すでにホームレス化するイラクからの帰還兵――アメリカの貧困。私たちは何をすべきか

　イラク戦争から戻ってきた米兵がすでにホームレス化しはじめており、ホームレス帰還兵支援団体は、この異例とも言える速さと、ベトナム戦争以来の「新しいホームレス世代」形成を懸念し、受け入れの準備を始めているそうです。（UPI,2004年12月7日 Mark Benjamin）

　米国のホームレス人口に元兵士が占める割合は4分の一の30万人近く*（ということは全米のホームレス数は120万人）で、その半分がベトナム帰りだという。（*これは任意の晩を取って見たときの数字なので、実質上の帰還兵ホームレスはもっと多いはず。The Homeless Veterans Coalitionは、一年のある時期でホームレスになっている帰還兵の数は50万近いとしている。）

　なぜ彼らはホームレスになるのか？技術を見につけ、資格をとり、奨学金を得て、帰国の暁にはキャリアアップをするはずではなかったのか？その主な理由は、ホームレス化と精神障害が相関しているということにあるらしい。軍の報告でも（New England Journal of Medicine）イラク帰りの17％の兵士がPTSD（心的外傷後ストレス）と診断されています。もちろん、この人たちは、イラクに行く前は、心身ともに健全との判断を受けていた人たちだから、PTSDの原因はイラクの戦闘中に起こったことということになります。イラクでは、文字通りいつどこから敵が襲ってくるか分からない状態に、24時間週7日さらされ続け、それに何よりも、彼らの任務はいまや武装兵力のみならず、女、子ども、老人を殺すことになっているわけで、これで気が狂わないほうがおかしい。

　こうして精神に変調をきたして返ってきた元兵士たちが、社会からドロップアウトしていくわけです。UPI記事が紹介しているある帰還兵（34歳）の場合は、2003年9月に帰国した後、ウツになり、3ヶ月トラックや路上での生活を続け、職を失い、離婚し、ホームレスになったといいます。（この人はロサンジェルス暮らし。ロサンジェルスは、全米最大の帰還兵ホームレス人口を抱える都市で、推定2万7千人が路上暮し（支援団体New Directionsによる）。）彼が言うには、「家畜のように本国に送り返され」、軍にとっては「ある時期までに決まった人数を動員解除する」ことが大事なのであって、「帰還兵に対する丁寧なアフターケアはほとんどない」。

　精神問題のもう一つの原因は麻薬。強烈なストレスから逃避するために、米兵のあいだで麻薬が流行っており、その薬物乱用が原因で、精神に異常をきたし、ホームレスになる道をたどる帰還兵がすでにでているとのこと。その数は今後増えるでしょう。ベトナム戦争のとき、薬物中毒帰還兵が社会に与える悪影響がだいぶ議論されましたが、米国社会はいまでもこの負の遺産に苦しんでいます。まず、自分自身が薬中になるので、暴力はじめ色々と問題を起こすし、治療・カウンセリングも必要。乾いた言い方をすれば、社会的・経済的コストがかかる。もう一つは、社会から落ちこぼれたことから、自分自身がドラッグ・ディーラーという犯罪に身を染める。（これはアメリカに限ったことではなく、日本の神風特攻隊しかり。日本の戦後の第1次麻薬ブームは、軍にあった覚せい剤が社会に流出したのが原因。アフガン侵略したソ連兵のあいだでも蔓延。いまのロシアのエイズ流行とも関連しているかも。）

　こうして心や体に傷を負って帰国し、経済的に追い詰められた帰還兵の立場を悪用して、高利貸しが襲い掛かっているそうです。（New York Times 2004年12月7日）


　さて、今回の戦争のもう一つの側面、医療。

イラク戦争では、負傷米兵10人あたり死ぬの1人だけ、という最も医療技術・支援体制が整った戦争だそうです。裏返してみると、命が助かったのはいいけど、手足を失ったり、半身麻痺で生きていくケースが増えている、ということでもあります。負傷兵が手足切断手術を受ける確率はこれまでの2倍、生涯治療が必要とされる頭・首の負傷のケースは負傷兵全体の20％を占めるそう（Boston Globe, 2004年12月15日Raja Mishra）。（こうした負傷兵へのインタビュー・写真は、DAYS JAPAN2004年12月号「帰還米兵が語る『イラク戦争』」でも読める。英文オリジナルインタビューhttp://www.motherjones.com/news/qa/2004/10/10_404.html）。

　またLos Angels Times（2004年12月9日）によると、イラクにいる13万8000人の米兵に対し、軍の外科医の数は65人。圧倒的に足りません。米軍が、イラクである町に攻撃をかけるときまず病院を押さえるのは、自分たちの負傷兵の治療場所を確保するためでもあるようです（ファルージャでの虐殺の際、米軍がまず病院を占拠したのは、イラク民間人の負傷者報道を阻止するため、と言われたが、この理由もあるのかも。）こうしたイラクの病院には、当然のことながら、傷ついた民間人が大量に運ばれてくるのですが、米国人医師は治療ができないそうです。なぜなら、ペンタゴンから民間人治療の明確なガイドラインが提供されていないから。子どもが運ばれてきたとき、その子達の治療を拒否したケースもあったそうですが、その理由は、子どもの体に爆弾が仕掛けられているかもしれないから、というものでした。

　さて、小泉内閣は先週の金曜日12月10日「防衛計画の大綱」というものを決定しました。報道によれば、これは「『脅威の防止』を口実に自衛隊の海外派兵を『本来任務化』するのが最大の特徴」のようですが（しんぶん赤旗2004年12月11日）、要は、アメリカの予防戦争を一緒になってする、ための計画。「大綱」を見ると（日経2004年12月11日）、戦争を実際にたたかうことになる兵士について直接書いているのは、おそらく「IV防衛力の在り方」の「（4）人的資源の効果的な活用」だけ。いわゆる三面記事の段組にしてたったの12行なので、全文引用します。

　「隊員の高い士気及び厳格な規律の保持のため、各種の施策を推進するとともに、自衛隊の任務の多様化・国際化・装備の高度化等に対応しうるよう、質の高い人材の確保・育成を図り、必要な教育訓練を実施する。また、安全保障問題に関する研究・教育を推進するとともに、その人的基盤を強化する」。

　まあ「大綱」だからこれから細かいことを決めていくんでしょうが、本当に戦争する気なら、少なくとも、半身麻痺・薬中・精神障害帰還兵の治療にカウンセリング、ホームレス・シェルターの設置などをする責任を負う、米国の退役軍人省にあたる省庁の設立ぐらい明記すべきではなかったのか。
　
　もちろん、そんなことには反対ですが、自衛隊が戦争をするということは、日本国内においては、そういう帰還兵が増える社会になるということです。与党の人間、派兵推進派の経済界、賛成の一般国民に、彼らを受け入れる準備はあるのでしょうか。

　世界人口の5％を占めるアメリカ合衆国が軍事に費やす額は、2位以下の国の軍事費総額をしのぎます。それでも、いくらW・ブッシュが軍事力強化で「安全」を強調しても、米国民は安全だと感じていません。「防衛大綱」も同じ事で、「策定の趣旨」は「わが国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保するため」としていますが、これを読んで（いったい有権者の何割がマジメに読むのか？！）、「わーい、より安全」と感じた一般国民を知っていたら教えてください。これを読んで、「わーい、もっと儲かる」とほくそえんでいる人たちは確実にいる。

　TIME誌は2003年のPerson of the Yearに「米兵」を選び、12月号の表紙に3人のイケメン（？）・無傷の完全武装兵士を載せました。そして「ある小隊の肖像Portrait of a Platoon」と題してハリウッド映画さながらのストーリーを売り込んでいます（「夜を徹し、砲火をくぐりぬけ、緊迫のなか、誇りを持って反乱者たちを追い詰め、バグダッドの最大危険地区で生き残りをかける兵士たちの物語How a dozen soldiers—overworked, under　fire, nervous, proud—chase insurgents and try to stay alive in one of Baghdad’s nastiest districts」）。実態はイラク人の虐殺と社会の破壊行為であるこの「物語」を読むのは、そうとうの（無）気力がいりますが、実態の実態は、こうした米兵の圧倒的多数が無教養・貧困層の出身であることを考えるなら、強国の貧者が弱小国の貧しい人たちを殺す、という構図なのでしょう。

　マイケル・ムーア監督は、「華氏911」の最後に、ジョージ・オーウェルの言葉を引用していました。「戦争は勝利するためにおこなわれるのではない。続けられるためにおこなわれるのだ。階級社会は、貧困と無知によってのみ成立する(The wor is not meant to be won, it is meant to be continuous. A hierarchical society is only possible on the basis of poverty and ignorance)」。いまの政府の政策は、自衛隊に入って戦争をしたいと思うような人間、行かなければならない情況に置かれる人間を確実につくることにあるように思えます。

あい