徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

The Evil Castle 23

2014年11月10日 23時56分07秒 | Nosferatu Blood LDK
 とはいえ――せっかく考えたんだから、少しくらいはつきあってやろう。
 そんなことを考えながら左足を外側にステップし――ついで右足を上げる。右側から右の鈎爪を撃ち込んできたブラストヴォイスの、左腕の鈎爪が肉眼の視界外にまだ残っている。ブラストヴォイスは右側に位置し、こちらに体の正面を向けている。つまり、背中側から――
 踵側から足元を薙ごうと振るわれた鈎爪は、アルカードがひょいと右足を上げたために目標をはずしてむなしく宙を掻いた。高速で振動する鈎爪が床に敷き詰められた絨毯を引き裂き、その下のコンクリートを浅く削って――
 次の瞬間建築物解体用の鉄球をコンクリート壁に衝突させたときの様な轟音とともに打ち下ろされた足に手首を踏み抜かれ、ブラストヴォイスが絶叫をあげる。
 卵を踏み潰す様な呆気無い踏み応えとともにキメラの手首の関節が砕け、それで鈎爪を振動させるどころではなくなったのだろう――鈎爪の振動数があっという間に低下してそれまで鼓膜を震わせていた静謐な轟音が高音域、低音域を経て完全に止まった。
 げえええええっ――ブラストヴォイスのあげた叫び声、それが助けを求めるものであったのか。
 バイオブラスター二体とブラストヴォイスの頭越しに霧の向こうからまっすぐに突き込まれてきたドリルの尖端を、左手で抜き放った真っ赤な短剣で薙ぎ払う。
 フリーザ様か――
 このフロアに上がる前にエルウッドと相談して――アルカードがほぼ独断で――決めたキメラの武装別の型式タイプ名を思い出して、アルカードは目を細めた。
 バイ●ンマン、もしくは本物のフ●ーザ様と同じ声でないのが残念だが――霧の向こうでキメラが叫び声をあげる。
 無論、アルカードにはその体勢が把握出来ている――キメラは上体を反らし、両腕を大きく広げていた。客室での二度目の襲撃の際にフリーザ様が見せた、冷気攻撃のためのガス放出体勢だ――今対峙しているのがあの客室で襲ってきたのと同じ個体なのか、それとも同型の別個体なのかまではわからないが。
 だが――
 無論阻止する必要も無い。一応注意だけは払いながら、アルカードは一歩後退してその動きと同時に噛み合いのはずれた塵灰滅の剣Asher Dustを振るって足元でうずくまっているブラストヴォイスの頭蓋を削り取った。
 頭蓋の一部を削り取られたブラストヴォイスが床の上に倒れ込んだ拍子に、露出した柔らかい脳髄が地面に叩きつけたプリンの様に頭蓋骨の中からこぼれ出す。
 さて――
 彼らには理解出来ていないのだろうが、この状況での冷気攻撃は同士討ち、あるいは自殺も同然だった。
 次の瞬間には、フリーザ様の叫び声は悲痛な絶叫に変わっている。どうやらフリーザ様も、湯気の中に踏み込んでいたらしい。
 フリーザ様の冷凍ガス攻撃は、体内にエアコンの冷房機構の様な構造の極低温冷凍機を持ったりしているわけではない――周囲に存在する窒素と酸素を化合させ、その熱反応を利用して冷気を発生させているだけだ。
 だがその副産物として発生する一酸化窒素は酸素に触れると瞬時に酸化されて二酸化窒素に変わり、容易に水に溶ける――つまりフリーザ様の周りに大量に存在する、水の沸騰によって発生した水蒸気が結露して変化した霧に。
 空気は飽和水蒸気量といって、空気中に水蒸気の形で含むことの出来る水の量の限界値がある。この値を超えると、なんらかの形で発生した水蒸気は空気中に含まれることが出来ずに結露するのだ。
 飽和水蒸気量に対して空気中に水蒸気の形で含まれる水分子の量を比率化し、百分率パーセンテージで表したものが湿度なわけだが――飽和水蒸気量は気温によって変動する。飽和水蒸気量は直線グラフではなく曲線のグラフで表され、つまり気温の変化に完全に比例しているわけではないのだが、飽和水蒸気量は気温が上がると大きくなり気温が下がると小さくなっていく。
 実際の水蒸気量が同じであっても気温が上がれば飽和水蒸気量が大きくなり、計器上の湿度は低くなって洗濯物も乾く。逆に気温が下がれば水蒸気量が同じでも飽和水蒸気量は小さくなり、計器上の湿度は高くなって洗濯物は乾かない。
 湿度とはそのときの空気が、あとどれくらいの水蒸気を受け入れられるかを示す指標でもあるのだ。
 霧とは飽和水蒸気量が小さすぎて水蒸気として空気に溶け込めずに空気中から締め出された水蒸気が、細かな水の粒となって空気中を漂っている状態だ。
 霧であろうが水は水のままだ。必然、霧の細かな水の粒にも二酸化窒素は容易に溶解する。
 そして二酸化窒素の溶解した水は、硝酸へと変わる――すなわち一酸化窒素を体外へと放出した次の瞬間、フリーザ様の周囲の霧は二酸化窒素が溶け込んで硝酸の霧へと変化するのだ。霧の中での冷凍攻撃など、理屈をきちんと理解していれば絶対に取らない選択肢だ。
 それでも攻撃を仕掛けるということはただ単にキメラが危険性を理解していないか、あるいはキメラ製作者が酸に対する完全な免疫を持たせているかのどちらかだ、が――
 どうやら免疫は持っていないらしい――超音波の音響反響定位エコーロケイションで構成された視界では体表の状態など識別出来ないが、ぎゃあぎゃあと叫び声をあげながらのたうちまわっているフリーザ様の心臓の鼓動が異様に速くなっているのは識別出来た。
 予想されていたことではあるが、表皮を持たず筋肉組織が剥き出しになったフリーザ様では酸に対する免疫など望むべくも無いらしい――人間の体内にも胃液としての塩酸などの酸性の液体は存在するが、胃は粘膜で守られている。粘膜が薄くなったり胃液が過剰に分泌されたりして胃液の塩酸が胃の内壁を直接焼いた状態が胃潰瘍なわけだが、とまれフリーザ様の体表に粘膜のたぐいは見られなかったので、おそらくフリーザ様は雨や霧に弱いというのがアルカードの見立てだった。
 今まさにそれが証明された――ブラストヴォイスは斃れフリーザ様は自滅、残るはバイオブラスター二体。
 エルウッドも少し離れた場所で、数体のキメラを相手に立ち回っている様だ――ほかにもいる様だが、どうやら宴会場のホールに集まっていてこちらには近づいてきていない。なにをしているのかは――まあ考えるまでもあるまい。
 フリーザ様とブラストヴォイスが倒れたことでバイオブラスターたちが水を沸騰させるのをやめたのだろう、肉眼で見た周囲の霧が薄まってきている――二体のバイオブラスターが姿勢を沈めてじりじりと間合いを詰めながら、ぐるぐるとうなり声をあげた。
「もう少し蒸気が薄まれば、生体熱線砲バイオブラスターも使えるんだろうがな――」
 塵灰滅の剣Asher Dustの峰で軽く肩を叩きながら、アルカードは唇をゆがめて笑った。
「待ってやってもいいぜ? あと何発撃てるのか知らねえけどな」 先ほどよりも痩せて見える二体のバイオブラスターに順繰りに視線を向けて、目を細める――バイオブラスターが水を蒸発させ始めたとき、アルカードが手を出さずに放置していた理由がそれだった。
 こういった高熱を発する能力を附加されたタイプのキメラは恒常性ホメオスタシスを過剰稼働させて発生した熱を放出するか、もしくは体内に発熱器官を持つことが多い。あるいは爪そのものを発熱させているのかもしれないが、いずれにせよ共通点がひとつ。
 直接間接問わず、体内のカロリーを熱に変換して放射しているということだ――それはつまり、熱を放射したぶんだけ体内に蓄積した糖や脂肪を消費しているということでもある。
 すなわち、バイオブラスターたちが蒸気に変えた水の量が何十リッターに相当するのかは知らないが、それだけの水を沸騰させるのに必要なエネルギーを体内から捻出したのだ。
 あれだけの長時間周囲に霧状になるほど大量の水蒸気を発生させ続ければ、エネルギー消耗は相当なもののはずだ。生体熱線砲バイオブラスターにせよ放熱爪にせよ、そう長くは使い続けられないだろう――腕や脚が若干細くなっているのは、体内に蓄積された脂肪を使い尽くした体が熱源を確保するために筋肉を喰い潰し始めたからだ。
 大量の水蒸気を霧に変えて、こちらの視界を奪うという発想はよかった――アルカードにとってはまったく意味の無いあたりが特に。意味が無いことを知らないバイオブラスターはせっせと水蒸気を作り続け、無駄にカロリーを消費し、動きが止まって戦闘に参加出来なくなる。
 ブラストヴォイスが斃れるころには、バイオブラスターは体内のカロリーを大量に浪費してガス欠寸前の状態になっているだろう――そう読んで、アルカードはバイオブラスターが足元の水を蒸発させ続けるのを妨害せずに放っておいたのだ。
 狂気と殺意を湛えた視線をこちらに据え、二体のバイオブラスターが低いうなり声をあげながらじりじりと位置を変える――体内に蓄積した熱源を使い切ったために、ひどい飢餓感にさいなまれているのだろう。だが今の彼らは体内のカロリーが底をつき、筋肉をエネルギーに変えざるを得なくなっている極限の飢餓状態だ。筋力が衰えて動きも鈍くなっている。
 疲労のにじんだ動きで、バイオブラスターが慎重に間合いを測る――自分たちが疲弊しており、数で上回っていても不利な状況であることは理解出来ているのだろう。
 まあ理解出来たところで、なんの意味も無いがな――胸中でつぶやいて、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直した。
 ぎゃああああああぁっ――!
 叫び声をあげながら、バイオブラスターの一体が湿った絨毯を敷き詰めた床を蹴る。熱波を放射させつつ、放熱爪を突き込んで――くるつもりでいたのだろう、たぶん。
 だが放熱爪は頭の横をかすめても蝋燭に手を翳した程度の熱しか感じさせず――飛びかかってくる動きも遅い。鈎爪の刺突を回避するのは容易く、また反撃も容易だった。
 塵灰滅の剣Asher Dustの刃がバイオブラスターのどてっ腹をぶち抜いて、手元まで深々と貫通する。動脈血と静脈血の入り混じったまだら色の血を口蓋から吐き散らし、海老の様に体を仰け反らせて、バイオブラスターが水音の混じった絶叫をあげた。
 げええええ、ともう一体のバイオブラスターが背後で吼える――それにどんな意味があったのか、腹を貫かれたバイオブラスターがアルカードの右手首を両手で掴んで抑えつけた。
 それで武器を封じ、動きも止めた――と、バイオブラスターたちは思ったのだろう。
 次の瞬間には塵灰滅の剣Asher Dustは形骸をほつれさせて消滅し、同時にバイオブラスターが文字通り必死に抑え込んでいたアルカードの腕も消滅している。靄霧態を取って肉体を霧に変化させ、そのまま背後から殺到してきていたもう一体のバイオブラスターのさらに背後へ――
 背後からアルカードに飛びかかってきていたバイオブラスターの突き出した鈎爪が、目標を失って前のめりにつんのめった瀕死の仲間バイオブラスターの胸を貫く――予想外の状況ブルー・オン・ブルーに動きを止めたバイオブラスターの肩を掴んで体を固定し、アルカードはバイオブラスターの背後から手加減無しの左拳を叩き込んだ。
 メキメキと音を立ててて脊柱が砕け、折れた肋骨が肺や心臓周りの動脈に突き刺さる――胴体がふたつ折りになったバイオブラスターがもう一体を巻き込んで正面の壁に激突し、その衝撃でやはり骨の砕けるゴキゴキという音が聞こえてきた。
 二体まとめて床の上までずり落ちたバイオブラスターを見下ろして、アルカードはとどめを刺すべきか否か一瞬思案した――生命活動が停止してから分解酵素が生成されるまでに若干の間があり、その間は死んだと確信出来ないからだ。
 無論、アルカードが自分の手で頭蓋を砕けばその限りではない――塵灰滅の剣Asher Dustを再構築しながら一歩踏み出しかけたとき、二体のバイオブラスターの死体が煙をあげながら溶け崩れ始めた。
 上になった一体だけでなくその下敷きになったバイオブラスターの手も溶解し始めているのを確認して、アルカードはフリーザ様に視線を向けた。ブラストヴォイスは頭蓋を削り取り、そこから脳髄がこぼれ出したから間違い無く死んでいる――フリーザ様は全身を硝酸で焼かれただけだ。
 視線を向けるとフリーザ様の体の大部分はすでに液状化して溶け崩れ、床を濡らす水に混じって判別出来なくなっていた――おそらく全身を酸の霧に焼かれて呼吸が乱れたときに肺の内部に酸を吸い込み、肺胞を焼かれてガス交換が出来なくなったために窒息死したのだろう。
 キメラの分解酵素は死体を残して敵対する勢力やほかのキメラ研究者に遺伝子サンプルを渡すことを避けるためのものなので、肉はもちろん骨や体毛に至るまで完全に分解してしまう。両手足は完全に溶けて無くなり、残る胴体も背骨と頭蓋の一部を残すのみとなっていた――それもじきに溶けて消えるだろう。
 アルカードはなんの意味も持たないペプチドとなって溶け崩れ、絨毯をひたひたに濡らす水に混じって薄れてゆくキメラの屍から視界をはずすと、先ほど天井にへばりついていたグルーに投げつける水を溜めるために手放した錘つきのワイヤーを拾い上げた。
 両端に分銅型の錘をつけたワイヤーは鋼線を細く撚り合わせたもので、耐蝕性はゼロに等しい。床上浸水状態の床に投げ棄てたので、おそらく回収してももう駄目になっているだろう。自宅セーフハウスに帰り着くころには錆びているに違い無い。
 まあ、ぼやいても仕方が無い。こういった現代の素材でも製造出来る武器は、割とストックが潤沢だ――素材が稀少ではなく製作材料の調達が容易で、特殊な加工技術が必要無いために製造も簡単ということのほか、それだけ駄目になりやすいということでもある。
 さて――胸中でつぶやいて、アルカードは視線を転じた。
「次はおまえらか?」
 宴会場の入り口から顔を出した二体のキメラが、その問いかけに返事をする様にげええええと声をあげる。
 軽く首をすくめて、近くの壁際にそれだけが残った心臓破りハートペネトレイターを拾い上げる。先ほど水礫で片目を潰してやったグルーに投擲したものだ。バイオブラスター二体やブラストヴォイス、フリーザ様の相手をしている間に絶命に至ったのだろう。やはり心臓を貫いていたか、あるいはフリーザ様とそう離れていなかったために冷気攻撃の際に硝酸の溶け込んだ水蒸気を吸い込んだのかもしれない。
 いずれにせよ、グルーは死んだ――もうとどめを考える必要は無い。大事なのはそれだけだ――脛の装甲の外側に括りつけた樹脂カイデックス製のシースに心臓破りハートペネトレイターを叩き込んで、アルカードはすっと目を細めた。

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