「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.625 ★ 習近平でも止められない中国経済の衰退 不動産不況で急増する“自己破産”と抗議運動 

2024年09月04日 | 日記

MONEY VOICE (勝又壽良)

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中国はかつて40年にわたる高い経済成長を誇っていたが、新型コロナウイルスのパンデミックを契機にその繁栄は急激に揺らぎ始めた。不動産バブルの崩壊により、市民生活は失業や住宅詐欺といった深刻な問題に直面し、抗議運動も増加。一方、習近平国家主席は経済危機を軽視し、消費刺激策を拒み続けている。このままでは中国経済の衰退は避けられないだろう。(『 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)

中国経済はコロナで一変

中国は、鄧小平による改革開放(1978年)によって、40余年もの間、高い経済成長率によって国民生活が改善してきた。国民へ選挙権は与えられなかったが、平均約10%の経済成長によって、生活を楽しむゆとりが持てた。海外旅行も活発であった。地球の至る所に中国人が足跡を示す時代を迎えた。

それが、2020年の新型コロナ発生によって局面は大転換した。それまでが「天国」とすれば、3年間のパンデミックによって「地獄」へ変わった。この劇的転換によって、中国経済を支えてきた景気の中身が不動産バブルであり、この「仮面の繁栄」は脆くも崩壊したのだ。

こうして経済環境が一変した。市民は、失業と賃下げリスクに怯えている。さらに悪夢と化したのは、住宅ローンを払い続けても住宅が手に入らない一種の「住宅詐欺」に遭遇する事態となったことだ。不動産開発企業が、資金繰り難で工事を続行できず放棄する羽目になった結果である。これが、市民の抗議活動を増加させている。

中国は、国民2人に1台の割で監視カメラが設置されているという。国民の抗議行動は、事前に抑制できるシステムが完備している。だが、不満と不平を抱える国民の悩みは、確実に抗議行動へ移っている。米人権団体フリーダムハウスの「中国反体制モニター」が集計したデータによれば、今年4~6月に記録された抗議件数は、前年同期比で18%も増えている。8月発表のリポートでは、大半が経済問題に関連した抗議だという。44%が労働に関連し、21%は不満を抱いている住宅所有者によるものだと指摘した。

抗議理由の「労働」は、失業や賃金未払いなどだ。「住宅」は、ローンを払い続けながら住宅が手に入らない問題であろう。中国政府は、こうした不満が政治不信へ拡大する事態になると、極めて厄介な問題になる。インフレが猛威を振るった1989年に、北京の天安門広場で民主化を求める学生らのデモ参加者が流血の弾圧を受けたからだ。こういう前例をみても、経済の不満と不安はいつか「大衆運動」へ点火するリスクを孕んでいる。

習氏は個人消費を軽視

習氏は、国民生活に直結する「個人消費刺激策」に対して消極的である。習氏の目には、国民生活への支援が「西欧流福祉主義」に映るようである。これは、中国国民から「革命精神」を奪う危機と捉えている。習氏は、共産党革命行動で最大危機であった長征(1934~35年)の1年間に及ぶ行軍が、最終的に革命を成功させた要因と位置づけている。この間に養われた「不撓不屈」の精神が、共産党革命を成功に導いたと信じているのだ。

習氏は、現在の経済危機が「長征」に匹敵するという理解である。ここで、経済的苦難に打ち勝って製造業を強化すれば、台湾侵攻が可能になる。さらに、米国との戦争を勝ち抜き世界覇権を握れるという遠大な夢に結びついている。こういう、毛沢東張りの大構想を描いている習氏にとって、現在の経済不振は「蚊に刺された」程度の認識であろう。中国経済の深刻さは、この習氏の経済観の間違いに原因がある。蚊に刺されたどころか、命に関わる事態がこれから待っている現実に気付かねばならないのだ。

不動産価格の下落は、新築住宅だけの話ではない。住宅資産価格全体の引き下げに通じる難題だ。住宅ローンの有無にかかわらず、全ての住宅評価に波及する問題である。こうして、住宅相場が下がれば資産価値全般が減って、自然と消費支出を減らす結果になる。習氏には、こういった価格波及過程が頭に浮かばないのであろう。市場機能を否定している習氏は、経済の連鎖反応を認めないのだ。

「自己破産」の困窮度

中国では現在、所得の伸びが鈍化し、失業が広がっている。こういう状況下で、持ち家の評価額が下がることで、「ネガティブ・エクイティー」といわれ状態が発生している。これは、ローンで購入した物件価格が急落して、ローン残高を下回るケースを指している。

この状態になると、無理して住宅ローンを返済することに疑問の念を抱かせるようになる。延滞することで、事実上の「自己破産」するのだ。中国にはまだ、自己破産の法律がなくローン延滞者には手厳しい経済的制裁が科されている。高速鉄道に乗車できないとか、人権無視の制裁である。それでも、経済的な困窮から脱したいという人々が存在する。

ネガティブ・エクイティーの恐怖は、銀行にも及んでいる。自己破産した物件は、競売に付せられる。その数は23年に過去最多を更新した。ブルームバーグがまとめたデータによれば、銀行は23年に247億元相当(約5,400億円)の住宅ローン不良債権を担保とする金融商品を発行した。これは、過去最高額とされる。

ローンの返済を怠った住宅所有者は、銀行が起こした訴訟に引きずり込まれ、自宅差し押さえの憂き目に遭う。持ち家は、最終的に20~30%程度の値引きで売却される。自己破産者は、前述のように非人間的な制裁を受けている。それだけに、なんとか自己破産しないように歯を食いしばって返済している状況だ。こうなると、稼得所得はまず住宅ローン返済に向けられ、余った金で生活する事態へ追い込まれる。生活を切り詰めるほかないのだ。

ブルームバーグのデータによると、中国の家計負債は2023年末時点で、1人当たり可処分所得の145%にも達している。過去最高水準を記録した。英国は126%で、米国が97%である。この状態で、中国の消費回復など期待する方が無理である。

さらに問題は、短期的に住宅相場の底入れが望めない点だ。習近平氏は、住宅問題に対する関心が薄く、政府補助金はひたすら製造業振興へ向けている。こうした状況では、今後も住宅価格の値下がりが続くであろう。

中国の家計は、すでに崩壊状況にある。中国社会は、家計資産の7割が不動産である。住宅価格が5%下落するごとに、19兆元(約380兆円)の住宅資産価値の消失になるとブルームバーグが試算している。これからもなお、30%の下落が予想されている。約2,300兆円が消える計算である。この状況で、中国の家計が保つだろうか。冷静に判断すれば、「不可能」という3文字が浮かぶはずだ。

ブルームバーグ・エコノミクスによれば、住宅セクターの経済におけるウエートは、26年までに中国GDPの約16%にまで縮小する可能性がある。それにより、アイルランドの人口に匹敵する約500万人が失業や収入減のリスクにさらされる恐れがあるとしている。『ブルームバーグ』(5月20日付)が報じた。

西側福祉主義を忌避

以上の記述によって、中国経済が不動産バブル崩壊によって最大の危機にあることが、実証されよう。習近平氏は、これにもかかわらず「イデオロギー」遵守に徹している。「中国式現代化」とは、中国が中国式社会主義によって「中華民族の復興」を目指すものである。習氏は、これから経済的な苦難が起ころうとお構いなく、共産主義路線を貫徹する姿勢を取っている。極めて危険な賭である。

中国のエコノミストや投資家らは、GDPを押し上げるべくもっと大胆な取り組みを中国政府に求めている。特に個人消費の喚起策として、必要なら新型コロナウイルス下で米国が導入した現金給付を実施すべきとしている。中国が、米国に近い消費者主導型の経済へ移行を加速させれば、成長が長期的に持続可能となる、とエコノミストらは指摘するのだ。

だが、習氏は先述の通り消費刺激策を「国家福祉主義」として否定する。一方で、習氏の唱える「共同富裕論」は、まさに福祉主義であろう。西側の「国家福祉主義」と、習氏の「共同富裕論」はどこが違うのか。

習氏の視点によれば違うようだ。欧米流の消費主導による経済成長に対し、習氏は根深い反対論を抱いている。中国政府の意思決定をよく知る複数の関係者は、そう指摘するという。習氏は、欧米流成長に浪費が多く、中国を世界有数の産業・技術大国に育てる自身の目標とは相いれないと考えているというのだ。

習氏はまた、中国が財政規律を守るべきだとの信念を持っている。中国が抱える債務総額が、対GDP比で300%を超えている現状では、習氏の指摘にも一理がある。この結果、米国や欧州のような景気刺激策や福祉政策を導入することは考えにくい、と中国政府関係者は指摘する。『ウォール・ストリート・ジャーナル』(23年8月31日付)が報じた。

習氏は、計画経済である社会主義が、合理的な政策決定を行うのに対して、市場経済である資本主義経済は無駄な支出を行っていると規定している。これは、習氏が共産主義というドグマに支配されていることを如実に表している。旧ソ連が崩壊した事実こそ、計画経済の非現実性を示している。この歴史的事実を、棚に上げているのだ。

高速鉄道が無用の長物

その無駄な一例として、高速鉄道建設を挙げれば十分であろう。

中国は、インフラ投資による経済成長の一環として高速鉄道建設に邁進している。国家鉄路局によると、中国国内で営業する鉄道路線は23年に15.9万キロと、過去5年で2割も増えている。このうち高速鉄道は同4.5万キロで、18年より1.6万キロも延びた。毎年のように、日本の新幹線の総営業距離に相当する路線を新規開設してきた計算だ。

これだけ急ピッチな建設であるから、最初から採算は度外視である。23年12月期業績は、営業総収入が1兆2000億元に対し純利益は33億元。純利益率は0.28%に過ぎない。負債総額は、6兆1282億元(約125兆円)もある。年間純利益で返済すると1857年もかかる計算である。事実上、利益での返済は不可能だ。

日本の旧国鉄の累積赤字は、民営化直前の1987年に31兆2000億円であった。中国高速鉄道の累積赤字は、2022年末で122兆円である。旧国鉄赤字の3.9倍にも達している。今後の路線延長と人口減でさらに赤字は膨らみ続ける。その対策はゼロだ。日本は、赤字脱却策として国鉄民営化(JR)へ踏みきった。市場原理の導入である。現在のJRは、健全経営に向っている。

中国が、高速鉄道経営で失敗した例をもう1つ挙げておこう。

路線拡大を優先し、駅の設置計画が極めてずさんな計画であった。駅を開設したものの未使用や、使用率が低くてすぐに閉鎖した駅があるのだ。これは、事前調査が不十分で、ただ路線を拡大すれば目的を果すという適例であろう。中国には同様に稼働していない高速鉄道駅が少なくとも26カ所あり、このうち8カ所は完成から一度も使われないまま放置されているという。

中国では、人口急減という鉄道経営の根幹に関わる事態がこれから発生する。国連が2年に一度推計する各国人口によれば、中国人口は激減する。2024年をベースにして、2054年は14%減に。2100年は、実に55%減になる。超高齢社会では、高齢者の鉄道利用率が減る。中国自慢の高速鉄道は、「空気を運ぶ箱」に一変するのだ。これは、中国がいかに合理的な経済計算を行っていないかを示す適例である。

中国は、習氏の描く「中国式現代化」によって、過剰債務を解決できず逆に増えるという最悪事態が想像できる。これを回避するには、市場経済中心の「民進国退」へ戻るしか道はない。だが、習氏が国家主席にとどまる限りその可能性はゼロである。先の「3中全会」で「中国式現代化」を承認した以上、路線変更は不可能である。中国経済の将来は、衰退局面を早めるだけであろう。共産党政権を守るための犠牲である。

勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。

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