ホンダの元気の無さが最近話題になっている。各自動車メーカーの2015年3月期の営業利益は円安などを背景に各社増益となっているのだが、唯一ホンダだけが4%の減益となった。マスコミはこの結果について、例のタカタ製エアバックのリコール問題が影響している、といったような解説をしているのだが、僕はそれだけが原因ではないと思う。現在のホンダの低迷、そして迷走は実はもっと前から水面下で始まっていた、と僕は感じている。
だいぶ前の話になるのだが、例の三菱自動車のリコール問題が発覚した頃、僕はある友人に「実は三菱自動車がそのうち問題を起こすことを予想していた」と言った。そして岡山の友達には以前から言っていた、と伝えたことがある。その時の友人は半信半疑に僕の言うことを聞き、「じゃあ、三菱の次に問題があるメーカーはどこ?」と僕に質問してきた。その質問に対して、僕は「もしかするとホンダかな」と答えたことがあった。それはクルマの仕事をしていた頃から、ホンダのクルマ作りに対してずっと疑問を持ち続けてきたからだった。
僕がクルマの仕事をしていたのはかれこれ二十年ほど前である。その当時のホンダ車は、どれもこれもみな衝撃的なほどボディがぐにゃぐにゃだった。それはホンダ車が他のメーカーのクルマとは明らかに違う、特異なボディ構造をしていたからだ。例えばフロント部分だが、通常、クルマのフロント部分の骨格というのはラジエーター下部にフロントクロスメンバー(第一メンバーとも言う)があり、ラジエーター上部にはコアサポート(ラジエーターサポートとも言う)がある。これらは通常であればボディにしっかりと溶接されていて、フロント部分のボディ剛性を確保するとともに、衝突時にはそのエネルギーを受け止める重要な役目を担っているわけだ。ところが当時のホンダ車は、このフロントクロスメンバーとコアサポートが極端に細く、しかも驚いたことに溶接ではなくなんと10ミリのボルト数本で固定されているだけだったのである。さらにフロントバンパーも、通常のクルマであれば表面のバンパーフェイスの内側にはホースメントと呼ばれる骨格が存在するのだが、当時のホンダ車はそれも無し。つまりPP製のバンパーフェイスをそのまま細いステー二本だけで、しかもこれまた10ミリのナットでボディに取り付けているだけ、という簡単なものだったのだ。能天気なことを言えば、これらは整備する側にとってみればとてもありがたい。なにしろ10ミリのボルトやナットをポンポンと外していくだけでフロント部分は全て外せてエンジンやミッションが簡単にむき出しになるのである。エンジン、ミッションの積み下ろしなどの作業も驚くほど楽チンだ。
しかし、ボディ剛性、そして特に衝突安全性の面から言えば、これほど恐ろしいクルマは無い。
その当時フロント事故を起こしたBA4、5型プレリュードを二、三台見たことがあったが、その特異なボディ構造のために事故の衝撃がフロント部分だけでは収まらない。つまりキャビン側、とくにフロア部分が事故の衝撃によって変形しやすく、なかにはフロアが裂けて室内から地面が見えてしまっているプレリュードもあった。ちなみにこれほどまでにボディの損傷が激しかったにもかかわらず、このプレリュードはエンジン、ミッションが全くの無傷だったことをよく覚えている。どうやらホンダはエンジン、ミッションの剛性にだけは相当なこだわりがあるらしい。
忘れられないのはEF型シビック3ドアである。ある日、知り合いのレッカー屋さんで雑談をしていた時に二台の事故車が運ばれてきた。この二台、聞いた話では高速道路の合流で事故を起こしてしまったのだそうだ。
まず最初に運ばれてきたクルマは二代目のフォルクスワーゲン・ゴルフの3ドア。高速道路の本線が混雑していて、合流時、前のクルマにこのゴルフが後ろから追突、という事故だったようだ。ただ追突とは言ってもそれほど激しい事故といった感じはなく、自走できる状態。フロント部分は確かに潰れてはいるのだが、フロントガラスも割れずに生きている。僕はそれを見てレッカー屋の社長さんに、「仕事が来た!」とのんきなことを言って笑っていた。そこの会社はレッカー業とともに鈑金業もしていたのである。
ところが、次に運ばれてきた追突された側のシビックは衝撃的な姿だった。後ろが無残に潰れて全長が3分の2ほどになってしまっている。フロアとルーフはグシャグシャになり、おまけになんとスペアタイヤが運転席のバックレストに刺さってしまっていた。後部に搭載されていたスペアタイヤが事故の衝撃によって飛び出し、バックレストを直撃してしまっていたのである。このためバックレストは『くの字』に曲がり、シート全体も前方へと押し出されてしまっている。ドライバーはフロントガラスに頭をぶつけていて、割れたフロントガラスには血痕とともに頭皮と髪の毛がぶら下がっていた。
僕はレッカー車の運転手に「この人、死んじゃった・・・?」と恐る恐る聞いてみた。すると運転手はニコッ、と笑い、「大丈夫。けっこう元気だったみたいだよ!」との答え。元気とは言ってもおそらく重傷になると思うが、それでも命が助かったことが奇跡と思えるくらいにこのシビックは損傷が激しかった。
なぜ当時のホンダ車はボディがぐにゃぐにゃだったのか。はっきりしたことはわからないが、恐らく軽量化のためだったのではないか、と僕は思っている。ボディを徹底的に軽量化して、ホンダ車らしいキビキビとした走りを実現する。こういう狙いがあったのではないだろうか。本来であれば安全性を犠牲にしてまで走りを追及することなどあってはならないことだが、当時のホンダは『禁じ手』でもあるそれをやってしまっていた。ホンダという会社は、いったん『こう』と決めたら、それ以後はあまり立ち止まってモノを考えないような体質、もしくは立ち止まって軌道修正ができないような体質があるのではないだろうか。
立ち止まってモノを考えない体質。立ち止まって軌道修正ができない体質。ホンダという会社がこのような体質を持っている、と考えると、実に様々なことに対してつじつまが合ってくる。
例えば2009年に登場した二代目インサイトだ。三代目プリウスとほぼ同時期に登場したこのハイブリッドカーは当時大変な話題となったクルマなのだが、登場してからわずか五年、つまり去年にひっそりと姿を消した。聞けばハイブリッドシステムが旧型化したために生産中止、ということになったらしいが、はっきり言ってこれは我々ユーザーをバカにしているのと一緒である。要するにこのインサイトは『プリウスのパクりデザインでプリウスよりも安物ハイブリッドシステムを搭載し、プリウスとたいして変わらない値段で売る』というクルマだったということだ。なぜなら本当にハイブリッドシステムが旧型化した、という理由であるならば単純にフルモデルチェンジをすればいい。フルモデルチェンジをして新しく最新鋭のハイブリッドシステムをインサイトに搭載すればいいのである。しかしそれをやらずにいとも簡単にさっさと生産中止にする、ということは、ホンダ自身が『プリウスのパクりデザインでプリウスよりも安物ハイブリッドシステムを搭載し、プリウスとたいして変わらない値段で売る』という商法はもう限界だ、と決断したということだろう。ホンダの一連のこの行為は、インサイトを買ってしまった方や、あるいは熱烈なホンダファンの方々に対して完全なる裏切りではないか。なぜインサイトというクルマを作る前に自らの行為を立ち止まって考えなかったのだろうか。どうして軌道修正ができずにそのまま販売してしまったのだろうか。本家本元のプリウスは今でも時代に適合しながら立派に販売されている。この現実をホンダはいったいどう受け止めるのだろう。
さらには現行フィット・ハイブリッドのリコール問題である。このフィット・ハイブリッドに搭載されているDCT(デュアルクラッチトランスミッション)は、発売当初から立て続けに三回もリコールされた。そしてとうとう三回目は生産と販売の一時停止という事態にまで発展してしまったのである。
ハイブリッドシステムにDCTというトランスミッションを組み合わせることは確かに難しかっただろう。一から開発するのは難しいため、ドイツのシェフラー社のDCTユニットを使用する、という意図も理解できる。だが難しい技術をあえて採用すると決めたのであれば、実際に繰り返しテストをして不具合を確認しながら問題をひとつずつ克服し、コツコツと時間をかけて熟成させる、という地道な作業が必要になってくるはずだ。それが他社製トランスミッションであればなおさらである。しかし残念なことに、ホンダはこの作業を諦めることなく最後までやり切ることができなかった。このDCTのリコール問題は、要するにテスト不足、熟成不足からきていると僕は見ている。
コスト削減のためなのか。あるいはスケジュールが間に合わなかったのか。これはホンダ自身にしかわからない。しかし発売する前に「やっぱりこのまま発売することはできない」とどうして立ち止まることができなかったのか。もしくは開発途中で「今回はDCTの採用は見送ろう」とどうして軌道修正することができなかったのか。
発売後に問題が発生し、生産と販売を一時停止する。こんな大失態は、ホンダが目標としているトヨタは絶対にやらない。
次回へ続く