マヌケ便り

テレビ番組リサーチ会社の代表をしています。

三つ子のたましい『裸電球』

2014-03-08 00:00:51 | Weblog
ボクが幼稚園の年長になった年に家が建った。 初めて蛍光灯が家の中に灯った日でもある。 こんなに夜が明るいのかと、蛍光灯と一緒に目も輝かせていたものだ。 それまでは古い家に住んでいたので、灯りももちろん裸電球…と言っても周りの家はみんなこの裸電球だった。 近所のおばさんからは、「何だって明るいな~和坊の家は?」と妬みや憧れ混じりで言われた事を思い出す。 だからほとんどの家がそうだったように、我が家も . . . 本文を読む

三つ子のたましい『パッタ』

2014-03-07 00:21:35 | Weblog
幼稚園で一番流行った遊びが、『パッタ』だった。 これは『めんこ(面子)』の事で、ボクの地方では、『パッタ』と呼ばれていた。 このパッタは、めんち、ぱんす、ぱっちんとも呼ばれていたらしいが、全国でその呼び名が違う程たくさんあった訳だから全国区の遊びだったようだ。 ルールは簡単でパッタを相手のパッタに当てたり、相手のパッタの脇に当て風を送り裏返すのである。 ボク達はこれを“ひがす”と言っていた。 あと . . . 本文を読む

三つ子のたましい『忍者ごっこ』

2014-03-06 00:00:03 | Weblog
特別みんな夢中になった訳ではないが、『忍者ごっこ』をして遊んだ事はある。 流行らなかったのは、テレビや本の中で忍者のやる事が凄すぎたので、真似が出来なかったから詰まらなかったのだろう。 だいたい、忍者は畳みを叩いて畳みを立てて手裏剣から身を守ったりしている。 ボク達も一生懸命に畳みを叩くのだが、パンパンと言う音だけでびくともしない。 考えてみても、当時の忍者ですらそんな事は出来なかった訳だから誇張 . . . 本文を読む

三つ子のたましい『豚の脱走』

2014-03-05 00:02:30 | Weblog
幼稚園の時に恐かった想い出がある。 ボクの家の向かい側は今もそうだが造り酒屋だ。 それはもう大きな建物で、その酒蔵の前には広い庭もありキャッチボールが出来る程で都内にある小さな公園くらいはゆうにある。 その庭が小さい頃からのボクの遊び場だった。 だからボクは、酒の臭いを嗅ぎながら育っている。 それから、作り酒屋と言うだけあって従業員も多い。 一日に結構な量の残飯が出たのだが、その残飯はその酒屋で飼 . . . 本文を読む

三つ子のたましい『消防車』

2014-03-04 00:00:04 | Weblog
何が嫌いって、幼心に一番嫌いだったのが消防車のサイレンの音だった。 『ウーウーウーウーウー』と言うあのサイレン音は、今でも脳裏に焼き付いている。 福島県の会津の山間の小さな町には、半世紀前はパトカーも救急車もなかったから、『ピーポーピーポー』や、『ファオンファオン』と言うサイレン音は聴く事がなく、もっぱら耳に鳴り響く嫌な音はあの消防車のサイレン音だった。 イルカやコウモリなどは、超音波で方向感覚が . . . 本文を読む

三つ子のたましい『ビー玉』

2014-03-03 00:00:41 | Weblog
『ビー玉の中に宇宙が見える』なんて言うけれど、絵本で見る宇宙と少し違うので、お母さんからも言われた、「宇宙みたいでしょう?」にはピンと来るものがなく、ボクにはただの綺麗なガラス玉でしかなかった。 それよりもこのビー玉では、ボクは子供の頃に事件を起こしている。 これは年長の時でもう直ぐ卒園と言う時の事だ。 一番小さいビー玉を鼻の中に入れて遊んでいたら取れなくなってしまった。 これには両親もおばあちゃ . . . 本文を読む

三つ子のたましい『お子様ランチ』

2014-03-02 00:00:06 | Weblog
ボクが井の中の蛙だった頃に、その井の中から飛び出して衝撃を受けた事が3回ある。 上記の表現だと正しくは違うのだが、田舎者のこのボクがその山間の里から飛び出して受けた、いわばカウンターカルチャーショックの様なものだ。 それが3回あって、その最初が幼稚園の時だった。 ボクの故郷は、福島県は会津地方の山間の小さな町だ。 一番近い市と言うところまでは汽車で約2時間弱。 それが会津若松市だった。 お母さんが . . . 本文を読む

三つ子のたましい『汽車』

2014-03-01 00:31:04 | Weblog
半世紀前、ボクの故郷(福島県会津地方)を走っていたのは汽車だった。 俗に言うSLでC11形と言うタイプ。 日本の蒸気機関車の代名詞になったのはD51形で通称、『デコイチ』だが、ボクの地方では見かけた事がなかった。 子供の頃と言うのは例外なく汽車とか車とかが好きになるものだが、ボクは全くと言っていいほど汽車には興味がなかった。 きっと良い想い出がないからだろう。 当時は窓を開けて乗ってはいけないのが . . . 本文を読む