DIAMOND online (真壁昭夫:多摩大学特別招聘教授)
2024年9月3日
写真はイメージです Photo:PIXTA
中国の不動産価格下落に歯止めがかからない。かつて中国の不動産投資はGDPの約29%に達した。鉄鋼やセメント、建設機械や家電、自動車などの関連需要が増え、小売りや飲食、宿泊、交通などのサービス業も成長した。地方政府も潤い、まさに不動産を中心に経済が好循環していた。しかし、今はそれが逆回転している状況だ。政府は国有・国営企業に補助金を出し、低価格のモノを大量生産して景気回復を試みている。が、中国宝武鋼鉄集団のトップは、「リーマンショック時よりも状況は厳しい」という。中国にまず必要な政策とは何か。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)
中国の不動産バブル崩壊は 過去30年間で世界最大
2020年8月、中国政府の不動産開発会社の借り入れ規制(3つのレッドライン)をきっかけに、中国の不動産市場に変調が発生した。そこから4年が経過したが、不動産価格の下落になかなか歯止めがかからない。7月にも新築の住宅価格が下落し、地方政府の財政悪化に対する懸念が高まっている。
最近、国際通貨基金(IMF)は、「中国の不動産バブル崩壊は、過去30年間で世界最大レベル」と指摘した。中国の大手デベロッパー恒大集団(エバーグランデ・グループ)の粉飾決算問題もあり、今のところ、不動産関連の債務規模の実体すらよく見えない。中国経済の停滞への懸念から、中国から脱出する個人や企業が増えている。
中国政府の政策も、人々の安心感を取り戻すには至っていない。不動産価格の下落に歯止めがかからないため、家計の節約志向は高まり個人消費は伸び悩み気味だ。また、政府が国有・国営企業の業容拡大を優先する結果、鉄鋼業界などの主要分野で価格下落に拍車がかかっている。
中長期的に、中国の人口は減少する。民間企業の生産性が向上しないと、中国経済の実力=潜在成長率は低下する。不良債権処理の先送り、国有企業重視の政策方針が変わらないと、不動産市況の悪化は鮮明化しデフレ圧力が高まることも考えられる。
かつて不動産投資はGDPの3割に達したが…下落が続く中国の不動産市場
8月15日、中国の国家統計局は不動産関連の経済指標を発表した。主要70都市の新築住宅価格は、単純平均で前月比0.6%、中古住宅価格は前月比0.8%下落した。不動産価格は下落傾向を脱していない。
23年1月にゼロコロナ政策が終了した後、一時的に、不動産市況も幾分か上向くかに思われた。しかし、政府の融資規制でエバーグランデや碧桂園控股(カントリー・ガーデン・ホールディングス)などの大手デベロッパーの業績は悪化。それに伴い、未完成のまま放置されるマンションは増えた。23年6月から新築住宅価格は下落傾向で、7月は主要70都市のうち66都市で前月から下落した。
地方だけでなく、北京、上海、広州、深センなどの都市部でも住宅市場は悪化傾向にあるようだ。都市の規模が小さいほど、価格下落率は高い。中国の不動産市場では価格下落に対する恐怖感が高まり、不動産購入に消極的なスタンスが続いている。
1~7月の累計で、不動産開発投資は前年同期比10.2%減少した。同じ期間、新築不動産の販売面積は同18.6%減少し、新規着工は前年比23.2%減だった(販売、着工とも床面積ベース)。デベロッパーは債務の返済や住宅の完成に向けて資金調達を急がなければならないが、資金調達額は21.3%減少している。状況はかなり厳しい。
過去のピーク時、中国の不動産投資はGDPの約29%に達したとの試算もあった。マンションなどへの不動産投資が増加したことで鉄鋼やセメント、建設機械や家電、自動車などの需要は増え、インフラ関連の投資を増やすこともできた。それに伴い、小売りや飲食、宿泊、交通などのサービス業も成長し、雇用・所得機会が向上した。地方政府はデベロッパーに土地の利用権を譲渡して歳入を確保し、産業補助金なども確保することが可能になった。まさに、不動産投資を中心に経済が好循環していた。
若年層を中心に雇用環境は悪化 16~24歳の失業率は17.1%に上昇
しかし、不動産投資に依存した経済成長は限界に来ている。マンション建設など投資機会の減少により、需要は縮小気味だ。特に、深刻なのは若年層の失業である。
23年6月、16~24歳の失業率は21.3%で過去最悪の水準に上昇した。その後、国家統計局は調査手法を修正するとして公表を一時停止し、24年1月から再開した。7月、16~24歳(学生を除く)の失業率は17.1%だった。6月の13.2%から3.9ポイントの上昇である。
中国では例年6月に大学生が卒業する。今年は4月中旬時点で新卒大学生の内定獲得割合が50%を下回ったとの報道もあった。バブル崩壊の影響で新卒の就職が難しくなり、失業率は上昇したと考えられる。全体の失業率も5.2%で、6月から0.2ポイント上昇した。
19年の中国人民銀行の調査によると、中国の家計が保有する資産の59.1%は不動産だった。マンションの価格下落に加え、上海総合指数など本土の株価も不安定な展開だ。逆資産効果は高まらざるを得ない。しかも中国では、不動産の完成前に売買契約を結び住宅ローンの返済が始まる「予約販売」方式が多い。購入したマンションが未完成で放置されてもローンの支払いはなくならない。
債務を減らすために、消費や投資を減らす個人が増加し、個人消費は停滞気味だ。7月の個人消費は前年同月比2.7%増だったが、コロナ禍が発生する直前の水準(7%前後)と比較すると、消費の勢いは弱い。
需要の停滞は企業の設備投資の減少につながり、固定資産投資も鈍化した。度重なる金融緩和にもかかわらず7月の新規人民元建て銀行融資は前月比約88%減少し、15年ぶりの水準に落ち込んだ。
現在、中国政府は、市中の商業銀行に不動産や国有企業などに対する融資を増やすよう指導している。しかし、不動産市場の底が見えないため、民間企業は人員採用や設備投資を増やすことが難しい。若年層を中心に中国の雇用・所得環境の悪化懸念は高まっている。
中国宝武鋼鉄集団のトップ発言 「リーマンショック時よりも状況は厳しい」
不動産価格の下落に歯止めがかからないため、最近では国債を選好する投資家が増えている。中国政府は、銀行に国債購入を控えるよう呼びかけているものの、今のところ目立った効果は出ていない。
今後は地方政府の財政悪化により、年金や医療などの給付が減る可能性も大変な懸念事項だ。また、デベロッパーが破綻することへの懸念を反映し、不良債権も増加傾向で推移するはずだ。個人、企業のリスクテイクは難しくなり、銀行の利ざや低下に対するプレッシャーが高まると予想される。
バブルが崩壊したことによる不良債権の増加、さまざまなモノやサービスの需要減少が連鎖する環境下、金融緩和で景気の本格的な回復を目指すことは難しい。中国にとって必要な政策は、まず、財政出動によって不良債権の処理にめどをつけることである。それと同時に、財政支出で経済全体に需要を喚起する。債務問題が深刻な金融機関などに公的資金を注入し、経営再建を支えることが必要だ。
ところが、現在の中国政府は、供給サイドの支援を最優先事項に据えているようだ。7月の「3中全会」(中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議)で、政府は国有・国営企業の世界シェア拡大を目指す「国進民退」を改めて示した。
その後、地方政府の債券発行枠も増やした。鉄鋼、電気自動車、車載用バッテリーなどの分野に補助金を出し、低価格のモノを生産し輸出競争力を高める方針だ。
しかし、すでに鉄鋼業界では生産能力が過剰で、企業の収益状況が悪化しているようだ。世界最大手の国有企業の中国宝武鋼鉄集団のトップは、「リーマンショック時よりも状況は厳しい」との認識を示している。不動産市況の下落が続く間、中国の本格的な景気回復へのプロセスは見えてこない。
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