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曽野綾子 収束

2018年05月06日 | 人生訓


中年以後のいつかは「撤収」と「収束」の方向に向かう。この時期をうまく過ごすのはかなりむずかしい仕事である。

盛大に生きてきて、意思の力で徐々に収束を成し遂げることは一種の芸術だ。多くの人は、病気をすることで渋々収束へ向かう方向を容認する。今までのようにひたすら盛大と発展に向かって邁進するのは、もう似つかわしくないということを知らされる。

人生の最後に、収束という過程を通ってこそ、人間は自分を知る。無理なく、みじめと思わずに、少しずつ自分が消える日のために、ことを準備するのである。成長が過程なら、この時期も立派な過程である。余計なものはもう買わない。あげるか捨てて、身軽になって置かねばならない。家族に残してやらねばならない特別の理由のある人は別として、家も自分が死んだ時にちょうど朽ちるか古くなるように消さん出きれば最上だ。

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