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福の毛の女 / Lucky Charm

2004年07月28日 23時11分25秒 | 現実と虚構のあいだに
 いつごろのことだろう? わたしの右ほほから、白くて長い毛が生えているのに気がついたのは。

 さいしょ、繊維か、ねこの毛がくっついているのかと思って、何度も何度も、払おうとして、結局、取れなくて、じぶんのほほから生えているのだと知ったときの、あの、衝撃だけは、いまでもはずかしいくらい、鮮明におぼえている。

 思春期の女の子には、あまりにもショッキングな事実だった。

 仙人さまじゃあるまいし、顔からこんな毛が生えていたら、お嫁にも行けないわ、と、嘆いて、いきおいで思わず抜いてしまった。

 しかし。 ふと気がつくと、また生えてきた。 白い毛が。 ひょっこりと。

 抜いても、抜いても、また。

 仕方ないので、そのまま放っておくことにした。



 十七歳のとき、はじめて彼氏ができた。

 理想のタイプとは、ちょっとちがったけれど、とっても繊細で、とっても優しい人だった。

 何度目かのデートをしたとき。 いつものように彼は、わたしの家の最寄りの駅まで送ってくれた。 名残惜しそうに、またね、と言う彼の顔をのぞき込んだら、彼が、はっとわたしの顔を見つめ返したので、わたしは、どきどきしながら、「その瞬間」 を待った。 じっと、じっと。 ほほを焼けるように熱くさせながら。 目を閉じて、ただ、じっと。 けれど、なかなか 「その瞬間」 が訪れなかったので、うすく目を開いてみると、彼が、凍りついたようにわたしの顔を凝視していた。 いや、正確には、わたしの右ほほからぴょこんと飛び出している 「毛」 を見つめていたのだ。

 それが、とても、ショックで、わたしは、なにも言わず、自宅へと転がるように帰っていった。 そして、ひとり、泣きながら、力任せにその毛を抜いた。

 その後、その彼とデートをすることは、二度となかった。

 それからしばらくして、その毛が再び生えてくるころ、あたらしい彼氏ができた。

 けれど、やはり、さいしょの彼と同じように、白い毛に目を奪われて、キスすることもままならないまま、二度目の恋も失敗に終わった。

 同じようなことを繰り返し、にがい思いを何度も味わったわたしは、あらたな彼氏ができたら、目を光らせて、その毛を抜くのを怠らないことを心に誓った。

 顔を洗うとき、お風呂に入りながら、トイレの鏡のまえで。 厳しいチェックによって、白い毛が彼氏に気づかれることはなかった。

 しかし。 あとになって、じつは、二股をかけられていた、ということがわかったり、浮気をされてしまったり、で、結局、長続きはしなかった。

 二十五歳のときには、もう、その毛は放っておくことにしていたのだけれど、そのとき付き合っていた彼氏と、ほんの小さないさかいごとがあったとき、こんなふうに言われて、わたしのプライドは、ずたずたに引き裂かれた。

 「なんだよ、顔から白毛のくせに!」

 それ以来、男の人と付き合うのがこわくなって、しばらく、独り身の女をしていたのだけど、三十歳の誕生日まぢかに、新しい彼ができた。

 もう、そのころには、わたしには女の子らしいところがなくなっていたから、白い毛のことをなにか言われたって気にしやしないつもりでいた。

 彼と、はじめてキスしたときのこと。 彼が、「あれ?」 と言うので、ああ、また白い毛のことか、と思い、わたしが、「これ、むかしから生えてるのよ」 と言ったら、

 「これ、福毛じゃん」 と言われた。

 「なにそれ?」

 「顔とか身体から一本だけ生えてくる、長くて白い毛って、福を呼ぶ毛なんだぜ」

 「そうなの?」

 「うん。 おれも腕に生えてるぜ、ほら」

 「あ、ほんとだ。 長いね」

 「まあね。 ずっと、生やしっぱなしだから」

 「あたし、何回も抜いちゃってた」

 「だめだよ。 福毛なんだから。 しっかし、顔から生えてるやつにははじめて会ったよ。 ずっと生やしておけば、ものすごい幸運に恵まれるぜ」

 ああ。 いままで、どうしてわたしは、福の毛を抜いてしまっていたのだろう! そんなことも知らず、きっと、みすみす幸福を逃してきてしまったのだ。

 このために、多くのものを失ってしまった。 若さ、女らしさ、素直な気持ち ... 。

 けれど、きっと、いままでの三十年間は、彼と出会うための、準備期間だったのだ、と思うことにしよう。 彼と出会うために与えられた、試練だったのだと。

 そう、わたしは、彼と付き合いはじめて、はじめて、人を愛するよろこびを知った。 愛されるよろこびも。 こんな幸福を用意してもらっていたことに、感謝しなければ。



 今日、これから、わたしは、彼と結婚する。 着付け室で白いドレスを見に纏ったわたし。メイクをしてくれる人が、ファンデーションをぬりながら、不思議そうにわたしの顔を見つめるので、わたしは、

 「あ、これ、むかしから生えてるんですよ」 と、白い毛のことを言った。

 メイクさんが、「抜いちゃいます?」 と訊くので、わたしは、

 「とんでもない」 とこたえた。

 「だって、これは、福の毛なんです」 と。





 goo 辞書より 「宝毛」



 BGM:
 The Apples in Stereo ‘Lucky Charm’



 # [追記]:
 # わたしは、肩に一本、ぴょこたん、と生えております。


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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (take)
2004-07-29 01:24:29
すいません。

>The Apples in Stereo ‘Lucky Charm’

これに反応しちゃいました。

私にとって彼らは、夏のイメージなんです。なぜか。

マーブルズの「ピラミッドランディング」も大好きです!
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すてき! (koko)
2004-07-29 09:24:47
こんにちは。素敵過ぎますね。私は生えてないんです。福毛。旦那さまは鎖骨のしたあたりのホクロのど真ん中からながーい毛が生えています。

そして娘は



多毛児です



私の父の名言「多毛児は水によく浮く。」



ほんと、意味わかんないですから。
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僕は (ヒロ†)
2004-07-29 11:37:00
 右腕の二の腕にありますよ、福毛。

 って、みんなで福毛の報告をしてもねー。日本福毛協会みたいになっちゃてますね。この記事。
返信する
にゃん (byrdie(雲雀))
2004-07-29 18:09:16
●take さん、こんにちは。

... in Stereo, まさか反応をいただけるとは思っていませんでした。

そうですね、夏の、あつーい日に聴くと気持ちいいだろうなあ、と思います。

合いますよね??



えとえと、



> マーブルズの「ピラミッドランディング」



(一瞬、Young Marble Giants のことかしら ... とか思ってしまったわたし)

マーブルズは未聴です。 なんとな~く、気にはなっていたのですが ...

take さんが大好きだという曲、気になるので、ぜひ聴いてみますね :)

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ありがとうございます。 (byrdie)
2004-07-29 18:10:49
●koko さん、こんにちは。



そんな、素敵なだんて、すみません ... なんとなく恐縮してしまいます ... 。

(いろいろ不完全で反省中でした)



えと、わたしは頭髪が多いです。 (この時期は、とっても暑っ苦しいです ... )

そして姪が多毛です。

毛の濃い わが家系に生まれてしまったせいなのかしら、と思うと、いろいろ考えてしまうのですが ... 。

しかし、毛の濃い人は、情に濃いといいますよね。

情に濃い、いい女になってほしいな、と思っています ...

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猫毛 (byrdie)
2004-07-29 18:11:33
●ヒロ†さん、こんにちは。



えと、むかし付き合っていた人も、二の腕に生えていました。

たしか猫毛とも言うらしくて、ほんとに白くてにょろ~んとした毛で、かわいい♪と思っていました。



現在の相方に福毛があるのかは、いまのところ未確認なのですが、白くない、濃い目の黒い毛が、背中とかから一本だけ びろんと生えていたりします。

わたしは、「はみだしっこ」と呼んでいます。

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はじめまして。 (Kameko)
2004-09-04 18:13:39
こんにちは。私も何度か生えた事がありますよ!

これって福毛っていうんですね。知りませんでした。



最初にそれを右の頬に発見した時は、かなりショックでした。笑。

2度目に発見した時は、左頬と右頬に各一本、ちょうど左右対称に

あたる位置に生えていて、長さは10cm位ありました。

それまで気付かなかったのも凄いですが、思わずその時は

嬉しくなって友人に見せびらかしましたが、多分引いてたかも。苦笑。



そして先週、また発見しました。右の頬に!

素敵な出会いを期待しつつ大事に生やしておこうと思います♪

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コメントありがとうございます! (byrdie)
2004-09-04 21:12:17
こんにちは。はじめまして。



(えと、どちらから、ここに迷い込まれて(…)しまったのでしょう ... )

(ともあれ、いらっしゃいませ!)



福の毛が両頬に!

それは、きっと、ものすごい幸運ですね。





わたしの肩の福毛、若かりしころは気になったものですが、このところは、なんといっても福の毛だから、ということで、見せびらかす(?)ように、方を露出した服装をしたりしています。

そのせいか、いつのまにか抜けたか切れたかしてしまったようで、いま、見当たらなくなってしまいました ... 。

それでも、わすれたころに、またぴろりん、と生えてくるので、かわいいですよね。

今度生えてきたときには、気をつけなくては ... 。









Kameko さんに、素敵な出会いがありますように!

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福毛アプローチ (芙蓉)
2004-10-07 15:09:50
読んでて吹き出してしまいました

私も福毛には思い入れがあります・・・

いつか福毛に感謝する日がくることを祈ってます

すべてのフクゲー(福毛のある人?)に幸あらんことを。



恐れ入りますがトラックバックさせていただきました
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はじめまして。 (byrdie)
2004-10-07 16:57:27
芙蓉さん、こんにちは。

はじめまして。

コメント && trackback ありがとうございます!



楽しんでいただけた(?)ようで、なによりです。



芙蓉さんも福毛に思い入れが ... 。





> フクゲー(福毛のある人?)



いいですね!

ほんとに、フクゲーばんざい! と言いたいです。





芙蓉さんのところ、のちほどおじゃましに伺います :)

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