横手市の重伝建担当者のかたに名前と立場を名乗って、聞いた。内蔵が必要とされるほどの大量のカネが増田に落ちたのはなぜか、それは海陸川三つの道によって説明できないか、古い家や町並みが今日までのこったのはなぜか、建築史的特徴は何か、という点に私の関心はあるので、その旨お話しした。ついては増田のどなたかにお話を聞きたいと。

横手市HPより
それならば佐藤又六さんがよいと思いますとのことだった。佐藤又六家は主屋が明治前期に宮大工によってつくられた。切り妻の妻入り、3階建てである。主屋は吹き抜けになっており、太い梁や桁が井桁に組まれた小屋組み構造になっているという。それだけ聞いただけでも見たくなってしまう。
自分ですこし調べてさらにおどろいた。佐藤家は増田銀行の創立者の一人であった。増田銀行はその後合併を繰り返して現在は北都銀行になっている。今回の用事というのも北都銀行の関係者に会うことだったので、奇縁だなと感じた。
横手市は増田の重伝建指定をテコにして観光客の誘致をもくろんでいるようだ。しかし観光客は物珍しいうちはどっと押しかけるが、話題性がなくなればさっと引いていく。滞在時間もだいたい2時間前後そこそこでカネを落とさず、さっと温泉街に向かっていく。増田のひとたちはいま盛り上がっているようすなので、どうかリピーターが来るまちづくり、地元でカネが循環するシステムをつくりあげて欲しいと思う。さて今回はどんな出会いがあって、どんな話になるのだろうか。