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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

11/1(火)サンクトペテルブルグ・フィル+庄司紗矢香の個性羽ばたくメンデルスゾーンVn協奏曲

2011年11月03日 02時20分07秒 | クラシックコンサート
サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団 2011年日本公演
St. Petersburg Philharmonic Orchestra Japan Tour 2011


2011年11月1日(火)19:00~ サントリーホール S席 1階 3列 23番 15,000円
指 揮: ユーリ・テミルカーノフ
ヴァイオリン: 庄司紗矢香*
管弦楽: サンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団
【曲目】
ロッシーニ: 歌劇『セヴィリアの理髪師』序曲
メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64*
《アンコール》
 J.S.バッハ :無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 BWV1004から「サラバンド」*
ストラヴィンスキー: バレエ音楽『春の祭典』
《アンコール》
 エルガー: エニグマ変奏曲から「ニムロッド」

 芸術監督であり主席指揮者でもあるユーリ・テミルカーノフさんの率いるサンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団の日本公演ツアーは、今回は一昨日の岩国から始まり、全国7都市で9公演を行う。協奏曲はツアー3日目で、JAPAN ARTS主催のサントリーホールでの公演である。ソリストに庄司紗矢香さんを迎えて、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏するのは、今日と明日の静岡だけだ。他の日のプログラムはお決まりのロシアもののみで構成されているのに、今日と明日だけ、どういう主旨か分からないが、ロッシーニとメンデルスゾーンがプログラムに組み込まれた。
 庄司さんとテミルカーノフさんの共演はこれまで何度も行われているので、お互いへの信頼度は高く、理想的なコンビといっても良いだろう。2008年の日本公演・NHK音楽祭ではチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が演奏され、テレビの放送もあったので聴かれた方も多かっただろう。私はNHKホールで聴いたが、その時はチケット取りに出遅れて、2階のL13列20番という音響の良くない席だったために、その魅力の半分も感じ取ることができなかった。3年経った今、同じ顔ぶれで、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲となった。今回は1階の3列目のセンター、指揮者の真後ろという、協奏曲にはピッタリの席を確保できていた。

 1曲目はロッシーニの『セヴィリアの理髪師』序曲。かなり唐突にロッシーニが出てきたので、なかなかイメージの湧いてこない選曲ではあるが、実際に聴いてみれば、さすがに世界の一級品のオーケストラである。演奏は見事なものだ。テミルカーノフさんは指揮棒を持たない。両手をわずかに動かすだけで、オーケストラが自然に鳴り出す。編成は大きくないが、重低音の力強さ、金管のハリの強さはロシア最強である。このようなダイナミックレンジの広いオーケストラでロッシーニは面白い。同じロッシーニなら『ウィリアム・テル』序曲の方が、より楽しかったかもしれない、とふと思った。
 ちなみに今日のオーケストラの配置は、ヴァイオリンの対向配置を軸に、第一ヴァイオリンの後ろにチェロ、コントラバスが左奥となる。従ってヴィオラは第二ヴァイオリンの後ろ。ところが指揮者の正面にチェロの主席とフォアシュピーラーが並んで座っていたので、ヴィオラの影が薄かった。管楽器の方は席位置の関係でハッキリとは見えなかったが、ホルンを含め金管は右側奥、左側奥に打楽器群が置かれているようだった。



 2曲目はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲である。庄司さんが真っ赤なドレスで登場、オーケストラのメンバーが立ち上がると、大男たちの中に埋もれてしまいそう。お馴染みの光景だ。
 庄司さんの演奏は、相変わらず「緊張感の高い」ものだった。第1楽章の第1主題、哀愁を帯びた旋律はきっちり聴かせたが、第2主題には独特の抑揚を付け、その後はキリキリと締め上げるような緊張感を維持しつつ、ご本人の感性が描き出したパッセージを自在に描いてゆく。そこには、懐かしくも古典的なロマン主義のメンデルスゾーンは既になく、庄司さんの内なる世界が描かれているようだった。ある意味で奔放な、個性的な音楽作りに対して、テミルカーノフさんは耳を傾け、寄り添うようにピッタリとオーケストラを合わせて行く。聴いているだけではわからないと思うが、近くで見ていると、庄司さんが自由に演奏し、テミルカーノフさんが合わせているようだった。二人が互いに信頼し尊敬し合っているのがよく伝わってきた。
 第2楽章では、普通なら主題の叙情的な旋律をゆったりと歌わせるところだが、庄司さんは独特の節回しで決して感傷的な描き方をしない。かといって純音楽的に楽譜に忠実というのでもない。楽譜の中から自分なりに新しい旋律を見つけ出して演奏している、といったイメージだ。揺れるテンポや強弱の付け方は、独自の解釈によるものに違いなく、個性的ではあるが新鮮な響きを持っていた。
 第3楽章は、諧謔的な主題をカリッとしたエッジの効いた音でオーケストラを引っ張って行く。流れるようなパッセージからキリキリと張りつめた高音まで、実に多彩なフレージングを聴かせていた。ここでもテンポや強弱によるパッセージの歌わせ方には独特の、かなり個性的な試みがいっぱいで、この名曲に対して新鮮でもあり、大胆ともいえる「解釈」を持ち込んだ演奏だった。この楽章は休む間もなく駆け抜けていくイメージだが、いかに抑え気味とはいえ馬力という点では世界に名だたるサンクトペテルブルグ・フィルと対等に渡り合う庄司さんが急に大きく見えてくる。鋭い緊張を保ちながら、テンポを上げて行き、フィニッシュになだれ込むところのエキサイティングなことといったら!! 
 庄司さんの演奏は極めて個性的で、この聞き慣れた名曲に斬新な息吹を与えていた。まったく新しい曲によみがえったよう気がする。古今東西でもヴァイオリン協奏曲としては名曲中の名曲であるメンデルスゾーンだからこそ、どんなに上手くても普通に弾いたのでは面白くない。ある意味で、曲を破壊して再構築することとによって、単なる我が儘な「解釈」とは違った「個性」を打ち出した演奏。他の演奏家たちにの今後の演奏に、波紋を投げかけるかもしれない。
 アンコールはJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番から「サラバンド」。こちらの方も極めて個性的だった。曲のリズムを超越して旋律を明瞭に描き出す手法は、聞き終わってみると妙に納得させられてしまう。そんな力を持っている演奏だった。

 後半はストラヴィンスキーの『春の祭典』。捉えどころのない今日の選曲だったが、唯一のお国ものということで期待がかかる。ステージいっぱいにオーケストラのメンバーが展開した。5管編成という大規模な管楽器群とそれに見合うだけの打楽器群な対して、弦楽5部は見たところ12型くらいのようだった。このオーケストラの弦楽は、みるからに逞しい大男がいっばいいるだけあって(?)、ものすごいパワーを持っている。冒頭のファゴットの高音の主題の牧歌的な響きに対して、強烈なリズムを刻む弦楽の厚みと重さはさすがのものだ。やはりこの曲は、管弦楽曲として聴くだけでは物足りない。集団的なバレエと組み合わせると、その音楽の意図が明瞭になってくる。その力強さも、変拍子や不協和音も、圧倒的な質感となって押し寄せてくるのは、サンクトペテルブルグ・フィルのパワフルな演奏ならではの素晴らしさだ。さすがにこのクラスのオーケストラになると、各パートの力量もかなりのもので、ほとんど破綻のない演奏に加えて、圧倒的なダイナミックレンジの広さが、時に番発的な音量となってホールを振動させる。しかし決して雑な音にならないところが、数ある国立ナントカと呼ばれるオーケストラとの違いであろう。テミルカーノフさんが20年以上にわたって作り上げてきたアンサンブルは、ヨーロッパ的な律儀さとロシアの大自然の豪快な力を併せ持っている。むしろ逆にバレエの映像が目に浮かぶような、リアルな存在感と質感を持っていた。素晴らしい演奏だったと思う。
 オーケストラのアンコールは、エルガーのエニグマ変奏曲から「ニムロッド」。震災の犠牲者たちへの鎮魂の意味もあったのだろうか。『春の祭典』の土俗的なリズム感に揺さぶられた後で、この曲の繊細でしかも厚みのある弦楽アンサンブルを、これまたビックリするほど美しく聴かせてくれたサンクトペテルブルグ・フィルであった。

 コンサートの全曲を聴き終えてみると、ロッシーニに始まり、メンデルスゾーン、バッハ、ストラヴィンスキー、エルガー…、やはり選曲の意図はよく分からない。しかし、何となく、いやここの曲の演奏は素晴らしかったので、妙に得した気分になったコンサートであった。

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