「女と花 / 彼女ができる方法」
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『花のある生活』 - 「アンティークレース」
午後九時。 「店」 のなかは、すでに客であふれ、なまあたたかい空気に包まれていた。
一番乗りでやって来た、カトウという 会社専務の男は、マキという まだ入りたての若い女と、熱心になにか語り合っていた。
一組目の接客が終わり、休憩室という名のもとの荷物置き場で、レイラが休んでいると、十九歳になったばかりのボーイがやって来て、「フリーのお客さんが入ったんですけど、お願いできますか?」 とたずねた。
ただ遊んでいるよりは、よほどましなので、レイラは、こっくりとうなづいた。 そして、吸いかけのタバコを、一口思い切り吸い込むと、手荒くもみ消して、立ち上がった。
履き慣れていない靴のせいで、足が痛み、思うように歩けなかった。 スーツは偽物だが、靴は本物のシャネル。 といっても、借り物であるが。 靴が傷んでいるのを見かねた同僚 ―― シオリという、この店の 「ナンバーワン」 の女が、貸してくれたのだ。
しかし、なんとなく、靴だけが高級品なのは、滑稽なような気がして、レイラは、その 「本物の」 シャネルを投げ捨てて、裸足で歩きたいような衝動にかられたが、そんなことをする勇気もなく、仕方なく、そのまま客席へ向かった。
客のまえに立ち、ゆっくりをお辞儀をしてから、顔をあげた。 見ると、まだごく若い、学生ふうの男が、ひとり座っていた。 白いTシャツにジーパン、きちんとアイロンのかけられた赤いチェックのボタンダウンシャツを羽織っていた。 レイラを見ると、客は、無邪気そうな笑顔を見せた。 レイラは、ひと目で、〈この客は、金にならなそうだ〉 と踏んで、
「はじめまして。 レイラです。 よろしく」 と、あまりやる気のなさそうに、言った。
「レイラ? おれの好きな曲とおなじだ ! 」 と、男は、レイラに抱きつきかねないいきおいで、うれしそうに言った。
レイラは、身を反らせながら、ソファの端に腰を下ろし、「へたな映画のせりふみたい。 だれの曲?」 とたずねた。
男は、気にも留めず、「デレク・アンド・ドミノス。 クラプトンがいたグループですよ。 『いとしのレイラ』 からとったんでしょ?」 と、レイラに人なつこく身を寄せながら たずねかえした。
「そんな曲、知らない。 だいいちあたし、洋楽聴かないし。 そもそも、クラプトンって人、まだ生きてるの?」
「うわっ ! そんなこと言ったら、おれの親父にぶっとばされるかもよ。 おれの親父、クラプトンが大好きなんだから」
「ふうん」 と、レイラはくちびるをとがらせた。 気まずさを胡麻化すように、水割りをつくりながら、ふと、「ところで、お客さん、いくつ? すごく若そうに見えるけど」 とたずねた。
男は、ちょっとぎくりとしたような、それでいて、いたずらっ子のように にやりとしながら、「いくつに見える?」 と、レイラの耳元で、声をおとして言った。
「また、やすっぽい映画のせりふみたい」 と言いながら、レイラも、まるでないしょ話をたのしもうとでもするように、声をおとして、「そうねえ、十九歳くらい? うちのボーイといっしょかな?」 とひそひそ声で言って、水割りのグラスを渡した。
男は、うれしそうに、「そう見える? そっか、そっか」 と言って、水割りのグラスを傾けると、一気にそれを飲み干した。 そして、おかわりをねだるように、レイラにあいたグラスを渡して、「ほんとはね、おれ、十七」 と言って、ぺろりと舌を出した。
レイラは、声にならない叫びを抑えながら、「十七? じゃあ、高校生?」 と、食いつくように言った。
「うん」
「なにやってんの? こんなところで。 親にばれたらどうなると思ってんの?! 」
「いや、大丈夫だよ。 いまの時間は、まだ塾に行ってることになってるし」
「ううん、それより、高校生を店に入れたことがばれたら、この店も大変なことになっちゃう。 あたしだって、責任をかぶらなきゃいけなくなるかも ... 」
「 ... もうちょっとしたら、帰るから。 だから、ほんとにもう少しだけ、おねがい ! おねえさん。 今日は、まだ帰りたくないんだ」
レイラは、「おねえさん」 ということばに少々ぴくりとしながらも、「もう、ほんとに、まるで、三流映画みたいな展開 ... 」 とつぶやいた。
男 ―― 少年は、たのしそうに笑っていた。
仕方なしに水割りの代わりに、烏龍茶を持ってこさせてから、ふと、レイラは、「ねえ、家に帰りたくない、なんて、なにかあったの? 悩みごと?」 と、たずねた。
「いや、たいしたことじゃないんですけど」
「なによ、教えてよ。 危険を冒してまで、店に置いていてあげてるのに ! 」 と、レイラは、少年をくすぐるような手つきの真似をして言った。 まるで、やんちゃな弟にでも対するように。 レイラには、弟がいるのである。 もう三年近く会っていないが。
少年は、たのしそうに笑いながら、「しょうがないなあ。 言いますよ。 今日、おなクラの子にコクったら、ふられちゃったんです。 おれの友だちのことが好きなんだって」 と言った。
「おなクラって、なあに?」
「ああ、同じクラスって意味です。 同じクラスの女の子に、好きだって告白して、ふられたんですよ」
レイラはおかしそうに笑って、「なあんだ、そんなこと ! 」 と声をあげた。
「そんなこと、は、ないでしょ。 ほんとに好きだったんですから」
「やあねえ、大丈夫よ ! また、好きな子があらわれるから。 元気出して ! 」 と言って、レイラは、すねたような表情の客の肩をぽんと叩いた。 少年は、ほんの少しのあいだ、目をふせていたが、笑い出した。
「なんだか、だいぶ気が楽になりました。 おねえさんのようなきれいな人と話ができて」
「やだ、お世辞なんか言って ! あたしなんか、もうオバサンよ」 と、今年二十八になるレイラは、手を軽くふった。
そのときに、スーツの胸につけていた飾り花のコサージュがぽろりととれ、絨毯のうえに落ちた。 レイラは、はっとして、そのとれた花 ―― 黄色いバラ ―― を拾いあげ、じっと見つめていた。 そのコサージュは、レイラが二十歳のとき、社会人になってはじめての給料で買ったものだった。 ほかにアクセサリーをほとんど持っていない彼女が、ずっとずっと、使いつづけているものなのだった。
「だいじなアクセサリー?」 と、少年はたずねた。
レイラは、なにも言わず、首をふった。 そして、気を取り直すように、少年の烏龍茶のグラスに氷を二、三個入れた。
よく見ると、その飾り花がだいぶ傷んでいるのが、少年にもわかった。 そして、ふと、レイラが見た目のわりに、肌に色つやがないのを認めた。 少年は、しばらくだまってレイラを見つめていたが、とつぜん、なにか思い立ったように立ち上がった。
「えっと、おれ、タバコ買ってきます」
レイラは、タバコということばに反応して、まるで弟を叱るようなまなざしで少年を見つめながら、「タバコなら、うちにも置いてあるけど」 と言った。
「いえ、ちょっと外に買いに行きたいんで。 すぐ戻ってきます。 あ、携帯、置いてきます」 と言って、携帯電話をテーブルに置き、ひらりと身をひるがえした。 ちょっと行ってから、戻ってきて、
「おれのこと、お店の人にばらさないでね。 ほんとにすぐ戻ってくるから、待ってて ! 」 そう言って、颯爽と駆けていった。 レイラは、その後ろ姿をしばらく見送っていた。
それから五分経っても、少年は戻ってこなかった。 十分経っても。 二十分経っても。 さすがに三十分戻ってこなかったので、ボーイが、どうかしたのかとたずねてきた。 レイラは、タバコを買いに出た旨を話した。
そこへ、その店のママがのっそりとやって来た。 実は、ママに会うのは、レイラにとってはこれが初めてであった。 接客のことはシオリにまかせっぱなしなので、ママが出てくることは、よほどのことがなければ、ありえなかった。
レイラは、おびえたまなざしでママを見上げた。 外国の映画に出てくる魔女のような見た目のその女は、しずかに、「あんた、なにかやった?」 とたずねた。
レイラは、だまって首をふった。 彼が高校生であることは言うべきであろうか、言わざるべきであろうかと思案し、沈黙を守りつづけた。
ママは、鑿(のみ)のようなまなざしをレイラに注ぎながら、「一時間待って、帰ってこなかったら、なにか手を ... 」 と言い、しずかに去っていった。
十九歳のボーイは、「大丈夫ですよ、きっと、戻ってきますよ ! 」 と、レイラを励ました。
レイラはうちひしがれたように、「休憩室」 に消えていった。
時計の音が、身に突き刺さるようだった。
あと、五分で、少年が去って一時間になる。 神さま、おねがい ! と、レイラは、われながらご都合主義だわ、と思いながら、時計の針に食い入っていた。 針をずっと追いかけていると、目がまわりそうになるのね、などと考えながら、じっと身じろぎもせずにいた。
このまま少年が戻ってこなかったら、あたしはいったいどうなるのだろう? この店をやめなくてはならなくなるのだろうか? そうなったら、別の店に行けばいい? しかし、子持ちで二十八のじぶんを雇ってくれる店が、ほかにあるだろうか? と途方に暮れた。
そこへ、「レイラさん ! 戻ってきましたよ ! 」 とボーイが告げた。
レイラは、呆然としていて、さいしょ言われたことがわからなかったが、すぐにはっとして、客席に飛んで行った。
そして、少年の笑顔を認めると、「ちょっと、どこ行ってたの ! いったい、どこまでタバコ買いに行ったのよ !! 」 と怒鳴った。
少年は、さすがに申し訳なさそうに、頭をかきながら、「おれの年のこと、だまっててくれたんですね。 ありがとう」 と言った。
「そんなことより、なにしてたの?!」
「 ... ごめんなさい。 えっと、なかなか見つからなくて」 と、シャツのなかから、一輪の黄色いバラを出した。 花屋で買ってきたものらしく、きちんと透明なビニールでくるまれ、ピンクのリボンがかかっていた。
そして、「これ、探すのに時間がかかっちゃって ... 」 と言って、照れくさそうにレイラに差し出した。 「これで元気出してください」
レイラは、しばらくことばを失っていたが、やっと、「これを買うために、あちこち探しまわってたの?」 と、花を受け取りながら、かすれた声で言った。
少年は、はずかしそうに はにかんだ。
レイラは、目頭が熱くなって、思わずこぼれ出そうになる涙をかくすように、あごを反らせて、
「きみ、きっと、すぐにすてきな彼女ができると思うよ ! あたしが、保障する」 と言った。 その笑顔は、今日、彼女が見せたなかで、最高のものだった。
こっぴどく怒られると思っていた少年は、その笑顔にすくわれたように、顔をぱっと明るくさせた。 そして、
「はい、それを願ってます」 と言って、タバコの箱を、ぽんと投げた。
(完)
参照:
「おなクラ」 ... goo 辞書 検索結果より
関連リンク : 当 blog 内
「女をきれいにする方法」
「記憶の男 / 父の味」
「ほおづえをつかない女」
BGM:
Marv Johnson ‘I'll Pick a Rose for My Rose’
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『花のある生活』 - 「アンティークレース」
午後九時。 「店」 のなかは、すでに客であふれ、なまあたたかい空気に包まれていた。
一番乗りでやって来た、カトウという 会社専務の男は、マキという まだ入りたての若い女と、熱心になにか語り合っていた。
一組目の接客が終わり、休憩室という名のもとの荷物置き場で、レイラが休んでいると、十九歳になったばかりのボーイがやって来て、「フリーのお客さんが入ったんですけど、お願いできますか?」 とたずねた。
ただ遊んでいるよりは、よほどましなので、レイラは、こっくりとうなづいた。 そして、吸いかけのタバコを、一口思い切り吸い込むと、手荒くもみ消して、立ち上がった。
履き慣れていない靴のせいで、足が痛み、思うように歩けなかった。 スーツは偽物だが、靴は本物のシャネル。 といっても、借り物であるが。 靴が傷んでいるのを見かねた同僚 ―― シオリという、この店の 「ナンバーワン」 の女が、貸してくれたのだ。
しかし、なんとなく、靴だけが高級品なのは、滑稽なような気がして、レイラは、その 「本物の」 シャネルを投げ捨てて、裸足で歩きたいような衝動にかられたが、そんなことをする勇気もなく、仕方なく、そのまま客席へ向かった。
客のまえに立ち、ゆっくりをお辞儀をしてから、顔をあげた。 見ると、まだごく若い、学生ふうの男が、ひとり座っていた。 白いTシャツにジーパン、きちんとアイロンのかけられた赤いチェックのボタンダウンシャツを羽織っていた。 レイラを見ると、客は、無邪気そうな笑顔を見せた。 レイラは、ひと目で、〈この客は、金にならなそうだ〉 と踏んで、
「はじめまして。 レイラです。 よろしく」 と、あまりやる気のなさそうに、言った。
「レイラ? おれの好きな曲とおなじだ ! 」 と、男は、レイラに抱きつきかねないいきおいで、うれしそうに言った。
レイラは、身を反らせながら、ソファの端に腰を下ろし、「へたな映画のせりふみたい。 だれの曲?」 とたずねた。
男は、気にも留めず、「デレク・アンド・ドミノス。 クラプトンがいたグループですよ。 『いとしのレイラ』 からとったんでしょ?」 と、レイラに人なつこく身を寄せながら たずねかえした。
「そんな曲、知らない。 だいいちあたし、洋楽聴かないし。 そもそも、クラプトンって人、まだ生きてるの?」
「うわっ ! そんなこと言ったら、おれの親父にぶっとばされるかもよ。 おれの親父、クラプトンが大好きなんだから」
「ふうん」 と、レイラはくちびるをとがらせた。 気まずさを胡麻化すように、水割りをつくりながら、ふと、「ところで、お客さん、いくつ? すごく若そうに見えるけど」 とたずねた。
男は、ちょっとぎくりとしたような、それでいて、いたずらっ子のように にやりとしながら、「いくつに見える?」 と、レイラの耳元で、声をおとして言った。
「また、やすっぽい映画のせりふみたい」 と言いながら、レイラも、まるでないしょ話をたのしもうとでもするように、声をおとして、「そうねえ、十九歳くらい? うちのボーイといっしょかな?」 とひそひそ声で言って、水割りのグラスを渡した。
男は、うれしそうに、「そう見える? そっか、そっか」 と言って、水割りのグラスを傾けると、一気にそれを飲み干した。 そして、おかわりをねだるように、レイラにあいたグラスを渡して、「ほんとはね、おれ、十七」 と言って、ぺろりと舌を出した。
レイラは、声にならない叫びを抑えながら、「十七? じゃあ、高校生?」 と、食いつくように言った。
「うん」
「なにやってんの? こんなところで。 親にばれたらどうなると思ってんの?! 」
「いや、大丈夫だよ。 いまの時間は、まだ塾に行ってることになってるし」
「ううん、それより、高校生を店に入れたことがばれたら、この店も大変なことになっちゃう。 あたしだって、責任をかぶらなきゃいけなくなるかも ... 」
「 ... もうちょっとしたら、帰るから。 だから、ほんとにもう少しだけ、おねがい ! おねえさん。 今日は、まだ帰りたくないんだ」
レイラは、「おねえさん」 ということばに少々ぴくりとしながらも、「もう、ほんとに、まるで、三流映画みたいな展開 ... 」 とつぶやいた。
男 ―― 少年は、たのしそうに笑っていた。
仕方なしに水割りの代わりに、烏龍茶を持ってこさせてから、ふと、レイラは、「ねえ、家に帰りたくない、なんて、なにかあったの? 悩みごと?」 と、たずねた。
「いや、たいしたことじゃないんですけど」
「なによ、教えてよ。 危険を冒してまで、店に置いていてあげてるのに ! 」 と、レイラは、少年をくすぐるような手つきの真似をして言った。 まるで、やんちゃな弟にでも対するように。 レイラには、弟がいるのである。 もう三年近く会っていないが。
少年は、たのしそうに笑いながら、「しょうがないなあ。 言いますよ。 今日、おなクラの子にコクったら、ふられちゃったんです。 おれの友だちのことが好きなんだって」 と言った。
「おなクラって、なあに?」
「ああ、同じクラスって意味です。 同じクラスの女の子に、好きだって告白して、ふられたんですよ」
レイラはおかしそうに笑って、「なあんだ、そんなこと ! 」 と声をあげた。
「そんなこと、は、ないでしょ。 ほんとに好きだったんですから」
「やあねえ、大丈夫よ ! また、好きな子があらわれるから。 元気出して ! 」 と言って、レイラは、すねたような表情の客の肩をぽんと叩いた。 少年は、ほんの少しのあいだ、目をふせていたが、笑い出した。
「なんだか、だいぶ気が楽になりました。 おねえさんのようなきれいな人と話ができて」
「やだ、お世辞なんか言って ! あたしなんか、もうオバサンよ」 と、今年二十八になるレイラは、手を軽くふった。
そのときに、スーツの胸につけていた飾り花のコサージュがぽろりととれ、絨毯のうえに落ちた。 レイラは、はっとして、そのとれた花 ―― 黄色いバラ ―― を拾いあげ、じっと見つめていた。 そのコサージュは、レイラが二十歳のとき、社会人になってはじめての給料で買ったものだった。 ほかにアクセサリーをほとんど持っていない彼女が、ずっとずっと、使いつづけているものなのだった。
「だいじなアクセサリー?」 と、少年はたずねた。
レイラは、なにも言わず、首をふった。 そして、気を取り直すように、少年の烏龍茶のグラスに氷を二、三個入れた。
よく見ると、その飾り花がだいぶ傷んでいるのが、少年にもわかった。 そして、ふと、レイラが見た目のわりに、肌に色つやがないのを認めた。 少年は、しばらくだまってレイラを見つめていたが、とつぜん、なにか思い立ったように立ち上がった。
「えっと、おれ、タバコ買ってきます」
レイラは、タバコということばに反応して、まるで弟を叱るようなまなざしで少年を見つめながら、「タバコなら、うちにも置いてあるけど」 と言った。
「いえ、ちょっと外に買いに行きたいんで。 すぐ戻ってきます。 あ、携帯、置いてきます」 と言って、携帯電話をテーブルに置き、ひらりと身をひるがえした。 ちょっと行ってから、戻ってきて、
「おれのこと、お店の人にばらさないでね。 ほんとにすぐ戻ってくるから、待ってて ! 」 そう言って、颯爽と駆けていった。 レイラは、その後ろ姿をしばらく見送っていた。
それから五分経っても、少年は戻ってこなかった。 十分経っても。 二十分経っても。 さすがに三十分戻ってこなかったので、ボーイが、どうかしたのかとたずねてきた。 レイラは、タバコを買いに出た旨を話した。
そこへ、その店のママがのっそりとやって来た。 実は、ママに会うのは、レイラにとってはこれが初めてであった。 接客のことはシオリにまかせっぱなしなので、ママが出てくることは、よほどのことがなければ、ありえなかった。
レイラは、おびえたまなざしでママを見上げた。 外国の映画に出てくる魔女のような見た目のその女は、しずかに、「あんた、なにかやった?」 とたずねた。
レイラは、だまって首をふった。 彼が高校生であることは言うべきであろうか、言わざるべきであろうかと思案し、沈黙を守りつづけた。
ママは、鑿(のみ)のようなまなざしをレイラに注ぎながら、「一時間待って、帰ってこなかったら、なにか手を ... 」 と言い、しずかに去っていった。
十九歳のボーイは、「大丈夫ですよ、きっと、戻ってきますよ ! 」 と、レイラを励ました。
レイラはうちひしがれたように、「休憩室」 に消えていった。
時計の音が、身に突き刺さるようだった。
あと、五分で、少年が去って一時間になる。 神さま、おねがい ! と、レイラは、われながらご都合主義だわ、と思いながら、時計の針に食い入っていた。 針をずっと追いかけていると、目がまわりそうになるのね、などと考えながら、じっと身じろぎもせずにいた。
このまま少年が戻ってこなかったら、あたしはいったいどうなるのだろう? この店をやめなくてはならなくなるのだろうか? そうなったら、別の店に行けばいい? しかし、子持ちで二十八のじぶんを雇ってくれる店が、ほかにあるだろうか? と途方に暮れた。
そこへ、「レイラさん ! 戻ってきましたよ ! 」 とボーイが告げた。
レイラは、呆然としていて、さいしょ言われたことがわからなかったが、すぐにはっとして、客席に飛んで行った。
そして、少年の笑顔を認めると、「ちょっと、どこ行ってたの ! いったい、どこまでタバコ買いに行ったのよ !! 」 と怒鳴った。
少年は、さすがに申し訳なさそうに、頭をかきながら、「おれの年のこと、だまっててくれたんですね。 ありがとう」 と言った。
「そんなことより、なにしてたの?!」
「 ... ごめんなさい。 えっと、なかなか見つからなくて」 と、シャツのなかから、一輪の黄色いバラを出した。 花屋で買ってきたものらしく、きちんと透明なビニールでくるまれ、ピンクのリボンがかかっていた。
そして、「これ、探すのに時間がかかっちゃって ... 」 と言って、照れくさそうにレイラに差し出した。 「これで元気出してください」
レイラは、しばらくことばを失っていたが、やっと、「これを買うために、あちこち探しまわってたの?」 と、花を受け取りながら、かすれた声で言った。
少年は、はずかしそうに はにかんだ。
レイラは、目頭が熱くなって、思わずこぼれ出そうになる涙をかくすように、あごを反らせて、
「きみ、きっと、すぐにすてきな彼女ができると思うよ ! あたしが、保障する」 と言った。 その笑顔は、今日、彼女が見せたなかで、最高のものだった。
こっぴどく怒られると思っていた少年は、その笑顔にすくわれたように、顔をぱっと明るくさせた。 そして、
「はい、それを願ってます」 と言って、タバコの箱を、ぽんと投げた。
(完)
参照:
「おなクラ」 ... goo 辞書 検索結果より
関連リンク : 当 blog 内
「女をきれいにする方法」
「記憶の男 / 父の味」
「ほおづえをつかない女」
BGM:
Marv Johnson ‘I'll Pick a Rose for My Rose’
特に中盤以降よかったです。次、いつごろですか?w
また、読みにきます。
コレが、一冊の本として書店に並んでたら、買うかもしれませんね、私。
初登場のママさん、気になります(笑)
しなたまさん、
しなたまさんにそう言っていただけると、うれしいです。
次回は ... 未定です。
このくらいの分量でも、書くのにえらく時間がかかってしまって ...
紳さん、
いえ ... じつは、設定ミスがあり、あとで気がついて、
ありゃりゃと思っていたのです。
あまり考えずに行き当たりばったりで書いているので、
とりあえず修正せず、そのままにしてあります ... 。
「ママ」も、またどこかで登場させようかな ... と検討中です。
# category を別にするか、シリーズ名をつけてみようかな、と思っています。
細かい事は、余り気にしなくてもいいと思います。(とても面白いので。)
次回も、期待しております。
> 細かい事は、余り気にしなくてもいいと思います。
そんなお優しいことばをいただいてしまうと、調子に乗って、どんどんツジツマの合わない、滅茶苦茶な話を書いてしまいまそうです ... 。
でも、ありがとうございます !
次回もガンバッテみます !
名前で、その店の持つ雰囲気や、話の奥行きの様な物が形成される恐れがありますので・・・。
(とりあえず、がんばってくださいとしか、いえない私・・・。)
設定にとらわれると、こじんまりとした文章になるかも・・・。思いのままが一番ではないでしょうか!(私のような文才のまったく無いものが、言うせりふでは無いですが・・・。)
いち読者として、応援しております。
BGM:
Elton John 'It's Me That You Need'
紳さん、
ほんとにそうなのです。
ひろがりがあって、空想力をかきたて、なおかつ雰囲気を伝えられるような、それでいて Keep on Rockin' な名まえ(どんなじゃ~)を考えているのですが ...
とりあえず、お店の名まえを考えつつ、あと二、三作くらいは書くつもりです :)
わどさん、
そういっていただけるとうれしいです !
ちょっと荒くなってしまった部分もあり、ちょっぴりはずかしいのですが ...
もけさん、
まだまだ、これからです ?!
もっともっとー !
ところで。
わどさんと、もけさんの書き込み、ほぼ一分ちがいですが ... 。
は ! まさか、いま、いっしょに過ごしていられる?!
お二人のかくされた秘密が ...
(ゴメンナサイ ... )
BGM:
Nilsson ‘Without You’