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自動車学

クルマを楽しみ、考え、問題を提起する

水平対向エンジンの話 その2

2012-02-27 03:36:54 | その他
 前回では水平対向エンジンの利点としてクランク回りの剛性が高いこと、クランクシャフトが軽量であるがゆえに吹け上がりがシャープであること、そしてエンジン自体も軽量でなおかつ耐久性が高いことなどを紹介した。剛性が高くて、軽量。おまけにピストンの往復運動によって発生する一次振動や、その二倍の周期で発生する二次振動が水平対向エンジンでは発生しない。考えてみればこれほど飛行機に適しているエンジンも他にはなく、実際に軽飛行機のほとんどが水平対向エンジンを載せている。富士重工業もかつてはエアロスバルという軽飛行機を製造していたのだが、このエアロスバルのエンジンは自社製ではなくライカミング社製の航空機用水平対向エンジンを載せていた。

 そんな水平対向エンジンだが、欠点もある。汎用性が無いこと、製造コストがかかること、オイル潤滑が難しいことなどがそうだ。
 ごく普通の直列エンジンやV型エンジンは縦にも横にも載せられる。つまりFFにもFRにも使える高い汎用性があるのだ。残念ながら水平対向エンジンではこうはいかない。さらに、その幅の広さからボディ設計にも様々な制約が生じてしまうのである。例えばスバルのクルマはみなフロントサスペンションがストラット方式になっているのだが、これはエンジンの横幅が広いためにスペースが制約されるためだ。ダブルウィッシュボーン方式やマルチリンク方式が採用できないのである。このためスバルでは独特な形状のロアアームや倒立のビルシュタインダンパーの採用など、あの手この手を使ってストラットサスペンションの性能向上を図っている。そしてシャシー自体も横幅の広いエンジンを考慮して、水平対向エンジン専用のシャシーを開発しなければならない。水平対向エンジンは極めて汎用性が乏しく、しかも車体設計者泣かせのエンジンなのである。これに対してV6エンジン、例えばトヨタの2GRというエンジンは下はFFのブレイドというカローラのハッチバック版からはじまり、上はFRのクラウンやレクサスのGSにまであらゆるクルマに載せられている。まさに自由自在のエンジンだ。スバルは自ら選んだ道とはいえ、うらやましく思うこともあるだろう。現在、水平対向エンジンが少数派となってしまった主たる要因はこの汎用性の無さにあるのである。
 製造コストがかかることも水平対向エンジンが姿を消していった要因のひとつである。早い話、作るのが面倒くさいのだ。例えば直列エンジンやV型エンジンはエンジンブロックの下からクランクシャフトが取り付け可能なのだが、水平対向エンジンではこうはいかない。左右のシリンダーブロックでクランクシャフトを挟み込むという手順が必要になる。クランクシャフト組み付けの時点でこの面倒くささ、である。さらにコンロッドの組み付けがまた面倒くさい。反対側のエンジンブロックが邪魔になるのである。このため最近のスバルは斜め割りのコンロッドを採用して組み付け作業がスピーディに行えるようにしている。ポルシェならばのんびりと組み付け作業ができるが、スバルのような量産車メーカーは時間との闘いである。
 オイル潤滑が難しいのはエンジンが水平だからだ。つまり普通のエンジンはオイルポンプがエンジンヘッドにオイルを送ってやれば、あとは地球の重力によってオイルは自然と下に落ちてくる。ところが水平対向エンジンでは水平であるがゆえにこう簡単にはいかない。きめ細かくオイルの流れをコントロールしなければならないのである。このオイル潤滑という点でも水平対向エンジンは製造コストがかかる。
 よくスバルの水平対向エンジンはすぐオイル漏れを起こすからボロい、耐久性が無いなどと言う人がいるが、はっきり言って笑える話だ。オイル漏れを起こすのはヘッドカバーである。これは水平であるがゆえにヘッドカバーの下側にオイルが溜まることによって起こる。その構造上しかたがないとも言えるのだが、そもそもヘッドカバーからのオイル漏れはトラブルのうちに入るのだろうか。ヘッドカバーのガスケットを交換すればいいだけの話がそんなに深刻なのだろうか。ヘッドカバーのガスケットなんてゴム製ならば部品代は500円くらいだろう。左右で1000円として、あとは工賃。僕はヘッドカバーのガスケット交換なんてことは人に頼んだことがないのでわからないが、恐らく工賃は一万円でおつりがくるはずである。こんな些細なことで耐久性うんぬんなどと言うくらいなら、クルマに乗るのはやめたほうがいい。ちなみに僕のレガシィのEZ30エンジンは走行距離がもうすぐ十万キロになるがオイル漏れは全く無い。

 ネットなどでスバルのクルマはメーカーがいうほど低重心ではないじゃないか、という意見を聞く。確かに驚くほど低くはない。しかし肝心なのは大きくて重いエンジンヘッドの位置である。この位置が直列エンジンやV型エンジンよりも低いということを忘れてはならない。直列エンジンやV型エンジンはエンジンヘッド付近という高い位置に重心があるのだ。これに対して水平対向エンジンはクランクシャフトに重心があるのだが、スバルのそれはエンジン自体が後傾に搭載されているために、フロント側のクランクシャフトの位置は重心よりも高くなる。一見すると重心が高く見えるのだが、実際はさらに下に位置しているのだ。フロント側のクランクシャフトの位置で重心を語るのは間違いである。
 もうひとつ、スバルのクルマはオーバーハンクにエンジンがあるのでフロントが重い、バランスが悪い、という意見も目にしたことがあった。こいつも笑える話である。エンジン横置きのクルマならエンジンはおろかトランスミッションもオーバーハンクに載せている。エンジン横置きのFFや4WDに比べれば、スバルの水平対向エンジンの位置などかわいいものである。例えば初期のランエボなどはクルマの頭が重くてひどいアンダーステアだった。これはエンジン、ミッションだけでなくターボやインタークーラーまでもがすべてオーバーハンクに位置しているからである。ランエボがモデルチェンジのたびにハイテクで武装してくる理由は、このフロントヘビーからくるアンダーステアを解消するためのものなのだ。

 あまり知られていないが、ホンダのバイクのフラッグシップであるゴールドウィングは1.8リッターの水平対向6気筒エンジンである。ホンダも水平対向エンジンが優れているという認識があるからこそフラッグシップのバイク用にあえて開発し、搭載しているのだろう。しかしそれを大々的にアピールしない。いやできないのだろう。もしアピールすれば、それは同時にスバルの水平対向エンジンの優位性をアピールしてしまうことにもなるからだ。そしてホンダに限らず、すべての自動車メーカー、バイクメーカーのエンジン技術者達はみな水平対向エンジンの優位性を認識しているはずである。その証拠にかつてはシトローエンもランチアもアルファ・ロメオも水平対向エンジンを作っていた。トヨタだってそうだ。しかし時代とともにメーカーの勝手な都合によって、あるいは合理化するうえで水平対向エンジンの欠点が問題視され、しだいに消えていってしまった。本当に残念である。

 日本人は昔から多数を善とし、少数は悪だと思い込む風潮がある。水平対向エンジンに対してはまさにこれで、少数というだけで根拠もなく思い込みによって自動的に『悪』だと誤解されている場合が多い。その証拠にネット上では水平対向エンジンに対する誹謗、中傷が今日も掲載され続けている。このことが僕には悲しくてたまらない。