自動車学

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マツダ ロードスター プチ試乗記

2016-04-25 01:27:28 | クルマ評


 僕のNA8Cロードスターの車検は、いつも高校の同級生に頼んでいる。同級生はマツダディーラーのサービスマンをしているのだ。そんな彼から「車検が終わったよ」との連絡を受け夕方引き取りに行くと、「新型ロードスターに試乗してみる?」と聞かれた。もちろん返事は、
 「乗る!乗る!」
 しかし、あいにく閉店間際の試乗になってしまったために峠を十分に攻めるようなことはできなかった。このため、『プチ試乗記』というタイトルにしようと思う。


 実はこの新型ロードスターが登場するまで、僕は「ロードスターはもうすぐ消えるかもしれないな・・・」と思っていた。
 モデルチェンジのたびに大きく、重たくなっていくボディとエンジン。特にこれまでのNC型ロードスターは初代NA型のようなライトウェイトスポーツカーというキャラクターは影を潜め、立派に、そして豪華になってしまっていた。普通のクルマならモデルチェンジごとに立派に、豪華になっていくのはいいことなのかもしれない。しかしライトウェイトスポーツカーは、違う。『簡素』であることが最も重要なのである。僕はその簡素さが失われつつあったNC型ロードスターの方向性のその先に、ライトウェイトスポーツカーとしての明るい未来が広がっているとは思えなかった。
 ところが、今回の新しいND型ロードスターを見てびっくり、である。とびきり『簡素』であり、なおかつ思い切って『小さい』。見事なライトウェイトスポーツカーになって帰ってきた。なにしろ車重はNA型と同等、そしてボディサイズは全幅こそNA型より60mm広いが、全長は逆に55mmも短いのである。こういう所はさすがマツダだ。スポーツカーに対しての造詣が深く、なおかつ軌道修正がしっかりとできる能力を持っている。

 ドアを開けさっそく車内に乗り込んでみると、もはや財布の置き場すら無いほどのタイトな空間が広がっている。全長を縮めたためにシート後ろの空間も全く無い。おまけにセンタートンネルやサイドシルも分厚いため、運転席に乗り込んだとたんにそこがスポーツカーの特別な空間であることを意識させられる。シートに腰を下ろしてドアを閉めた瞬間からすぐに気分が高揚しはじめてくるのである。加えてダッシュボードやドアトリムのデザインや質感もなかなかいい。簡素であるが安っぽくはないし、嫌味はないが、かといって平凡では決してない。要所に配したステッチは質感の向上に貢献しているし、なによりボディと同色のドアトリムがいいアクセントになっている。今回試乗したロードスターはボディカラーが黒のためにドアトリムも黒、という仕様だったが、これがイメージカラーの赤、あるいは白であればインテリアにも赤や白の鮮やかな色彩が加わる。このドアトリムがとてもいいのである。どこかのメーカーのようにニセモノカーボンパネルをあちこちに張り付けたインテリアよりもはるかにスポーティだし、華やかでセンスがいい。なによりロードスターというクルマが特別なクルマであることを印象付けてくる。

 走り始めてみると、その印象は僕が所有しているNA8Cロードスターと驚くほどよく似ている。それはボディサイズや車重が似ているから、などといったざっくりとしたレベルの話ではない。ステアリングの重さや操舵感など細かい部分も含めたステアリングフィール、ステアリングを切った時のノーズの動き、ロールの発生の仕方、ブレーキやクラッチのタッチ、エンジンのレスポンスや回転の伸び、キレ、トルクの発生具合に至るまで、クルマの動きがNA8Cそっくりなのである。これには本当に驚いた。今回の新型ND型ロードスターの開発陣は、間違いなくNA型ロードスターをベンチマークにして開発したのだろう。「NA型こそロードスターだ」という僕の思いとマツダ開発陣の思いはつまり、同じだったということだ。

 NA型ロードスターと明らかに違うところは、その圧倒的なボディ剛性の高さである。NA型ロードスターは当時のオープンカーとしてはボディ剛性が高かったのだが、それでも例えば同年代のクローズドボディのシルビアあたりと比べると頼りなく感じるものだった。このため僕はNA8Cを購入してすぐに横浜のオクヤマさんに車両を持ち込んで6点のロールゲージを取り付けてもらったのだが、そんな僕のNA8Cと比べてもケタ違いにこのND型ロードスターはボディ剛性が高いのである。
 僕のNA型ロードスターはオクヤマさんのていねいな仕事のおかげで運転席から後ろの剛性が飛躍的に向上した。しかしバルクヘッド周辺の剛性が相対的に低くなってしまったために、コーナーを攻め込んでいくとステアリングシャフトに若干の震えが生じるようになってしまったのである。要するに、剛性が低いバルクヘッド周辺にストレスが集中してしまうのだ。ボディ全体の剛性をバランス良く向上させることはなかなか難しいことなのだが、この点ND型ロードスターはロールゲージ無しでも素晴らしいボディ剛性である。震えなど皆無だし、前後の剛性バランスもとてもいい。峠をそれなりのスピードで走っても前後のボディの動きにばらつきがまったく無いのである。さらにはボディ剛性が高いために硬い足回りでなくてもコーナリング性能が高く、当然乗り心地もしなやかだ。たぶんマツダはオープンカーのボディ作りを完璧に会得したのだろう。

 エンジンはP5型と呼ばれる1.5リッターの直噴DOHC4気筒である。スペックはパワーが131ps/7000rpm、トルクは15.3kgf・m/4800rpm。このスペックはNA8Cロードスターに搭載されていたBP型1.8リッターエンジンとほぼ同等だ。そして前述したようにフィーリングもBP型エンジンと驚くほどよく似ている。一説によればこの新型NDロードスターには2リッターエンジンも用意されていると聞くが、僕はこの1.5リッターエンジンで十分だと思う。マニュアルミッションを駆使して走らせればとても満足できる動力性能を備えているし、なによりボディとのバランスがとてもいい。容易に使い切れる性能のエンジンを思い切りブン回して、小気味良く、気持ち良く、元気良く走る。これこそがライトウェイトスポーツカーの大いなる魅力なのだ。
 ついでに付け加えておくと、6速MTも素晴らしい出来栄えである。やはりこのマニュアルミッションもNA型ロードスターと似ていて操作時に手ごたえがある心地よいものなのだが、それだけではない。剛性や精度の高さがはっきりと手のひらに伝わってくるのである。こういうところもマツダは実にうまい。どこをどうすればクルマ好きが喜ぶのかを憎いほど把握している。BRZ/86のトヨタ(アイシン)製6速MTの味気無さと比べると、涙が出てくるほど気持ちいいマニュアルミッションである。

 圧倒的なボディ剛性の高さをNA型ロードスターと同等の車重で実現する。1.5リッターエンジンでNA8Cの1.8リッターエンジンと同等の性能とフィーリングを実現し、さらに燃費を大幅に向上させる。今回マツダがND型ロードスターでやった仕事は、ほぼ完璧だ。もし今、中古でNA型ロードスターを買おうかと悩んでいる方がいたとしたら、考え直したほうがいい。バカ高い中古価格のくたびれたNAなんかよりも、このND型ロードスターを買ったほうがはるかに賢い選択である。
 
 ただし、そのボディデザインには少し注文を付けたい。



 ※今回の熊本、大分地震で被災された皆様に対して、心からお見舞いを申し上げます。僕は数年前に熊本を訪問したことがありますが、出会った方みなさんがとてもやさしく、なおかつ会話をしていて心地よい方ばかりだったことが強く印象に残っています。どういう言葉をかければいいのかよくわかりませんが、どうか前を向いて、生きてください。