徒然なるままに修羅の旅路

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The Evil Castle 14

2014年11月09日 23時13分30秒 | Nosferatu Blood LDK
 酷い耳鳴りに耐えながら、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustの鋒を下ろした――急激な気圧変化のせいで配管に栓をしている硝子バルブが砕けたのだろう、室内のスプリンクラーが作動して大量の水が降り注いでいる。
 派手に頭を打ったのか首を振っているエルウッドを見遣って、
「大丈夫か?」
「なんとか、な。だがなんの真似だ?」 アルカードがこんな場所で世界斬World Endを使ったことを言っているのだろう、多少批判的なものの混じった口調でエルウッドはそう問うてきた。
 世界斬World Endは発生時に、周囲の空気を使って衝撃波を形成する――こんな狭い場所で撃てば、出力によっては急激な気圧変化で鼓膜が破れてもおかしくはなかったのだ。
「あの化け物だよ――奴の周囲に発生したガスを吸い込んだら、相当危険だったんでな」
「どういうことだ?」
「一酸化窒素だ――奴はおそらく呼吸器の内部に取り込んだ酸素と窒素を反応させて、極低温を発生させていたんだろう。窒素と酸素が化合する際の熱反応はマイナスになるからな――奴の周囲の空気が褐色に変色していたのがその証拠だ。一酸化窒素は大気中に放出されると、酸素と反応して即座に二酸化窒素になる――高濃度の酸素が青く見える様に、二酸化窒素は褐色に見える。二酸化窒素が水に溶けると硝酸になる――あのガスを吸い込んでいたら、体内の水分で喉の内部に高濃度の硝酸が発生して呼吸器を焼かれていた」
 そう言って、アルカードは先ほど化け物が天井から仕掛けてきた攻撃が突き刺さったあたりにかがみこんだ。
 床に小さな孔が開いている――直径は一センチにも満たない。だが、その穴は恐ろしく滑らかに掘削されていた――錐の様な物体を単純に突き刺したのではなく、なにかドリルの様なもので掘削したのは間違い無い。
「この穴――」 エルウッドが口を開く。彼が言っているのは先ほどロビーのカフェテリアで見かけた、外国人男性の遺体のことだろう。ドリル状のもので掘削された、体の傷跡。そしていったん冷凍され解凍された、結露した水で濡れた死体。
「生体分子モーターか――」
 アルカードのつぶやきに、エルウッドが眉をひそめる。
 生体分子モーターは直径数ナノメートルというごく小規模の、電動モーターに酷似した構造を持つ生体器官のひとつだ。細菌などの細胞の表面に存在していて、これで鞭毛を高速で動かすことで細菌は水中で自由に運動することが出来る。
 生体分子モーターは蛋白質が材料で、驚くべきことにリングや軸受けベアリング、回転子など、電気モーターと非常に似通った部品から出来ている。
 しかもそのモーターが極めて高出力であることが知られており、モーターを人間、鞭毛を綱にたとえると、水中にいる人間が数百メートルも長さの綱を高速で振り回しているということになる。
 一説にはその回転速度は水中において毎秒千七百回転と言われており、しかもそれを細菌という極めて微細な生物の保持するエネルギーで駆動しているのである。人類の作り出したいかなるモーターよりも出力が高く、同時に効率が高い。
 おそらくなにかを指先から伸ばし、それを生体分子モーターで超高速回転させることでドリルの様に使って床を掘削したのだ。
 そしてもうひとつ、カフェテリアのウェイトレスの死体のそばにあったコーヒーポットからこぼれた液体を浴びた絨毯が溶けていたのもこれで説明がつく。コーヒーの中の水分に二酸化窒素が溶け込み、コーヒーが突如強酸と化して絨毯を加害したのだろう。
「――ゼロ・アルファよりシルヴァー・ワン。ブラック・スリーから部屋のひとつで爆発が起きたと報告があったが――なにがあったのですか?」
 ゼロ・アルファ――警視総監からの呼び出しに、アルカードは送信ボタンを押した。
「シルヴァー・ワン。接敵コンタクトがありました――シルヴァーはワン、ツーともに健在。思っていた以上に厄介な相手の様です」
「ゼロ・アルファ。増援は必要ですか?」
「シルヴァー・ワン。否定ネガティヴ――現状のままで監視を続けてください」 そう答えて、アルカードは溜め息をついた。あんな怪物が相手では、人間のSAT隊員などけしかけたところで死人が増えるだけだ。
「シルヴァー・ワンよりブラック・スリー。爆発が起こった窓から、外になにか出ていくのが見えたか?」
「ブラック・スリー・ワン」 プロフェッショナルらしい感情を抑えた落ち着いた低い声が、イヤホンを通して耳に届く。
肯定アファーマティヴ。なにか人間の様なものが壁にへばりついて、外壁を登っていった」
「シルヴァー・ワン。どっちに向かった?」
「ブラック・スリー。五階上の窓からホテル内に入っていった」
「シルヴァー・ワン了解。引き続き監視してくれ」
「ブラック・スリー了解、十分注意しろ。あれがなんなのかは俺にはわからんが、奴ら蛙みたいに壁にへばりついて自由自在に動いてる」
「シルヴァー・ワン了解」
 滝の様に降り注ぐ消火用水の中で、アルカードはエルウッドに視線を向けた。
「行くぞ。索敵を再開する」
 
   *
 
 もう何度目になるか、アルカードは部屋の扉を開けて中を覗き込んだ。
 どうもその部屋は書斎らしく天井まで届く様な巨大な本棚が壁一面に設置されており、さらに広い部屋の中央にも巨大な円柱状の本棚が置かれ、その周囲に放射状に背中合わせの本棚が何架も並べられて、梯子が無いと手が届かないほどに背の高い本棚すべてに無数の本が几帳面に整頓されて収められていた。
 ところどころにホールや廊下にあったのと同じ、二本のねじくれた頭角で装飾された全身甲冑が飾られている。ただしこちらは大身槍ではなく翼を意匠にあしらった長剣の鋒を床に突き立てて、柄頭を右手の掌で抑え込む様な姿勢で保持している。左腕には壁楯タワーシールドに近い大きさの巨大な凧楯カイトシールドを保持しており、威風堂々たる風情を漂わせていた。
 どうも人間が着用することを前提に制作したものではなく純然たる調度品らしく、人間がこれを身に着けるとしたら身長七フィートを超える巨漢になるだろう。
 入口の脇にあった衣装掛けに雑に引っ掛けられた装飾的な外套を手に取り、スペインの貴族どもがやる牛相手のじゃれあい――闘牛の様に振って遊んでから、適当に投げ棄てる。
 頭上に放り投げた外套が手近な甲冑の頭部装甲にあしらわれた巨大な頭角に引っ掛かったのを確認して、アルカードは外套の上から甲冑の額のあたりを手甲で小突いて中央の本棚に歩み寄った。
 収められている本はざっと見た限り、すべて遺伝学に関するものの様だった――無論キメラ研究者の独自研究によるもので、一般に出回ってはいないのだが。
「とはいえ――九割がたは似た様な内容を読んだことがあるが……」
 独り語ちながら、アルカードは何気無く手に取った本を開いてパラパラとページを繰った。
 遺伝子情報の継承と倍数体の発生に関する資料らしい――主な内容は放射線照射による遺伝子の変異についてのまとめだった。
 もう一冊手に取って斜め読みしてみると、どうやらこちらは意図的に倍数体を発生させる手法についてまとめたものの様だった。
 さらにもう一冊を手に取ってみる――これはどうやら、母体の栄養状態によるキメラの繁殖成功率に関する統計らしい。
 内容自体はファイヤースパウンの蔵書にあるものとさほど変わらないので、アルカードはすぐに興味を失って資料を本棚に戻した。
 特にここには興味を惹くものは無い――さっさと次に行こう。胸中でつぶやいて踵を返しかけたとき、なにか硬い物同士が軽くぶつかるカチンという音が聞こえてきてアルカードは足を止めた。
 一度背を向けた本棚のほうを振り返る――次の瞬間背中合わせに置かれた二架の本棚が轟音とともにまとめてぶち抜かれ、その向こう側から長剣の鋒が飛び出してきた。
 間合いを読み誤っていたのか、その一撃は一歩後退するまでもなくこちらには届かなかった――衝撃で本棚がぐらりと傾き、本棚に収められていた本が床に向かってぶちまけられて、バサバサという音を立てて落ちてくる。
 次の瞬間本棚を貫いていた長剣の刃が向こう側に引き抜かれ、同時にがぁんという轟音とともに背の高い本棚が大きく揺れた。
 その衝撃で均衡を維持出来ない角度まで傾いたらしく、二架の本棚がゆっくりとこちらに向かって倒れてくる。舌打ちを漏らして、アルカードは横跳びに跳躍して本棚の下から抜け出した。
 次の瞬間、大人十数人ぶんの重量があるであろう本棚が地響きとともに彼がそれまでいた空間を押し潰す――堆積していた埃がもうもうと舞い上がり、アルカードは埃から逃れて数歩後ずさった。
 カシャンという甲冑の装甲板がこすれる音とともに、本棚の向こう側に立っていた甲冑。
 おそらくは調度代わりに置かれていた甲冑の一体だろうが――左腕に装着した巨大な凧楯カイトシールドを突き出したままの姿勢で、本棚の向こうに立っている。どうやら剣を引き抜いてから楯を翳して本棚に突進し、楯殴りシールドバッシュで背中合わせに並べた本棚をまとめて押し倒したらしい。
「なんだ――中身が入ってたのか?」 軽口を叩いて、アルカードは鎧に向き直って間合いを取り直した。
「そこらの置物に隠れてたのか? だとしたら曲者が前を通るまでずっと飲まず喰わずで眠りも糞もせず隠れてるとか、なかなかいい根性してるぜ」
 そんな声をかけたとき、金属板同士がこすれあう耳障りな摩擦音が聞こえてきた。
 振り返るいとまも無く上体をひねり込んで曲刀を抜き放ち、突き込まれてきた長剣を迎撃する――塵灰滅の剣Asher Dustの抜きつけと突き込まれてきた長剣の鋒が衝突し、強烈な火花を撒き散らした。
 そのまま体勢を立て直しつつ、バックステップして距離をとる――追撃を牽制するために軽く振り抜いた塵灰滅の剣Asher Dustの鋒が毛足の長い絨毯を引き裂き、その下の石造りの床を擦る様にしてがりがりと音を立てた。
 もう一体――
 胸中でつぶやいて、アルカードは後方に跳躍して間合いを取り直した。
 かちゃかちゃという金属の鳴る音が聞こえてきて、小さく舌打ちを漏らす――周囲に視線を走らせると、壁際に置かれていた鎧がことごとく動き出し、こちらを包囲する様にして歩いてきたところだった。
 数は十五、否、六か。突撃槍ランスを持っているもの、壁楯タワーシールドの様な巨大な楯と出縁鎚鉾フランジメイスを装備しているもの、大型の凧楯カイトシールド長剣ロングソードを携えたもの、槍斧ハルバードを手にしたもの――いずれも装備はまちまちだ。
 周囲を見回し、アルカードは唇をゆがめて笑った。手にした塵灰滅の剣Asher Dustを右肩に担ぎ直し、拍子をとる様にして一度足を踏み鳴らす。
 しっ――歯の間から息を吐き出して、アルカードは床を蹴った。
Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォアァァラァァァァァァァァァァァッ!」 咆哮をあげながら、正面にいる二体目の鎧に向かって殺到する――いったん手にした長剣を手元に引き戻していた鎧が、迎撃のために剣を左肩に巻き込む様にして振りかぶるのを無視して、アルカードは鎧の間合いのぎりぎり外側で急制動をかけ、そのまま後方に跳躍した。
 体が空中にあるうちに転身して、最初に本棚越しに刺突を繰り出してきた鎧に向かって殺到する。
Aaaaaalieeeaaaaaaaaaaa――アァァァァァラァィィィヤァァァァァァァァァァァ――ッ!」 咆哮とともに、アルカードは角度の浅い袈裟掛けの軌道の一撃を鎧に向かって撃ち込んだ――それまでこちらの背後から斬りかかるつもりでいたのか踏み出しかけていた鎧が、いきなり自分のほうに向かってきたからだろう、迎撃が間に合わずに凧楯カイトシールドを翳してその一撃を受け止める。
 鎧が左腕で翳した巨大な凧楯カイトシールド塵灰滅の剣Asher Dustの刃が衝突して、激しい火花を撒き散らし――こちらの背後に向かって歩き出しかけていたために重心を十分落とせず踏ん張りが効かなかったのだろう、凧楯カイトシールドで受け止めた鎧が衝撃を殺しきれずに踏鞴を踏んだ。

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