法はいまだに、中華民国の主権範囲を今の中国を含む領土に想定している。

 こうしたことから、民進党総統が中華民国総統を名乗ることは、若干の矛盾や居心地の悪さを感じるものだった。同時に、民進党が国名や憲法を変えようとする行為は、台湾海峡の現状を一方的に変更するものとして米国ら西側国際社会からも警戒されていた。

 民進党総統の就任演説では、この中華民国の国名や憲法、一つの中国原則、国民党と共産党の間で非公式に合意した92年コンセンサス(一つの中国原則を堅持するが、その意味はそれぞれが表明する=事実上の統一綱領の確認)についてどのように言及するかが毎回の注目点だった。

新たな憲法解釈を持ち込む

 頼清徳は、文章にして5000字あまりの演説の中で中華民国という国名を9回、中華民国台湾という呼び方を3回繰り返した。

「中華民国憲法によれば、中華民国の主権は国民全体に属し、中華民国の国籍を有する者は中華民国の国民です。このことからもわかるように、中華民国と中華人民共和国はお互いに隷属しないのです」と中華民国と中華人民共和国が別の国家であるとする根拠に中華民国憲法を持ち出した。

 また「国民は、民族に関係なく、誰が先に来たかに関係なく、台湾アイデンティティを持つ限り、この国家の主人です。 中華民国であろうと、中華民国台湾であろうと、台湾であろうと、みな、私たち自身と国際社会の友人たちが私たちの国を呼ぶ名称です」と、国の正名問題もないことにしてしまった。

2024年4月、国民党の馬英九前台湾総統は中国を訪問し習近平国家主席と会談した(写真:新華社/アフロ)

 さらに台湾の始まりを中華民国ができるはるか以前の1624年のオランダの台南上陸にさかのぼって語った。台南は頼清徳が市長として行政経験を積んだ都市であり、今年はオランダ台南上陸400周年。就任式の祝賀の宴はその台南で開かれた。

 これは中華民国や中華民国憲法を民進党が解釈し直して受け入れたともいえる。とすれば、国名や憲法を大急ぎで変更する必要もなく、現状維持のまま、独立国家であるという主張が矛盾なくできよう。

 中華民国=国民党という図式はすでに完全に崩れているのだ。さらに国民党に対しては強い牽制をかけた。

「台湾併合」など中国の脅威を明確に指摘

 目下の国民党、民進党、民衆党の3党いずれも過半数を取れていない立法院では、国会の権力拡大を目指す国会改革法案提出にともなう混乱で病院送りにされた委員までいる状況だ。こうした野党の非協力ぶりを念頭に、「国家の利益は政党の利益よりも優先される」と訴えた。

 また国民党立法委員団が中国の招きで訪中し、政府の方針と整合性の取れていない議員外交を中国と行おうとしている状況がある。こうした状況を踏まえてだろう、頼清徳は「誰もが団結し、国家を愛護する必要があります。どの政党も、併合に反対し、主権を守るべきであり、政治権力のために国家主権を犠牲にしてはなりません」と強く釘をさした。

頼清徳氏の総統就任前日、抗議デモを展開する第3党の民衆党支持者ら(写真:ロイター/アフロ)

 中国習近平政権は、国民党取り込みによって行政院(内閣)と立法院(国会)の対立をあおり、世論を分断して台湾政治を混乱させようとしている。このままでは中華民国を作った国民党は、中華民国を中国に売り渡す売国政党のそしりを受けかねない、というわけだ。

 そして中国の脅威を明確に大胆に指摘した。

「私たちは平和を追求するという理想を持っていますが、幻想を抱くことはできません。中国はまだ台湾を侵略するための武力行使を放棄していないため、中国の提案を全面的に受け入れ、主権を放棄したとしても、中国による台湾併合の試みはなくならないことを理解すべきでしょう」「世界の民主主義国と肩を並べて共通の平和共同体を形成し、抑止力による平和と戦争回避を実現しなければなりません」とはっきりと語った。

 ほかにも台湾が第一列島戦の地政学的に重要な場所に位置することや、半導体やAI産業のグローバルサプライチェーンにおける圧倒的優位性があることをあげて、台湾が国際社会に必要とされている国家であることを強調。さらに台湾企業を世界に進出して、台湾を経済において「日の沈まぬ国」にするといった目標を打ち出した。

 そうして「民主台湾は世界の光」「民主台湾は世界平和のかじ取り役」「台湾は世界を必要とし、世界は台湾を必要としています」と述べた。

中国は「(台湾は)外国勢力の捨て駒」と猛反発

 2016年の蔡英文の演説がリベラルでバランスが取れていたと評するなら、今回の頼清徳の演説はナショナリズムとパトリオティズムが基調にある。読み取り方によっては、私たち民主義陣営国家に対して、台湾の国家承認を迫るようなニュアンスを感じるかもしれない。少なくとも、中国の脅威が眼前に迫る中で、「台湾を見捨てることはできまい」という覚悟を問われた気もする。

 当然、中国の反応は強烈だ。中国国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官は21日夜、頼清徳総統の就任演説についてこう述べている。

「徹頭徹尾、台湾独立派の自白だ」

 頼清徳総統のことを「台湾地区の指導者」と匿名呼びし「敵意と挑発、ウソと欺瞞に満ちている。台湾独立の立場をさらに過激に危険を冒し、主権独立、両岸は互いに隷属しない、台湾住民の自決など支離滅裂の間違いを語り、外部勢力の支援を乞うて、台湾問題の国際化を推進しようと画策し、外国に頼って独立を企んだり、武力で独立を謀ったりし続けている。これはいわゆる徹頭徹尾、台湾独立主義の自白だ。党内主流民意に背き、台湾海峡と地域の平和安定の破壊者だ」と強烈に批判した。

2024年1月に実施された台湾の軍事演習の様子(写真:AP/アフロ)

 さらに、「台湾は中国の不可分の一部であり、その前途は台湾同胞を含む14億の中国人民が共同で決定する」「中国の発展を牽制したい外部勢力のお先棒を担ぎ先兵となっているが、台湾問題は純粋に中国の内政で外国の干渉を許さない。…外国勢力に支援を求めても、しょせん、外国勢力にとっては駒に過ぎない。台湾独立派は袋小路で、外国に頼って台湾独立を企んでも、結果は最悪で、駒は必ず捨て駒になるのだ」と述べた。

 その上で、「民進党当局が外部勢力と結託して独立を行うならば、我々は必ず反撃し、必ず懲罰せねばならない。台湾地区指導者が反中抗中情緒を煽動して、武力で独立を企めば、それは台湾を熾烈な戦争の危険に追いやるだけで、広大な台湾同胞に深刻な災難をもたらすだろう」と恫喝した。そして「祖国完全統一は必ず実現する、実現できる」と締めくくった。

日本や米国など民主主義国家は台湾を守れるか

 果たして中国が予告どおり台湾に「懲罰」を与えにくるのかどうか。

 6月から11月にかけては中国解放軍の軍事演習シーズンであり、中国はすでに台湾を包囲するような「懲罰的軍事演習」を開始した。演習は2日間の予定だが、「連合利剣-2024A」と演習タイトルにAがラベリングされている。これは演習Bへの展開がありうるという意味でもあり、この種の懲罰的軍事演習が継続する可能性がある。

 解放軍の内実をいえば、昨年の大量の軍内粛清と財政難による兵士の給与削減などで解放軍の士気は決して高くない。習近平は今年の全人代でも海上闘争準備など、戦争を意識した指示を出しているが、実際、すぐさま戦争できる状況ではないだろう。

 米シンクタンクの戦争研究所(ISW)は「非戦争脅迫アクション」といういわゆる「グレーゾーンの脅迫」によって頼清徳政権下の台湾を脅し、その世論を揺さぶる可能性などを指摘している。

 金門島など住民が比較的親中的な地域に対して、ロシアがクリミア半島に対して行ったような情報、政治、世論誘導などを取り混ぜたハイブリッド戦、武力統一と平和統一の中間のような形の侵略を仕掛けてくる可能性なども指摘されている。

 どちらにして頼清徳政権の4年間、台湾は中国の厳しい脅威に直面し続けることは確かだ。問われるのは、日本や米国ら民主主義陣営国家の台湾との関係性に対する覚悟だろう。日本人は、この頼清徳の鮮烈な演説の呼びかけにきちんと答えることできるだろうか。

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト。大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。

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