夏目漱石著「こころ」を読みました
こころを初めて読んだのは高校生のときで、久しぶりに読み直してみると当時わからなかったことや新しい発見がいろいろとありました。
物語の内容は3章構成でした。
1.先生と私:主人公の私と先生が知り合う
2.両親と私:私の父の危篤に伴い実家に帰省
3.先生と遺書:先生の過去が明らかになる
メインは第3章でして、ここで全てを明らかにするために1章で複数の伏線をはって進めていくやり方はミステリーを彷彿させるものでした。改めて文章構成がしっかりと練られているなぁという印象を受けました。
さて、肝心の物語の核心についてですが、一番謎だったのが「先生が自殺した理由」と「先生の友人であるKが自殺した理由」でした。
高校生の時に読んだときは単純にKは失恋、先生は罪悪感から自殺したのではないかと考えていましたが、改めて読み直してみるとそれだけではないなと思いました。
結論から述べますと、二人とも共通して根底に「孤独に耐えられなくなった」からではないかと考えました。その理由を以下に述べていきます。
まず、Kの自殺した理由についてです。
Kは先生の友人であり、驚く程真面目で自分の信ずる道に従って実直に生きる男でした。そんなKの好きな言葉は精進。親戚、両親からも勘当され見放されたKは友人の先生に頼りながらも半ば孤独に耐え、精進しながら生きていくしかありませんでした。
ところが、Kが先生と同じ下宿先に住み始めてからしばらく経ったとき自身の運命を決定づける状況に直面しました。
お嬢さんへの恋です(お嬢さんとは先生とKが下宿していた家の娘でして、美人で男心を弄ぶのが好きそうな小悪魔系女です。このお嬢さんに対しては先生も恋をしていまして、いわば三角関係でした)。
禁欲を重んじていたKにとって恋愛は馬鹿がするものとして忌み嫌っていましたが、そんな自分が恋をしていしまっていると気づいたKは己の信念と矛盾していることで大いに悩みました。
悩みに悩んだKは唯一の信頼できる友人である先生に相談することにしました。しかし、先生は相談に乗るどころか、Kにお嬢さんを奪われたくないという思いからKを陥れてしまいました。そのとき先生が言い放った言葉はかつてKが先生に言った「精神的に向上心の無い者は馬鹿だ」というものでした。先生の心の中に潜む悪の心が表面に出てまさに悪人になった瞬間でした(先生が私に言った「どんな善人でも悪人になることがある」という言葉は自身のこの経験を交えたことでした)。
信用していた先生からも見放されたKは一度手にした友情・信頼を失った喪失感もあって、もはやかつてのように孤独でも精進して生きられる人間ではなくなってしまい、孤独に耐えられず自殺することにしたのではないかと考えられます。
まとめますと、Kの自殺の理由は「自分の信念を貫けなくなった」、「孤独に耐えられなくなった」ということが複合した結果ではないかと考えました。特にこの孤独に関しては明治の知識人特有の悩みも関係していたようです。
日本は江戸時代までは個人よりも集団が重視されていました。個人は集団のために尽くし、集団の中に精神的にも組み込まれていました。いい例が殉死などです。自分が慕って仕えてきたものの後を追って切腹すること、これが美でした。
しかし、明治になり西洋の個人主義の考え方が導入されると今までの考え方が通用しなくなりました。集団から切り離された個人は初めて自己というものを意識するようになり、孤独を経験することになりました(江戸時代までは孤独という概念はありませんでした)。これらは主に知識人特有の問題でありまして、孤独の中でどのように生きていくのかというテーマを抱えていました。無論、先生やKも東京帝大生ということで同様の問題を抱えていました。
次に先生の自殺についてです。
先生はKと違ってつかみどころの少ない謎を秘めたわかりにくい人間でして、これは先生の過去に由来していました。
先生はかつて叔父に実家の財産を騙し取られた経験からどんな善人でも悪人になることがあると考え、人間が信用できなくなりました。
そんな先生でしたが、下宿先で出会ったお嬢さんに恋をし、最終的には結婚することになりました。
しかし、その過程で先生は恋敵であったKを陥れ、自殺に追い込んでしまったことに罪悪感を感じるようになりました。この良心の呵責とも言える感情は結婚後も続き、時にはKの亡霊とも言える悪霊が現れることもあり精神的に苦しみました。
そして、先生は自分が嫌になり、他人だけでなく自分をも信用しなくなってしまい、孤独に陥りました。
いつ死のうかと何十年も悩んでいた先生ですが、自分が生きてきた時代での一種の精神的な支柱・象徴でもあった明治天皇が崩御したことを受け、覚悟を決めました。
そして、自分の悩みを打ち明けるために信用できるかもしれないと考えていた主人公の私に遺書を託し、孤独から解放されるように明治の精神に殉死しました。ここで言う明治の精神というのは先ほど述べた個人主義のことを指しているのではないかと思われます。
まとめると、先生が自殺した理由は「良心の呵責に苦しんだ」、「精神的支柱が崩れた」、「孤独に耐えられなくなった」ということが複合した結果ではないかと考えました。
ところで、今回こころを読み直した時に先生の自殺の経緯を別の小説で読んだことがあるような気がしました。
何の小説だろうと思って自殺した登場人物を思い返してみたのですが、やはりありました。
それは、ドストエフスキー著「悪霊」の主人公スタヴローギンでした。
ここで、先生とスタヴローギンとの共通点を挙げてみます。
・つかみどころが少なく謎が多い
・悪賢い
・厭世的、ニヒリズムに陥っている
・他人を自殺に追い込んだ
・夢などに自殺させてしまった人の悪霊が現れた
・良心の呵責に苦しんだ
・最後自分の悩みを打ち明けた
・人を信用できない
・誰にも理解されず、独りで自殺
取り敢えず思いつく限り挙げてみましたが、まだあるような気がします。
これら類似点から考察するにおそらくですが、夏目漱石は「悪霊」を読んでいて少なからず影響を受けていたのではなかろうかと思われます。
<次回に続きます>