徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 19

2016年06月26日 23時58分05秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 マリツィカが目を醒ましたのは、翌日五時半のことだった。家が燃え落ちて焼け出され、極限まで疲弊していても、それでも普段の習慣通りに目を醒ます。皮肉なものだ。
 そんなことを胸中でつぶやきながらまだ糊が効いて固いシーツを払いのけて上体を起こし、マリツィカは周囲を見回した。
 入院病棟の四人用の大部屋、殺風景な病室の部屋に入ってすぐのベッドのひとつ。照明は落とされカーテンは閉じられて、常夜燈の作り出す弱々しい光だけが室内を薄暗く照らし出していた。
 奥のベッドのひとつには母が、もうひとつのベッドには姉が眠っている。姉のベッドの脇には病院側が手配してくれた乳児用のベッドが置かれていて、姪がそこに寝かされていた――焼け落ちた家にここ数週間ほど逗留していた、金髪の若者の姿は見当たらない。
 昨夜父親の容体を医者から聞かされたあと、父親の容体やこの先の家族の行く末のことを考えて不安に圧殺されそうになりながら眠れずにいたとき、病室に彼女たちの様子を見に来ていた様な気がするのだが――
 出ていっちゃったのかな――胸中でつぶやいて、マリツィカは自分の体を抱きしめた。
 手術後そのまま集中治療室に入って、今は絶対安静になっている父は大丈夫なのだろうか。大丈夫だと信じたい、が――
 そのとき音を立てない様にして病室の扉がそうっと開き、この病院の標準的な女性用制服である薄いピンク色の看護師用制服を着た女性が顔を出した。
「……あれ、もう起きてるの?」
 それとも眠れなかった? 上体を起こして自分のほうを見ている彼女に気づいて、看護師がそう声をかけてくる。
「あ、いえ――今目を醒ましたところで」
「そうなの? よく眠れた?」 気遣わしげに声をかけてくる看護師に、小さくうなずいておく――正直に言うとあまりよく眠れたとはいえないのだが、それは黙っておくべきだろう。起き出そうとベッドから足を下ろしかけたとき、
「もうしばらく寝てたほうがいいわ――大変だったもの」 柔らかな、だが断固とした口調で押しとどめられ、マリツィカはおとなしくベッドに横になった。
「あの、うちの父の容態はどうですか?」 横になったままの問いかけに、看護師がどう答えたものか思案する様に眉根を寄せて、
「今のところは、落ち着いてるわ――ただ、まだ小康状態といったところね」 女性の看護師――名札には雪村とあったが――がそう返事をして、シーツの乱れを直してくれる。
「昨日病院に来てた、金髪の男の子は――」
「ああ、あの格好いい男の子?」 マリツィカの問いに、常夜燈の薄暗がりの中で二十代半ばの看護師が軽く小首をかしげてみせる。その拍子に、背中まで届く長い黒髪が肩からこぼれ落ちた。
「三十分ほど前に一階で見かけたわね――トイレを使いに入ってきたみたいだけど」
 では今現在どこにいるのかはわからないが、彼はまだ自分たちのそばについている意思があるのだ。その事実に安堵して、マリツィカは深く息を吐いた。
 少なくともあの男には、自分たちに対する悪意は無い――状況を受け入れて流されるままにしているだけで、彼は自分がここにいる建前どおりの行動をとっている。つまり、彼女たちの用心棒だ――本人がどう思っているかは知らないが。
 思えばたがいのことをさほど詳しく知っている様な関係ではない。だが義兄である恭輔も、ルーマニアで日本大使館の職員として働く兄も国内におらず、父に生き延びる望みがあるかどうかもわからない今の状況では、彼の存在は正直頼もしかった。
「さ、もう少し寝たほうがいいわ――朝食の時間になったら起こしに来るから」 優しげな口調で投げかけられてくるその言葉に引きずり込まれる様にして、マリツィカの意識ははまどろみの中へと沈み込んでいった。
 
   *
 
 いくつか並べられた冷蔵ケースの中に、店の売り物が所狭しと並んでいる。ケースの中身には、見覚えがあった――節が底になる様にして青竹を短く切って作った容器の中に、白い内容物が充填されている。POPの商品名も同じ、名物青竹とうふ――先程の通りにあった土産物屋の冷蔵ケースの上に置いてあった、写真入りのPOPに印刷されていたのと同じものだ。
 どうやらここが、アルカードの言っていた高級豆腐店であるらしい。つまり、先程の通りの売店で販売されていた土産向けの豆腐の製造元だ。
 土産物屋で販売しているだけでなくここでも直接販売をしているらしく、冷蔵ケースの中にはさまざまな種類の豆腐が並んでいた。
 くみあげとうふ、青竹とうふ――商品の値札にことごとく平仮名で『とうふ』と書かれている。シスター・マイがスーパーで買ってくる様な、樹脂パックに入ったものは見当たらない。ただし値段が高いからなのかほかに理由があるのか、商品の陳列された数はさほど多くはなかった。あまり日持ちしないものなのかもしれない。
 蘭は迷わず店の奥にある、店舗とその奥を仕切る障子のほうへと歩いていく。
「ねえ凛ちゃん、ここになにしにきたの?」 リディアの質問に答えようと凛が口を開きかけたとき、
「――あ、蘭ちゃん、凛ちゃんも」 開いた障子の向こうの座敷から顔を出した見覚えのある若者が、そう声をかけてくる。彼の顔を目にして、パオラとリディアがあっと声をあげる。彼は姪っ子たちの後ろにいたフィオレンティーナたちの姿を目に留めて、
「君たちも来たんだ? チャウシェスクさんとアルカードさんは一緒じゃないのかい――否、とりあえずは上がって上がって」
「おじいさんは船酔いがひどくて宿に残ってます。アルカードは犬を連れてどこかに行っちゃいましたけど――でも、どうして陽輔さんがここに?」 パオラがそう返事をする――座敷で胡坐をかいてずいぶんとくつろいだ様子のシンジョウ陽輔は、
「聞いてないの? ここ、俺たちの親父の実家なんだけど」
 神城豆腐店、と陽輔が続けてくる。
 陽輔の姓、つまり蘭や凛の姓がたしか、字面は知らなかったがシンジョウだ――つまり神の城と書いてそう読むらしい。
「いえ、今知りました」 リディアがそう答えると、陽輔は適当に肩をすくめて、
「そうなの? まあとにかく入って入って――ばあちゃん、蘭ちゃんと凛ちゃんが来たよ」
 蘭と凛に続いて座敷に上がり込むと、ちょうど部屋の奥の襖の向こうから顔を出した老女が子供たちの姿を目にして顔をしわくちゃにして笑う。いかにも田舎の老女といった格好の矍鑠とした老婆は、しゃきっと伸びた腰をかがめて寄ってきた子供たちに手を伸ばした。
「おや、蘭ちゃんも凛ちゃんも久しぶりだねえ――元気だった?」
「うん、大ばあちゃんは?」
 老女は近寄ってきた蘭と凛の頭を撫でてやりながら、
「大ばばも元気だったよ――チャウさんたちは来てないんかい?」
「うん、船酔いが治らなくて旅館で寝てる」 という蘭の返事に首をかしげ、
「そうなん? あの格好いい外人の兄ちゃんは一緒でねえのかい?」
「アルカードはわんちゃんを連れてった。玄関のほうから入ってくるんじゃないかな」
「そうかい、そうかい――それで、そっちの子たちは?」 老女がこちらに視線を向けて、そんな質問を口にする。
「はじめまして、わたしたちは――」
「アルカードさんの――ええと、部下で合ってるのかな?」
 一歩進み出て自己紹介の言葉を口にしかけたところで、自分たちの立場をどう説明すべきか迷ったのかパオラが一度言葉を切った。適切な言葉を探しているのか口ごもる彼女の言葉を引き継いで、陽輔がこちらに視線を向けてそんな説明を口にする。
「アルカードさんの『本業』での仲間だよ――チャウシェスクさんの店でも働いてるらしいけど」
「本業? ってことは、この子たちも怪物退治が仕事かいな、若いのに大変だねえ」 まあ、まあ、とにかくこっち来て座りんしゃい、と老女が手招きする。招かれるまま近づいていって畳の上に置かれた卓に着くと、
「すぐに飲み物持ってくるからね、ちょっと待っとってね」 老女が襖の向こうへ姿を消し、
「おーい、十郎、凛ちゃんと蘭ちゃんが来たよー」 誰かに声をかけているのが、開け放された襖の向こうから聞こえてくる。
「じゅうろうさん?」
「ええと、俺の親父の上の兄――ここの店を継いでる長男」 リディアの質問にそう答えて、陽輔がうちの親父と双子の兄弟が次男三男、と続ける。
「そうなんですか――ところで、あのおばあさんもアルカードのことは……」 フィオレンティーナの質問に陽輔は適当に肩をすくめ、
「残念ながら、この島の住民の九割くらいはアルカードさんの素性を知ってる――島の住民みんなで神隠しにあった子供を探してたとき、アルカードさんがその原因になった海鬼神って悪神を殺すのを目撃してるから」
「またその名前ですか――」 眉をひそめるリディアに、
「ん、海鬼神の話? 聞いたことあるの?」
「ついさっき、うちのお店の先輩ふたりから」
「ああ、なるほどねぇ」 陽輔はフィオレンティーナの返事で納得したのかうなずいて、
「みんな現場に居合わせたからねえ――ま、とにかく観光客じゃないこの島の住民は、九割がたアルカードさんの正体を知ってるよ。少なくとも、当時子供だった一部を除いてはね」 陽輔はそう答えてから、どうも麦茶を淹れてきたらしいコップの載ったお盆を手に戻ってきた老女を手で示し、
「ツネばあちゃん。じいさんはもう亡くなってるけど、写真見たこと無かったっけ――ほら、はじめて会った日の夜に」
「ああ」 思い出したのか、パオラが納得の声をあげる。老夫婦の自宅の写真立てに飾ってある、老夫婦の自宅が一度焼け落ちる前の日本家屋でアルカードが撮影を行ったという、生後半年くらいの蘭を抱いた老人の写真。あれがそうか。
 そのあとから部屋に入ってきた忠信よりもいくらか年嵩に見える男性が、
「はじめまして、神城十郎です――ここの豆腐屋を継いでる、そこの陽輔君の伯父だよ」 そう自己紹介して一礼する。豆腐屋の職人の作業服なのか、青く染められた時代劇で見る様な和風の服に、白いエプロンの様なものをつけていた。
「はじめまして、おばあさんも――パオラ・ベレッタです」
「妹のリディアです」 十郎の自己紹介にパオラが、ついでリディアが一礼する。
「フィオレンティーナ・ピッコロです」 フィオレンティーナも座ったままで頭を下げると、老女が顔を皺くちゃにして笑った。
 忠信によく似た顔立ちの十郎が母親のその様子にちょっとだけ笑い、
「トウヤ――ヒナさんもこっちに来てくれ」 彼が開け放ったままの襖の向こうに声をかけると、ややあって陽輔に雰囲気の似た男性が顔を出した。年は三十代半ばくらいか、十郎の許で仕事をしているのだろう、彼と同じ服装をしている。
 彼は最初に目が合ったフィオレンティーナから視線をはずして室内にいる面々を順繰りに見回し、やがて凛と蘭の姿に目を止めて相好を崩した。
「やあ、蘭ちゃんも凛ちゃんも久しぶり――元気だった?」

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