徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Genocider from the Dark 21

2014年11月03日 21時51分48秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   †
 
 ごつん、という鈍い音とともに視界が揺れる――こめかみを踵で踏みつけられ、そのまま床材が剥がれてコンクリートが剥き出しになった床に逆側の側頭部から頭を叩きつけられて、ロンは小さくうめいた。
 乾いた血や反吐の、飲食物がこびりついた薄汚れた床が、すぐ眼前に迫っている――耳鳴りが頭に響く中で、大音量のロック音楽と部屋の隅に置かれたヤマハのポータブル発電機の駆動音が酷く耳障りに感じられた。
 もう何度目の打擲になるかわからないが、目の前で髪の毛を青と金のまだらに染めた男が嗤っている。ここ数年、強盗強姦傷害殺人を連続的に繰り返しているとして、香港警察がマークしていたグループのボス格のマオという男だ。
 管轄は違うが、警察署内に貼られていた手配書で人相は知っている。
 彼らの瞳は紅い――紅い。内側から窓に板を打ちつけられた薄暗い部屋の中で、彼らの瞳が爛々と輝いている。薄暗がりの中で紅い瞳だけがおのずから輝いている様は、ひどく不気味なものだった。
 一緒にこの建物に踏み込んだ相棒のロンも近くに倒れているリーも、自分たちが何者を相手にしているかは知っていた。だが、軽視していた。
 それはそうだろう。人間の血をすする不老不死の化け物の話なんて、真顔で聞かされて誰が信じるというのか。
 不老不死の怪物と聞いて思い浮かべるものなど――子供のころに映画で見た殭屍キョンシーくらいなものだ。
 だが違う。
 これは本物だった。彼らはカトリック教会の与太話につきあっていると思い込んで、相手を侮っていたのだ。
 三時間ほど前、与えられた手配書に特徴の似た女を見つけて彼らはこの建物に踏み込んだ。彼らは対人用としては十分な殺傷能力を持つ九ミリ口径の銃で武装しており、飛虎隊フェイフートァイで訓練も受けている。その意味ではこのビルを拠点にしているチンピラどもより、はるかに優位のはずだった。
 だが、このビルはすでに化け物どもの巣窟になっていたのだ。壁際に近いところにはいくつもの遺体が積み重なり、中には暴虐の限りを尽くされたひどい有様のものもある。襤褸布同然の代物が体にまとわりついただけの女性の亡骸にどの様な事態が降りかかったのかなど、想像するのさえおぞましい。
 目の前にいる連中の数人は、身に着けた衣服に穴が開いている――ロンリーの撃ち込んだ、九ミリ口径の弾痕だ。
 中には眉間に着弾させた者さえいるというのに、彼らは死ぬ様子は無かった――それどころか、平気な顔をしてふたりを叩き伏せてみせたのだ。人間のそれとは明らかに異なるすさまじい膂力に、彼らは抗すべくもなかった。
 無線機はすぐに叩き壊され、身分証から身元が露見して、今ふたりは吸血鬼どもの気紛れのままにいつ果てるともしれない打擲を受けている。
 彼らが警察関係者だと知ったからだろう、化け物と化したチンピラたちは彼らをすぐに殺そうとはしなかった。
 代わりに今までの鬱憤を晴らすかの様に打擲を加え、あるいはふたりを使って警察からなんらかの譲歩を引き出す算段をしている者、彼らから奪い取った自動拳銃を面白半分で使って、亡骸に向かって意味も無く発砲している者もいる。
 無線機はここで破壊されたから、彼らの上司であるホァンは場所を把握しているはずだ――ホァンはもともと飛虎隊フェイフートァイに所属する猛者だし、彼らも同じだった。
 今頃、彼はこちらの捜索と救出の手段を練っているだろう。問題は飛虎隊フェイフートァイを動かしても、この化け物どもに通用するのかということだ。彼らに銃弾が効かないことは実証済みだし、銃弾が通じないということは飛虎隊フェイフートァイの装備は一切役に立たない。
 ほかの隊員の安全を優先するなら、この建物をロケット砲かなにかで破壊することだ――教会で受けたレクチャーでは、彼らは直射日光に極めて弱い。今はちょうど昼過ぎだから、天井が無くなれば直射日光は彼らの頭上から降り注ぐ。
 天井を吹っ飛ばしてしまえば、それでここにいる連中の生命は終わる。崩落してきた瓦礫やらなんやらで一緒に彼らふたりの人生も終わるだろうが、だがそれが正しい。だが――
「――ふん。階下したもやかましかったが、ここはそれに輪をかけてやかましいな。よくもまあ、こんな騒々しいところにいて鼓膜がまともに機能するもんだ」
 いささか状況にそぐわない、若々しいがひどく落ち着いた声が、曲の途切れた一瞬をついて耳に届く――部屋の中にいた化け物たちがその言葉に、太陽を追う向日葵の様に一様にそちらを振り返った。
 頭を踏まれたときにこめかみが切れて血が目に入り込み、真っ赤になった視界の中で、広い部屋の入口のところに男がひとり立っている。
 身長は百八十に届くか届かないか、黒いコートの下に上半身は特殊作戦部隊が好んで使う様なナイロンメッシュの装備ロードベアリングベスト、下半身は時代錯誤と言ってもいい様な重装甲冑をつけている。やや癖のある金髪をうなじのあたりで束ねたその青年は、部屋の中を睥睨してから、整った口元をかすかにゆがめてゆっくりと笑った。
「なンだ? てめえは」
「おまえたちを殺しにきた」
 チンピラたちの誰かが発した言葉に、青年がそんな答えを返す。
 次の瞬間、周囲は爆笑の渦に包まれた。
 チンピラたちが可笑しくて堪らないという様に、彼を指差して笑っている。青年はそんな嘲笑を気にした様子も無く、ロンに視線を向けた。
「あんたがロンさん? それともリーさんのほうかい? どっちでもいいか、とにかくホァン警部の部下の人たちだな?」
 そんなことを言ってくる。ホァンを知っているということは、ここがどういうところか知っていてここに来たということだ――警部はなにを考えているのだろう、鼻血のせいで朦朧とした頭で、そんなことを考える。
 この中欧系の若者は、明らかに警察関係者ではない。それをこんなところに寄越すなど――
「ああ、俺は警官じゃない。だが、もともと俺はこういうのが仕事でね。あんたたちが協力してくれてたのは、俺なんだ――こうして俺がここに来たんだから、あんたたちの損にはならないぜ」 こちらの思考を読んだかの様に、青年がそんなことを言ってくる。
「面白い冗談じゃねえか、兄ちゃん」いまだ笑いを堪える様に口元をむずむずさせながら、マオがかぶりを振り振り口を開いた。
「俺たちを殺しに来たってか? この状況でそんな冗談吐けるとはな――いい度胸してるぜ」
「そいつぁどうも、お褒めに与り光栄だ――と言いたいところだが」 部屋の隅を見遣って、金髪の青年は肩をすくめた。
「こんな黴臭いところで女子供いたぶり回すしか芸の無い虫けらどもに褒められても、不快にしかならねえな」 続いた言葉は冷たく、蔑みと軽侮に満ちたものだった。爬虫類の様な感情の感じられない目で、周囲の吸血鬼たちを睥睨している。
 その言葉に、マオがわずかに表情を凍らせる。
「本当にいい度胸してるじゃねぇか」
 マオが指を鳴らすと、化け物たちのひとりが進み出た。ロンの持ち物だったSIGザウァーの九ミリ口径の自動拳銃を手にしたその男が、青年のこめかみに銃口を押し当てる。
「また珍しいもん着てるじゃねえか――どこのRPGの勇者様のコスプレだ? 馬鹿なことやってる暇があったら、おうちに帰ってママのおっぱいでも吸って寝てな」
 自動拳銃の銃口をこめかみにごりごり押し当てられているにもかかわらず、青年は動揺した様子も見せなかった。
 彼は適当にかぶりを振り、
「そういうことはまともに働いて稼ぐ様になってから言えよ。いい年してそんなみっともねえ恰好してくだらねえことやって、恥ずかしくないのか?」
 マオがその言葉に目を細める。次の瞬間には終焉を告げる言葉が、不摂生で乾燥した唇から紡ぎ出された。
殺せシャア
 金髪の青年は動きを見せていない――そのかたわらで彼のこめかみに九ミリ口径を突きつけていた男が、次の瞬間に飛び散る内臓や血を想像しているのだろう、血に餓えた狂犬の様な笑みを浮かべながらトリガーを引き絞り始める。
 次の瞬間、青年のかたわらで彼に銃を突きつけていた男の体が跳ねた――いったいなにをされたのか奥行きのある部屋を横断して水平に吹き飛ばされ、上下逆さまになったまま部屋の奥にあるライブステージの壁に叩きつけられる。トラック同士の正面衝突みたいなすさまじい轟音とともに男の体の骨という骨が激突の衝撃で粉砕され、全身の穴という穴から血と体液を噴き出し――男はサバトに使う様な逆様の十字架みたいな血の跡を壁に残したあと、床の上にずり落ちた。
「やれやれ――英語で本格的な会話をするのは十年ぶりくらいだからな。文法を少し忘れてるのかもな――よぉ、ゴロツキ。よかったらもう一回言ってくれないか?」
 立ちすくむ怪物たちを見回しながら唇をゆがめ――片手の掌で顔を覆って、金髪の青年がそんな言葉を発する。彼は半分だけが見えた口元に凄絶な笑みを刻んで、
「誰殺すんだと――あァ?」
 
   †
 
「誰殺すんだと――あァ?」
 片手で顔を覆って、アルカードは口元に酷薄な笑みを浮かべた。一歩踏み出すと、甲冑の装甲が擦れ合って耳障りな音を立てる。
 今のアルカードの手管に警戒心をいだいたのか、ゴロツキの吸血鬼どもは彼の踏み出しに合わせる様に後退した。
 部屋の隅に置かれたラジカセの発する曲が切り替わる――相当年季の入った日本製のCDラジカセだ。水の中で歌っているかの様なひどい音だが、とりあえず下にいたヤク中のラジカセよりも音はいい。
 流れ出した曲の前奏を聴いて、アルカードは笑みを浮かべた。
「いいセンスしてるぜ――この曲は俺も結構好きだな。気が合いそうじゃないか」
 そう言ってから、アルカードはゆっくりと目を細めた。
「さて、とりあえず質問だ。『クトゥルク』はどこに行った?」
 その言葉を聞いた途端――男たちの表情が決定的に変わった。それまでの未知の相手に警戒していた表情が、歯を剥き出し目を剥いて、激しい殺意をこめた表情に変わる。
「なるほど。あの女がおまえらに与えた命令は――」 アルカードは左手の親指で金髪の生え際を軽くこすりながら、
その単語クトゥルクを口にした奴を問答無用で殺すこと――か」
 上位の吸血鬼が配下に命令をする場合、肉声で命令されると下位の吸血鬼は逆らえない。たいていはその場でなにかしろ、という命令なのだが、なんらかの条件づけをすることも可能なのだ――どこかに行ってなにかをしろ、という命令のほかに、何時になったらなにをしろ、という様に、特定の条件を満たすと何度でも実行される命令も含まれる。
 たとえばなにかを見たら命令を実行する――路上に棄てられたゴミを見たら必ず拾ってゴミ箱に棄てろ、といった具合に。
 こういった条件づけの命令をする場合、命令された吸血鬼は条件が満たされるまでの間は自由意思で行動することが出来る。
 だがいったん命令の条件が満たされると、彼らはその命令を実行することしか考えられなくなる――この場合、彼らはアルカードを殺害するまで正気には戻らないだろう。もっとも、この連中の正気など猿の正気も同然だろう。百歩譲っても、狂人の正気と大差無い程度の正気に違い無い。
「オーケイ、わかった」 ごきりと指を鳴らして、アルカードはゆっくりと笑った。
「とりあえず、あの女がここにいたことだけはわかった。おまえらからなにか情報を引き出すのは無理だから、もう用は無い」
 言いながら、それまで背後に隠していた右手を前に出す。
「あまり時間も無いが、おまえらを放置していくわけにもいかないんでね――寂しいがお別れだ」
 ラジカセから流れるハード・ロックの前奏がようやく終わり、歌詞が始まる。すっと目を細めて、アルカードは笑みを浮かべた。
 手にしたMP5サブマシンガンの撃発セレクターを、フルオートの位置に切り替えて据銃する――標的を捉え、アルカードはトリガーを引いた。
「遊ぼうぜ!」

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