徒然なるままに修羅の旅路

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In the Flames of the Purgatory 74

2018年08月25日 22時48分09秒 | Nosferatu Blood LDK
 次の瞬間、まるで海栗の様に全身に皇龍砕塵雷を突き立てられたデーモンロードが全身から青黒い液体を噴出させながら身をよじった――皇龍砕塵雷の刀身から伝播した高周波振動によって、全身の皮膚がずたずたに裂けている。
 繰り返しになるが、皇龍砕塵雷の破壊は刃物の切断とはまったく異なるものだ。接触した物体の分子に振動を伝播させ、分子同士の結合を解くことによって切断する。
 通常の斬撃であればそうなるが、たとえば対象に突き刺さったまま時間がたてば周囲に高周波振動が伝播して、剣が突き刺さった周囲全体が高速で振動することになる。
 その結果として皮膚が裂け、肉がねじれ、骨が砕ける――そしてすぐに共鳴による異常振動を起こして自壊することになる。可塑性の無い岩などであれば、これを受ければ一撃で粉砕されることになるだろう。
 無論受肉マテリアライズを行わずに形骸を構築した状態であれば、そんな攻撃はそもそも問題にもならないだろう――皇龍砕塵雷による攻撃は、純粋に物理的な攻撃だからだ。だが肉体を持っている以上、物理的な攻撃も徹る。
「ぐぉぉぉぉっ……!」 ちょうど関節に当たったらしく左前肢を根元から先が吹き飛ばされたアモンが、地響きとともにその場で崩れ落ちる。地面の上で細かく痙攣する左腕が金銀の粒子を撒き散らしながら消滅して傷口に吸い寄せられる様に集まっていき、再び左腕を再構成した。
 憎悪もあらわに睨みつけるアモンに、グリーンウッドが笑みを向ける――次の瞬間周囲の壁がごっそりと消滅して、今度は天井を埋めつくさんばかりの数の皇龍砕塵雷が形成された。
 無論復元能力がある以上、皇龍砕塵雷の破壊は普通の生物に対するほど大きなダメージにはならないだろう――だが復元能力の限界まで徹底的に破壊し続ければ、これを繰り返すだけで殺すことも出来る。
「悪いが――」 背を向けているので表情は窺えないが――笑みの含まれた声音で声をかけ、グリーンウッドは気取った仕草でアモンを指差した。
「――時間の無駄は嫌いでな」 聞き取れない轟音が鼓膜を震わせ、続いて千を超える皇龍砕塵雷が一気にアモンに襲い掛かった。魔神の全身に長剣が突き刺さり、それで開いた傷口をさらに別の皇龍砕塵雷がえぐっていく。
「――――!」 次の瞬間、人語に置き代えがたい絶叫が肉体と霊体の耳に同時に届く。周囲の岩塊や岩盤がごっそりと消滅し、それがアモンの体に取り込まれ始めたのだ。まるで針山に針を刺す様に体に次々と突き刺さった皇龍砕塵雷がボロボロと朽ちながら抜け落ち、アモンの肉体が膨れ上がってゆく。
「……なんだ?」
 いぶかしげな声を漏らすアルカード。対してグリーンウッドは小さく溜め息をついただけだった。
闇黒体アウゴエイデスだ」
「アウ……アウゴ、なんだって?」 聞き慣れない言葉に、アルカードがそちらに視線を向ける。
「さっきまで戦っていたアモンは、奴が現世に干渉するための端末にすぎない――本体であるアウゴエイデスは、情報のみの状態で地獄に保存されている。普段から本体アウゴエイデスを出しっぱなしにしていては、霊体にかかる負担が大きすぎるからな」 グリーンウッドはアルカードの問いにそう返事をしてから、
「ただ逆に言えば今までは地獄の向こうにひそんで指人形を操っていた本体が、受肉マテリアライズしてこちら側に出てきたということだ。今はあの体の中にさっきまでの端末だけでなく、今まで地獄に存在していた本体までもが封入されている。あれを復元不能な状態にまで破壊し尽くせば、アモンは永遠に宇宙からさようならだ」
「なるほど」 背中から無数の刺とも鰭ともつかぬものが無数に伸び、前足の爪が巨大な鈎爪へと変化し始めた――全体が膨れ上がって蟹の様な甲殻に覆われ、全体に人間のそれに酷似した目がいくつも形成される。
 その様子を見ながら――アルカードがゆっくりと、しかし兇暴に笑った。続いて床を蹴り、メリメリと音を立てて本体を顕現させつつあるアモンに向かって殺到する。
 ――ギャァァァァッ!
 吸血鬼の手にした魔具が、頭の中に直接響く絶叫を発した。アルカードが手にした曲刀の鋒をアモンの頭部に突き込――むよりも早く、強烈な衝撃波が大空洞内部に吹き荒れる。
 致命的に体勢を崩す前に後方に跳躍したアルカードが、空中で一回転して危なげ無く着地する。
 前半身を起こしてごぉぉぉっと咆哮をあげるアモンを見ながら、
「……顔が梟だから締まりが無いな」
 という感想に激怒したらしく、アモンが再び尻尾を振り回す。先ほどまでと違って蛇腹状の外殻に鎧われた尻尾を、アルカードが易々と躱し――
「――おぉっと」 尻尾の先端がかすめたらしく、アルカードが頬を指先でこする。
「東洋の諺にあったな――これがボケの一念岩をも徹すってやつか」
「虚仮の一念だ」 グリーンウッドが横から訂正する――苔の一念だと心の中でだけ再度訂正することも忘れ、セアラは屹立するアウゴエイデスの姿を目にして息を飲んだ。
 その姿は、全身を甲殻に覆われた巨人だった――人型のそれぞれ二本の手足に頭部は平べったい蟹の胴体の様で、いくつもの目玉が水平に並んでいる。尻尾の長さは先ほどまでとさほど変わらないが、それと同じ程度の長さを持つ触手が頭部の下面から密生していた。
「……なんていうか」
「……ああ、なんというか」 アルカードの言葉に、グリーンウッドがいかにも気が進まなさそうに返事をする。
「なんというか、不格好だな」
「これは造形を考えた奴の感性に、かなり問題があるな」
 そろってそちらを指差しながら好き放題に言うふたりに激怒したのか、アモンがすさまじい轟咆をあげる――よくも貴様ら・・・・・・許さんぞ・・・・
 大空洞内部の空気を震わせながら、アモンが触手の一本を振り回す。グリーンウッドが一歩前に出て左腕を振り翳し、撃ち込まれた触手を受け止めた。
 次の瞬間グリーンウッドに迎撃された触手がまるで湿気を吸って固まった小麦粉を水に溶いたときの様にぼろぼろに朽ちて崩れ、同時にアモンの絶叫が響き渡る――接触した箇所から、グリーンウッドが膨大な量の魔力を流し込んだのだ。
 霊体によって生命を維持した生物にとって、他者の魔力を流し込まれるというのは毒を捩じ込まれる様なものだ――無論、生身の人間ひとりの魔力など問題にもならない。
 だが合計五十三体の鬼神や魔神を体内に取り込んで、その魔力容量キャパシティを我が物として利用出来るグリーンウッドであれば――
 アウゴエイデスの崩壊が止まらない――グリーンウッドがアモンの体内に流し込んだ魔力量は、つまりアモンとそう変わらない位階の個体も含む鬼神や魔神のアウゴエイデス五十三体ぶんなのだ。アモンがどんなに強力であっても、抵抗レジストなど望むべくも無い。
 ごぉぉぉっ!
 すさまじい咆哮とともに、アモンの全身から金銀に輝く粒子が撒き散らされる――本体を維持していられなくなったのだろう、アモンは元の梟面半狼半蛇の姿に戻ってその場で地響きとともに崩れ落ちた。
「おい、元に戻ったぞ」
「残念、仕留め損ねたか」 しれっとしたグリーンウッドの言葉に、アルカードが軽い口笛を吹き鳴らす。
「完全に構成物質が崩壊する前に、自分で肉体を分解して再構築した様だ」
 その場で擱座したアモンの体がじかに触れている地面がドロドロに熔けて沸騰し、オレンジ色の光を放っている――憎悪もあらわにこちらを睨みつけているアモンに向かって、アルカードが一歩踏み出した。
 ――ギャァァァァッ!
 金髪の吸血鬼が手にした剣が、霊体の耳・・・・にだけ聞こえる絶叫を発した。前肢をシャカシャカと動かして距離を詰めたアモンが、打擲を加えようと前肢を振るう――それをいったんバックステップして躱し、アルカードが前に出た。
 次の瞬間にはアモンの喉笛から前半身の腹部にかけてが深々と引き裂かれ、臓物がこぼれ出している。
 なにをしたのか、セアラの動体視力では到底理解出来なかった。前肢を躱し様に懐に飛び込んだ吸血鬼が喉笛から腹にかけて斬り込んだのだと、傷跡を見れば判断はつくが――
 しぃっ――歯の間から息を吐き出して、自分の臓物の上に崩れ落ちるアモンの腹の下から逃れたアルカードが酷薄に唇をゆがめながらその場で転身する。
Aaaaaa――raaaaaaaaaaaaaアァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァァッ!」 デーモンロードの胴体の右側面に逃れた金髪の吸血鬼がその場で廻転しながらアモンの脇腹を薙ぎ、ついでに右前肢を切断している――先ほどの一撃で声帯を破壊されたために肉声で悲鳴をあげることは出来ないのだろう、霊声ダイレクト・ヴォイスの絶叫が脳裏に響き渡った。
 アルカードが手にした漆黒の曲刀を投げ棄てて、指の股に挟んで遣う鈎爪上の短剣を抜き放つ――突き刺したり斬りつけたりするつもりは無いらしくありったけの数を一度に抜き放ち、アルカードはそれを次々とアモンに向かって投擲した。
 アモンの肉体が触れると触れた物体はゲヘナの火によって燃え上がるが、直接触れるまではどんなに近接しても発火しないらしい――単なる金属の刃ではあるものの、魔人の膂力で以て投擲された鈎爪状の刃はアモンの肉体に触れて燃え上がるよりも早くその肉体に喰い込み筋肉組織を引き裂いた。
 アモンの肉体がなにかに接触すると胴体や前肢、尻尾が触れている地面がそうである様にゲヘナの火が引火する――だがどうやらなにかに触れるとゲヘナの火で着火させられるのは体毛や体表だけで剥き出しになった筋肉や内臓はその範疇ではないらしく、それにも若干の時間差タイムラグがある様だ。投擲された鈎爪状の刃物は炎上するより早くアモンの巨体に次々と喰い込み、そのうち数枚は骨に当たって止まらずにアモンの巨体を貫通して、そこで再び皮膚か体毛に触れたのか燃え上がり瞬時に熔解した。
 ぐぉぉぉっ!
 脳裏にじかに響く絶叫をあげて、デーモンロードがその場で悶絶する――地面を掻き取る様にして振るわれた尻尾を跳躍して躱したところで、デーモンロードがアルカードの回避の軌道を追う様にして劫火を吐き出した。物質世界における物体の可燃性の有無にかかわりなく燃やすゲヘナの火が、目標をはずしてその向こうの岩壁を炎上させてゆく。
「おのれ――おのれ、虫けらめッ!」
「蜥蜴なのか鳥なのか犬なのかもわからん生き物に言われてもな」 頭の中に響く雑言を鼻先で笑い飛ばし、アルカードがちょうどグリーンウッドの隣に着地する。ちょうどそのとき、
 ――ぎぅんっ!
 金属の塊を滅茶苦茶に押し潰したときの様な耳障りな音とともに、グリーンウッドの周囲に光り輝く球体が数十個同時に形成された。
 精霊魔術獄焔細弾ゲヘナフレア・ペレットだ――普段であれば譬えグリーンウッドといえども同時発生数は一度に十個が限度なのだが、ゲヘナの火の発する熱を利用して大量に構成したのだろう。
 グリーンウッドが翳した右腕を振り下ろし、同時に周囲に発生し光球が子供の落書きの様な出鱈目な軌道を描いて一斉にアモンへと襲いかかった。
 内部に高エネルギーの熱プラズマを封入した不可視の力場を構築し、標的に向かって射出する攻城戦術用の大魔術が獄焔細弾ゲヘナフレア・ペレットだ――同じゲヘナの火の名を冠しているものの、実際にはゲヘナの火とはなんの関係も無い、物質世界の熱や炎を扱う魔術になる。
 光球が着弾すると着弾地点で内部に蓄積した熱量を放出して疑似的なプラズマを形成、数万度の熱を周囲に放出する。
 ゲヘナの火に触れても影響の無い肉体は物質世界の熱や炎には弱いらしく、放出されたプラズマに飲み込まれたアモンの全身が燃え上がり――三十近い数の獄焔細弾ゲヘナフレア・ペレットが一点で封入された熱量を放出したために急激に空気が膨張し、爆風となって押し寄せてきた。

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